鉄の海(105) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.12.06 Thursday
  • 00:00

 翌朝、Tさんは栄養剤を注入するために鼻から入れたチューブを自分で抜いていた。夜勤の看護師から朝一番に電話がかかってきて、チューブを入れ直してほしい、と言われる。Tさんがチューブを抜いたのは、人工呼吸器を外したときに、身体拘束を解除したからだ。リスクが少なければ、必要最低限にとどめるのが倫理的に当然のあり方だが、これが続くようなら再度拘束せざるを得ない。

 Tさんのもとへ向かい、鼻からチューブを入れ直しますよ、と声をかける。理解できないのか、しかめ面のままで特に返事はない。鼻の右穴にチューブを当てると、案の定顔を背ける。看護師が、頑張りましょうねえ、と声をかけて頭を手で動かないように押し付ける。その間に鼻からチューブを入れていく。あーっ、いやーっ、とTさんは叫び、手で払いのけようとする。もう一人看護師の応援を呼び、両手を押さえつけてもらう。チューブは途中まで入ると、引っ掛かってうまく入らなくなる。本来なら、喉までチューブが来て地点で飲み込んでもらうのがいい方法なのだが、従命できないTさんにはそれが難しい。むしろ、異物を吐き出そうと喉が拒絶して余計にやりにくい。すると、時間がかかり、いっそうTさんの拒絶は増してしまう。

 四人部屋なので、隣の患者が声を聞いてこちらを覗いている。十分以上格闘して、ようやく奥まで入った。次も入れられるか自信がない。ともあれ、これで朝ご飯を注入できるというわけだ。栄養剤は速いと一時間程度で400mlくらい入れる。もし、注入しているときに抜かれてしまうと、その途中で、注入している栄養剤を大量に誤嚥してしまう可能性がある。毎回抜かれて入れるのは手間的に現実的でないと同時に、そもそも患者自身の安全からも許容できない。一度目は見逃すが、次は……いや、次もきっとあるだろう。一度気になって抜いたものを、また抜かないという保証はどこにもない。普通は次もあると考える。だが期待したくなる気持ちもあるのだ。

 

 その日はとうとうチューブは抜けなかった。夕方に診に行ったときもTさんは穏やかに過ごしていた。問題の先送りだと薄々感じつつも、そのまま経過することを祈った。果たして、翌朝、Tさんの胃管が抜けたので入れ直してくれと連絡が来る。

鉄の海(104) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.11.29 Thursday
  • 00:00

 大変な相手だ。ただ、劇場型の家族は、熱しやすく冷めやすい。ここを凌げば案外あっさりしている。あんまりに言われると苛立つこともあるが、接客業に比べれば大したことはないだろう。サービスだけを提供している業種ではないし、だからこちらの正義を信じられる。

 

「医者ですから、まずは我々も救命することを考えています。ですが、Tさんのような状況で命を延ばすことを優先したがために、後悔されるケースもあります。命の尊さ、それもお父さんの命となると、本当に大事なことはよく分かっています。それでも、命を延ばすことがTさんにさらに苦痛を与えてしまう可能性があるので、あらかじめこういうお話をしています」

「何もしないなんてことを選ぶ人がいるんですか?」

「いらっしゃいますよ。どんな形でも生きる、ということが必ずしも幸せな生き方ではありません。一つの考え方として、極端に単純に言えば、苦痛が増えても生きていくか、あるいは命が少し縮んでも比較的楽に過ごすか、という二択と言ってもいいかもしれません」

「信じられない……ちょっと、考えられません……」

 

 そう言ってTさんの娘はうつむいて、鼻をすすった。

 

「初めから全てやらない、と言っているわけではありません。このまま突き進んでしまう前に、一度立ち止まって、それが本当にTさんにとって最善の選択肢なのかを考えてみたいと思っています。今は鼻からチューブを入れているので、少し待つ余裕があります。一度ご家族で相談いただけませんか?」

 

 話を終えた後、少し後悔する。苦痛を取るか、寿命を取るかという言い方は、裏を返せばどちらかのデメリットを強いることになる。患者家族がどちらの選択をしても、苦しめた罪悪感か寿命を縮めた罪悪感を残してしまう。だが、Tさんの娘のように、端から考えるつもりもない人や奥ゆかしい表現では伝わらないような人たちもいて、そうであれば、どうしても直截的な表現で切り込まざるを得ないこともある。話の流れからそう言ってしまったが、このケースが本当にそう言った表現を要したのかどうか、省みる必要がある。

