真夏の夜のユメ Mr.X

  • 2010.08.31 Tuesday
  • 22:43

俺が大学に入ってから最初の夏の話だ。
当時、Boxの部室は人で一杯で、脱ぎ散らかされた靴はドアを飛び越え、囲碁部の大きな看板の前にまで及んでいた。
もちろん冷房という文明の利器は無い。扇風機がいくつかあるだけ。「クーラー」と呼ばれていたのは、天井にくくりつけられた南部鉄器の風鈴のことである。実にセンスのある名前ではないか。泣けてくる。

そのころのBoxは、容易く屋上に行けたので、そこに卓と牌が持ち込まれる事もあった。ルールが全く分からん俺は打っている人の後ろで教わりながら見ていた。
部屋の中とは違い、屋上では木々の間からひんやりとした空気が流れる。上から見下ろすBoxも、それはそれで趣のある風景だった。薄暗くなると各部屋に電気が灯され、真ん中の空きスペースでバーベキューが催されていて、肉の焼けるにおいがあたりを漂っていた。
「耳の千切れたミッキー・マウス」と称される、上達しない某団体のヘタクソな吹奏楽の演奏を聴きながら、俺はその小規模なお祭り騒ぎを、飽きもせずにぼんやりと見ていた。
しかし、高い高い夏の日も、いつまでも空にあるわけではなくて、結局、空気の澱んでいる部室へ戻ることになる。

一応、師弟関係としての師匠はいたし、実際よく教わっていたけれど、その当時に俺が最も将棋を教わっていたのは「影の支配人」氏だ。
俺なんかよりも遥かに強い氏が、俺と指して得るものがあったとは思えなかったが、それでもお願いしてみて教えてくれなかった事は一度としてなかった。腕力があり、それでいて手厚く、そして何より勝ちを全く急がない氏の棋風には実に苦しめられた。全身の力を込めながら、自陣に馬を引きつける氏の姿は今でもよく覚えている。

幸か不幸か、絶対に負けたくない同学年には事欠かない世代に俺はいた。

ぶつかり稽古、あるのみ。余りの暑さゆえに鼻血が出る事もあったけれど、そんなときでも俺は影の支配人氏に将棋を教えてもらっていた。そうして俺は「大学将棋」というものを学んだのだ。

早いものでそれから7年が経っている。
分からん人のために言うけど、これってあっという間だぜ?

今、やはり同じような光景がみられるのだろうか?

多分、そうだろう。
自分でもなぜそうしているのかよく分からないまま、汗をだらだら流しながら10秒将棋に夢中になっている、愛すべきドアホウ達が今も部室にいる、きっと。

退職

  • 2010.08.30 Monday
  • 22:42

明日をもって、私より一年先輩に当たる一人の女性社員が退職する。
結婚、妊娠、退職ということになったわけで、非常に喜ばしいことではあるのだが、なんだか物寂しい感じがする。
大学を卒業して社会人となってから、派遣社員の方が契約期間が終わって来なくなることはあったものの、これだけ近しい人の退職というのは、私にとって考えてみれば初めてのことなのである。

彼女は、私より入社年度も年齢も一つ上となる。
一つ先輩であるとはいえたった一年の違いということもあり、また彼女のおおらかな性格もあって飲み会の場を同じくすることは本当に多かった。
今思えばなかなかすごい面子だなあというメンバーでの飲み会もあったし、おいしいものを食べに行こうの会で一緒したこともあるし。
ちょっと思い返してみれば、普通の飲み会以外でもいろんな場面で一緒していることを次々と思い出す。

私は、彼女のおおらかな性格が好きである。人によって好みが分かれるところもあるだろうが、愛嬌があって私は好きだ。
そうやって仲は良かったこともあったし、会社関係者に対する奥さんのお披露目会では彼女に幹事をお願いしたりもした。
本当に良かったと思っている。

私が入社してからであるから、知り合ってからわずか2年半。
長いようで、短い。
いろんな出来事がついこないだのことのように思えてくる。

出会いがあって別れがある。
それは世の常のことではあるのだけれども、私はどうしても慣れることはできない。
女々しい性格なのかも知れない。

彼女は年上ではあるのだが、あまりそのように感じることはいい意味で私はなかった。
しかしながら、今現在彼女のお腹には新しい生命が宿っている。もう、蹴ったりするのだという。

