鉄の海(95) Mr.ヤマブキ

  • 2018.07.19 Thursday
  • 00:00

 W先生の話に沿おうと思ったのは、W先生への信頼もあるが、母の言葉を思い出したのもある。医者になって少しして、ドラマとは違う今の医療の現実に慣れ始めた頃、ときどき会う両親は仕事内容のことをよく訊いた。仕事の話なら、離れて過ごす息子でも十分話題になるだろうし、年齢を重ねて医療自体への興味もあったかもしれない。

 父も母も訊き方はいつも微妙に違うのだが、結局は同じところに話が行き着いてしまう。認知症患者の誤嚥性肺炎、尿路感染症といった単純な感染症治療を重ね、胃ろうや蘇生処置について話し合っていくルーチンのことをたびたび説明した。決まって、母だけは、私はぴんぴんころりがいいわ、と言い、父はそれを黙って聞いているのだった。

 

「だってしんどいのは嫌。心臓マッサージしたあと肋骨折れてたら痛いでしょ?思い残すこともあなたの結婚くらいだし、何かあったらそのとき。死にたいわけじゃないけど、這いつくばって生きるほどのこだわりはないの」

 

 初めてその話を聞いた頃にはすでに母方の祖母は亡くなっていた。アルツハイマー病で徐々に言葉を失い、物を食べることも難しくなり、最後は施設と病院を行き来した。それを見ていたからだろうか、自分が医者として感じる医療の無力感を母も感じ取っていたように思う。点滴をしたり吸引をしたり、褥瘡(じょくそう)ができたり肺炎を繰り返したりといった苦痛の集積を乗り越えて少しずつ命を伸ばしていく高齢者医療。老衰以外ではかなり生かすことのできる医療、老衰は決して治せない医療。祖母への様々な医療的処置を見る中で、母が積極的医療を拒否する選択肢を考えるのは納得できる流れである。

 だが、父や自分としてはできれば生きていてほしいという気持ちがある。進行癌とは違って、回復の見込みが全くないわけではない。半身麻痺が残っても、話もできて文化的に生きられるまで戻ることも多いのだから、諦めきれないものもある。本人の意思を尊重するといっても、いざ死に直面するとやはり生きる方へ傾くという例だってある。まあそれを期待するのは、自分のエゴから来る勝手な解釈かもしれないが。

 

 午後は休みにしていたので、W先生からの病状説明の後、実家に寄った。もちろん、今後の治療方針を相談するためだ。家に寄ると言ったら父は驚いたが、すぐに肚の内を理解したようだった。

 子供の頃に建った新しいマイホーム。時とともに傷は蓄積されているが、まだ小綺麗に保たれていた。リビングの大きな窓を開け放つと鳥のさえずりが流れ込んでくる。時折吹く強い風は春の暖かな甘い香りを運んで、しまい忘れた季節外れの風鈴を鳴らす。父が冷蔵庫のペットボトルのお茶を取り出してコップに注ぐ。外が明るい分、部屋は陰る。

鉄の海(94) Mr.ヤマブキ

  • 2018.07.13 Friday
  • 01:51

「どこまでするかというのは、つまり、それらをしないという選択肢があります。例えば開頭減圧という方法は、大きく頭蓋骨を開けるため負担が大きい治療です。それでも、助かるかどうかも分からない。助かっても体の麻痺など色々な後遺症を抱えていく。そんな辛い道ばかりになるくらいなら、天命を受け入れるという考える方もいます。人工呼吸も喉に管を入れて機械につながれたままになるかもしれない。心臓マッサージは何本も肋骨が折れて、肺から血を吹くこともあります。元々お元気に過ごしておられた方ですから、できる限り救命の方向で動くことを考えてはいますが、命の取り留め方までは選べません。もしやめておこうと思われるなら、その方向で進めたいと考えています」

「それは、つまり、何もしないということですか……?」

 

 父が訊く。奇しくもTさんの娘と同じ言葉だ。

 

「そうも言えるかもしれません。ただ、何もしないというよりはそれ以上苦痛を与えない、とお考えください」

 

 父が顎を触るのは困ったときだ。母と口論になったあと、顎をなでながら所在なく歩き回っていたのを思い出す。

 

「先生はどうお考えですか」

 

 父だけでは決まらないのでこちらからも訊いてみる。

 

