非論理哲学論考 ウーベラス・宇部

  • 2007.10.31 Wednesday
  • 20:14
現在僕は卒論に向け、偉い人達が書いた論文を必死になって読んでいます。
ちなみに卒論のテーマは「進化ゲーム理論を用いたコンピュータネットワーク」であり、ゲーム理論(特にハイパーゲーム理論)が僕の専攻分野です。ゲーム理論についてはハッタリさんやハガリさんが興味をお持ちのようなので、今度僕が一体どんなことをやっているか是非お話ししたいと思います。

僕の研究は、社会に役立ってナンボという実学の世界の話です。どんなに優れた研究でも、「応用できそうにないよね」とかそういう理由でスッパリ切られたりします。そんな殺伐とした世界の中で荒んでいた僕は、あるとき雑兵プリミでミッチーさんの日記を読みました。そこには「あらゆる知識は誤りでありうる」かとか何かそんなことが綴られていました。僕はその日記を読みながらこう思いました。「何てどうでもいいんだろう・・・」

ハッタリ先生によると「私が見ている世界とあなたが見ている世界は同じである、ということを疑うのであれば、自然科学は成立しなくなります。このことに関する解決を与えてくれるとすればそれは哲学であろう」と言うことでしたが、僕は「何だかんだで解決を与えてくれないのが哲学であろう」と考えています。突然ですが、僕はこれまで哲学者に感謝したことがありません。テレビを作ってくれたどこぞのエンジニア、ご飯を作ってくれた母親に感謝することはありますが、哲学者に感謝したことがある人って一体この世に何人いるんでしょう。

さて、僕はただ悪口を言っているんでしょうか。怖いミッチーに喧嘩を売っているんでしょうか。違います。そもそも僕は高校時代に大学では哲学科に進もうと考えていました。それをやめて、苦手な数学を勉強して理系に進んだのは・・・まさに上に書いた理由からです。哲学は人の役になんか立たないし、そしてそこが哲学の大きな魅力です。山登りに近いんじゃないかなぁと僕は思っています。誰かさんがエベレストを制覇した。凄い。多分凄いんだろう。ほんとに凄いのかな。まぁどうでもいいや。

哲学カフェなるものがもし実在するとしたら、きっと胃にやさしいミルクを大量に入れたコーヒーが出てくるんだと思います。

サスフォー by ゴットゥーゾ

  • 2007.10.29 Monday
  • 23:59
商店街を歩いていると、前から自転車が走ってきて、その自転車は飲食店の前の路上の明かりの灯った看板に激突して、看板はドンっという大きな音をたてて路上から店側へひっこんでいった。
乗っていた学生風の男が急ぐようにそのまま走り去っていった後、店主らしき人が出てきて、迷惑そうに顔を歪めてあたりを見回して、仕方ないように看板を路上に戻していた。
そんな出来事を見ていた僕は、数秒間の間にも逆の立場の2人に順番に感情移入して、そんな風景自体が仕方ないようにも思ったりした。
そして何もかもが仕方ないようにも思ったりした。

そのとき、考えようによっては人間同士の行動のやりとりなんて、思考のやりとりなんて、数式の羅列の無味乾燥さとあまり変わらないんだろうなんて思考が僕の頭をよぎったりした。
そして、そんな思考を握りつぶそうとしたりした。

陽はまた昇り繰り返していくっていうけれど、僕は知っている。
いつか全て終わってしまうってことを。
濁った空気を吸って、通り過ぎていく人の味気なさを感じ、風の冷たさを感じて、そして煙草に火をつけるこんな夜も、薄っぺらい人生のアルバムの1ページで、そんなアルバムもいつかそのうち燃やされてしまうんだ。

僕たちは小さいころから、禁断の果実っていう言葉を耳にしてきたが、僕はずっとそれをアダムとイブのお話の世界に存在するもので、現実の世界に存在するのは麻薬くらいだろうなんて何となく思っていた。
けれど、年をとって大人になってきた僕は、そこら中に転がる禁断の果実の存在に気付いてきた。