私は彼女の旦那さんには何度かお会いしたことがあるのだが、背が高くてかっこいいというイメージとともに、非常に頼りがいのありそうな人であるという印象を持っている。
私がこう言うのはおこがましいかも知れないが、すごくお似合いであるように感じた。
これからどんな困難があっても、二人なら乗り越えていくことができることだろう。

最後になりましたが、これまで、どうもお疲れさまでした。
よく体を休めて、いい子を産んでください。

ありがとうございます A.ハッガリーニ

  • 2010.08.29 Sunday
  • 22:39

雑兵日記PREMIER編集長のA.ハッガリーニです。
こんばんは。

普段は基本的に兼任している雑兵日記PREMIERグランプリ(ZPGP)統括本部長として、投票関連についてお知らせを書いていますが、今日は是非お話ししておきたいことがございまして、「あつい」に参戦いたします。

みなさんにとって八月とはどんな月でしょうか。
何よりも夏休みの季節だ、という方は多いでしょう。
数々の思い出が蝉の声や入道雲、花火とともに蘇る方もいらっしゃるでしょう。
今年は猛暑酷暑と言われています。
ただひたすら暑い、という感想もあるでしょう。

私にとっては八月は特別な月です。
八月、それは雑兵日記PREMIERが生まれた月、誕生月なのです。
酒席で持ち上がった企画が実現することは一般的にそう多くないと思うのですが、数少ない例外として三年前に立ち上がった雑兵日記PREMIERは今も続いています。
あっという間の三年間でしたが、その間に千編近い作品が生まれ、延べ六万人近い方々に読んでいただき、二十人近いオーサーに書いてもらいました。
これは私一人では絶対にできないことです。
普段は訪問者数に一喜一憂し、投票数にやきもきし、原稿が落ちる落ちないで激昂しているわけですが、ふとした瞬間に本当に自分は幸せ者だという想いに撃たれます。
撃ち抜かれてしばらく動けなくなるほどです。
みなさんに感謝いたします。
本当にありがとうございます。
ハッタリスト的に言うならば、読んでくれた人ありがとう、読んでくれていない人、ありがとう。

私はPREMIERというのは読む人へのプレゼントだと思っています。
そしてプレゼントできるということは人間の行為の中でもかなり贅沢な行為だと思っています。
そんな贅沢をさせてくれる読者のみなさん、書き手のみなさんには本当に感謝しているのです。
私はプレゼントをなるべく多くの人に届けたいと思っています。
PREMIERで毎年冬に「サンタもの」が書かれるのは、メンバーにもそんな気持ちが伝染しているからでは?と勝手な想像をしています。
プレゼントは贈与という行為に意味の大半があるという説もありますが、私はプレゼントするからには喜んでもらえるものを贈りたいと考えています。
質の向上を考えるのは難しいですが、フィードバックの仕組みを整えたり、多様性の保持に努めていきたいと思います。

PREMIERを編集して本にしたいと考えています。
目次ができたらご報告します。

夏休みの教室

  • 2010.08.28 Saturday
  • 22:38

夏休みの補習というのは、あれは一体誰のためにあるのだろうか。
高校1年生の夏休みの初日、英語の補習を受けるために僕はいつもと同じように登校した。
早朝であるにもかかわらず、真っ白な日射しが世界をジリジリとあぶり出していた。
ミンミンとセミが鳴く声が夏休みに入るよりもさらに大きく聞こえるのが不思議だった。
自転車のペダルをこいで高校に着くと汗だくになっていてシャツが体にへばりついた。
補習が始まる前から、僕は補習を受けたことを後悔した。

教室に入ると僕はその後悔の念をさらに強くした。暑い。
夏休み前とは明らかに違う夏休み特有の暑さ。
これは一体何だ。わずか数日でここまで変わるものなのか。
夏休みであるにもかかわらず学校に来ているという事実は僕たちの気を緩めた。
自分は来なくていいのに来てやっているのだと、みんなどこかで思っていたのだろう。
シャツのボタンをふたつ外し、いかにもダルそうに下敷きで熱風を仰ぐ姿は、まるで倦怠感そのものだった。
すべてを諦め、僕は席に着いた。