 それと、医者としてどちらの方向へ進めていくかという自分自身の意見も実は曖昧なままだ。医学的な評価やこれまでの経験を踏まえた参考意見がないと、ABがあります自己責任で決めてください、というのは全くもってよくない病状説明の典型だ。Tさんの場合、延命となるリスクも乗り越えて人工呼吸器による治療をやり抜いたので、ここまでくればもう一歩、生命維持にかけてもいいような気もしてしまう。胃ろうを作ってから、こんなはずではなかったとならないために、一度立ち止まって考えることは必要だが、Tさんの娘がどちらを選んでもよいのではないかとも思う。

鉄の海(103) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.11.15 Thursday
  • 21:30

 Tさんの長女を呼んで、いつもの型通りの病状説明を行う。

 

「何とか間質性肺炎は安定して、人工呼吸器は外せました。こちらはステロイドを減らし、再燃しないか診ていくことになります。ただ問題は、食事を御自身ではとれないことです。人工呼吸器を使用し寝たきりで一週間を過ごしていたことからかなり体力が落ちています。飲み込む力も衰えておられますし、何より、認知症から食べること自体を忘れておられるようです。口に入れても飲み込まずに吐き出したり、食べてもむせたりという状況で、口から食べることで生きていくほどの栄養を維持することは難しそうです」

 

 Tさんの娘はしかめっ面でこちらを睨んでいる。

 

「では、どんな栄養方法をしていくか、ということを今日はご相談したいと思っています。今は鼻からチューブを入れて、そこから栄養を送り込んでいます。チューブでの栄養方法は、基本的には一時的なもので、チューブの劣化や、チューブの当たる部位から潰瘍ができて胃腸が破れたりといった安定性の理由から、一ヶ月を超える場合は胃ろうに移行するほうが妥当と言われています。ですから、胃ろうをするかどうか、という点に収束していくのは確かなのですが、ただ、まず考えていただきたいのは、人工的な栄養方法に頼ってさらに延命を図っていくかどうか、という大きな考え方です。大きな方向性が決まれば、それに応じた最も医学的に妥当な方法を選びたいと思っています」

 

 震える声で彼女が訊く。

 

「胃ろうをしない、という場合はどうなりますか?」

「胃ろうをしない場合は、水分補給が中心の点滴を行うか、あるいはなにもせずに、自然に看取ることを選ぶ方もいます。いずれにせよ、残り時間はそれほど長くはありません。ただ、今のしんどい状況を引きのばすことで苦痛を与え続けてしまったり、ご本人が望まない生き方を強いてしまったりするのを避けることができます」

 

 その瞬間、Tさんの娘から涙が溢れた。

 

「先生、何としても命を助けるのが医者の使命じゃないんですか?先生は父が助からない方がいいと思っているんですか?人工呼吸器を付けるとき、母にそれをするかしないか尋ねられたそうですね。なぜわざわざ父が死ぬような治療のことを言うんですか!その上、肺炎は治ったのにまた死ぬ話ばかり。私、先生のことをもう信用できません!ほんとにありえない!」

鉄の海(102) Mr.ヤマブキ

  • 2018.10.04 Thursday
  • 00:00

 Tさんの間質性肺炎の経過は悪くなかった。ステロイドを徐々に減量していく中でも再発なく経過していたし、酸素吸入も不要な状況で、ある程度ステロイドを減量して再発がなければそれで退院できる。問題はTさんが食事を自力で食べられないことだった。