当たり前のことだけど、選んだ物以外は選ばなかった物。
選んだ気持ち以外は、選ばなかった気持ち。
そして、選んだ善以外は悪なんだろうか。
選ばなかった方を欲しがっても、そのときにはもう遠くへ離れて視界からも消えている。
そしてきっと僕たちもいつか消えてしまう。
禁断の果実は突然僕の目の前に降ってきて、気がつけば僕はもうそれをかじってしまっていたんだ。

4年3組ハッタリ先生 がりは

  • 2007.10.29 Monday
  • 12:06
いやあ、みなさんお元気ですか?
オマッキンの「木星」から始まった「太陽系シリーズ」、木星、金星、雑兵での土星を挟んで太陽、月、火星ときて水星は書くのが相当難しいと思うのですが、それはさておき、ハッタリ先生の「太陽」はすごく面白かったですね。
読んでいて世界中の価値観の対立を解決してくれるのはもしかするとハッタリ先生なのかもしれないと思いました。
僕がこう言わなくても既に彼にはその自負があるかもしれません。
そう、適切な場所を用意してくれれば地球をも動かしてみせると見栄を切ったあの人のように。

ハッタリ先生が小学校の教壇に立ったら、天体の運行についてどのように教えるのかとても興味があります。
今の教育だとどうなっているんでしょうか。
小学校の時、天体の観測をした覚えがあります。
夏の大三角形、冬の大三角形とか。
地動説のことをどこかで聞いて知っていたと思います。
友達と「天動説」vs「地動説」で取っ組み合いの喧嘩になったことがあったと思います。
僕は地動説側の人間で、多分本やら大人やらを根拠にぐりぐりやったんだと思います。
天動説側の人間はそれが僕の理屈でなく誰かの理屈で、しかも○○が言ってたから正しいという理屈(小学生の時の議論なんてこれが最大の決め手になったりする。)が納得いかない。
僕は自分の信頼する人や本を否定されることに頭にくる。
互いのやり場のない怒りを取っ組み合いという形で解消したのです。
しばらくすると僕は天動説側を持って、既存の権威にすがる地動説側を論破したのでした。
思い出話はこれくらいにするとして、ハッタリ先生はどのように天動説と地動説を教えるのでしょう。
慣性系に近い天動説を教え、それでは説明しづらい現象を観測させ、こんなに素敵な話があるとて地動説を教えるのでしょうか。
僕には難しく思われます。
しばらく前に「太陽が地球の周りを回っている」と答えた小学生が三割くらいいて、学力低下を嘆いた記事を読みましたが、どうも今の指導要領では小学校で天動説を授け、中学校で地動説を授けているようです。
新聞記事って浅薄で怪しいですね、という話ではなく、地動説を知っている大人たちに囲まれて、その大人を権威として地動説を知っている子供達に天動説を授けるのは非常に難しいだろうなあ、と思うのです。
ここは一つ、ハッタリ先生の授業を受けてみたいです。

火星

  • 2007.10.27 Saturday
  • 23:56
こんにちは、うべべことハッガリストです。
うべべが宇部ネタと突っ込み待ちを避けているので、本当の宇部を突っ込み待ち形式で紹介したいと思います。

心の汚い人にはわからないでしょうけど火星と宇部は堅い絆で結ばれています。
トンネルでつながっているのです。
僕の3代前のうべべが始めた事業で、ついこの間完成しました。
僕が生まれた時には三代前のうべべは亡くなっていましたが、事業は継続されていました。
彼がなぜ火星までトンネルを作ろうと思ったのか、なぜ月という手近な目標がありながらそれを避けたのか。

