宗教と歴史(上) Mr.Indigo

  • 2019.01.22 Tuesday
  • 08:30
はじめに
 
なぜイスラム国家やイスラム教徒は野蛮で攻撃的だというイメージを持たれがちなのか。歴史をかじった人間として、私なりの見解を述べていくことにしたい。
その前に頭に入れておきたいのは、我々日本人が持ちうるイスラム教のイメージは、欧米のキリスト教世界の影響が大きいということである。そして、キリスト教世界とイスラム教世界は中世から現在にいたるまで、長い戦いの歴史を有している。まずはその歴史を追ってみよう。
 
第1章 エルサレムとユダヤ人
 
中東にエルサレムという都市がある。この街はキリスト教、イスラム教、そしてユダヤ教という3つの宗教で聖地とされており、何度となく争奪戦が繰り広げられた。現在はユダヤ教徒(ユダヤ人)の国家であるイスラエルが支配しているが、それまでの経緯は非常に複雑だ。
ユダヤ人というのは簡潔に言うと「戦争は弱いが商売は上手い」民族である。今から2000年近く前、他民族の圧迫によってエルサレム周辺を追われたユダヤ人は世界各地に移住した。彼らの中には金融業などで成功する者が多く、たびたび迫害を受けながらも、やがて欧米諸国で侮れない勢力を持つようになった。そして、故地に自分たちの国家を建設しようという運動が19世紀以降強まり、紆余曲折を経て1948年にイスラエルが建国された。この土地には長らくイスラム教徒(パレスチナ人)が住んでいたので、エルサレムはイスラエルとヨルダンで分割すると取り決められた。
ところが、イスラエルは1967年以降エルサレム全域を実効支配している。仲裁にあたるべき欧米の先進国はユダヤ人が多く居住しているから、イスラエルに対して強硬な姿勢はとれない。かくしてイスラエルはイスラム教徒が住んでいたエリアを切り取ってきたのだ。
一部のイスラム教徒が欧米諸国を憎んでいるのには、こういう経緯がある。
 
第2章 オスマン帝国とヨーロッパ
 
しかしながら、長い歴史の中では、イスラム教国家がキリスト教国家に対して優位に立っていた時代が長い。例えば、バルカン半島の大部分は19世紀までイスラム教国家の支配下にあった。
当時イスラム世界の覇権を握っていたのはオスマン帝国である。東ローマ帝国など多くのキリスト教国家を打倒してヨーロッパへと勢力を伸ばし、1529年にはオーストリアのウィーンを包囲した。陥落させることはできなかったものの、その強さをヨーロッパ全土に知らしめた。
この関係が逆転するのは18世紀のことだ。宗教改革、ルネサンス、アメリカ大陸への進出といった変革を経て、ヨーロッパ諸国が強くなったのだ。その一方、オスマン帝国はイスラム世界で圧倒的に強かったがゆえに進歩が乏しく、17世紀以降は徐々に弱体化していった。
とはいえ、ヨーロッパのキリスト教徒にとって、イスラム国家は恐ろしい敵であるという認識に変わりはあるまい。現在も人々の意識に染みついているのではないだろうか。
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