夢競馬の人々(167)  葉山 悟

  • 2013.07.31 Wednesday
  • 23:45
それから二日後、釣り人が突堤で重石をつけられたK部長の遺体を発見。それを伝えるテレビのニュースは、0組の内部分裂抗争を絡めて報道していた。
――大崎会長が死去した0組は、おかみさん派と若頭派に分裂。その両派を経済・財政面で支えていた金庫番的存在がK部長でした。両派の企業舎弟を取りまとめ、0組の看板を裏で支えていたKさんでしたが、両派に対するバランスが崩れ、その権力争いに巻き込まれたものと思われます――
「おかしいよね。おかみさんも若頭もK部長の存在は十分過ぎるほど認めていた。それなのに始末しますか?」
年金さんがイの一番に電話をかけてきた。
「これだからヤクザもんの世界とは関わりたくない。義理と人情なんて、今の時代あり得ないよ」最後は捨て台詞のような言葉を吐いて、年金さんは電話を切った。
片山さんの奥さんは「私怖い・・とにかく今すぐ会いたい」とひどく怯えていた。奥さんからの電話のすぐ後、夫の元新聞記者の緊張した声が飛び込んできた。
「まだニュースになっていないが、若頭派から三人の若衆がK部長の殺人と死体遺棄で出頭したらしい。何でもおかみさん派ばかり肩入れするK部長の存在が気に入らなかった、というのがストーリーだ。当然、先生の読みではホンボシは別になりますよね。でもK部長とあの人は利害が一致していて、とてもいい関係の様に見えていましたが」
自分の愛人の事、妻と僕の関係について、返却しなければならない4000万円の段取りと資金繰りについて、今後のサークル運営について等々、僕と彼が話題にしなければならない問題は山積している。いまさら私立探偵の様なことをしてS場長を追い詰めて何になるのだろう。行方不明の大沢と同じ運命をたどるのが関の山だ。それに確たる証拠は皆無だ。あるのはいささか翼を広げ過ぎるきらいのある想像力と推理力のみ。しかしこれだけは明確だ。大崎会長とのツーショット写真を持っていた大沢の行方不明、0組との癒着、談合、キックバックなど全てを知る男の死去。この二人の死で最も被害を避けることが出来るのは、つまり最も利益を得るのはS場長だと。
「若頭派から三人もK部長殺しで出頭したって・・・」僕は元新聞記者からの情報を彼女に語っている。夫からの情報を妻に伝えているだけだが、その距離は途方もなく遠い。

夢競馬の人々(166)  葉山 悟

  • 2013.07.31 Wednesday
  • 23:44
「K部長は堅気です。とても人を殺せるような人ではありません」
片山さんは僕の耳元に顔を寄せて囁いた。
「K部長は堅気でも配下にヤクザをいっぱい抱えている。中には部長の命令で特攻隊のように殺しに突進する奴がいるかも」
片山さんは黒目勝ちの瞳を思い切り見開いた。アイラインがうっすらと見える。彼女の夫はS場長とK部長の関係を洗い出すだけでなく、五年前の業界誌まで探し出してくれたのだ。
「Hさん、本当にK部長が大沢さん達を始末したと思っているの?」
「それは分からないが、少なくとも彼らの事情を知っていると思う」
「S場長の人生最大の危機をKさんが救ったとしましょう。じゃあその立役者のKさんの行方が分からないっていうのをどう考えればいいのかしら」
彼女からそう問い詰められて僕は答えに窮した。僕の中にある確信めいたものをそのまま言葉にすれば、S場長は稀代の悪人そのものになる。大沢とその共犯者の始末をK部長に依頼したSは、自分の悪行の全てを知るK部長の存在をも消し去る必要があったのだ。
Kの存在は、単純な恐喝を仕掛けてきた大沢と全く比較にならない。大崎会長や0組との癒着ぶりの他、N競馬場の発注工事の内幕、談合、リベートなど全てを知り尽くしている。
大崎会長とのツーショット写真をネタに恐喝してきた大沢とその共犯者の始末を、K部長に依頼してきたS場長は、その秘密を死守するために今度はK部長を抹消させたのではないか。まさに殺しの再生産、エンドレスキラー、流転輪廻である。
「家族から捜索願が出されているというし、0組の大蔵大臣でもある人だから近々はっきりした事が判ると思う」
僕はそう回答したものの腑に落ちない思いでいっぱいだった。Sは自分の暗部、汚点、秘密、そうした弱点を握る存在を認めるだけで暗澹たる思いにとらわれるに違いない。
「奴が生きている限り、自分の安穏たる人生は無い」とS場長が考えたとしても全くおかしくはない。N競馬場に関する様々な利権を、まるで麻薬捜査犬が禁止薬物を嗅ぎ当てるかのように探し出し、たちまちのうちに主導権を発揮して行くのである。まさにK部長は企業舎弟、経済ヤクザそのものである。

