【テーマ】解答用紙 by Mr.ヤマブキ
- 2016.10.31 Monday
- 22:58
3月も中旬にさし掛かろうという頃、その日は春の陽気が漂っていて防寒具ばかり用意していた受験生を苦しませた。自分が悲しい時に浮かれた奴を見ると、腹が立つ。僕自身はそんな気分でその麗らかさを受け止めていた。
最後の科目、配られた解答用紙はほとんど白紙に近い、たった一枚の大きな紙だった。これまで何度も練習してきたように問題冊子を開き、これまで何度も解いてきたような類似問題を思い出して用紙を埋めていく。予想外の問題もあれば、似て非なる問題もある。類似問題を思い出せればもらったようなものだというのは分かっているのだけれど、どうしても焦ってしまう。何かに急き立てられるように、あるいは逃げるように解き続ける。そうだ、時間だろうと思い、時計を見てもまだ始まったばかりなのだから時間は余っている。それでも安心できない。転がるように解き続けて、見直し、解けなかった問題に再び手を付ける。
そこで試験終了の合図がなる。
回収されていく解答用紙を呆然と眺める。全然解けなかった。また一年、この生活に戻るのか。このただの紙切れが、こんなにも苦しめるのか。紙じゃない、僕自身を見て僕の人生を決めてくれ!……でも、僕からこの解答用紙を埋める能力を取ってしまったら何が残るというのか。何もないからこそどこまでもこの解答用紙に縛られ続けるのだ。きっともう一年、陰鬱な日々が始まる。
特別勉強が好きだったわけではない。ただ得意というか、他人より少し勉強ができたからそれがうれしくて続けているうちに居場所がそこにしかなくなってしまっただけだ。運動ができたり話が面白かったりすればそうならなかったのかもしれないなとも思う。
田舎の中高ではトップクラスできたのに大学入試は失敗。都会に出て浪人生活を始めてようやく知った。最初、誰もかれも服装が垢抜けていて恥ずかしかった。遊んでまともに授業にも出ないやつ、休憩時間にはサッカーを始めるようなやつ、それでも僕なんかあっさりと飛び越えていく。何をしているのか分からなくなっては何をすべきか思い出して、何とかかじりついて迎えたのが前期試験。そしてこれが後期試験。
合格発表の掲示板を見に行くと、僕の番号はなかった。またあの日々に吸い込まれるのだ。敷かれたレールの上すら進めないあの日々が。正気でやれるだろうか。刺青を彫った柔らかな皮膚から血が滲んでくるように、紙に書き続けたあの日々が戻ってこようとしている。
その日もやけに麗らかで、隣ではアメフト部が合格者を胴上げしている。