ハロウィンの夜に Mr.Indigo
- 2018.10.31 Wednesday
- 23:56
「お、あの丘に間違いない。」
のどかな田舎道のその先に見える小高い丘を見つけて思わずそうつぶやいた。遠路はるばるここまでやってきたが、目的地が近づいてきたことがわかって歩みも軽くなった気がする。
思えば、突然声をかけてきた通りがかりの人に「近いうちにとんでもないことが起こる」と言われたときは無視しようかと思った。最終的にはその人のふんわりとした押しの強さに負けてこんなところまでやってくることになってしまった。しかし、貢物がコーヒーゼリーと鶏の唐揚げというのはこれまで聞いたことがないのだけれども。
めんどうと思いながらも何とかたどり着いたその丘の上にはヤマブキに色づいた立派な銀杏の木があった。
そのすぐそばでは二人の男が将棋を指している。一人の男は上裸にショートタイツを履きチャンピオンベルトを巻いていて、もう一人の男はスーツ姿に眼鏡という対照的ないでたちである。
対局に集中している様子の二人のそばまで行って、チャンピオンベルトにコーヒーゼリー、スーツ姿に鶏の唐揚げをそっと差し出す。と、二人も対局に集中していているようで差し出されたものと気づかずに食べ始めた。
「で、どうするの?」
対局が終わってすぐにチャンピオンベルトがスーツ姿に話しかける。二人とも僕が差し出した食べ物は見事に間食している。コーヒーゼリーはバケツに入っていたし鶏の唐揚げも山盛りだったのに。。
「お願いがあります。」と切り出すと、
「てゆうか誰?いつからいたの?」とチャンピオンベルト。
「ぼくは気付いていましたけどね。」とスーツ姿。
「なーにー?」
「いや、コーヒーゼリー食べてたじゃないですか。」
「それとこれとは話が別だ。」
「別じゃないですよ。」
と、言い合いが始まってしまい、このままだといつまでたっても話に入れない気がしたので少し大きな声で話に割って入る。
「僕の身にとんでもないことが起こると聞きまして。」
「あ、そっち系ね。」とチャンピオンベルト。
「いやいや、わかってたでしょ。」とスーツ姿。
「それは教えられないことになってるんだな。」
「コーヒーゼリー間食したじゃないですか。ちょっと待ってくださいね。同郷のよしみでお教えしますよ。」
いやいや、あなただって鶏の唐揚げ完食したじゃないですか、というのは面倒なので突っ込まないことにした。
とくに何の変哲もない紙切れを懐から取り出すと、スーツ姿はまじまじと僕の方を見ながら話し出す。
「とんでもないことが起こると言われたんですよね?」
「はい。」
「あー。それならもう起こってますよ。」
「え?」
何を言っているかよくわからない。特にとんでもないことが起こった認識はないのだが。
「あなた最近結婚したでしょう。それですよ。」
「はあ。」
「そっち系ね。」とチャンピオンベルト。
「結婚ってのは使い古した表現だが人生の一大イベントだからなあ。言ってみればとんでもないことだよな。」
「そういうことです。ただまあ結婚は一つの節目ではありますけどスタート地点でもありますからね。もう新しい生活を始めていることでしょうけど、あなたは良い仲間もたくさんお持ちのようですし楽しんでやっていけるでしょうね。」
「は、はあ。」
我ながら間の抜けた返事しかできなかった。
「うーん、何だったんだろう。この時間は。」
二人と別れた帰り道、思わずそうつぶやかずにいられなかった。
考えてみるとあの穏やかそうな通りがかりの人に話しかけられたのがすべての始まりだ。そういえば貢物を捧げたにもかかわらず大した見返りがあったわけではない。割に合わないことこの上ない話だ。
気が付くとあたりは暗くなりかけてきている。お腹も減ってきた。
「まあ、いっか。帰ろう。妻が待つ我が家に。」
今度は意識してつぶやき、足早に歩き出した。
先生、こちらどら焼きになります。相談があります。
―何なりとどうぞ。
あ、ぼくドラえもんです、てやつ、やってもらえないですか?ファンなんです。
―あ、そう。じゃあ、ぼくドラえもんです。
ありがとうございます!感激です。
ー時間がもったいないので相談どうぞ。
私の友達でMr.ヤマブキというふざけた名前の奴がいます。彼はいろいろダメなところはあるのですが、星野源似のイケメンでふわふわの髪形をしていてお医者さんでしかも素敵な小説も書けるんです。
―それで?