英語の教師は完全に暑さにやられていた。やる気ゼロ。
夏期補習における彼の教育方針は、直訳オンリーであった。
与えられた教材の英文を一文一文、すべて生徒に直訳させるのである。
生徒はたどたどしく英語を読み、さらにたどたどしく英語を和訳する。
これを延々と繰り返すのである。クソ暑い中で。
額からアゴをつたって、学校特有の汚い再生紙に汗がポタリと落ちた。
何も考えることなく、調べた英単語をもとに直訳を続けるやる気のない生徒たち。
黒板に何も板書をとることなく、延々と生徒のクソ訳を聞き流すやる気のない教師。
おいおい、本気でこれを続けるのか、とそのとき僕は思ったが、それは実際に1週間継続して実施された。
地獄の苦しみを味わいながら僕たちは我慢して出続けた。みんな暑さでおかしくなってたんだと思う。
あのマラソン好きの英語教師は暑さで脳味噌が溶けたに違いない、とそのとき僕は思ったが、
後に彼の脳味噌は冬でも同じ状態を維持していることが判明した。冬期補習でも同じことをしたのである。

誰もやる気のない、誰のためにもならない、誰もが苦しいだけの時間。
真っ白な日射し。セミの鳴き声。暑い教室。ダルいムード。風に揺れる白いカーテン。
あの時間には意味がないとそのとき僕は思ったが、今はそう思っていなかったりする。

エアコン・ファイト

  • 2010.08.27 Friday
  • 22:37

夏は盛り、蝉の鳴き声も焼け付くように聞こえる暑さである。
クーラーが効いた大学の自習室で快適に本を読み進めていると、それは突然やってきた。
穏やかに吹き下ろす涼風が、芯から冷え込む冷気に変わる。
エアコンパネルを見に行くと、設定温度は20℃。
普段は25℃くらいなので、5℃ほど下げられている。

かくして、温度設定権をめぐる醜い戦いが始まる。
僕が25℃に戻したのも束の間、席に着く頃には冬将軍が戻ってきた。
友人が上げに行っても、ものの数分できっぱりと下げられた。
聞いてみると、授業で外から帰ってきた他学年の学生が下げているらしい。

分からなくはない。
暑がりの人間もいるだろうし、外から帰ってきた人には、室内の人の適温では物足りないかも知れない。
しかし、クールビズで28℃などと言われるご時世で20℃である。
しかも、エアコンの吹き下ろす付近の席一帯は、身体の冷え方がすさまじくよろしい。

この場合、寒い方と暑い方のどちらに合わせるかとなると、寒い方は着込めばいいのだから、というのはよく聞く話で、僕もロッカーに上着を1枚常備している。
しかし、冬には「寒ければ厚着すればいい」と言って暖房を低めの18℃あたりに設定する、ということはあまりない気もする。

思い返せば、高2まで学校にエアコンはなかった。
エアコン設置後も、英語の先生はエアコンをつけさせてくれなかった。
「動物は乾燥した世界では生存に適しない」などと意味の分からない供述をしていたが、要はエアコンが嫌いなのである。
では扇風機はというと、「気流が乱れて頭の回転も乱れるから」との理由でつけさせてもらえなかった。
理不尽であるし、職員室や自宅ではどう過ごしているのかと思うが、先生の知恵と力と神聖と正義は無限にして不変である。
その授業だけはエアコンも扇風機も切り、先生の目を盗んで下敷きで熱風を徒にかき回していた。

科学技術の発展で人が温度をコントロールできるようになったばかりに、新たな争いの種ができてしまった。
さりとて、エアコンに当たってみても誰も幸せにならない。
考えた末に我々がとった結論。
それは、窓を少し開けることだった。
これが意外と気持ちいいのである。
生ぬるい外気が入ってくるし、密室の空気も入れ替わる。
人類の課題である自然と科学技術の共存がそこにはあった。
環境保護団体から天罰が下るくらいのことを言われそうだが、目下の不毛な争いを終わらせるため神様にもご理解いただくほかない。

