夢競馬の人々(199)  葉山 悟

  • 2013.12.18 Wednesday
  • 02:10
「センセのお見通しの展開だったね。競馬で言うならまさにドンピシャの大当たり。しかしS場長どうしてあそこまでやったんだろう」
年金さんが1レースの下見所でそうつぶやいた。僕はその問いには答えず周回する馬達を眺めていた。
「ほんと、どうしてなんだろう?」再度彼は回答を求めてきた。
「護るべきものが多すぎたから・・・」
「それは具体的には何なの? 場長としての立場? 家族? 名誉? お金?」
新しく人生をスタートするための資金を作らなければならないのに年金さんはまるで他人事のように弾けている。気持ちはもう既にフィリピンの彼女の元に翔んでいるのだろうか。
「全てだと思います。例えば一つの嘘が発覚した時、それを繕うため二つ三つの嘘を重ねなければならなくなる。S場長がK部長に大沢殺しを依頼した時、同時に大沢の仲間・Xの始末も頼んでいた。当初は大沢だけが殺しの対象だったのが、X・根岸と広がり、挙句の果てに依頼したK部長まで抹消しなければならなくなった」
殺人依頼をなきものにするために、また新たな殺人を発注しなければならない。N競馬場の最高責任者という立場、家庭での夫としての顔、父親の誇りと威厳。一枚の写真から護らなければならないものは数えきれないくらい多い。生きることは護るべきものを無尽蔵に増やして行く行為でもある。
「つまり護るべきものを護るはずが、護るために壊さなければ、あるいは抹消しなければ護れなくなった、という訳?」
僕は年金さんの再度の問いかけに黙って頷いた。
「何だかセンセの言葉って禅問答のようで、分かったようで分からねえ」
年金さんがいかにも焦れったい感じで続けた。「こんな早いレースからシャガールの馬は出てこないよね」
片山さんは今日は顔を見せない。子供の具合が悪いと連絡が入ったのだ。
「私の頭では理解できないので、いくつか質問していいですか」
僕達を監視する双眼鏡や視線は感じられない。
「もしかしてK部長がS場長を殺しの依頼をネタに脅迫したってこと?護るために抹消しなければ護れなくなったって、そういうこと?」
年金さんの声が少し上ずっている。
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