私は雑兵日記PREMIERというしがないサイトを運営しているんですが、そこに彼は一生懸命協力してくれているんです。
ーそれで?
彼の頑張りに報いてあげたいんですが、お金で彼に対する感謝を表すのはかえって失礼だと思っているんです。何か彼が喜んでくれることで報いたいんですよね。
―お金がいいんじゃない?
お金がすべてだぜと言いきれたならきっと迷いも失せますが、そうじゃないんですよ。少なくともこのミスターPREMIER、ミスターMVPのがりははそこは金じゃない、愛だろ愛と言いたい。
ーわがままだなあ。お金が一番簡単じゃないか。名前も書いていないし。
いや、そこは。
―しかたないなあ。それで?
報いたいんですよ。
ーそれはわかるけど、どうやって?
そこを相談したいんですよ。彼を喜ばしたい、幸せにしたいんです。
ーわかったよー。しかたないなあ。はい。
なんですか、これ。
ーそれ飲むと君のやりたいことがかなうことになっているよ。
あ、あのひみつ道具ってやつですか?
ーそう呼ぶ人もいるね。
いやいやいや、もっとチャチャチャチャーン、みたいなやつとともに道具の名前叫んだりしたりしてくださいよ!
ーギャラ、発生するけど。
じゃあいいです。すみません。で、なんて道具なんですか。このカプセル。
ーそういうやつ、て名前だよ。名前つけるのも面倒なんだよ。いいよ、名前つけてあげても。
その場合はもちろんギャラが・・・
―発生します。
はっはー。じゃあいいです。
ーさっきからごちゃごちゃ言うなあ。いらないの?
いります!飲みます!
ーあ、君、飲んじゃったの??
はい。善は急げ、先んずれば人を制す、先手必勝、タイムイズマネー、タイムイズラヴ。
―あちゃ。ま、しょうがないね。
これからどうなるんですか。
ー君がヤマブキの奥さんになります。
は?私はクマ殺しの異名を持つ格闘家がりはですけど、185cm110kg日本人初のスーパーヘビー級のMMAチャンピオンのがりはですけど、雑兵日記PREMIER三か月連続MVPのがりはですけど、それがヤマブキの奥さんになるんですか?
―なります。愛で彼に報いたいんだよね。幸せにしたいいんでしょう。結婚して幸せにすればいいじゃない。うふふ。
ええ?でもヤマブキが受け入れてくれるかどうか。
―大丈夫。まかせなさい。
本当ですか?
ーヤマブキ好みのルックス、ヤマブキ好みの中身になるように作っといたから。君をみたらヤマブキは何を差し置いても君の愛を手に入れたくなるから。ヤマブキの視界に入った瞬間に発動するから、それまでに身辺を整理してね。そこまでは面倒みれないから。
一度発動したら戻れないですか?