【テーマ】「本能寺の変 後編」 by アフリカの精霊

  • 2013.07.31 Wednesday
  • 21:40
本を買うと私は食い入るように読んだ。
全てを引用するのは問題があると思うので、印象に残った言葉だけ取り上げたい。

「『なぜ』と疑問をさしはさむ余地は小さくなり百家争鳴のなかから本命の説が絞り込まれつつある」
「現在では、信長の四国政策の変化が本能寺の変を引き起こした大きな要因であるという考えが、各論者にほぼ共通した見解となっている。」

やはり四国攻め回避説が真実であるとして書いており、他説(野望説・怨恨説・黒幕説)の批判もなされていた。
しかも私の主張はこうだ!ではなく、これが真実であるという形で断定している。

筆者は東大の准教授らしく、本能寺を扱ったBSのテレビの討論番組でも見たことのある人だった。
それだけエライ人が言うのだからそれなりの理由もあるだろうが、これを読んでもどうしてもこの説が今の学会の主流であるとは思えなかった。


しかし「歴史的想像力とは、信頼しうる史料をおさえてこそ発揮される」というこの筆者の研究の指標となる考えには賛同できた。
完全に信頼できる史料などないことから、1つの史料にこだわることなく様々な史料の共通項から真実を割り出していくという考えは大切であることは同感である。
できれば、その考えから史料を読みとるとなぜ四国攻め回避説になるのか知りたかったが、紙面の都合もあるのか書かれていなかった。



全体的な感想としては、新しく知ることも多く興味深いものであったが、題名にあるように本能寺の原因を断定的に論じる等、行き過ぎた記述も目立った。
もちろん断定的に論じることにより説得力が増すので、本の書き方としては正しいのかもしれないが、歴史をあまり知らない人が読めば、「これが真実か!」と思ってしまうのではないかと思うほどであった。
まだ通販とかでは手に入れられるので興味の持たれた方は是非読んでほしいと思う。
また歴史の詳しい方には、これを読んで今までの自分の本能寺の考え方に影響したかを話してみたい。

全体として疑問の多い文章で合ったが、読み物として読むのは非常に面白いと思った。
今まで通説と言われてきた説に反する説の論者が、どのように自分の論を語っているかという点に非常に興味が惹かれた。
もちろん、この「本能寺の真実」以外にも、「長篠の勝因は三段打ちにあらず」「成立目前だった織田幕府」など今までの通説と反する読み物があり380円以上の価値はあった。

全部で50巻セットの創刊号であるが、初めは「この創刊号だけで終ろう。第2巻からは高くなるしやめよう」と思っていた。
しかしこの創刊号を読んだ今、戦国を扱った第4巻・26巻・27巻は買うことにした。

特に第27巻「戦国大名たちの素顔」、これは楽しみである。
どんな論が出てくるのか。
上杉謙信女性説か徳川家康影武者説か明智光秀=天海僧正か。
週刊なので出るのは約半年後。
今から楽しみで仕方ない。