雲をつかむような話でも人は動かないのに、火星をつかみに行くような話を実現するにはかなりのロジックとパッションが必要です。
そこには様々な要素が複雑に絡んでいるのです。
まず経済的理由として「宇部の経済をどげんかせんといかん」ということが上がります。
その手段として「公共事業としての火星トンネル」があり、後の「火星の所有権獲得」「火星への交通・通信の独占」を見据えての取り組みなのです。
学術的理由としては「火星人がおるのかどうか知りたいんや!」ということが上げられます。
その手段としてトンネルが一番安全かつ移動・構築ともに迅速だと判断したわけです。

しかし理屈だけで人は動きません。
大切のなのはパッションです。
僕はこの事業に天動説への強いオマージュを感じます。
ふにゃふにゃ動く惑星が気に入らなかったのでしょう。

ここまでが僕の聞いた話です。
でも、真の理由をとうとう見つけました。
三代前のうべべは男でした。
そして火星の惑星記号は・・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%AB%E6%98%9F
これでおわかりいただけたでしょう。
男なら目指さざるを得ません。
ちなみに金星の惑星記号は・・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%98%9F
なぜこちらを目指してくれなかったのか、嘆かざるを得ません。
当時の社会の風潮として男が女を追いかけるのを軽薄と考える文化があったとききました。
残念です。
あ、ちなみに月なんて・・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88

火星の軌道はかなりつぶれた楕円なので、宇部との距離が変わってトンネルが頻繁に折れています。
僕の代ですべきことは、絶対に折れないコンクリートを作ることです。

トンネルは現在セメントの原料である珪酸化カルシウムと酸化物を火星から宇部に運んでいます。
あなたの街のコンクリートも火星産のものかもしれませんよ。

ダイアローグ9

  • 2007.10.25 Thursday
  • 22:02
汚らしい壁にかけられている何の飾り気もない時計は、朝の8時を告げている。
夜が明けて朝日がまぶしくなってきたこの時間、まるで交代勤務をしているかのように、麻雀をしていた3人がそれぞれの眠りにつく準備をはじめるのとほぼ同時にそれまで寝ていた3人が起きてきて10秒将棋をはじめる。
電池は、汚らしい毛布をきっちりと長方形になるように広げ、それからその中にもぐり込む。
ハガリンは、ちょうど手の届くところにあったカイジを読みはじめている。もうあと5分もすれば読みかけのカイジが立派な枕になっているであろうことをおれは知っている。
おれはというと、はじまった将棋の方を向いて自分の腕を枕にして横になり、目を閉じた。

ピッピッピッピーという音に交じって聞こえてくるのは「おっ」とか「はっはー」とか「ほー」とかといった言葉だけで、盤上がどんな状況になっているか、中盤なのか終盤なのか片方だけ終盤なのかといったことをうかがい知ることができなくて、はがゆい。
起きている3人が将棋盤を囲んでいる様が見たくて薄目を開けたとき、ちょうどうべべとミッチーの対局であった。
うべべは右手を口にあてながら考えている。
その途端、ミッチーが急に膝立ちになりズボンを上げる振りをした後に座り直し、次の手を指す。うべべの「だるっ」という声が聞こえた気がした。
遠ざかっていく意識の中で「ああ、さっき持った駒は銀なんだろうな」と確信する。

それからどれくらい経ったのであろうか。
夜の海のような穏やかな水面の意識の中に一筋の光を見たような気がして体を起こす。
10秒将棋を囲んでいた3人がこちらを向き「オマッティンどうしたの?」などと言っていたが、3人とも外から聞こえる足音に気付いて入口の方に顔を向ける。この足音の持ち主が彼であることを、みんな知っている。
ゆっくりと、躊躇するようにゆっくりと開いたドアの先には思い描いた通りの顔がそこにあった。
右手にコンビニのビニール袋を持ち、左手で髪の毛を触っている。
「シャワー浴びるのに何時間かかってんだよ!」
後ろからハガリンの声がした。電池も起きている。
「あのー、これ。」
といって差し出したビニール袋に入っていたのは、からあげくんとコーヒーゼリーと単二電池。