ー戻れません。
わかりました。ヤマブキと結婚してきます。ありがとうございました。
ヤマブキさん、ご結婚おめでとうございます。
そして、幸せにしますね。一緒に幸せになりましょうね。
ドラちゃんはなぜ私のところではなくのび太さんのところに来たのかしら。
私ならあの愚鈍なのび太さんとは比べ物にならないほど上手に四次元ポケットの品々を使ったでしょうし、四次元ポケット抜きの中古のポンコツ青狸ロボットだとしてもかわいがったと思うのです。
私たち良いお友達になれると思うの。
なのに、一体なぜなのかしら。
ドラちゃんはなぜ私たち全員にではなく、のび太さんにだけ来たのかしら。
中古の量産型ポンコツ青狸子守ロボットなわけですからのび太さん界隈には配っても良かったのではないでしょうか。
戦力の均衡が平和の条件であることは自明ではありませんが、私たちは仲良くしていつつものび太さんの後ろの暗くて蒼い影にどこかおびえて暮らしていました。
私たちはドラちゃんでなくても構わないのです。
耳のある黄色の猫型ロボットでも構わないですし、なんならドラミちゃんでも全く問題ないです。
私たち、女の子同士良いお友達になれると思うの。
なのに、一体なぜなのかしら。
ドラちゃんはなぜ一番できの悪いのび太さんのところに来たのかしら。
私たちの仲間の中で一番賢く、一番正義感の強い出木杉さんのところにいけば(彼は日本でもトップクラスの秀才だと思います。)、きっと世の中の役に立つ使い方をしたと思うのです。
四次元ポケットの中に入っている品々はドラちゃんが仕入れたものらしく、機能が重なっているものばかりですが、それでも一つ一つの道具の正しい使い方を見出し、社会課題を一つ一つ解決していってくれたのではないかと思います。
ちなみに私も正義感の強さでは出木杉さんに引けを取りませんし、賢さもそれなりにあります。
ドラちゃんがこちらに来るのが難しければ、どこでもドアとタイムマシンとタイム風呂敷ともしもボックスと翻訳こんにゃくがあればかなりいい線行けると思います。
だから貸してちょうだい。
私たち、良いお友達になれると思うの。
なのに、一体なぜなのかしら。
ドラちゃんはなぜ子守ロボットなのにのび太さんの暴走を止めないのかしら。
私は何度となく家に不法侵入されたことを忘れていませんし、入浴中に入ってこられたことも許していません。
しかし事を荒立てたとしてもひみつ道具で証拠を隠滅されたり、タイムマシンでなかったことにされたり、訴えが通って投獄されてもどこでもドアで脱獄されてしまうでしょう。
皆さんには教えていませんが、基本的にのび太さんは私の家に住んでいて、まずいことがあるとどこでもドアで自宅に帰っていました。
私は監禁されていたようなものです。
あんなことやこんなことをされた後、記憶を消されているだけだとしても私に気づく術はありません。
ドラちゃん、あなたとは良いお友達だと思っていたのに。
一体なぜなのかしら。
ドラえもんの秘密道具と言えば、タケコプターとどこでもドアだ。そんなにドラえもんについて詳しくない私でも知っている。
タケコプターについては今となってはものすごく高性能なドローンを頭にくっつけたみたいなものと思えばそれほどおかしなものではない(柳田理科男によるとあの構造では回して飛び上がった瞬間に首がねじ切れるらしいが)。
問題はどこでもドアだ。レトロチープでかわいらしいデザインのくせにかなりヤバい代物である。
すこしふしぎなSF世界でも空間転移は大変だ。頻繁に空間転移事故で月が破壊されたりしている。
まずワープは量子レベルではすでに実現しているので未来の技術で可能となったとしよう。技術的に可能でもまだまだクリアするべき問題はたくさんある。自動車がこんなに発展しても自動車事故がなくならないみたいに、どこでもドアにもいろいろリスクがあるはずだ。
転移先の座標に何か別の物体があったらと考えたらとても恐ろしい。空気の存在を無視しても、筒井康隆の旅のラゴスでは瞬間移動能力者がうっかり別の物体がある場所にワープすると融合したり爆発したりしていた。