「本能寺の真実 中編 その6」  byアフリカの精霊

  • 2013.07.30 Tuesday
  • 22:46
これまで紹介した以外にも様々な説があるのだが、メインとしては以上といった感じである。
それぞれの説の主張者に理由があり、それに対する批判がある。
そして大きく2つの有力説があるものの(野望説・怨恨説)決定的なものはない。

将棋でも「初手における最善手は何か?」という結論がまだ出ていない、それでいて様々な候補のある議論がある。
ちょうどこれと同じである。

76歩と26歩という2つの大きく有力な説がある。
おそらく将棋をやっているほとんどの人が初手の最善手としてこれをあげるのではないだろうか。
これが怨恨説(76歩)、野望説(26歩)にあたる。

最近になって流行ってきた(?)初手56歩、これが黒幕説にあたるであろうか。
黒幕説が流行ってきたのもここ10年くらいである。
見ていて楽しい点もそっくりである。

これに対して今回話題としてきた四国攻め回避説は16歩である。
論者としては今までほとんどいなかった。
将棋においては16歩はほとんどの将棋で指す手であり、初手が26歩、76歩と指した場合に繋がることも多い。
これと同じように四国攻め回避説も結果的には怨恨説や野望説、焦慮説などに繋がってくる。
精霊自身も、なぜ光秀は信長を恨むことになったのかという1つの原因にすぎないと思っている。
論者も少なく、全ての説に繋がりを持っているが、それ自身が決定的なものではないという点において四国攻め回避説は16歩に似ていると言えよう。

つまり私が今回、この本を買うきっかけになった見出しは「本能寺の変 光秀謀反の原因は四国攻めにあった!」であるが、これを将棋に充てると「将棋の初手の最善手ついに発見 それは16歩!」という感じであろうか。

「そりゃ、将棋を指せばほとんどの将棋で16歩をいつかは突くけど、これが初手における最善手とは言えないだろう」
これと同じ感覚で
「そりゃ、本能寺の変の1つの要因として四国攻め回避はあるかもしれないけど、これが本能寺におけるメインの原因とは言えないだろう」
と感じたわけである。
まあ、スポーツ新聞の見出しを見た感覚とも似ている。

しかし同時に将棋ファンならおそらくウソだとわかりながらも「なぜ将棋の初手の最善手が16歩になるのだろう」と興味を持つだろう。
そしてそれをどのように説明するのかに興味が出てくる。
それが380円という比較的安価で読めるならば、多くの将棋ファンは買うのではないか。

私の興味はそこにあった。
四国攻め回避説をどう説明するのか。
私は意を決して本屋で380円を出して購入した。

【テーマ】凱旋門賞 たりき

  • 2013.07.30 Tuesday
  • 00:14
昨秋、夜中にテレビを見ていて(あまり大きな声は出せないので口の中で)叫んでいた。
「よし!勝った!」

フランス・ロンシャン競馬場、凱旋門賞。
芝レースの世界最高峰と言われているそのレースに日本からオルフェーヴルが参戦していた。
直前にライバル達の回避が相次いだこともあって、勝っちゃうんじゃないだろうかと考えることもあった。とはいえ半信半疑の部分も大きかった。
しかし、道中はいつものように後方に位置していたオルフェーヴルは、最後の直線で一気に先頭に躍り出た。その時点で後続とは数馬身の差が開いているように見えた。
正直、勝ちを確信した。負けるはずがないと思った。
少なくとも、日本ではこの状況から負けたことはなかった。

そこは日本ではなかった。
そのレースは、世界最高峰のレースだった。
完全に先頭に立ったと思っていたが、一頭の馬が一完歩ずつにその差を縮めてくるのが見えた。
そして見事に差しきられたところでゴールを迎えた。