「状況にもよるとは思いますが」

「そうですね。開頭減圧までいく場合は救命できても神経学的予後、つまり麻痺や会話は厳しい場合が多いのでお勧めはしません。人工呼吸や心臓マッサージは、窒息のようにその時さえやり過ごせば元に戻るものならよいのかもしれませんが、やはりそういった蘇生処置が必要な状態になるということは回復の可能性もかなり低くなりますから、基本的にはお勧めしません。脳出血についてはその三つよりは少しやる価値はあるかもしれません。ただ、手術を必要とする状態かつそれを希望されるならば、転送にも時間がかかるので予め脳外科のあるX病院に移っていただくほうが良いと思います」

 

 病状説明でありがちなのは、病状や選択肢を詳細に説明して、どちらにしますかと選ばせるパターンだ。でも見たことのない治療、聞いたことのない治療を本当に理解した上で選べるだろうか。ワインだって香りや味や産地のことを言われても、余程精通していなければ思い通り選ぶことは難しい。しかも医療の場合は、それが命や人生に大きくかかわってくる決断なのだ。だから、どちらのワインも飲んだことのあるソムリエがお勧めの一本を選ぶべきだと思う。

 その意味で、W先生がはっきりこうすべきと提案したのは、医療知識の無い父へと向けられている。銘柄も味も分かっている自分にソムリエはなくてもいい。それが必要なのは父であって、自分ではない。初めにW先生に言った、「父に分かるように話していただければ」という言葉を真摯に実践してくれているのだ。

 一人の医者として、人工呼吸はしてもよいかもしれないと感じていたが、W先生の話に異論はない。W先生に母を任せようと思った。

 

「父さんは、どう?」

「先生がその方がいいということなら……」

 

 すぐには決められないだろう。

 

「本当はもう少し考えたいんです。でも、今日にも急変の可能性があるから暫定的な結論を出しておくべきですよね。それは職業柄分かります。今のお話を伺って、蘇生や手術はしない方向でお願いしたいと思います。最終的には、もう一度父とも話し合ってお返事をしますが、それまではその方針でお願いします」

鉄の海(93) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.07.06 Friday
  • 20:58

 W先生は立ち上がって会釈をした。かなり丁寧な印象を受けた。

 

A病院にお勤めと伺っています」

 

 何か言った覚えもなかったので父を睨んだ。目くじらを立てるほどのことでもないが、わざわざ言うほどのことでもない。医療者の中でも自分が医療者だと申し出るかどうかは意見の分かれるところで、確かにこんな風に丁寧に接してくれるかもしれないが、余計な気は遣ってほしくない。

 

「そうなんです。でも、気になさらないでください。父に分かるように話していただければ」

「ええ、もちろんです」

 

 W先生は頭部MRIの画像を開いてみせる。

 

「脳の右側に広い範囲で光っている部分があります。これが脳梗塞の所見です。別の画像で見ると、その脳梗塞の周りに暗く映る部分があって、これは脳のむくみです。起こった脳梗塞に何か処置をすることは難しく、リハビリをしながら時間とともに回復してくるのを待つしかありません。それとは別に、今後さらに脳梗塞が起こらないように予防をしないといけません」

 

 今度は父の前に心電図を取り出す。

 

「入院されてからの心電図を見ると心房細動、という不整脈をお持ちのようです。この不整脈は血栓を作ることがあり、それが脳へと飛んで血管が詰まって脳梗塞になることが知られています。これを、心原性脳梗塞、と言います。一番有名なのは巨人の長嶋茂雄さんです。長嶋さんも同じ不整脈での脳梗塞になりました。予防としては、血栓ができないように血をさらさらにする薬を使います」

 

 W先生は父、自分と順に視線を移す。

 

「よく分かります」

 

 そう頷いたのに同調して、父も心電図を睨めたまま頷いた。

 

「今後予想されることですが、一つは脳のむくみが広がる場合。脳がどんどん腫れて圧迫されてしまうので、開頭減圧と言って、頭蓋骨を開けたままにしてやる方法があります。これは脳外科のあるX病院でないとできないので必要があればそちらへ移っていただくこともあります。もう一つは血をさらさらに薬を入れるので、出血しやすくなります。大きな脳出血が起これば、これも脳外科で手術の必要があります。他にも、意識が朦朧とした状態では痰を詰めて肺炎を起こしたり窒息したりというリスクもあります。予期せぬことで突然命が危なくなることもあります。その場合は人工呼吸器や心臓マッサージといった救命処置をすることになります」