座標の問題と言えばバック・トゥ・ザ・フューチャーでは未来/過去の同一の場所にデロリアンが出現するがあれも高度な座標制御を行わなければならない。銀河も太陽系も地球も常に宇宙を移動しているので単に出発時点と全く同じ座標に出ると確実に宇宙空間に放り出されてしまう。
場所決めはとても大事なんである。
とりあえずどこでもドアには転移先がユーザーにとって危ない状態じゃないように調整してくれるものすごく優れた安全装置がついているとして、そもそもあれはどこまでいけるのか。
Wikipediaのどこでもドア項目によるとかなり曖昧な指定でも目的地に安全に送り届けてくれる機能がついていて、さらに有効半径は10光年とのことだ。
有効半径10光年!10光年は光が10年かけて進む距離のことである。念のため。ちなみに太陽と地球の間はだいたい8光分ぐらい。
めっちゃ広いやんけと思うが実は太陽系を中心に10光年ぶん移動できてもたどり着ける恒星は七つしかない(連星はひとつと数える)。一番遠くて、いて座のV1216星とのことである。満点の星々の中のたった七つだ。
想像を越えて宇宙は広くかつすかすかなのである。
恒星系七つぐらいなら知的生命体の発見は厳しそうだ。あれ、でも10光年先にいってからもう一回どこでもドアを使えば無限に先にいけるのでは?過去の世界(作中の時代)で使えていることを見るとGPSみたいにサーバや人工衛星みたいなもので制御しているわけでもなさそうだし、そこまで技術が進んだ人類の移動可能半径が地球から10光年に限定されるということもないだろう。
もっというとドラえもんが持っているのはあくまで一般ユーザー向けと考えれば未来世界にはもっと高出力の空間転移装置があると考えるのが自然だ。光速より余裕で速いのでいずれは膨張する宇宙の端まで行けるのかもしれない。すごい。
Wikipediaによるとどこでもドアの発明のせいで銀河SLが廃線になったとある。いつだって輸送の技術革新は古き良き文化を駆逐してきた。宇宙の真っ暗な車窓を何千時間も眺め続ける旅情は失われたらしい。宮沢賢治も草葉の陰でお嘆きのことだろう。
メーテルと鉄男はたぶんどこでもドアが開発されるよりちょっと前の人なんだと思う。
とはいえ実際宇宙に鉄道を通そうと思うと恐ろしい長さで伸び縮みする素材で線路をつくらないと相対位置が静止していないから厳しそうだし、ワープするほうがひょっとしたらむしろ現実的かもしれない。そうすればコールドスリープも亜光速走行も必要なくなる。あっこれはこれでかなしい。
どこでもドアの輸送コストはかなり低そうなので、23世紀のロジスティクスはこの技術を中心に宇宙規模に発展しているに違いない。もうこうのとりは必要ないのだ。
では、制度的な問題としてどこでもドアが一般人が保有できるレベルで存在していい未来世界はどんな風だろう。
10光年の範囲に人が自由に移動できるとなるとまず地球上の国境は意味をなさない。
しずかちゃんのお風呂に入れてしまうぐらいだからプライバシーやセクシャリティの観念は薄く、そういった面での倫理的ブロックは働いていないと思われる。究極のグローバリゼーション。個人や国家の概念が薄れ高度に公共化した世界だ。あれっデストピアの気配がする。
「入場料」というものを徴収するのも難しくなるので、世界中の観光地はどこへ行っても基本無料だ。
また、基本的にどこでも行けるということで密室が成立しなくなるのでまず怪盗や名探偵は陳腐化しミステリ作家は商売上がったりになる。鉄道がなくなっているらしいので最初に仕事がなくなるのは西村京太郎だろう。
ことは人類だけの問題にとどまらない。さっきはたった7つの恒星系では知的生命体が見つかることはないだろうと言ったが、もしもいずれかに同レベルの知的生命体がいたら、そうでなくても何かの生命が存在する環境があったとしたらどうだろう。
生命の存在は太陽系内でもワンチャンありそうな可能性が示唆されているので、7つも星系を跨げばこれはかなり可能性がありそうだ。
