【テーマ】水族館 がりは
- 2017.02.28 Tuesday
- 08:34
東京都葛西臨海水族館はマグロの回遊の展示を目玉にしていた。
私はこの水族館が大好きだ。
小学生の時に初めて行った水族館はここだった。
中学一年生の時に初めて電車に乗ってデートをしたのもこの水族館だった。
それはデートと呼ぶかどうか微妙なくらい淡い清いものであったが(ダブルデートだったし。)制服じゃない彼女と会うのはとても嬉しかった。
小学生までは無料、中学生から有料の入場料をちょろまかそうと、「小学生でーす。」と言ってゲートを通ろうとしたら、他の三人は通れて私だけ引っかかった。
「小学生ですっ。」と言い張ったが、「じゃあ干支は!」と決めつけられて「いぬ・・・の次。」としか答えられなかった私は料金を払ってマグロを観ることになった。
とてもかっこ悪くて、どの水槽よりもブルーな気持ちになった。
そんな私の左手の手のひらをそっとつまむように彼女は握ってくれた。
それが初めて彼女と手をつないだ瞬間だった。
月並みな言い方だが、そこだけとても熱くなったし、その熱はそれから二年くらい私を折りにふれて温めてくれた。
大人になってからもこの水族館にはよく行った。
仕事に疲れたある日、彼女と示し合わせて会社を休んでデートをすることにした。
平日の水族館は誰もいないのではという私の予想に反して、老人と訳ありカップルでにぎわっていたことに少々面食らった。
幸いマグロ前は空いていて、ゆっくりと時間を過ごすことができた。
世界の様々な環境に棲む魚たちには目もくれず、マグロの水槽の前にずっといた。
環状の水槽の内側からマグロやカツオの回遊が見られる。
その水槽の前の階段状になったベンチが我々はお気に入りで、深い青の水槽を音もなく回遊するマグロを眺めながら彼女の膝枕でうとうとするのがとても好きだった。
その日もいつものように微睡んだ。
マグロは旋回をする時に普段はしまっている秘密の背鰭をぴょこんと出してブレーキをかける。
マグロはほとんど決まったポイントで旋回を行い、逸脱することは稀だ。
マグロは時々互いにぶつかっているし、一定数傷を負ったまま泳いでいる。
そんな発見とも言えないトリビアを再確認しながら深く眠ってしまった。
目が覚めたけど目がまだ開かなくて、起こさないでいてくれたことに感謝しながらも、随分深く眠ってしまった気がしてごめんと言った。
いいよ、と綿菓子みたいなふんわりした声。
どれくらい寝てた?
だいぶ長い間。起きないかと思った。
目を開けると深い青。
違和感。
マグロが一匹もいない。
マグロは?
いないよ。今日は初めからいなかったよ。みんな死んじゃったんだよ。
そうか。
と言って私はまた眠ってしまったのだけど、再び起きた時には彼女は消えていて、マグロもやはりいなかった。
結婚をして子供と一緒に時々水族館に行くのだけど、私はもうあの大きな水槽の前で長い時間を過ごすことはない。
子供もペンギンが気に入っているようだ。
妻に「あれ、マグロ復活してる!」と言われてもそれはカツオだと訂正することもない。