それから、まるであらかじめ決まっていたかのように、それぞれの燃料を得た3人は再び麻雀をはじめるのであった。

僕にとってはエキサイティングなのですが。

  • 2007.10.24 Wednesday
  • 09:48
ミッチーです。

唐突ですが、以下の記事をご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%AD%98%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%BC
今回はこの図式を用いながら、少々退屈な話をさせてもらおうと思います。

高校を卒業した頃の僕は、典型的な独我論者でした。つまり「世界は僕の意識の中にしか存在しない。僕が死ぬとき世界は消滅する」と思っていました。本気で。
大学に入学してからしばらくは、可謬論にどっぷり浸かっていました。つまり「あらゆる知識(1+1=2など)は誤りでありうる」と思っていました。本気で。

しかし「あらゆる知識は誤りでありうる」という考えが正しいとすれば、その考え自体が誤りでありうることになります。奇妙ではないですか?
これは論理学的にはパラドックスではないのです。しかし「主張する」というコミュニケーション行為を考慮に入れると、また違った問題が生まれてきます。
今、僕はそんなことを研究しています。

話が前後しました。
独我論と可謬論を、知識テーゼ・独立性テーゼという観点から捉えなおしてみようと思います。

独我論は「我々から独立した世界の存在や秩序は存在しない」かつ「我々は世界の存在や秩序を正しく知ることができる」というものです。図式では左下に該当します。
一方、可謬論は「我々は世界の存在や秩序を正しく知ることはできない」というものです。図式では右半分に該当します。

つまり、図式で言えば僕の立場は左下から右上もしくは右下にシフトしたことになります。現在はさらにそこから動いていますが、どこにいるのかはよくわかりません。
でも、多分左半分にいると思います。知識テーゼを否定することの難しさを意識するようになったからです。

Lv1:我々は世界の存在や秩序を正しく知ることはできない。
Lv2:「我々は世界の存在や秩序を正しく知ることはできない」という秩序は正しく知られうる。

Lv1のテーゼを主張することは、Lv2のテーゼを主張しているに他ならないのではないでしょうか?そしてそうだとしたら、それはテーゼの中身と食い違わないのでしょうか?

これは全く難しい問題でして、論理学的に計算することも、コミュニケーション論と関連させることもできます。

直感的には、右下は上の議論を避けられないが右上はそうではない、という気もします。院ではそれを論証するのが目標です。

月 たりき

  • 2007.10.23 Tuesday
  • 22:24

月をテーマにたりきが書く。
ただ、すぐ使えるトリビア的なことは何も書けないのであしからず。

ここ最近の自分の日記を思い返してみたり少し記憶をたどってみると、月について思いを馳せていることが多くなっているように感じる。
ひとり夜中に外に出ると、語りかける相手もいなくてふと空を見上げる。
多くの場合、晴れてさえいれば月の輝きをこの目に映すことができる。
電灯や街の光のせいで星が見えないということはよくある話だが、そのせいで月が見えなかったという話は聞いたことがない。
だから、例えばこの時期だったら「オリオン座が・・・」とかということにはならなくて、とりあえずはじめに月を探してしまうのだ。そして次に、形の確認をする。といってもかなり適当で、基本的に三日月と半月と満月くらいしか選択肢がないのだが。
そんなことをひとりぼんやりと考えながら月を眺めていると、その穏やかでやわらかな月光によって体中の悪い部分が洗い流されていくような心地がする。実際は、その月がどんな形かなんてことは関係ないんだ。
空を見上げたくなるのは地上に安らぎがないからなのだろうか?
それでも、この世の中もそこまで悪いものでもないので、ちょっとの間だけ月の光に癒されれば、またがんばろうという気持ちになって歩きはじめる。

月と言えば、睦月賞、きさらぎ賞、弥生賞、卯月S、皐月賞、水無月特別、文月特別、はづき賞、ながつきS、神無月S、霜月S、師走S。
なんではづき賞だけここ15年ほどやってないの?