地球環境上で人間の影響が及んでいない土地はほぼない。南硫黄島のような絶海に閉ざされ守られた環境はまれで、たいていの場所は人が家畜を放し種を植え、そうでなくても服や靴に付着した虫や種はその地で生き延びんとする中でその地の環境を劇的に変えてきた。これが宇宙規模で起こる。
土星探査機カッシーニは土星衛星上に地球の微生物を持ち込まないために最期は土星大気にて燃え尽きることとなった。それぐらいデリケートな問題なのである。でもホイヘンスは普通にタイタンに降りたし火星探査機ディスカバリーは普通に火星大気の中で探査を行っているのでその辺はNASAの匙加減ではあるのだが。
どこでもドアが普及した未来、人類はごく気軽に外惑星を訪れうっかりついてきた動植物はその場所の貴重な生命種をあっという間に駆逐したりするかもしれない。逆に、絶対に地球に持ち込んではいけない何かが地球に持ち込まれる危険もある。どこでもドアがこのリスクをクリアしているとしたら相当高度なフィルタリング機能が必要になる。
知的生命体がいたら問題はもっとわかりやすい。彼らの住む星で好きに我々人類が現れたらまず確実に紛争が起こるだろう。長い長い年月をかけて交渉する、または侵略しつくすかしてその場所をお手軽に訪れるための権利を勝ち取らねばならない。人類種はどうやら未来の世界でそれをかなりのレベルで実現しているらしい。すごい。
最後に、これは一番の問題なんじゃないかと思うのだが、どこでも一瞬で行ける世界にはフロンティアがなくなってしまうのでは、と思う。
光年規模の移動手段を手に入れ適応灯でどんな場所にでも暮らせる。だけど行くのは近所のコンビニ。みたいな。
どこでも行けるのはどこにも行かなくてもいいということにはならないか。
困難であるからこそ山に登るんじゃないのか。
どこかの王子様みたいに悲しい時に44回でも夕日を見ることができればそれはちょっと素敵かもなあと思うけれど。宇宙の真ん中でぽつんと本物の孤独を感じに行くのだって自由自在だ。
移動が楽なので身体障碍者でも好きなところにすぐ行ける。
好きな人にもすぐ会いに行ける。単身赴任もない。
いろいろ言ってきたけどやっぱりどこでもドアはすばらしい製品だな。最高だ。早く23世紀になってほしい。
明日の出張もひょいっとどこでもドアで行けたら楽なのになあと思っている秋の夜長である。
「泥棒だ!」
叫び声が響いた。市庁舎から1人の男が飛び出すのが見えた。さらに何人か出てきて、その男の後を追った。
俺も全速力で走った。悪事を許してはならぬという正義感が俺の足を動かしたのだ。しかし距離は全く縮まらない。それでも必死で追いかけていると、どこからともなく青い猫が現れた。猫にしては顔が大きく丸っこい体型で、なぜか二本足で直立していた。
「ピーヒョロロープ!」
青猫は叫び、そして笛を吹いた。次の瞬間、縄がするすると延びていき、泥棒の体に巻きついた。倒れたところに町の人々が追いつき、奴を捕らえた。
「ありがとうございます」
市庁舎から市長が出てきて丁重に礼を述べた。
「もし良かったら、これからもこの町を守ってください」
こうして青猫が俺たちの町に住みついたのは、1284年の春のことだった。
この青猫は他にも魔法の道具をたくさん持っていた。例えば、タケコプターという回転する羽を使うと、空を自由に飛ぶことができた。注文した食べ物を出してくれるテーブルクロスもあった。こうした道具を気前よく貸してくれたので、暮らしはとても便利になった。
青猫は4人の仲間を連れていた。少年3人と少女1人だ。アルブレヒトとハインリヒは軟弱な男でどうも馬が合わず、紅一点のシャルロッテとはあまり話す機会がなかったが、カールという大柄な少年はなかなか面白い男だった。
カールには粗暴なところがあり、仲間のアルブレヒトを殴ることもあった。なぜ取るに足らぬ男に暴力を振るうのか、あるとき理由を聞いてみた。ちょっと苦言を呈した方が良いという思いもあった。
「アルブレヒトを見てると腹が立つんだよ」
「なんで?」
「すぐ道具に頼ろうとするだろ?男らしくないんだ」
「…」
言い返せなかった。自分も同じようなことを思っていたからだ。