 

 W先生は身を乗り出す。声のトーンをわざと一つ落とす。

 

「でもどこまでするのが本当にいいのかは分かりません」

 

 睨まれんばかりに迫られた父は貫録を保とうとしているが、蛙のようなものだ。W先生はさすがに自分とは違い、キャリアもあって迫力がある。若いというだけでなめられることもあるが、W先生は熟練した話し方や態度がほとんど有無を言わせない勢いだ。話の途中だというのに、別の病院で研修医と二人一組で救急当番をしたとき、病状説明は自分より老けて見える研修医にさせていたことを思い出した。

鉄の海(92) Mr.ヤマブキ

  • 2018.06.28 Thursday
  • 00:00

 最低限の病棟業務を済ませて、数少ない他の内科医師に緊急対応をお願いする。病棟にも伝えておく。あたしが何とかしとくから、とおばちゃん看護師が言う。頼もしい限りだ。母の待つ病院へと向かう。

 すでに父は病室で待っていた。ベッドの横で立ってテレビを見ていた。母は昨日と比べると落ち着いていて、目も半開きになっている。母さん、と声を掛けると目線は合わないものの明らかにこちらに反応して頭を向ける。

 

「母さん、分かる?」

 

 虚空を見ては首を振り、ときどき分かったみたいに頷いて見せる。多分分かっていないのだろう。それでも嬉しかった。まだまだ何も分かってはいないけれど、良くなってきているということそのものが希望だった。

 

「びっくりした、良くなってるね」

 

 自分で脳梗塞患者を診ることもあるので、だいたいの経過は分かる。これは予想の範囲内の回復だ。けれども、驚いてしまう。驚いてしまったことに自分自身の動揺を感じる。自分では冷静にしているつもりでもそうではなかったのだ。それを今、ようやく分かった。腕の先から、背中の下から、鳥肌が立って這い上ってくる。父には何となく悟られたくなくて、顔を伏せてじっとしている。相変わらず、自分自身のことは何にも分かってやしない。

 

「そうなんだよ。この調子ならすぐよくなるんじゃないか」

 

 本当にそう思っているのか、自ら奮い立たせようとしているのか。もし本当にそう感じているのだとしたらあまりに切ない。希望もある一方で、今から厳しい話もあることは目に見えているからだ。

 

 ナースステーションに声を掛けると医師を呼ぶので待つように言われる。まあ時間通りに来ることは期待していない。何か処置をしているか、他の患者と話しているところだろう。病室に戻り、ようやく父が椅子に腰掛ける。隣には座らず、窓を見遣る。木々に芽吹く萌黄色の蕾を陽光が照らす。風の切る音が聞こえてきそうなほど強く揺れるが、枝はしなやかで力強い。冬が終わり、春が咲こうとしている。我々は死刑囚のように病室に閉じ込められている。

 看護師がお待たせしました、と入ってくる。父を先頭に立てると、おっかなびっくりでぎこちないので先に行くことにした。案内された先では、白髪の多いベテラン医師が眼鏡を少し遠ざけながら印刷された採血データを睨んでいる。

 

「よろしくお願いします」

 

 すると、医師は急に柔らかな笑みを浮かべて迎え入れる。木々に似たしなやかさが見え隠れする。

 

「わざわざ遠いところから、ありがとうございます。どうぞお掛けください。主治医のWです」

鉄の海(91) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.06.21 Thursday
  • 00:12

 翌朝、まずTさんの病室を訪れた。特に呼吸状態は変わっておらず、とりあえず安心した。ステロイドパルスは三日間の超大量投与の後、通常の高容量へとステロイドを減量する。つまり、三日間はやらないと分からない。その間は悪くならなければいいし、数日後から呼吸状態やレントゲンが良くなるのを期待していればいい。

 Tさんの命を繋ぐ人工呼吸器は、Tさんの呼吸に合わせて不規則なリズムを刻む。送り込む酸素濃度は21%から100%まである。21%というのはもちろん通常の空気中の酸素濃度で、要するにただの空気を送り込んでいることになる。100%は純酸素だ。全てが酸素で、それ以上というのはない。Tさんの場合、85%の濃度で酸素を送り込んでいる。あと15%、一押しで土俵際という感覚だ。

