鉄の海(83) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.02.08 Thursday
  • 00:00

 SpO2は経皮的動脈血酸素飽和度の略称で、文字通り皮膚の上から血液中の酸素濃度を測定するものである。一般的に90100%を正常値として扱い、それ以下であれば低酸素血症ということになる。目の前のTさんはすでにSpO2 90%を切って80%台後半の値で動いていた。ただ、90%を切ったからといって即座に死に至るわけではない。低酸素にも軽症から重症まである。80%台後半ならまだもう少し待てる。病状も間質性肺炎の急性増悪であることも加味すると、家族に説明をしてから挿管に移るほうがよいだろう。

 

「病室に来てもらって!部屋で待てるか見ながら話する!……あ、いや、奥さんだけ?」

「そう、長男、長女は遠方だから!」

 

 病室へとTさんの奥さんが看護師に連れられてくる。先日の様子や息子・娘が遠方であることも考えると、これは人工呼吸をする流れになるだろうなと腹を括りつつあった。今からする生死に関わる話は510分程度で済まさざるを得ない。まだ意識のはっきりしたTさん自身にも聞こえるように話す。

 

「前回お伝えしたように、肺炎には色々な種類があるのだすが、今回はどうやら間質性肺炎、といってかなり急激に悪くなるタイプの肺炎の可能性が高いです。それに合わせた点滴の治療を今から進めていくのですが、今問題なのは酸素不足がかなり強くて普通のマスクの酸素投与では追いつかない状態だということです」

 

 深刻で不安そうな面持ちで頷いているが来たときと表情は変わらない。どれくらい理解しているか怪しい面もある。十分に理解している人であれば、この短い説明の中でも微細に表情が変わっていくことが多い。

 

「ですので通常であれば人工呼吸の治療に踏み切る必要があります。ただし、救命の可能性は上がりますが人工呼吸を一度してしまうと良くなるまで外せないので、場合によっては機械に繋がれたままということもありえます。それを延命と考える場合、あえてこうした治療を望まれない方もいます」

「はあ、そうですか。……先生、なんとか助かりませんでしょうか。入院するまでは本当に元気だったんです」

 

 一人で車椅子にも乗れなくて認知症もある人のことを「本当に元気だった」と言えてしまうのはTさんの老化が進み死の影が色濃くなってきていることに全く気付いていないか、あるいは認めようとしていないのだろう。それに89歳の妻だ。こちらにも認知症があっても不思議ではないし、多分軽度にはある。少なくとも高度な倫理的判断ができるほどの機能は保たれていない。

 結局話をしてはみたものの、入院当初と変わらず、正直話にならない。かといって長男か長女に電話してまた同じ話をする余裕もないし、いきなり電話でそんなことを話したってまとまるはずがない。人工呼吸の治療に、踏み切るよりない。

 

「分かりました。今から人工呼吸の治療をします。しばらく控室でお待ちください」

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