あの青猫が来てから、町は変わった。それまで真面目に製粉所で働いていた大人たちが、全く粉を挽かなくなった。どんな願いもあの青猫がかなえてくれるから、働く必要などないのだ。
やがてこの町に小麦が届かなくなった。買ってもらえないのだから当然のことだ。しかし反省の声は誰からも聞こえなかった。勤勉だったはずの人々が、ほんの数ヵ月で腑抜けになってしまったのだ。
「あの方は救世主さまだ!」
大人たちはそう言って青猫を崇めた。しかし俺は逆だった。青猫が悪いわけじゃない。でも、奴がいる限り町の未来はない。そんなふうに思えた。
では俺はどうすれば良いのだろう。大人たちが簡単に改心するとは思えないし、力で青猫を倒そうとしても勝ち目はない。
ある日、俺は意を決してカールに悩みを打ち明けた。彼なら真剣に考えてくれるはずだと思った。
「簡単だよ。こんな町、出ていけばいいんだ」
「でも…」
「みんなもきっと同じように思ってる。みんなで出ていって、村を作ろうぜ」
「…」
「大人には何も期待できないじゃないか。子供だけでやるしかないんだ」
「…うん、わかった」
「明日こっそり集会をやろう。俺に任せときな」
集会には町の少年少女が揃った。俺とカールは腐敗した町から出ていくことを提案した。
賛成とも反対とも言わず、みんな黙り込んでいた。気持ちはわかる。俺たちだけで町を出ていくのは無謀だ。この町にいれば豊かな暮らしは保証されている。青猫がいる限り、という条件付きだが…。
「みんな、行こうよ!」
沈黙を切り裂いたのはアルブレヒトだった。
「このままこの町にいても、僕たちは成長できない。何もできないバカな大人になっちゃう。それでもいいの?」
「アルブレヒトの言う通りよ」
シャルロッテが続いた。華奢な美少女の一声は、みんなを勇気づけた。満場一致でこの町を出ていくことが決まった。
集会が終わるや否や、カールはアルブレヒトに抱きついた。
「見直したぞ。さすがは我が心の友だ!」
俺も同じ気持ちだった。彼はただの弱虫ではなかったのだ。
「うぐぐ、苦しい…」
「おぉ、すまねえアルブレヒト。とにかく大事なのはこれからだ」
「そうだよ。町を脱出する方法を考えないと。普通に逃げるとあのロープにやられちゃうよ」
ハインリヒが言った。
「うん。それで頼みがあるんだけど…」
俺は地面にへたり込んでいるアルブレヒトを見つめた。
「なに?」
「お前、あいつのことを誰よりも知ってるよな?」
「うん」
「弱点、知ってるか?知ってたら教えてほしいんだ」
「もちろんさ」
アルブレヒトは微笑んだ。
6月26日、ついに計画は実行に移された。みんなで町中からかき集めたネズミを麻袋に詰め、青猫に群がる連中で埋め尽くされたマルクト広場で解き放ったのだ。
「ネ、ネズミ!!!!!」
青猫は路面に倒れ込んだ。悶絶していた。
「救世主さま!」
大人たちが駆け寄ってきた。みんな必死だった。頭を叩いたり、背中をさすったり、赤い尾を引いたりして、なんとか青猫を起こそうとした。しかし奴はぴくりとも動かなかった。人々の泣き叫ぶ声が町中に響いた。
「今だ。みんな行くぞ!」
アルブレヒトとシャルロッテが密かに貯めていたタケコプターを頭に着け、俺たちは町を脱出した。夏の眩い西日に背を向け、ひたすら東へと飛んだ。
大きな川を越えたところで、ハインリヒのタケコプターの燃料が切れた。
「よし、ここで降りるぞ!」
みんなが着地した。見晴らしの良い丘だった。
「いい所じゃないか。ここを開拓してお前らの村にするんだ」
カールは言った。
「…えっ?」
「家を建てるんだよ!早く使えそうな物を取ってこい」
「あ、あぁ」
「頑張れよ」
「うん」
その夜は野宿だった。半日足らずで家が建つはずがない。もちろん快適ではなかったが、気分は悪くなかった。疲れが溜まっていたのか、俺はすぐ眠りに落ちた。
翌朝起きた時には、カールの姿はなかった。アルブレヒトもハインリヒもシャルロッテもいなかった。
「俺たちは騙されたんだ」
「あいつらは青猫とグルだったんだよ!」
「どうしてくれるんだ!お前の言うことを聞いたばっかりに…」
周りの仲間は掌を返して俺とカールたちを責めた。
