【リバイバル】イカリヤ(下) Mr.ホワイト

  • 2017.03.20 Monday
  • 11:58

食後に友達と買った手土産を渡すと、イカリヤは「やるなあ。」と言った。
まるで大人みたいなことをするじゃないか。ありがとうな。
イカリヤは塾の講師が本業とも思えなかったので、何をしているのかを聞くと、
コピーライターをたまにやったり、雑誌の記事をたまに書いたり、
まあ他にもいろいろやってるな、などと言うからやはり謎は深まるばかりだった。

どうも部屋の雰囲気にそぐわない宇宙飛行士の飾りのついた置き時計があった。
これ何です、と聞くと、NASAに就職した教え子からもらったのだと言う。
NASAに就職。どうも夢のような話で中学生の僕らには現実感がなかった。
「いや、宇宙飛行士としてじゃなければ、意外といけるもんらしいぞ。」
そのときはウソだと思ったが、今になって本当にウソだったということがわかった。
NASAどころか、外国に就職した知り合いなんてひとりもいない。

ワインをガブ飲みして気持ちよくなった友達はフワフワしている。
もうひとりの友達はしゃべりな人間でひたすらしゃべっている。
僕はしゃべるのが苦手な人間でひたすら聞いている。
「お前は聞き上手だな。」と言われたが実はしゃべるのが苦手なだけだから恥ずかしかった。
時間はあっという間に過ぎ、気がついたときにはあたりは真っ暗になっていた。

「そこのさ、カーテンあるだろ、それ開けたらびっくりするぞ。」
言われるがままに開けてびっくり。
山の上から遠くに見える街の灯は、ぼんやりとして美しかった。
ものすごく小さく見える車のヘッドライトがゆっくりと右から左へ移動している。
『耳をすませば』で見た景色に似ていた。思えばこの家は、あの地球屋にそっくりだ。
「その夜景、おれのだぜ。どうだ、いいだろ。」とイカリヤはいかにも得意げだった。

あれから十数年、以来、イカリヤとは会っていない。
一緒に行った友達のひとりは警察官になった。
もうひとりの友達はいま何をしているのか知らない。
僕自身は中学生の頃の僕が知りもしなかった職業に就いた。

今でも突然ふと、あのとき見た夜景を思い出すことがある。
仙人みたいな暮らしをするインテリへのあこがれと、
卒業間際の別れの惜しみと、真っ暗で何も見えない将来と。
すべてがないまぜになって、あの夜景になって出てきたような気がする。
今の自分には見えないんだろうなあ。
あのとき、あの場所でしか見えなかったもの。
それを思うと僕は、なぜだか心がふっと軽くなるのだ。

 

 

推薦者  アフリカの精霊

 

推薦文は後日。

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