ダイアローグ36〜あつい〜(前篇)

  • 2010.08.25 Wednesday
  • 22:36

「あついって言うたら負けな!」とがりは。
「負けたら死ぬことな!」とたりき。
「何機まであるんですか?」とミッチー。
「法的には1機やね。」とNIKE。
原っぱを吹きわたる風、そよぐ草。
「死んで生き返った時に同一人物だと判断する法的根拠ないからね。」
「なにをごちゃごちゃ言うてんねん。あついて言うたら負けな!」とがりは。
「負けたら死ぬことな。」とたりき。
「しつこいねん!」とがりは。
「あついと言ったら負けというのは、あ、と、つ、と、いを連続で言ってはいけないということでいいですね。」とミッチー。
「そういうことや。何を疑っとんねん。」
「へへへ。」
「ほな始めるで。よーい、どん!!あちゃちゃちゃちゃちゃ何すんねん!!!」

がりはの尻にライターの火を近づけたのは電池。
すかさずがりはは左手でヘッドロックを極め、握った右拳の中指の関節をマッチを擦るように電池の毛の生え際にこすりつけます。
「ギブギブギブ!」
「ギブじゃないやろ。」
「じゃあなんて言えばいいんですか」
「あつ・・・・あぶな!!油断も隙もないな!こうじゃこうじゃ!!」
「あついあついあつい!!」
電池が脱落してしまいました。
「負けたら死ぬことな!」たりきが弱った電池をどこかへ連れていきます。

がりはの手法は他の参加者に恐怖を与えました。
ミスで「あつい」というのを誘うのではなく、「あつい」と言った方がましだという状況を力ずくで作るのですから。
灼熱の原っぱでみんなを追いかけるがりはと、がりはから逃げまどうみんな。

ミッチーのサンダルが脱げて、がりはに捕まりました。
バックマウントの体勢から胴締めスリーパーへ。
落ちたミッチーにカツを入れ、起きざまに
「ミッチー、お水だよ。」と白湯を差し出すがりは。
「あつい!!」
「負けたら死ぬことな!」とたりきがミッチーを引きずっていきます。

NIKEががりはの背後からそっと近づき、六法全書をオーバーハンドで頭に叩きつけようとします。
直撃しようとするまさにその瞬間、横から邪魔が入ります。
「死んじゃうよ。殺すのは反則だよ。反則したら死ぬことな!」たりきです。
「まだ殺してないじゃないか!」と主張するNIKEをたりきは胴タックルの体勢で素早くどこかに持っていきます。

ダイアローグ36〜あつい〜(後篇)

  • 2010.08.25 Wednesday
  • 22:35

意を決したようにハッタリががりはに正対し、クイズを出します。
「無償の奉仕という意味の」
「ピンポン!ボランティア!」
「正解。次の問題です。140字以内で今何を」
「ピンポン!ツイッター!」
「ふおおおお。ひっかかりましたね。あついといったら死ぬことな!でしたっけ。いま「あ」と「つい」を続けて言ったぞ!」
「引っかかったのはお前の方じゃ!俺は「あ」と「つい」の間に「ピンポン」はさんどるんじゃ!ダウトも死ぬことな!」
「ダウトは死ぬことな!」たりきが観念したハッタリをどこかに連れていきます。