 人工呼吸から離脱しても、物を飲み込む能力に問題がありそうだったので鼻から入れていたチューブは抜かずに、栄養剤の注入を続けていた。食べられない原因は二つあって、一つは嚥下機能の低下だ。ただこれはぎりぎりのところという印象で、今の鼻からのチューブは喉を通って胃に到達しているので、それを抜けば喉の負担が減ってもう少し食べられる可能性はありそうだった。もう一つは、認知症そのものによる食事、嚥下の拒否だ。スプーンを口元に持っていっても口を開けない。気が向けば口が開いて、その隙に口の中へと食べ物を入れてみる。Tさんは食べ物を口に含んでもすぐには飲み込まない。口の中で転がすだけ転がして吐き出すこともしばしばだ。そういった態度も一回一回の食事ごとにむらがあって半分くらい食べることもあれば、一口も食べないこともある。それが認知症特有の気分の変動から来るものなのか、あるいはもはや食べること自体を忘れてしまっているのかはもはや定める術がない。こちらもできるだけの工夫はある。見栄えや香りを整えて訴えかけるのも一つだし、家族に食事介助をしてもらうのも一つだ。わずかな違いから急に食べ始めることもあれば、どんな工夫も焼け石に水ということもある。Tさんの場合は、果たして、何も変わらなかった。嚥下機能の問題が何とかクリアできたとしても、調子のいいときだけ食べるのでは必要量の栄養を摂ることは難しかった。

 集中治療の領域では、治療の結果を評価するのに、退院率を出すことがある。もちろん、決められた日数での死亡率はまず第一に測定するのだが、それとは別に退院も治療を測る指標になるのだ。それはまさにTさんのような例が想定されていて、人工呼吸器を使用した集中治療で間質性肺炎を一度切り抜けても様々な合併症があり、高齢による衰弱があって、元の生活に戻ることが困難な場合だ。病というものはそもそも、弱い者に降りかかる。糖尿病は心筋梗塞を呼び、心筋梗塞は心不全を呼ぶ。病が病を呼ぶ。だから、入院したときの病気が回復してもそのまま同じ病院で亡くなる人が居る。Tさんも多くの先人たちがなぞった隘路へと迷い込んでいる。

鉄の海(101) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.09.20 Thursday
  • 01:02

「…おうさ」

 

 母が呼ぶ。まだ聞き取れない部分も多いが、よく聞けばおおよそその意思を確認することができる。

 

「なんだ?」

 

 おとうさん、という呼びかけに父が答える。

 

「なくてい」

「ん、もう一回」

 

 父が顔を近づける。

 

「くなくていい」

「来なくていい?」

 

 母が頷く。

「まいにちは、いい」

「毎日来る必要ないってこと?」

 

 返事をせずにこちらを向いて、あなたも、と言ったように思う。なんと言っていいか分からずまごついていると、父が引き取る。

 

「そうだな、じゃあ明日は来なくてもいいか?」

 

 冷たいようなやりとりで、傷んだ歯車のようなぎこちない気分になる。

 

「心配してくれてるんだろう?落ち着いてきたし、そうしようか。お前も、こんな遅くに毎日来なくていいぞ」

 

 そう言われて、本当に母が心配しているのは自分のことだと気付いた。父がこんなにあっさり母の面会に来ないことに賛同したのも、毎日二時間もかけて車で来させまいとする意図だろう。母はまだ満足に意思疎通もできない状況だが、守られるだけのひ弱な病人ではなく、自分の母親であり、息子を心配し守ろうとする一人の女性なのだ。

 

「分かった、そうするよ」

 

 それでも、週に一回しか面会に来ないような家族に、治療選択に参加する資格はないという気持ちは変わらず、平日も二回か三回は面会していた。行かない日も多いと父は言うが、必ず病室には居たので、きっと変わらず毎日来ているのだと思う。

 

 母は詩を詠む地域のサークルに入っていた。大学の文学部を出て、60歳手前まではパートをしていたが、それを辞める一年くらい前から活動を始めていた。詩を詠むのを口実にか、四季それぞれに数人で旅行したりもしていた。その旅行友達にはまだ入院のことは伝えていないようだ。

 良くなってきて右左がはっきりしてきたこの頃合いで、きっと母には詩が巡っているだろう。書字も構音も満足にはできない体で、詩を表現できないもどかしさがあるに違いない。驚くほど絶望的な詩かもしれないが、それを表現することは精神的にも重要だ。

 病室の時間を巻き戻し、心の中で詩を詠む母を想像する。

 

 

 陽と人は 生まれて沈む わが夕陽

鉄の海(100) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.09.06 Thursday
  • 00:00

 Tさんの治療を始めて一週間、ついに人工呼吸器を外せるところまできた。外せたからと言ってまだ楽観視はできないが限られた人しかここまで辿り着けないのも確かだ。長女に電話をする。

 

