夢競馬の人々(194)  葉山 悟

  • 2013.11.20 Wednesday
  • 23:37
年金さんが苦笑しているのは、殺しの発信源であると思われるS場長のお膝元N競馬場が、一番安全ではないかという皮肉な事実であった。つまりSもN競馬場の中では、殺人事件や暴力沙汰を起こすことは絶対避けたいと考えていると。いや彼にとって、あってはならない事なのだ。
もう既に深夜を通り越して、夜と朝が溶けあう時間に差しかかっていた。警部は僕たち一人一人を自宅に送り届けると告げると、片山さんを「ちょっと・・・」と別室に招いた。
僕と年金さんが覆面パトカーなのか、黒塗りの乗用車の中で待っていると、彼女が警部と一緒に出てきた。その表情には笑みが浮かんでいる。
「皆さんご協力、どうもありがとうございました。池部君、皆さんをしっかりとお送りするように・・」と僕達を見送った。
車内で順路について年金さんが真っ先に発言した。「刑事さん、三人の中でわたしが一番近いから、最初にY街道を0交差点に向かってください。お二人は一緒でしょう?」
彼は運転している若い警官に気を遣って「刑事さん」と呼んだのだ。こういう気配りが出来るのも団塊世代の一つの特色だ。
片山さんが「もう」とばかりに年金さんの頭に手をやった。僕は彼女を一人にすることだけは避けようと考えていたので、年金さんの図星の言葉に泡を喰ってしまった。
「それよりHさんお願いしますよ。シャガールの馬。いつ出走するのですかね」
運転している若い警察官にとって、せいぜい馬主の会話にしか聞こえないだろう。
「明日かも知れない。いや三日先かも知れない。それは僕にも分からない。ただいつ登場してもいいように軍資金だけは用意しておいてください」
何故だか僕の脳裏に0組大崎会長との冗談ともつかないやり取りが浮かんだ。万馬券ばかり狙っているような会長にカマをかけてみたのだ。「オッズモニターを見ていれば、会長が買った馬券すぐに判りますよ」と。実際会長が購入した馬券の配当は急落する。3連単馬券を五千円、一万円単位で購入する客は、まずいないからだ。会長は胸ポケットから買ったばかりの馬券を取り出し、僕に見えないようにして言った。「じゃ何を買ったか当ててみろ」強面の会長の少年のような素顔がのぞいた瞬間だ。「当たったら欲しいものは何でもくれてやるぞ」
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