さて、たりきと二人になったがりはは、事務所に誘います。

「お前、あいつらどこにしまってきたんや。」
「それは秘密です。」
「で、どうやって決着つけるねん。お前があの言葉言うたら、どこに連れていったらええねん。」
「がりはさん、ぺらぺらとようしゃべりますね。僕が怖いんでしょう。」
「ああ、こわいよ。みんなお前にどうされたんかわからんしな。」
「早く僕のことを倒して、力づくで言わしてみたらどうですか。」
「だとこらっ!」
「口だけですか?」がりはの頭をなでるたりき。
「お前、そんなことしてただで済むと思ってるんか。」
「ぴちゅれい。」
「なーんーやーとー!!!」
「ぴちゅれいぴちゅれい」
ばしん!
がりはがたりきの頬を張ります。
ばしん!!
たりきも負けじとがりはの頬を張ります。
交互に二十発はやりあったでしょうか、両者がふらついてノックダウン。
カウントが数えられます。
ピンクの蝶ネクタイをしているところを見るとMr.ピンクでしょうか。
ゆらゆらと立ち上がった両者、がっちりと組み合ったかと思うとがりはのブレーンバスター、たりきのジャーマンスープレックスが交互に繰り出されます。
4回ずつ投げ合ったところで、がりはが膝をつきました。
たりきがすかさず顔面にひざ蹴り!
そのまま押さえこんで、カウント三つ!
たりきの腕を高く掲げたピンクがあふれ出る涙を隠そうともしません。
「感動したざます!あついざます!!」
「あついって言うたら負けな!」とリングに伸びていたはずのがりは。
「負けたら死ぬことな。」とたりきがピンクに襲いかかり、ひいいいいとか言ってるピンクをどこかに連れて行きます。

たりきが戻ってくると二人は事務所に入っていきました。
「ほな、手加減抜きでいくで。」
将棋盤を挟んだ彼らは十秒一番手直りを始めました。
時計の音が響きます。 

あつい真実

  • 2010.08.23 Monday
  • 22:34

もう四十年以上も昔の話である。
炎天下のもと、部活に取り組んでいる私達に容赦ないコーチの怒声がぶつけられる。
「何度も同じ事を言わせるな。今水分摂ったらバテちゃうぞ。体動かなくなるぞ。今度見つけたら全員ビンタ!!覚悟しろ」
灼けつくような太陽の光と照り返し。
その中で私たちは競うかのように水を飲まない我慢比べをしていた。
それはまるで真夏にコタツを入れ、石油ストーブを焚き、どてらの上に布団をスノコ巻にして、滴る汗をものともせず、誰が最後まで正気でいることができるかを競い合っている感じでもあった。

運動する時、できるだけ水分補給を我慢することが私たちの時代の常識だった。
部活を終えて、水道の蛇口を全開にして思いのたけ水にくらいつくのが日課で、おなかは水でダボダボ。
そのまま草っ原に倒れ込み「やっぱり鉄管ビールはうまい」と吐きだすセリフまで決まっていた。

しかし当時の水道水はカルキと塩素臭が強く、とても<鉄管ビール>などという代物ではなかった。

それがいつからだろう。
「のどが渇いたと実感したらもう遅い。早め早めの水分補給を」とスポーツにおける水分摂取は最重要事項になった。
時代の移り変わり、文明の進化といえばそれまでだが、運動生理学だけでなく、ありとあらゆる領域で同じようなことが起きているに違いない。
それまでの常識が否定され、新しい概念が確立されていく。
しかし青春時代の何もかもが真綿にしみ込んでいく水のように吸収される年頃に、身体に覚えさせられたマニュアルや習慣はなかなか拭い去り難い。
どんなに暑い時でもクーラーを点けるのを躊躇するし、出された食事や料理は残さず平らげてしまう。
それらの結果、メタボだ、高脂血症だ、熱中症だなんてどこかおかしいし、又哀しい。
それが私達団塊の世代の宿命なのか。

昔の常識は今の非常識。
これがもっと早く解明されていれば私達の人生も全く異なったものになっていたに違いない。

今も青春時代の水分不足で狭心症にかかったと信じる私に主治医が繰り返し通告する。
「いいですか、くれぐれも水分補給を忘れては駄目ですよ。命に関わりますよ」
一体この人間界、いや人体の真実はどこにあるのか。

ほんと<あついあつい真実>である。

空に星が綺麗

  • 2010.08.22 Sunday
  • 22:33

酒に弱い人間は自分がどれだけ飲んだかを常に把握しています。
自分が気持ち悪くなるリミットをよく理解しているため、
そのリミットを超えぬよう、気持ちよい範囲で飲むわけです。
酒の強い人間とはこの点が異なります。
彼らは強いがゆえにどこが自分のリミットかを把握するに難く、
飲んでれば気持ちよいため飲みたいだけ飲んで、
そしてたまに後悔するのだ、と酒飲みの知人に聞きました。