「…いや、違うな」
俺はきっぱりと言った。
「ハーメルンに戻っても意味はないぞ」
「確かに…」
「俺たちはここで頑張っていくしかないんだ」
「…」
「覚えてるか?昨日ここに来た時カールが言ったことを…」
ドラフトが終了しました。こちらも回顧記事的なものを残してみようと思います。
1位 |
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近本 光司 |
大阪ガス |
外野手 |
2位 |
小幡 竜平 |
延岡学園高 |
内野手 |
3位 |
木浪 聖也 |
ホンダ |
内野手 |
4位 |
齋藤 友貴哉 |
ホンダ |
投手 |
5位 |
川原 陸 |
創成館高 |
投手 |
6位 |
湯浅 京己 |
富山GRNサンダーバーズ |
投手 |
育成1位 |
片山 雄哉 |
福井ミラクルエレファンツ |
捕手 |
大阪桐蔭の藤原を1位指名も抽選でハズレ。立命館の辰己もハズレで最終的に大阪ガスの近本の指名となりました。初めから辰己を指名していれば単独指名できたといった意見もありますが、私個人の意見としてはこれで良かったんじゃないかと思います。
最終的には外野手の指名は一人だけということもあり、目論見としては1位で指名することになった三人のうち二人を指名獲得したかったのかなあと推測します。クジ運のなさは、こればかりは仕方がないですね。
近本は社会人出身ということで即戦力としての期待が大きそうです。タイプとしては俊足好打といったタイプで島田とかぶりますね。島田もU-23ワールドカップで躍動しており、来春のレギュラー争いが楽しみになります。そういうことになると高山、中谷、江越、伊藤といった選手に入る余地はありませんね。糸井、福留のポジションを奪い取るつもりでいてほしいものです。
2位指名は高卒内野手ですが、3位には社会人から内野手を指名。内野手はようやく育ってきたところではあったのですが、さらに競争を激化させる狙いもあるのでしょうか。より高いレベルでの競争を期待したいものです。
4位以下はすべて投手の指名。4位の齋藤は当然即戦力として期待してのものでしょう。中継ぎタイプなんじゃないかなって感じですが、中継ぎは年齢が高めと言っていたところに合ったものじゃないかと思います。
5位は高卒左腕、6位は今年19歳の右腕の指名。一軍で見ることができるのはまだ先のことかもしれませんが、数年後の活躍を期待したいところです。
クジこそ外してしまいましたが、個人的にはウィークポイントをそこそこ補強できたドラフトだったのではないかと思います。
このドラフトの結果を本当に評価できるのは少なくとも5年後ということになるでしょう。
とにかくまずは来年、現有戦力がどのような成長を見せるのか、ルーキーたちがどのようにアピールしていくのか、楽しみで仕方がありません。
まだ私が入社して三年目の頃です。
当時働いていたオフィスの至近にある大展示場の通路に常設ブースを出すことになりました。
イベント毎に全然客層が違いますから、いろんな層にアプローチできていいんじゃないかと誰かが判断したのでしょう、私には全ての人に同じプレゼンで刺さるとは到底思えませんでしたけども。
オープンを某IT系の大イベントに合わせたので、そのイベント中は大変な人でにぎわいました。
我々若手社員は輪番でそのブースのお守りをすることになりました。
広報の人は来場者を数えて、成果として報告するのだとほくほくしていました。
私が応対している時に、チェコから来た社長と話が弾み、展示していたプロダクトを売ってくれとせがまれ、何台いるのかと聞いたところ200台、キャッシュで払うと言われたので、えたりおうとて、すぐに数千万円の決裁をとろうとしたのですが、現金取引をしていないこと、チェコで動く保証がないこと、どうやって持って帰るのかが引っかかって売れませんでした。
最終的には握手をしてハグをして別れました。
素晴らしい売り上げを逃してしまいました。
