【テーマ】ロックな魂 がりは
- 2016.04.30 Saturday
- 23:59
お笑い番組を見ながら夕食を取っていたのだが、話の雲行きが怪しい方へ行き、とうとう弟が爆発した。
お笑い芸人がマシンガンのようにギャグを飛ばし、それがいちいち受けているのを聞きながら、俺は身構えた。
数年ぶりに母が手を出すかもしれないと思ったからだ。
弟の主張は今自分はバンドをやっていてこれに専念したい、今通っている短大で手に職をつけたところで、自分はCADの技師として一生を終えるつもりはない、学校に生かしてもらって感謝しているが、自分がやりたくないことを頂いたお金で嫌々続けるのも失礼な話なので卒業まで半年というこのタイミングではあるが、学校をやめて家を出たい、ということだった。
我が家は父親が事業に失敗、こしらえた借金を返済するために馬車馬のように働いているところ、母親が必死に働き生活を支えるだけでなく私を大学にやり、弟を短大にやっていた。
私は一浪して行った一つ目の大学を辞め、いたたまれなくなって家を出、時々家に帰ることができる程度にほとぼりを冷ましたところだった。
「どういうことやねん。」
父は静かに言った。
「親父は黙っててくれ。僕はあんたみたいな人に関わっている時間もないねん。」
私は頭を抱えた。
「もういっぺん言うてくれ。今なんて言うてん。」
「僕には時間がないねん。」
「その前に何か言うたやろっ!」
「言うてない言うてない、言うてないよな?」
たまりかねて私が間に入った。
「で、何がしたいって?」
母が少しかすれた低音で言った。
背筋がぞくりとし、間に入るために前傾だった姿勢がのけぞった。
「僕はバンドがしたいねん。音楽やりたいねん。」
「音楽やるのは勝手や。でも学校は出なさい。」
「僕には時間がないねん。」
「あるやないか。売るほどあるやないか。」
「兄ちゃんは黙っててくれ!自分は大学やめたくせに!」
「やかましわい!お前は出ろ!」
「あんたは黙ってなさい!」
母に言われて私は黙った。
誰も話さない。
お笑い芸人のギャグは続いていて、乗りに乗っていた。
たまりかねて私は電源を切った。
弟は私が食卓に置いたリモコンをさっと取り、また電源を入れた。
私はすぐに切って、テレビの方にリモコンを放った。
弟は席を立ちそれを取りに行こうとしたので私は右手で行く手をふさいだ。
腕に感じた彼の腹筋は私の知っているよりもはるかに分厚く、これは一筋縄では行かないなと思った。
最後に喧嘩したのは三年前だ。
今回は勝敗が変わってもおかしくない。
「座りなさい。」
母が言った。
私達は目も合わさず無言で力比べを続けていた。
「座りなさい!」
しぶしぶ座った。
「なんでそんなに音楽やりたいの。」
静かに問うた母に、しばらく黙ったのち弟が立ち上がって言った。
「僕の、僕のロックな魂が止められへんねん!!」
我々三人は腹がよじきれるほど笑った。
「ロックな魂って!」
「あかんあかん、もう一回言うて!」
「もう一回言われたら死んでまう。」
「いやいやいやいや名言出ましたよ。」
「あかんあかん助けてくれ。」
弟はそこそこ名の通ったミュージシャンになったが三十を過ぎてしばらくして突然引退。
ロックな魂が眠ったから、というその理由を私はコンビニで立ち読みした雑誌で読んだ。