「治療が効いてかなり呼吸状態が良くなっておられます。今日、人工呼吸器を外す予定です。ただ、外した直後が一番不安定ですので痰の窒息などにより、再度人工呼吸器を装着するかもしれません」

 

 良くなってきているのにリスクの話ばかり強調するようで気が悪いような印象もあるだろうが、これは言っておかないといけない。再挿管にならない症例の方が圧倒的に多いのは確かだが、阿吽の呼吸でやり過ごしていると、不具合があったときに訴訟されることを考えなくてはならない。万一何かあってもこちらの誠意を分かってくれるだろうと思える関係であればそれも不要かもしれない。心理的な動揺に配慮して良くなっているときにあえてリスクの話をしないでおくかもしれない。だがTさんの娘さんのように医療への不信があって、攻撃的で、Tさんと関わる医療者との信頼関係ができていない段階でそれは難しい。そういう意味でもう少しこちらを信用してくれれば、より速い展開でより繊細に医療を進められるのにと思うことがある。とはいえ、信用ならない医者がどこにでもいて、目の前の医者が果たしてそうかどうかすぐには見極めにくい現状で、心情はよく理解できる。

 誤った医療をしているつもりはないが、これだけ訴訟回避を念頭に置くのは、訴訟されること自体のダメージが大きいからだ。それに、一般の医療者から見て無茶な判決が下される例も散見される。どんな医療行為でも全くリスクがないということはあり得ない。通常は極小と考えて無視している部分もあるが、医療防衛的な観点から、リスクの説明とその旨を公文書であるカルテに記載しておくことを要求される場面もある。

 

 Tさんの娘は、やや硬い声で、分かりました、よろしくお願いします、とだけ答えた。

 

 人工呼吸器からの離脱は、まず鎮静薬・鎮痛薬を終了していき、しっかりと覚醒を促す。きちんと指示に従って深呼吸ができればベストだが認知症があって指示動作が難しい場合、十分に呼吸が保たれていることを確認する。抜管後の急変を念頭に十分に準備をした後、痰や唾液を十分に吸引し、問題なければ管を抜く。それで終わりだ。ほとんどが準備で、実際はほんの五秒ほどの処置なのだ。

 幸いTさんも同じ手順で滞りなく抜管することができた。午後からはTさんの妻が面会に来て、Tさんの手を包むようにさすりながら、お父さん良かったねえと何度か繰り返していた。

鉄の海(99) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.08.30 Thursday
  • 00:00

 17時に仕事を終えて、19時に病院に着き、1時間ほど付き添った後、父と夕食をとって23時に家に帰る。4時間の運転は楽ではないが研修医時代のことを思えば特別厳しいスケジュールとも思わなかった。ただ、少し意地になっているところもあっただろう。そんな空気を察してか、父は無理するなよとだけ言った。だが、無理できるのは健康な者の特権なのだ。今日の面会が最後かもしれないと思えば、しばらくの間、研修医と同じような暮らしをすることはどうということもない。

 夜は自宅近くの小さなファミレスで食べた。数人の金髪の若い男女が奥のほうで馬鹿みたいに笑っていた。タバコの臭いの中をハンバーグが運ばれてくる。冷凍食品めいた平坦な味は不味くも美味しくもない。

 

「この前言ったよ、蘇生はしないって」

 

 良いとも悪いとも言えなかったので、そう、と曖昧な返事をしてしまった。思いがけず、それが目を背けたみたいに虚ろな響きになってしまって、気まずい沈黙が流れる。

 

「母さんどうなる?」

「良くなっていくよ。今も良くなってるじゃない」

 

 母の容態については、そんな緊迫した心持とは裏腹に、日毎できることが増えているような様子だった。反応もあって、だいぶ話も通じる。当初は完全に麻痺していた左の手足もある程度動くようになってきた。ただ、食事を始めるほど嚥下機能は戻っていないため経鼻栄養を開始している。

 

「そうだよな。見ていてもそうだからなあ。でも、大丈夫なのか?どうなるんだろうな」

 

 言い終わる前からこちらも見ずに上の空だ。大丈夫、の意味は幅広く、ここではきっと想像もつかない先行きへの不安のことだろう。生きるのか死ぬのか、どんな後遺症が残るのか、いつ退院できるのか、今後はどんな生活になるのか、具体的に言えばそういうことになるだろうが、そう言ってしまうとその不安とはかけ離れてしまう。悪魔や幽霊が出てくるから暗闇が怖いのではない。暗闇そのものが恐怖であり、不安なのである。