 追い詰められつつある状況だが、じれったいようでも待っている間は何もできない。純粋な内科的治療には、重症患者を自らの手で救う手術の醍醐味は無い。だから優れた内科医の要件は、医療が介入できそうなポイントを細かく見つけていくことにあるし、あるいは総合力勝負で、心理的要素や社会的要素まで手厚くカバーすることになる。……母には、何か医療ができることがあるだろうか。

 

「先生、夜大変だったんですよ」

 

 これから日勤と交代する昨日の夜勤が言う。

 

「ずっと寝てると思ってたのに、部屋に入ったら挿管チューブを抜こうとしてて危なかったんですよ。拘束してても急に動こうとするんです。もう看れないのでミダゾラム増やして寝てもらいました」

 

 鎮静薬の影響で普段以上に状況が分からないとはいえ、自分の命綱を全て外してしまおうとするレベルの認知機能の患者に対して、どこまで治療を行うべきなのだろう。体についた命綱は、本人にとっては不快なだけでしかない。本人の思いを汲むと、きっとただ、口に入った管が気持ち悪い、胸のモニタが気持ち悪い、だなんてことばかりだろう。それならば、本人の望むようにすべきか?あるいは逆に、医療者や家族がある種、保護者として彼ら老人たちを死に向かわないよう導くべきなのだろうか?実際の現場では彼ら自身が意思表示をできない以上、医者と家族で話が進んでしまう。だが、答えがないからこそ、原点に立ち返る必要がある。医療を受けるのは本人だ。本人の意思はどうか。もしそれが知り得ないのならこれまでの生き方の中で本人の意思を推定するしかない。

 とはいえ、だ。彼らが死んでもいいと思っていても、家族は死んでほしくないと思っているかもしれない。積極的治療にまつわる相克を簡明化すれば、寿命は縮むが苦痛は少ない方法か寿命は長引くが苦痛は強い方法という二択なのだ。良識ある家族は、長く生きてほしいが苦痛は少ないほうがいいと悩む。やはり答えはない。医療を受けるのは本人だ。だから処置の苦痛は本人が受ける。しかし、命が伸びることの恩恵は本人だけでなく家族やその他の人々へも広がる。その人の命はその人だけのもののように見えて、その実、社会的に広く共有されている。恩恵と苦痛を享受する人の非対称性こそがねじれの位置を生み出す。医療処置の苦痛は本人しか受けないが、本人の生命の延長は家族も享受する。Tさんは、母は、どこまでの医療を受けるのが適切なのだろうか。

鉄の海(90) Mr.ヤマブキ

  • 2018.06.14 Thursday
  • 00:00

 父は普段はもっと気さくでおどけている。時に露悪ぶったりもするが、そのどちらもが繊細さの裏返しのように思える。馬鹿みたいに酒を飲んで饒舌になったと思えば押し黙って外で煙草を吸う。人懐こく愛情深いのに一匹狼のように放浪する。

 病室に来た時、本当はもう少しひょうきんぶっているかと思っていたが、吸引で出鼻を挫かれた。吸引は細いチューブで痰を吸う。大したことでもなさそうだが、ストローを突っ込まれると思えば苦痛も知れる。口から入れると嘔吐反射でえずいてしまうので鼻からチューブを入れるのだが、これも気管まで入れる必要がある。普段我々がむせたと言って苦しんでいるのは、気管に入った少量の水分のせいだ。ましてチューブなんかが入ればその分苦痛も大きい。だから、吸引はつらい。日常的に行われる簡単な医療行為だが、思わず顔を背けてしまう。

 だから状況の分からない母は全力で抵抗する。麻痺の無い手足は無意識の制限がないから想像以上に力強い。片腕で払いのけられそうになった父もおどける余裕がなくて、しかも自分がそこに出くわしたものだから気まずい。もう少しましなときに会えばそれなりにひょうきんで居れただろうけど、何となくぎこちないままになってしまった。

 しばらくして母は落ち着き、眠っているように見える。落ち着いたら落ち着いたで、逆に病状の悪化も心配してしまうが、モニターは大きな異常もなく、おそらく本当に寝ているのだろう。

 

「何て言われた?」

 

 父は答えにくそうに頭をかく。

 