月と言えば、セーラームーン。
小学生のときにドラゴンボールと共にかなり流行った。
女の子だけでなく男の子も見ていた、はず。
今でもオープニング曲が歌える気がする。
ごめんね、素直じゃなくて。

ムーンと言えば、アドマイヤムーン。
父エンドスウィープ、母マイケイティーズ。母の父サンデーサイレンス。
今週末の天皇賞(秋)に出走予定。
心情的に「買いたくない」のと、実力的に「買わざるを得ない」の間で揺れ動いている。
秋天では、月のように光り輝くことができるのだろうか?ただ、皮肉なことにと言うべきか、雨が降ったら間違いなく「買い!」なのだが。
月を見上げながら考えることにしようか。

太陽

  • 2007.10.22 Monday
  • 16:58
ハッタリストです。
今日は太陽の話をしましょう。

天動説と地動説です。僕はこの話が好きなので、何度でも繰り返します。
天動説と地動説、どちらが正しいのでしょうか?
「むろん、地動説です」
どう違うんでしたっけ?
「地球の周りを太陽が回っているのが天動説、太陽の周りを地球が回っているのが地動説です」
なるほど、よく分かりました。

などと言ってはいけません。地球が回っているのと太陽が回っているのはどう違うのか、これだけでは明らかではないからです。
どちらかが止まっている、というのは座標系の選び方だけの問題なので、どちらが間違っていてどちらが正しいという話ではありません。実際、我々は日常的には地球を固定するような座標を選んでいます。地球の表面にへばりついてぐるぐる回っている自分ではなく、確固たる地面の上を歩く自分を考えているのが普通でしょう。(あるいは、俺様こそが世界の中心であるような座標を使っている人もいるのでしょうか?)
座標というものはとにかくどこかに固定しないと使いものになりません。爆笑問題の太田光がそのようなことをエッセイで書いていて、僕は大いに感心しました。文系でも考えれば分かることなのです。
天動説と地動説を座標系の違いだと考えると、どちらが正しいとは言えなくなります。どちらかが適切であると主張するためには、「太陽に固定した座標系と地球に固定した座標系のうち、慣性系に近いのはどちらか」と問うのが一例であると思います。
慣性系とはニュートン力学の言葉で、慣性の法則が成り立つような座標系のことを言います。ですから、ニュートン力学が正しいことを前提としなければ、そもそも問いが意味をなしません。コペルニクスが唱えた「地動説」は、今日から見れば根拠が薄弱であったと言ってもよいかもしれません。
どちらが正しいか自分で観測して確かめろとは言いませんが、何をすれば確かめたことになるのか、それを知らなければどちらが正しいか知っているとは言えない、と僕は思っています。

論考3

  • 2007.10.21 Sunday
  • 21:09
周知の通り、日本シリーズは日本ハムと中日で争われることになった。
ここで、セリーグのクライマックスシリーズについて私なりに総括してみたいと思う。

野村克也楽天監督の言葉だか考えだかに「チーム作りに大切なものは柱となるべきエースと4番」というものがあったと思う。
結果的に、この考えを今年のセリーグ上位3チームにあてはめると「中日>巨人>>阪神」ということが言えたのかもしれない。

残念ながら、阪神は論外である。
下柳という投手は、3・4番手ピッチャーとして投げて真価を発揮するのであって、エースというタイプではない。そんな投手が開幕投手を務めたという事実が、阪神の先発投手陣の苦しさを物語っている。
また、少し話は変わるが阪神が2連敗して一番罪深かったのは、中日が3人目の先発投手を使わないで済んだことであろう。