日本の競馬界の夢はまたしても打ち砕かれた。
ディープインパクトでも無理だった凱旋門賞制覇だったが、オルフェーヴルならやってくれるのではないかと思っていたが一歩届かなかった。
敗因について、少し先頭に立つのが早かったといった向きもあるかもしれないが、ぼくはそんなことは関係ないと思っている。
日本ではそんなこと関係なしに後続を完封してきたのだから、これが世界の強さということなのだろうと思う。
凱旋門賞を制するには、あと少し何か足りないものがあるのだろうと。

今秋も、オルフェーヴルは凱旋門賞に挑戦する。
そしてもう一頭、今年の日本ダービー馬であるキズナが参戦することになっている。
ディープインパクト産駒、鞍上は武豊Jを予定している。
所属するのはタップダンスシチーで凱旋門賞に参戦したことがある佐々木晶三厩舎。タップダンスシチーのときは、直前の飛行機のトラブルか何かで強行日程になってしまい惨敗したということを覚えている。
いろいろな因縁があるのだが、何より楽しみなのは凱旋門賞が斤量の面で牝馬だったり3歳馬に有利であるとよく言われること。
今年日本ダービーを快勝したばかりのキズナが参戦することは非常に期待が持てる。
(ジェンティルドンナにも参戦してほしかったが、こればかりは仕方がない。)

この秋、凱旋門賞が楽しみです。

「本能寺の真実 中編 その5」  byアフリカの精霊

  • 2013.07.29 Monday
  • 22:35
その5 四国攻め回避説
今日は私がこれらの連載をするきっかけとなった「四国攻め回避説」である。
どうやら私の今回購入した本によるとこれが本能寺の原因となるらしいが、まずこの説がいかなる説かを説明しないといけないであろう。

まず明智光秀の家臣に斎藤利三という人物がいる。
この斎藤利三は明智光秀の甥だと言われている。
どちらかというと、三代将軍徳川家光の乳母である春日局の父親と表現した方が有名であろうか。

織田信長が勢力を拡大してきて、次はいよいよ四国だという時点になった時、四国には2つの勢力があった。
1つは長宗我部、もう一つは三好である。
信長はこのうち長宗我部と同盟を結び、まずは三好を潰すことにした。
その同盟を結ぶ役目は光秀に任せられ、光秀は自分の親戚である斎藤利三の妹を長宗我部元親に嫁がせ親戚関係にした。
つまり遠い意味であるが明智光秀は長宗我部と親戚になったのである。
ここで織田&長宗我部vs三好という四国の構図ができつつあった。

こうしてやっと築いた同盟関係を無にする出来事が起こる。
秀吉が「三好と仲好くして長宗我部と戦った方がいい」と信長に進言したのである。
秀吉はこれより前に自分の甥を三好氏の養子にして、三好氏と親戚関係にあったのである。
そして信長は秀吉の案を採用してしまった。
結局、四国は織田&三好vs長宗我部という構図になってしまった。

そして本能寺の起きたその日、それは長宗我部討伐の軍が大阪から四国に向けて出発する日だったのだ。
光秀としては、信長の命令で築いた同盟を無視しライバルの秀吉の案を採用する信長に対する恨み、もしくは遠い意味での自分の親戚を救うため、四国出兵を回避しようと本能寺を起す、これが四国攻め回避説なのである。

この説も様々な説と繋がりを持つ。
その3で述べたように、ライバルの秀吉案を採用し自分の面目を潰されたことへの恨みであれば怨恨説へ。
秀吉案ばかりが採用される焦りからは焦慮説。
斎藤利三が自分の妹を救ってほしいと願い出たことをきっかけとすれば、斎藤利三黒幕説へ。