「何て言ってたかなあ。とりあえずCTだかMRIだか見せられて、ここが脳梗塞ですって見せられた。麻痺は残るって言われたなあ。あとは、手術が要るかもとか、そんなところだったか……」

 

 現状、おそらく挿管などの話も出たと思うが、父にはこれが精一杯だろう。耄碌したとは思わないが、病状説明そのものがそもそも専門的すぎるのだ。医療の基本は医学だ。学問はこの何百年の積み重ねであって、説明されるべき事象そのものが複雑なのだ。代数を知らない人にどうやって微積分を教えればいい?説明されれば理解できるし、プロは理解できるように説明すべきだ、という一見真っ当な主張こそが思い込みでしかない。上手く説明さえすれば誰でもすぐに理解できるのなら、難関をくぐり抜けた受験生は六年もかけて医学を学ぶ必要はない。ましてや気の動転した家族、慣れない概念が複合する話は届かない。

 

「分かった。明日また聞きに来る」

「大丈夫なのか?」

「まあ午後ぐらいなら休めると思う」

 

 看護師に明日の午後に病状説明を受けたい旨を伝える。担当医の時間が不明のため、明日朝、改めてこちらから電話連絡を入れることにした。

鉄の海(89) Mr.ヤマブキ

  • 2018.06.07 Thursday
  • 00:00

 Tさんの病状説明を終え、17時が来る頃にはすぐに病院を出た。母の入院する病院は高速を使って二時間ほどのところにある。自分が働く病院よりもさらに小さい。自施設ならわずかばかりでも科が分かれているが、ほとんど内科、外科程度の区別しかない。過疎地域には何十と細分化された専門医をすべて揃えるわけにはいかない。高度な先進医療をするわけではなく、求められるのは何でもそこそこにできる医師だ。そこにいる人間でそれなりにやっていかなくてはならない。

 その病院は自分が診てもらっていた頃と変わらない。古い白い三階建て。照明は暗く、廊下の隅には闇が漂っていて死の気配を感じさせる。消毒の匂いが立ち込めていて、小さい頃、胃腸炎で嘔吐したときのことや高熱でうなされたときの倦怠感を思い起こさせる。ああ、これが非医療者の病院のイメージだろうなと気付かされる。主観的体験が普遍性へと還っていく。嫌なところだ。

 三階の病棟に母の病室がある。重症だからだろう、管理がしやすいよう詰め所に近い個室に入れられている。扉を開けると看護師が母を押さえつけていた。知らないとぎょっとしたと思う。痰の吸引を、意識のはっきりしない母が嫌がって暴れていたのだ。看護師は一瞥もくれず吸引に集中していて、父は母をなだめようと声をかけながら、おっかなびっくりで手を押さえつけている。父がこちらに気付く。

 

「ああ、母さん、分かってくれなくてな」

 

 ばつの悪そうな、言い訳染みた調子で言う。父自身の困惑。必要と分かりながらも母に苦痛を与える罪悪感。

 

「分かるよ。どんな状況か、何となく分かった」

 

 父からの電話の通り、広範な脳梗塞なのは確かだろう。意識障害があって、誤嚥リスクも高い。点滴には降圧剤の持続注射もあり、脳浮腫の懸念もある。最悪、一時間離れた脳外科のある病院へ転院ということもありえる。

 吸引を終えた看護師はチューブを片付けてさっさと部屋を後にした。誰もいないと何となく気まずくて話すことがない。仲が悪いとかではなくて、ただ単に、気軽な帰省ではないというだけのことだった。

 

「忙しかっただろう?悪いな」

「いや、全然」

 

 自分の母親のことだから来るに決まっている。が、こんなときにそんな賢しいことをいうほど野暮でもなかった。そしてまた沈黙が続く。目の前の母は数分おきに、うなされたように右腕を動かす。よく見ていると右手ばかりで、左手や左足はほとんど動かない。左半身麻痺だろうと想像する。

 

「まあ重症だけど、脳梗塞はある程度戻ることも多いから」

 

 病状説明でもないのに前向きなことを言う。痰で窒息することもありうる。脳ヘルニアで死ぬ可能性もある。死ぬまで行かなくとも、脳外科で開頭減圧、要するに頭蓋骨を外しっぱなしにされるかもしれない。考え始めれば、回復の途上にパンクするほどの大きな石がいくつも転がっている。だが、痰の吸引にも抵抗のある父にそこまでは言いにくかった。告知を渋る家族の気持ちも実感できる。