さて、酒に弱い人間にとって白ワインは危険な存在であります。
飲みやすいということももちろんありますが、
何より恐ろしいのは、ボトルで頼んだ場合などに、
自分がグラスで何杯飲んだかわからなくなることです。
少し飲むと少し注がれ、また少し飲むとまた少し注がれる。
これを幾度も繰り返していると、はて、自分は今どれだけ飲んだか、
少し飲んで少し注いでもらって、それからええと、どうしたっけな、
などと考えているうちに酒に弱い我々はすぐに酔っぱらい、
自分がどれだけの酒を飲んだかを考えるのを諦めるに至るのです。
(これはビールにおけるピッチャーにおいても同様です。)

ということで、先日、自分は白ワインにやられてしまい、
といっても気持ち悪くなったわけではなく、
むしろふわふわと大変気持ちよく酔ったわけですが、
ふわふわ感が過ぎたばかりに終電なのに一駅乗り過ごしたのです。
一駅先は無人駅で、タクシーなど止まってはおりませんので、
いい大人がと思いながらもやむなく親に迎えにきてもらいました。
深夜の無人駅はなんとも空しいようです。
トイレの電灯には羽虫がたかっており、
遠くの方で車がたまに通るとその通過音があとに残り、
オレンジ色の街灯がアスファルトを不気味に照らしています。
そんな中、自分はポツンとひとり立ち尽くしておりました。

電車を降りて10分ほど経ったときでしょうか、
街灯がフッと消え、あたりは真っ暗になりました。
ぞっとしました。
星がものすごく綺麗に見えたのです。
視界いっぱいに広がる夜空で星屑がチカチカと瞬いていました。
酔ったあたまで何か星座を見つけようとしました。
ふわふわとした気分で、チカチカと星は瞬いて、
自分はいつまでたっても星座を見つけられなかったのです。

GOLDFINGER '99

  • 2010.08.21 Saturday
  • 18:05

最近とても暑いので熱中症などにはくれぐれも気をつけてほしいところですが、僕の高校の先生が言っていた「暑いときは暑い暑い言ってりゃいいんだ」という意見に僕もおおよそ賛成で、夏が暑くなくなったら終わりってことです。

一方、熱いほうの思い出は何かないかと探ってみるに、やはり高校のとき、うっかり半田ごてに触ってしまったことがあります。
触ったというより握ったんですね、熱い部分を。
思い出すとうわああってなりますけど、想像するだけでもうわああってなるでしょう?
握った瞬間は熱いとか痛いとかいう感覚はなくて、触っているという感覚だけがいつもどおりに機能していました。
そのうえで、何か想定外のものを握ってしまったけどなんだこりゃ、という判断までできます。
その次の瞬間に、熱さというよりは刺激を感じて手を離すわけです。
これは、熱いものに手を触れてすぐに離すという「脊髄反射」の説明によくあるケースとは異なるのではないかと思います。
また、このような強い刺激の場合、「熱い」「痛い」さらには「冷たい」の区別がつけにくいのではないかという気がします。
アイスを食べて頭痛がすること、熱帯の国から来た人が雪に触れて「痛い」という感想を述べていたこと、目隠しをした人に「熱いですよ」と脅しつつ氷を皮膚に当てるとなぜか火傷のようになったという胡散臭い話、などが思い浮かびます。

これに懲りず、またしても高校のときに火傷をしました。
やや加熱された金属管を手でしっかり握ってしまったのです。
このときの0.2秒くらいの間に、

これは熱い、手を離さないと火傷する

しかしすぐに手を離すと金属管が下の机に落ちて傷がつくかもしれない

この机は台車の実験にも使われるものなので傷をつけたくない

前回の半田ごてのときの火傷から類推して、もう少しの時間握り続けていても深刻な火傷にはならないはず

金属管を握ったまま手を机の上から動かす

机ではなく床の上で手を離すことに成功

という思考と動作を行いました。
熱いものに触れたとしても反射によって手を離すとは限らないということ、人間はそれだけの時間でも結構いろいろ考えられるのだということ、の2つを確認できたことが面白いと思いました。
笑えばいいと思うよ。

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