涙、涙の物語  Mr.Indigo

  • 2017.01.17 Tuesday
  • 00:00

涙腺が緩い。

子供の頃から泣き虫だったが、大人になってもあまり改善されていない。

以前にPREMIERでも書いたが、大学将棋部の後輩たちの全国大会出場決定をTwitterの速報で見ただけで号泣してしまうくらいである。

これは間違いなく親父からの遺伝である。親父も涙腺が非常に緩く、しょっちゅう泣いている。

 

もう6年半も前になるが、結婚することを報告するべく、我々は奈良県大和郡山市の実家を訪ねた。結婚に反対される可能性は絶無だとわかっていたが、私には気がかりなことがあった。親父が取り乱して、同行者がドン引きするのではないかという懸念である。

「ウチの親父は絶対泣くから、そのつもりでいて」

私はあらかじめ伝えておいた。そして父方の祖母のエピソードを話した。親父が結婚の報告に行った時は、祖母が号泣したのである。それ以前は不明だが(祖母は誰の遺伝かなどと考察するような人間ではない)、少なくとも親子3代にわたって泣き虫の血が受け継がれているのである。

「こんにちは〜」

実家の扉を引く。出迎えはやはり母だけだ。リビングに移動し、2人で座って待つ。

「お父さ〜ん、来られましたよ〜」

母が大声で呼ぶ。しばらくして、階段を下る音が聞こえてきた。そして親父がリビングの扉を開く。

「父親です」

予想通り様子がおかしい。親父は我々の向かいに座った。その瞬間、感情が爆発した。

「ありがとうございます…(中略)…ようできた息子ですから…」

想像以上だった。困惑した。

「取り乱さんとって。俺も泣いてまうやんか」

私も少し涙声になっていた。母が加わり話をつないでくれたので、なんとか身の上話や今後の予定などの話題に持ち込むことができたが…。

 

そして、子供が生まれてから、我々はさらにこの爺さんに困らされることになる。

全く孫と遊んでくれないだけでなく、家族写真にも入ってくれない。そもそも、我々が実家に行く時には必ずと言っていいほど自分の母親(私の祖母)のところへ逃げている。顔を合わせたとしてもほんの数時間だ。

要するに、会うと泣いてしまうから極力短時間で済ませたいのである。それゆえ、長女はもう5歳なのに、父方の祖父と会話した経験はほとんどない。

今年の正月、電車で移動している時、母が長女に問題を出した。

「3たす2は?」

「5」

即答である。

「じゃあ、8たす3は?」

長女は数秒考えて答えた。

「11」

「よし、偉い」

私は頭を撫でた。

向かいの席を見ると、親父が首を縦に2回振っていた。電車の中だからなんとか涙はこらえていたようだが、表情には嬉しくてたまらないと書いてあった。

 

我々は長い付き合いだから、親父の気持ちがわかる。しかし幼い子供に祖父の愛が理解できるだろうか。得体の知れない爺さんだと誤解されてはいないだろうか。松山に住む義父は愛想が良くしっかり遊んでくれるので、尚更不安になる。

かつては母とともに我々4人兄弟を懸命に育ててくれた良き父だった。だからこそ私は現状が残念でならない。しかし、70歳近い年齢になって、この性格を改善するのは困難だろう。

ゆえに私は親父にこう言いたい。ウチの娘たちが祖父の人となりを理解できる年頃になるまで、なにがなんでも生きろと。

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