あとがきにかえて Mr.ヤマブキ
- 2019.07.18 Thursday
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鉄の海は現代の内科診療を中心とした医療小説です。週1回千字の連載を原則とし、計約14万字程度となっています。これは原稿用紙換算で350〜400枚程度の分量になるのですが、これまで長編というものを書いたことがありませんし、自分自身、ここまでたくさん書けるとは思ってもいませんでした。ただ、いくつかの章に分かれていますし、連載を前提とした千字毎の起伏が必要のため、純粋に350枚を一つの物語に費やしたというよりはパッチワークでしかないのかもしれません。それでも、とても想像のつかない分量(私にとってはよだかの見上げた青白い星々ほどの高さがありました)に3年以上もかけて到達したことは、内容如何に関わらず、ひとまず誇りたいことだと思います。特に、創作においては完結させるということの重要性は言うまでもなく、大きく破綻せずに一つのフィナーレを迎えられたことは収穫だったと思います。
なぜ鉄の海を書こうと思ったのか、実はもうあまりよく覚えていません。何か医療の現状を訴えたいとか生命倫理を描き出すなどといった崇高な理念はありませんでした。葉山さんの夢競馬が断絶してから、誰かが長編をやらなくてはならない、という気持ちがあったような気もします。しかしこれは、3年かけて書き続けるうちに感じた葉山さんへの敬意が自身の記憶を捻じ曲げただけかもしれません。何か決定的なことは思い出すことができず、そういった曖昧模糊とした無名の物体が僕に鉄の海を書き続けさせました。
ハッタリストさんが過去に指摘したように、鉄の海は小説という体裁でありながら本質はノンフィクションです。これには二つ理由があり、一つは普段の医療から逸脱したドラマが描かれていないことです。世に溢れる医療を題材とした物語はほぼ全て誇張されています。エンターテイメント的な面白さのために、登場人物は戦います。あるいは医学的なトリックを解決します。教授争いや孤島の診療やドクターヘリといった素材は、確かに医療の一部であり大きなドラマを孕んでいるでしょうが、基本的には外れ値です。そうではなくて、どこの市民病院でも行われているようなもっと一般的な医療の中にすでに大きなドラマがあり、そこには科学と人間性の両模様が混じり合っているのです。鉄の海の良いところを挙げるなら、それを多少なりとも切り取ったことなのだと思います。
二つ目は、小説としての力量の弱さです。当初から登場人物はほぼ主人公のみで、感情は描かれず一本調子に医療行為だけが進んでいきます。単調な描写、乏しい比喩。最後にコメディカルの名前が書かれて登場人物が急に増える展開はそれを逆手にとったやり方ではありますが、せめてもの抵抗という程度で、本質的な貧弱さをカバーするほどではありません。こうした小説としての欠点が相対的にノンフィクション要素を際立たせたという要素も多分にあるでしょう。
これから、Mr.ヤマブキとしてショートショートを書き続けていくことになりますが、また長編に挑戦したい気持ちはあります。うべべさんのように外の世界に出てみたいという気持ちもあります。何が始まるかは、最終的に曖昧模糊とした無名の感情が自然とその方向へ連れていってくれるのだと思います。長らくお付き合いいただきありがとうございました。
※最後にテーマソングをお聞きください
「Nothing in my way」
https://www.youtube.com/watch?v=y5l-GSDo72c
「Crystal ball」
https://www.youtube.com/watch?v=MZI6klvnacE