鉄の海(105) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.12.06 Thursday
  • 00:00

 翌朝、Tさんは栄養剤を注入するために鼻から入れたチューブを自分で抜いていた。夜勤の看護師から朝一番に電話がかかってきて、チューブを入れ直してほしい、と言われる。Tさんがチューブを抜いたのは、人工呼吸器を外したときに、身体拘束を解除したからだ。リスクが少なければ、必要最低限にとどめるのが倫理的に当然のあり方だが、これが続くようなら再度拘束せざるを得ない。

 Tさんのもとへ向かい、鼻からチューブを入れ直しますよ、と声をかける。理解できないのか、しかめ面のままで特に返事はない。鼻の右穴にチューブを当てると、案の定顔を背ける。看護師が、頑張りましょうねえ、と声をかけて頭を手で動かないように押し付ける。その間に鼻からチューブを入れていく。あーっ、いやーっ、とTさんは叫び、手で払いのけようとする。もう一人看護師の応援を呼び、両手を押さえつけてもらう。チューブは途中まで入ると、引っ掛かってうまく入らなくなる。本来なら、喉までチューブが来て地点で飲み込んでもらうのがいい方法なのだが、従命できないTさんにはそれが難しい。むしろ、異物を吐き出そうと喉が拒絶して余計にやりにくい。すると、時間がかかり、いっそうTさんの拒絶は増してしまう。

 四人部屋なので、隣の患者が声を聞いてこちらを覗いている。十分以上格闘して、ようやく奥まで入った。次も入れられるか自信がない。ともあれ、これで朝ご飯を注入できるというわけだ。栄養剤は速いと一時間程度で400mlくらい入れる。もし、注入しているときに抜かれてしまうと、その途中で、注入している栄養剤を大量に誤嚥してしまう可能性がある。毎回抜かれて入れるのは手間的に現実的でないと同時に、そもそも患者自身の安全からも許容できない。一度目は見逃すが、次は……いや、次もきっとあるだろう。一度気になって抜いたものを、また抜かないという保証はどこにもない。普通は次もあると考える。だが期待したくなる気持ちもあるのだ。

 

 その日はとうとうチューブは抜けなかった。夕方に診に行ったときもTさんは穏やかに過ごしていた。問題の先送りだと薄々感じつつも、そのまま経過することを祈った。果たして、翌朝、Tさんの胃管が抜けたので入れ直してくれと連絡が来る。

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