この説の弱点としては、ここまで読めばわかると思うが、ひたすら根拠に弱い。
結局は自分の案が採用されなかったというだけである。
そしてその恨み、もしくは名誉を守るために信長を殺すといったものである。
その3で述べたように、上司に自分の案が採用されないのは現代のみならずこの時代でも普通のことであり、それが決定的原因になりうるだろうか。
そして、四国攻め回避と信長を倒すということを天秤にかけた場合、あまりにも不釣り合いではなかろうか。
損得勘定があわなすぎると考える。

この説は昔から唱える人はいたものの、元から唱えていた人は「上杉謙信女性説」なんかを主張していた人だったので、あくまでファンタジーの1つとして私としては全く気にとめていなかった。
近年、それ以外にも唱える人が出てきたことは知っており、ある程度の主張はあるだろうとしても「本能寺の原因は四国攻め回避!!」と新聞に大見出しを出せるほどのものではなかったのである。


流星群 その1 by Mr.ヤマブキ

  • 2013.07.29 Monday
  • 01:43

「ねえ、どうしても教えてくれないの?」
「だって秘密の場所だからね。大丈夫、キャンプみたいなもんだよ」
「もう…」
「着いてからのお楽しみ!」

 僕たちはレンタカーを借りて、昼過ぎに家を出た。

「キャンプなんて珍しい。そんなにアウトドアだったっけ?七年も付き合ってるのに、知らなかったなー」

 大学三年の夏からだから、もう七年になる。ゼミでもバイトでもサークルでもない。ただ、ばったり再会してそこから始まった。小学校の同級生。僕は中高一貫に進学してしまって、それからみんなとはほとんど交流が無かった。誰がどこに行って、何をしているのか、知る由も無かった。もちろん、彼女が同じ大学の違う学部に進学していることも。混んだ学食の中で偶然相席したのが、成人式で一度だけ見た彼女の姿だった。彼女の方も僕がいることは知らなかったらしい。そうだろう、中学以降は意図的にそれまでの付き合いを避けていたのだから。今思うとひどく損な生き方だけど、そのときはなんとなく気まずかったのだ。そして、ときどき連絡を取るようになって、昔とは違ったやり方で遊び始めた。
 僕たちは順調に付き合っていた。それこそ、飽きることなくと言っていい。そのままお互い就職をして、彼女は地元の銀行に、僕は大手企業に決まった。そうは言っても二人の住む物理的距離はさほど遠くなく、週に一回くらいは会っていた。ただ、二年の転勤が決まった時はさすがにどこかでダメになるかもしれないと思った。続いて欲しくなかったわけじゃない。続いて欲しいという願望と続かないかもしれないという予測は別のものだ。物理的な距離に互いの存在がゆっくりと溶けていくような気がしたのだ。でも、不思議とそうはならなかった。あるいは、当然の帰結なのかもしれない、と後になってからなら思える。
 今はまた、近くに住んで、こうして時々会っている。できすぎだ、と思わず声になる。

「何?」
「何でもない。楽しみで仕方ないから声が出た」
「なにそれ」

 そうして屈託なく笑う。

 僕たちはスーパーで車を止めた。

「ここから先はご飯を買えるところがないんだ」

 そこから先は急に家が減って、山の中に入る。三十分もかけて、ようやく山小屋へと辿り着いた。

「さあて、作ろっか。キャンプの定番」

 鍋にカレーを作って煮込む。火がじっくりと染みわたって行く間に、外の陽は暮れ、風が少しずつ冷えて行く。夕陽の沈むのとは反対の空は、一瞬だけ透き通るような深い青色を見せる。鮮やかなオレンジとのグラデーションに包まれる。むせかえるほどの酸っぱいような草の臭い。共鳴し続ける虫の声。そのうちにカレーの匂いが流れてきて、胃にぽっかり穴が空いたような感覚がする。