私はライブやフェスで何度かその展示場に足を運んでいたのですが、通路はすごく込み合いますし、そこにどっかの会社のPRブースなんかあったら邪魔でしょうがないだろう、俺なら蹴るねと思っていました。
パンク好きの先輩も同意してくれました。
案の定、二回目か三回目のイベント時にクレームが寄せられて、展示場との協議の結果、なんと人が多く訪れるであろうイベント開催時にはそのブースにカバーをして展示しないことになりました。(親和性のあるイベントは別。)
つまり開いているのはイベントがなくて人が通らない時だけ、というなんとも矛盾に満ちた存在になりました。
輪番でのお守りは継続しています。
通るのは守衛さんだったり散歩のコースにしているお年寄りだったり。
わたしはおまんじゅうとお茶をごちそうになったことがあります。
ははは。
実直、遊びがないことで名の知れた我が社がイメージを変えようとしていたのか、そのブースのオープンに合わせてイメージキャラクターを作ることになりました。
デザインは社内公募され、私の部署の先輩でチェシャ猫のように笑う先輩が書いたバザールデゴザールのような猿が選ばれました。
「いやいや、バザールでござーるやん」
「かわいい!めちゃかわいい!」
の二派に反応は分かれましたが、大部分の人にとってはどうでも良い話だったと思います。
キャラクターができたら名前をつけなくてはなりません。
何しろ百万円以上かけて着ぐるみを作るのです。
なんかこう素敵な名前をつけてあげなくては。
キャラクターを選ぶので疲れてしまったのか、広報から人事部経由で我々若手にさっさとキャラクターの名前を考えろという指令が下りました。
残業しながらみんなでやいやい相談していましたがなかなか結論がでず、らしきものができたのは夜も十時ごろ。
名前の由来、思いなどを他の検討案とともにしたため、翌日提出することにしました。
翌日、紙に資料を印刷し、プレゼンをしようと先輩とともに広報に出向いたところ
「ごめん。あれ、もういいんだ。」
「どういうことですか。」
「もう決まったんだ。」
「何にですか。誰がですか。なぜですか。」
「こういうことが会社にはあるんだよ。」
「はあ?納得できませんよ。何に決まったか教えてくださいよ。」
「今は教えられない。お疲れ様。あとでちゃんと説明するね。」
「それが広報の仕事の仕方なんですね。勉強になります。」
先輩から脇腹に肘鉄をもらいながらも嫌味を言って帰ってきたのですが収まりません。
上司に報告をするとバツが悪そうに教えてくれました。
「支店長が昨日社内懇親会で飲めない酒を飲んでな、マスコットの名前なんて誰もが知ってるドラえもんみたいな奴でいいんだ。なんでもできる、みんなみんなかなえてくれる、いいだろ?そうだろうが。て言ってさ。」
「はあ。」
「あの人、ラグビー好きだろ?そしたら若い奴が余興でラグビーのネタをやったのよ。TRYするってことでTRYくんではどうですか!そうだな、トライモン、トライモンてのはどうだ。わはは。だってさ。」
「えー。絶望しかないんですけど。」
同期のキレ者女史が今にも会社をやめそうな勢いで顔をしかめました。
「よくもまあ。」
「ほぼ地獄絵図ですね。」
それぞれがそれぞれの苦みを噛み締めたひととき。
「これより理不尽なことはこれからもある。それを学んだだけよし、というわけにはいかないと思うから、俺から謝る。すまん。」
「いや、明らかに何かに引っかかるでしょう。使えますか、その名前。」
「今その辺を調べているらしい。だから君らに教えられなかったんだと思うよ。」
結局トライは採用、バザールでござーるに似たフォルムだったことからモンキーがついて、トライモンキーという名前になりました。
しっぽを鍵にしたり、バザール感をなくしたり、大人な調整が入ってトライモンキーはお披露目され、しばらくいろんなイベントで使われていましたが、十年たって私が再びそのオフィスに転勤してきた時には誰も覚えていませんでした。
生まれた経緯はいろいろありましたが、それなりに愛着はあったんですけどね。
(このお話はフィクションであり、実在の団体・キャラクター・人物とは一切関係ありません。)