鉄の海(88) Mr.ヤマブキ

  • 2018.05.31 Thursday
  • 00:00

「分かりました。ステロイドは確かに色々と副作用が出る薬です。我々医療者も使わなくて済むならわざわざ使いたいわけではありません。ただし、副作用というデメリットがあっても、メリットが上回るならうまく副作用を調節しながら使っていくこともあります」

 

 褒められたやり方ではないが、時間もないので切り札を切ってしまうことにした。

 

「間質性肺炎の治療はステロイドが基本で、場合によっては免疫抑制剤の追加を行います。免疫抑制剤も相応のリスクのある薬剤ですし効果が出るのも遅いと考えられています。なので、今Tさんを救命できる治療は実質的にステロイドの大量投与しかありません。やったら助かるという保証もありませんが、やらなければ死にます」

 

 死にますよ、という脅しは医者ならではの切り札だが、本来の行動変容はより共感的に進めていくのが理想だ。例えば糖尿病患者の食事制限を促すのに、こんな食生活じゃ心筋梗塞で死にますよ、というのはうまくいかないことが多い。なぜ制限できないのか、どう工夫すれば制限できるのかを建設的に考えていく方がよりよいに決まっている。ただ、血糖が高いだけなら時間を重ねて、信頼関係を築いて、前向きに物事を引っ張っていくこともできるかもしれないが、その余裕がない今回のような場合は、そこまでこだわりきれない部分もある。医療にとって時間は何よりも貴重だ。

 

「どうしても投与しないということであればやむを得ませんが」

「どうしてもしなくてはいけませんか」

「もちろん、これ以上つらい思いはしてほしくない、という意味で治療を控えることはあります。病気と闘っていくことも楽なことではないですから」

「それは、何もしないということですか?」

「そうです。苦痛のないようにして、間質性肺炎の治療はしないというのも全然無い選択肢ではありません」

「それはちょっと……」

 

 長女に困惑の色が浮かぶ。

 

「命を助けるということなら間違いなくやるべきです」

「そうですか……」

 

 自分が悪だと思っていた治療をやらなければ父親が死ぬ、という二択を突き付けるのは酷だろう。だが患者や患者家族の気持ちがいくら大事とはいえ、医学的根拠を疎かにすることはできない。間質性肺炎に対する常識的な治療であり、ここは家族の希望に押し負けてしまってはいけない。治療を諦めて緩和治療に徹するというのもTさんにとって決して悪くない選択肢とも思うが、救命を目指すならこの医学的判断は譲れない。

 

「それしかないのなら、仕方ないですね。副作用が出たら対処してもらえるんですよね?」

「ありがとうございます。副作用についてはその都度対応していきますので」

 

 すぐにTさんにステロイドパルス療法が開始された。

鉄の海(87) Mr.ヤマブキ

  • 2018.05.24 Thursday
  • 00:00

 ステロイド嫌いの人は一定数いる。ステロイドを実際に使ったことがなくても、ステロイドは副作用が強く危険な薬だという認識があって、中には、何においても使うべきではない薬だという信念を持つ過激派もいる。

 

 そうなってしまった原因の一つは、メディアでのステロイドのバッシングだろう。この国の医療に関する報道はまともなものがない。不安を煽るばかりで、まさにセンセーションとしかいいようがない。

 ただ医療側も悪いところはあって、不安を煽られた人々の向かう場所として、非ステロイドを謳う医療を提供する人々が現れた。アトピービジネスと呼ばれ、ステロイドを使用すれば著効する患者に対しても、「患者の気持ちに寄り添って」ステロイドを使わない医療を展開する。まあそれも、その患者自身のこだわりであれば我々が介入する余地もないのかもしれないが、例えば三歳くらいの子供のアトピー治療で、親が非ステロイドを強制し病状が一向に改善しないとなると、虐待ではないかとさえ思うのだ。その片棒を担ぐ医療機関は言うまでもない。