 カレーを食べて、一番星が見えたら出発の合図だ。

「そろそろ行こうかな」
「どこに?」
「星を摘みに」

流星群 その2 by Mr.ヤマブキ

  • 2013.07.29 Monday
  • 01:42

「星を摘むって、どういうこと?」
「そのままさ。行けば分かるって」
「それが秘密の場所なの?」
「そうだよ。ほんとに驚くから」

 彼女の手を引いて、暗闇を行く。

「あ、流れ星」

 見上げると、一面に星が輝いている。しかし、流れ星を見るには一足遅かった。と、思うと、また一つ流れた。

「うわあ、また!」

 そうでなくちゃ困る。しし座流星群に合わせて、ここに来ようって言ったのだ。

 僕たちは見晴らしの良い丘に登った。自分の視野が丸々星空で埋め尽くされる。綺麗、と彼女が声を漏らす。

「ここからが凄い所なんだ」

 すーっと深く息を吸い、呼吸を止める。星を摘まむと硬い感触がして、そしていつの間にか小さく輝く星が手の中にある。彼女が目を丸くする。

「これ、星なんだよ」

 手にとってそっと眺めた後、すごい、すごいと飛び跳ねる。

「私もやってみていい?」
「もちろん。ゆっくり息を吸って、そう、で、息止めて。星を摘まむ。ほら」

 彼女の掌に、一粒の星が煌めいている。

「星の味って知ってる?」
「分かんないけど、食べられるの?」
「うん。それ、そのまま食べてみて」

 彼女は恐る恐る星を口に運ぶ。僕も一緒に食べる。

「少し甘い、かな。不思議。おいしいね」

 僕はその透き通るような甘さを口で転がす。

「袋持ってきたからいくつか取って、持って帰ろう。星も生き物だからあんまり取り過ぎちゃいけないけど」

 彼女が一つ摘まんでは、僕がビニール袋に預かる。いくつか取ったあと、ぴたりと彼女が動かなくなる。どうしたのだろうと思っていると、あー無理だったー、と声を上げる。

「流れ星も掴めるかなと思ったの」

 僕もそれは気になった。流れ星はどんな味がするのだろう。そこからは二人で躍起になって流れ星を掴もうと構えていた。流星群はピークに近づき、その速度を増していた。ぽつりぽつりと、降り出した雨のように淡い光の陰が流れて行く。

流星群 その3 by Mr.ヤマブキ

  • 2013.07.29 Monday
  • 01:41

 「助けてくれー、た、助けてくれー」

 どこかから声がする。

「何か言った?」
「助けてくれって聞こえた」
「私も。どこからなんだろう。上から聞こえたような気がしたんだけど……」

 僕もそう感じた。そんなわけないと思いつつも、空を見上げる。やはり誰もいない。それはそうだ。とすればどこからだろう。

「見て、あそこ!天の川のとこ」

 彼女が指差した先へ目を凝らす。人だ。老人が溺れているように見える。耳を澄ますと、助けを呼ぶ、小さくかすれそうな声が聞こえてくる。どうやって助けに行けばいいのか分からないが、多分、星を摘むのと逆の要領で天の川まで行ける気がする。摘まむのは、星がそうであるように、物凄く小さなサイズで帰って来てしまうかもしれない。
 袋を彼女に預け、服を脱いでパンツ一丁になる。息を深く吸って、ぴたりと止めて、狙いを定めて飛びこむ。すると、浮遊感に包まれた直後、天地がひっくり返り、天の川に飛び込んでいた。見上げると、地球では無くて、遠くに彼女と丘、そこから街が広がっていた。
 流れが速い。暗い流れの中を大きな球状の星が転がって行くようだ。泳ぐのに精一杯でぶつからないようにするのは無理だ。何度も当てられては何とか老人のもとへ辿り着く。後は流れに逆らわなければいい。深呼吸して、彼女めがけて飛び込む。再び天地がひっくり返り、どさっと草のクッションに叩きつけられる。
 慌てて彼女が駆け寄る。

