夢競馬の人々(97) 葉山 悟
- 2012.10.31 Wednesday
- 23:55
神の啓示だからといって、僕が神から選ばれた人間だと考えているわけでは勿論ない。そもそも宗教も神の存在も信じていないのだ。この大いなる矛盾について本当のところ僕は語るべき言葉を持たない。いや語る資格が無いというべきかもしれない。
「センセ、さっきの電話、もしかしてはなぶさのママ?私にも電話があって結果を教えてくださいって。私は馬券を買う時のお金の確認をしただけで、馬券の中身まで知りません、とお答えしたの。それでセンセは何とママに話したのですか」
「まだ留守電を見ただけで話してません。」
「よかった。ウチの主人がその事を気にしていて、ママに馬券のこと話したのかなって、そればかり繰り返していました。」
グニュグニュの馬が見えるようになったのは確か、人間不信で出版社を辞めて、たまらない欠落感を抱え込んでいた頃だ。当時交際して長かった彼女とも別れ、僕はどん底を味わい絶望に囚われていた。唯一の慰みが競馬場でサラブレッドを眺めることだった。削ぎ落とされたような無駄の無い馬体、陽光に眩く黄金色に輝くたてがみ、そして何もかもを透徹したような、あるいは全てを射貫くような大きな瞳。そんな馬たちを見ている時に、グニュグニュの競走馬に出会ったのである。僕は何も考えないでその馬の単勝馬券を買った。それが始まりである。その馬の具体的なイメージを表現する言葉を僕は知らない。例えて言うなら絵の具の上に絵の具を塗り重ねていくとますます対象物から乖離していくようなもどかしさを感じてしまう。ただ限りなくイメージに近い馬の絵を見た時は驚いた。それはシャガールが描いた「蒼い馬」だった。あの天才的な色彩感覚で描かれた馬は今にもカンバスから飛び出しそうだった。だから僕は密かにグニュグニュの馬のことを「シャガールの馬」と呼んでいる。
「明日お出しする香典袋、どこにしまっているんでしょう」彼女が突然、香典馬券の存在を切り出した。僕が肩から提げているショルダーを示すと、彼女は安心したように「ああ良かった」と溜息をついた。
払戻金は発走前に算出した金額より下がっていた。穴馬券なのにこの現象は珍しい。僕は何故だか彼女に「やられた!!」と感じていた。その時、彼女に対して釈然としない理由が初めてわかったのである。
「センセ、さっきの電話、もしかしてはなぶさのママ?私にも電話があって結果を教えてくださいって。私は馬券を買う時のお金の確認をしただけで、馬券の中身まで知りません、とお答えしたの。それでセンセは何とママに話したのですか」
「まだ留守電を見ただけで話してません。」
「よかった。ウチの主人がその事を気にしていて、ママに馬券のこと話したのかなって、そればかり繰り返していました。」
グニュグニュの馬が見えるようになったのは確か、人間不信で出版社を辞めて、たまらない欠落感を抱え込んでいた頃だ。当時交際して長かった彼女とも別れ、僕はどん底を味わい絶望に囚われていた。唯一の慰みが競馬場でサラブレッドを眺めることだった。削ぎ落とされたような無駄の無い馬体、陽光に眩く黄金色に輝くたてがみ、そして何もかもを透徹したような、あるいは全てを射貫くような大きな瞳。そんな馬たちを見ている時に、グニュグニュの競走馬に出会ったのである。僕は何も考えないでその馬の単勝馬券を買った。それが始まりである。その馬の具体的なイメージを表現する言葉を僕は知らない。例えて言うなら絵の具の上に絵の具を塗り重ねていくとますます対象物から乖離していくようなもどかしさを感じてしまう。ただ限りなくイメージに近い馬の絵を見た時は驚いた。それはシャガールが描いた「蒼い馬」だった。あの天才的な色彩感覚で描かれた馬は今にもカンバスから飛び出しそうだった。だから僕は密かにグニュグニュの馬のことを「シャガールの馬」と呼んでいる。
「明日お出しする香典袋、どこにしまっているんでしょう」彼女が突然、香典馬券の存在を切り出した。僕が肩から提げているショルダーを示すと、彼女は安心したように「ああ良かった」と溜息をついた。
払戻金は発走前に算出した金額より下がっていた。穴馬券なのにこの現象は珍しい。僕は何故だか彼女に「やられた!!」と感じていた。その時、彼女に対して釈然としない理由が初めてわかったのである。