 

「後遺症はリハビリしだいだけど、左の麻痺とか食べにくさとかしゃべりにくさは残ると思う」

「そうだよなあ」

 

 何を言ってもぼんやりとしている。父自身の不安も受け止める必要がある。

 

「心配だけど、よくなってるんだから、大丈夫だよ」

鉄の海(98) Mr.ヤマブキ

  • 2018.08.16 Thursday
  • 00:00

 Tさんは三日間のステロイドパルスの後、呼吸状態の改善が見られはじめていた。一日毎に呼吸が良くなって、レントゲンでも、明らかに肺陰影の改善が見られる。採血上も炎症反応は低下してきている。明らかにステロイドの治療は効いていた。ステロイドはこのまま減量して、といっても通常からはまだかなり高用量ではあるが、その量で継続する方針にした。人工呼吸器を外すにはまだ足りないが、そのうち抜管もできそうな印象もある。

 良くなる兆しがあれば、栄養とリハビリは早期から開始すべきだ。認知症もあって、なかなか積極的なリハビリは進まないが、しばらく体を動かさずに関節が固まってしまう、拘縮という現象を防ぐことから始めるよりない。栄養は、口から食べることはできないので、鼻から胃までチューブを入れ、そこから栄養剤を直接注入する。

 鼻腔からチューブを入れ終わった後、Tさんの奥さんが見舞いに来た。

 

「先生、どんな具合でしょうか」

「良くなってきていますよ。まだ人工呼吸器を外せるほどではないですが、この調子ならじきにそれもできるかもしれません」

「そうですか、ありがとうございます」

「それと、今日は鼻からチューブを入れました。今は食べられないので栄養をここから入れています」

 

 また一つ管に繋がれたTさんをどう思っただろう。人工呼吸の管、点滴、尿道カテーテル、そして経腸栄養。点滴にはいくつものポンプが設置されていて、投与速度が厳密に定められている。面妖に思っただろうか?

 

「娘さんはお仕事ですか」

「そうです。忙しいみたいです」

 

 看護師に聞くと、Tさんの娘は前回の病状説明以来、面会に来ていないようだった。どんな事情があるか分からないので、そこで考えるのを止めることにした。と思っても、思考は湧いてくる。Tさんに戦ってもらいたいと思うのなら、Tさんがどんな戦いをしているか、側にいてよく見ていてほしいと思ってしまう。これは医療者の傲慢なのかもしれないが、それを知らずに今後Tさんに降りかかる命の選択の連続に参加することに引っ掛かり感じてしまう。多分、我々にはそんなことを言う権利はないのだろうけど、治療は必ずしもよいことではないと感じていてほしい。

 

 きっと母も今頃鼻から管を入れられているだろう。そこから栄養剤を入れられ、天井を見つめて過ごしているだろう。一方では患者の家族として、母の戦いを見守らなくてはならない。だから、仕事終わりには毎日、片道二時間かけて母を見舞うことにした。

鉄の海(97) Mr.ヤマブキ

  • 2018.08.02 Thursday
  • 00:00

 めっきり本を読まなくなったと思う。本の他にも、ネットで夜な夜なブログを漁ったりもしなくなった。そんなことを、久しぶりに思い出した。定期的に読んでいたのはプリミエールと呼ばれるブログで、色を冠した匿名の書き手が総合格闘戦を繰り広げていた。

 数年ぶりに覗いてみると、ホワイトと名乗る書き手の記事がトップに載っていた。数年前と変わらず不定期連載を続けているようだった。その記事の要旨はこうだ。夏になると自分の子供の頃を思い出す。息子と自分の子供の頃を重ね合わせると、それが死を想起させる。子供を育てることは、自分が死にゆくことを意識することだと。

 本を読んでいた頃はそんな風に抒情的に死を捉えていたように思う。ありとあらゆるものは生と死に結び付けられ、浮かび上がり、混在し、心の中で詩のような言葉の塊が流れ星のように煌いては消えた。夏の陽気に隠れた一抹の侘しさと迫りくる死の影を詠むことだって考え付いたかもしれない。だがその記事を読むまでは、無機質な事実としての死しか想像できなかった。逆に言えば、その記事が詩性を呼び覚ましてくれた。