 すべての薬には効果があれば副作用もある。ステロイドも例外ではなく、そのリスクとメリットを考え、メリットが上回ると考えられるときに薬剤を使用するのだ。そもそも、効果と副作用という対立した概念でさえ誤りかもしれない。毛生え薬で有名なミノキシジルはもともと、不整脈に使用されていた薬剤だ。元を正せば抗不整脈薬に増毛という副作用があったことになる。それがすっかり今では育毛薬となっている。副作用かどうかは、その薬を使いたい人の目的に左右される。我々が勝手に効果を良いものと悪いものに分類しているだけで、薬効そのものはただそのまま在るに過ぎない。その効果の一部だけを切り取って危険を騙るのは詐欺師のやり方だろう。

 

「ステロイドを使いたくないというのは何か理由がありますか?」

 

 医療に対抗する人の言葉には、理由を聞くのがこの世界の原則だ。

 

「私の知り合いの子供がアトピーで、ステロイドを使って大変なことになったんです。最初は良かったんですけど、段々効かなくなってきて、すぐにステロイドを使わない病院に変えました。でも、ステロイドを使ったせいでまだ治らないんです」

「なるほど、ただそれは、ステロイドを使わなくなったから治らなくなったとも言えませんか?」

「でも最初から効きも悪くなってだめになっていったんです」

 

 知人の言葉に比べれば医療者の言葉は吹けば飛ぶほど軽い。ここは議論しても無益なので、やや大げさに頷いてみせる。

鉄の海(86) Mr.ヤマブキ

  • 2018.05.17 Thursday
  • 00:00

 Tさんの長女は間もなく来た。

 

「よろしくお願いします」

 

 長女の様子は固く、緊張よりは睨みつける力が強い。Tさんの奥さんも同席しているが椅子に向かってよろしくお願いしますと言った後は黙って座っている。

 

「今回、Tさんは肺炎で入院となりました。ただし、通常の肺炎ではなく、間質性肺炎という特殊な肺炎を疑っています。入院時のCTを見てみると背中側に網目のような影が見えます。これは間質性肺炎の特徴で、おそらく以前から間質性肺炎をお持ちだったと思います」

「間質性肺炎なんて言われたことなかったです」

「レントゲンでは分かりにくいですので指摘されたことはないかもしれませんが、何年か前からあったと思います」

「見逃されていたということですか?」

 

 医療者全体に攻撃的だ。

 

「これまで診ておられた先生方がどう思われていたのか分かりませんが、間質性肺炎を見つけても、よっぽど悪くなってこない限り、様子観察が一般的です。レントゲンではっきりしないような微小な間質性肺炎を無理に探すことはありません。なので、これまでの診療は妥当なものだと思います」

「そうですか」

「間質性肺炎の特徴は二つあります。一つは、何年もかけて徐々に進行して肺が固くなっていくこと。もう一つは、今回のように急激に悪化する場合があること。これを急性増悪と言います」

 

 表情を窺いながら順番に説明していく。この手で多いのは、元気だと思っていた家族が重症になった動揺だ。この長女も多分そうだろう。受け入れられない、が、認められないへと変わり、手近なところへ牙が向かう。その結果、何か医療に落ち度があったのではないかと食ってかかる。ここは耐えどころで、一つずつ事実を明晰に説明するしかない。医療の落ち度ではなく病状自体の厳しさであることを伝え、それを受け入れてもらうまで待つだけだ。

 

「矛盾するようなことを言いますが、今回のTさんの肺炎は、間質性肺炎の急性増悪だと確実に言い切れるものではありません。本来であれば、肺の一部を取ってきて顕微鏡で調べることができるとより確実です。ただ、その検査をするのは今の呼吸状態では難しく、CT画像などの状況証拠から、間質性肺炎として治療をせざるをえない状況です。肺炎にも多種の原因があるので、通常の肺炎の治療もしながら同時に間質性肺炎の治療もしていくという形になります」

「検査ができないんですか?」

「そうです。肺のカメラや全身麻酔を使って肺の一部を取ってくる検査になるので、さらに呼吸が悪くなるリスクがあります。すでに相当な重症なので、検査で命を落としかねません。それならば絨毯爆撃で、考えられる病気の治療を全て始めてしまおうという理屈です」

「……分かりました。どんな治療になりますか?」

「通常の肺炎は菌が繁殖して起こるので、いわゆる抗生物質の点滴になります。それに加えて、間質性肺炎としてはステロイドの治療を行います」

 

 長女の瞳が大きく見開かれる。

 

「え、ステロイドですか?私、絶対にステロイドは使いたくないんです」

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