巨人の打線はたしかに強力であるが、4番打者ということだけを考えると中日に軍配が上がると思う。
中日のウッズと巨人の李を比べると、打席に入ったときの恐怖感はウッズが断然上なのである。
これも結果論だが、ウッズはこの3戦で2ホームランなのに対して、李は0打点だという。やはり4番打者が打たなければお話にならないだろう。
次に、エースについて。
それぞれのチームの2桁勝利した投手3人の成績について、数字だけ見れば巨人の方が良い成績を残している。
しかし、エースとして中日の川上と巨人の内海を比べたとき、どうしても内海は見劣りしてしまう。
足りないのは、経験である。
そして、そこからくる信頼感である。
川上憲伸は、もう何年も前から中日のエースとして君臨し、毎年のように2桁勝利を挙げている絶対的な存在である。
それに比べて、内海はまだ若い。
シリーズ初戦に先発したということで彼がエースであるとして書いたが、来年の開幕投手が高橋尚成である可能性も十分にある。
内海が本当のエースたるためには、初戦は負けてはいけなかった。エースならば、先に点を取られてはいけない。

日本シリーズにあたって、私はエースと4番に注目したいと思う。
まずは、初戦で投げるであろう川上とダルビッシュのエース対決。
そして、日本ハムの4番は4番らしい4番ではないようなので、日本ハム投手陣がウッズをどのように対戦するか。
個人的には日本ハムが勝つのではないかと思っているのだが、どうだろうか。

プロフェッショナル by DENCH

  • 2007.10.20 Saturday
  • 23:39
今日は辛口で書く。
中辛ではなく9辛で。

私達、雑兵セブンは「プロ」とか「プロフェッショナル」と謳っている。
もちろん、文章で生計を立てている訳ではなく、文章の専門家でもない。
雑兵日記と比べて、良い文章を書くという位の意味だろう。
私は文章を書くのが苦手で、1000字書くのに数時間かかってしまったりする。
その分、調べ物をしたり推敲したりして、間違いが無いように注意しているが。
誤字脱字やその他の間違いがあると、文章が台無しになってしまう。

誰にでも間違いはあるが、許せる間違いと許せない間違いがある。
普段、「間、髪を容れず」とか「役不足」などを間違って使っている人がいても指摘できずにいる。
しかし、テレビなどのマスコミ上でのプロの間違いは許せないことが多い。

まずは、10年以上も前の話。
小学生が夏休みの自由研究について質問し、集まったその教科のプロが答えていた。
国語の質問で、『「人一倍」という言葉は、一倍だと他の人と同じになるのではないか?』というのがあった。
プロ達はそれに答えられずにいた。
そして時間が迫って来て、桂ざこばが「他の人を0と考えたら自分は1になるからええんや。」と大声で言った。
当然、「0×1=0」である。
だが、桂ざこばの剣幕にその小学生は納得してしまった。
本当は、昔は「x倍」を「1+x」と考えていたので、1倍だと「1+1=2」となっていたらしい。

次は、9月に阪神が10連勝していた頃。
トミーズ雅が「阪神のクライマックスシリーズを、東京ドームやナゴヤドームではなく、甲子園でやって欲しい。」とか抜かしてた。
甲子園は10月から改修工事。
本拠地でできたとしても、京セラドーム等を使う予定になっていたのに。
周りも誰1人注意しなかったのは酷い。
て言うか、結局ナゴヤドームで2連敗して中日を勢い付けたし。
トミーズ雅じゃなくて、トミーズ馬鹿と名乗れ!

それから、亀田一家。
先週の内藤(國雄ではない)戦。
挑発するわ、反則行為を指示・実行するわ、謝罪会見もできないわと見苦しい。
特に大毅。
負けたら切腹って、戦国武将か!
できないのだから、最初からそんなこと口にするべきでない。
処分を受けるようだが、プロならその前に自ら引退しろ!
亀田3兄弟なんかより、だんご3兄弟だ!

8月に加藤一二三九段(読み難い)が将棋界初の公式戦通算1000敗を記録したが、対局数も歴代1位なのでこれはプロとして恥じることはないだろう。

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