 本を読まなくなったのと、仕事内容とは関連があるだろう。もちろん、全くの不感症になっているというわけではない。胃瘻をするしない、蘇生処置をするしない、癌の告知、余命の告知に直面して動揺する患者とその家族たちの気持ちは十分に分かる。同情的になる。それでも、我々が相対するのは、いつか来る死ではなく、目の前で心停止して白く冷たくなっていく有機物だ。萎れていく体の力、冷たくなる皺だらけの皮膚、ぜこぜこと喉から響く呼吸音、漂う体臭、糞尿の臭い。それらを肌で感じることは詩にとってはあまりに直截的すぎる。気付かぬうちに自分自身から詩が奪われ、心が奪われていたのだ。

 

 母に迫った病状は、その人生を締めくくりかねない。これまでの母の生き方、思い出。遊んだこと、怒られたこと、支えられたこと、僅かばかりの恩返し。詩を取り戻すと急に動揺してしまう。死がそれら全てを飲み込んで消えてしまうように感じる。詩が、記憶の数多の細い糸を手繰り寄せて、一気に雪崩れ込んでくる。受け止めきれなかった。情けない嗚咽が漏れた。

鉄の海(96) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.07.26 Thursday
  • 00:00

 日陰の中に澱みがあるような気まずさがあった。父と向かい合って座るのもいつ振りか思い出せない。病状説明では息子半分医者半分だった自分の属性が洗われて、父と子の関係が浮かび上がり、父も威厳を取り戻していた。

 

「どうするのがいいんだ?」

 

 もう少し詳細に聞きたいという気持ちや、決めてほしいという意図もあるだろう。

 

「先生の話の要点は二つで、一つは何かあったときに心肺蘇生をするかどうか。もう一つは、脳梗塞や治療の合併症で何か起こったときに脳外科的な手術をするかどうか。先生はあまりお勧めしないって言ってた。手術や蘇生が必要な状態になったらもし助かっても後遺症とかが酷くてかえって母さんを苦しめてしまうかもしれないから。でもそれをしないんだったらもちろん、何かあったときにはすぐに死んでしまう」

 

 状況が分かるように、あえて死んでしまう、という言葉を選んだら、自分自身がどきりとしてしまう。少し早口になってしまう。

 

「さっき、とりあえず何もしないようにって先生に言ったのは、母さんがいつもぴんぴんころりがいいって言ってたから。それは父さんも知ってるでしょ?だからひとまずそう言ったんだけど」

 

 だけど、もし今晩にでも痰を詰めたら?吸引してもそれを取り除けなかったら?……今晩にでも死ぬかもしれない。じゃあ人工呼吸を依頼するか?でも医療は本人意思の尊重が大原則だ。もし人工呼吸器に繋がれたまま母が目覚めたらどうだろう。口には大きな挿管チューブが入って声も出せない。首には中心静脈カテーテルが、左腕には末梢点滴が、尿道には尿道カテーテルが入っている。両手は縛られ、頻繁に吸引をされる。それに気づいたとき、母は生きていて良かったと思うだろうか?管という管が自分自身を縛り付ける状況で、しんどい治療はしたくないとはっきり言っていた母がどう思うだろうか?ここは、今こそ母に改めてその意思を問いただしてみたいところだ。本人の意思を聞ける状態ではないからこういう決断を迫られているのに、本人の意思を聞けないことが恨めしく思ってしまう。

 

「病気になってしまった以上、最高にハッピーな選択肢というのはないし、だからどっちを選んでも辛いことはたくさんある。それだったら母さんの言葉を信じようと思う。それと、W先生の言葉も。父さんは?」

 

 春一番が部屋を駆け抜ける。

 

「やっぱり、そんなに悪いんだな?」

「そうだね」

 

 自分が病状説明するときの態度になる。深刻な場面における型として染み込んでしまっているらしい。

 

「お前の言うことはよく分かった。賛成したいが、もう少しだけ待ってくれないか」

「分かった」

 

 それ以上、話すことはなかった。一時間毎に走る二両だけの電車の、踏み切りを通る音が、遠くからぼんやりと聞こえてきた。

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