「大丈夫!?おじいさん、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとうございます」

 何度か咳き込んだ。

「ほんとに、危ない所を……何とお礼していいやら」
「無事ならいいんですよ」

 途方も無い緊張が一気に霧消して、体の力が入らない。大の字に寝転んで、流れ星の尾を追う。

「おじいさん、おじいさん」

 ぎこちない体で必死に駆けてくるのは老婆だ。

「戻って来ないから探しましたよ。はあ、助けて頂いたんですね。ありがとうございます。ご迷惑をお掛けして、ほんとに」
「いやいや、無事で何よりですよ」
「おじいさんったら、流星群が来るから川の様子が心配だって、見に行ってそれで溺れてるんですから。ほら、台風の時でもいるでしょ、亡くなられる方」

 これには彼女と顔を見合わせた。

流星群 その4 by Mr.ヤマブキ

  • 2013.07.29 Monday
  • 01:40

 お礼をしたいから、と家に呼ばれた。おじいさんを家まで送るつもりだったので、快く従った。僕たちの山小屋とは反対方向にささやかな一軒家が立つ。外灯も無い暗闇に家の灯りで家全体がぼーっと浮かび上がる。山小屋の様な外見だが、中は畳が敷いてある。一室に通される。

「どうぞお茶でも。あら、星を摘まれたんですね。私が炒めましょうか?」
「じゃあお願いします」
「ねえ、イタメル、ってフライパンの話?」
「そうだよ」
「変な食べ方」
「これが美味しいんだよ」

 おばあさんを待つ間、三人でお茶をすする。入れられた氷が湯呑の薄い淵に当たって風鈴のような音を立てる。話しはせずとも、興奮と安堵を共有したまま滴るような時間が流れて行く。しばらくしておばあさんが戻ってくる。

「こっちがお二人の星。足りなかったら私らの取った星も食べてちょうだい」
「頂きます」

 彼女の顔がほころぶ。

「おいしい。すごくおいしい。ありがとうございます」
「それは良かった」

 父と暗闇で星を炒めたときの味だった。仄かに照らされた父の顔。

「私らはね、ずっとここの土地の見張りをしてきたんです。あんな素敵な丘、知れ渡ったらあっと言う間。荒らされるのは目に見えてますでしょう。だからひっそりと、でも国の土地開発にも使われないようにがんばってるんです」
「僕たちは……いいんですか?」
「いいんですよ。ここを見つけたのはあなたのお父さんなんだから。……今のあなたよりももっと若いとき、ここを守ってほしいって頼まれたんですよ」
「ひょっとして、僕たちの泊まる山小屋っておばあさんたちの」
「そうですよ」
「友達って聞いてたのはじゃあ」
「そうですよ」
「すみません、そんなに年が離れてるとは思ってなくて」
「いえいえ。それより、もうすぐ流星群がピークだから見に行かれたらどう?もちろん、天の川には気を付けて」

 二人は手を振って見送ってくれた。
 真っ暗闇を歩くと、僕たちのお腹が光っているのが分かる。同じ速度、同じタイミングで点滅している。

「なに光らせてんのー」
「こっちも光ってんだろー」

 彼女のお腹を押さえた。

「くすぐったいってばー」

 並んで丘の上に寝そべる。流星群はますます速度を増していた。消えたと思ったら別のところではもう流れ始めている。僕は息を止めて、手を伸ばす。もし掴めたら、そのときに言おう。そう決心した。
 と、いきなり指先の近くに尾の長いのが流れてあっさり捕まえてしまった。

「すごい!見せて見せて」
「まだ流れようとしてるみたいで、指にすごく力がかかってる。渡せないや。ほら」
「きれいね」
「離していい?」
「うん」

 指の力を緩めると、流れ星は勢いよく空中へ飛び出し、すーっと丘の周りを回った後、僕たちの目の前で消えた。

「ねえ、真菜」
「何?」
「結婚しよっか」
「はい」

 それからは何も言わずに二人で夜空を眺めた。視界一杯に降りそそぐ流星に、できすぎだ、と呟いた。

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