鉄の海(101) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.09.20 Thursday
  • 01:02

「…おうさ」

 

 母が呼ぶ。まだ聞き取れない部分も多いが、よく聞けばおおよそその意思を確認することができる。

 

「なんだ?」

 

 おとうさん、という呼びかけに父が答える。

 

「なくてい」

「ん、もう一回」

 

 父が顔を近づける。

 

「くなくていい」

「来なくていい?」

 

 母が頷く。

「まいにちは、いい」

「毎日来る必要ないってこと?」

 

 返事をせずにこちらを向いて、あなたも、と言ったように思う。なんと言っていいか分からずまごついていると、父が引き取る。

 

「そうだな、じゃあ明日は来なくてもいいか?」

 

 冷たいようなやりとりで、傷んだ歯車のようなぎこちない気分になる。

 

「心配してくれてるんだろう?落ち着いてきたし、そうしようか。お前も、こんな遅くに毎日来なくていいぞ」

 

 そう言われて、本当に母が心配しているのは自分のことだと気付いた。父がこんなにあっさり母の面会に来ないことに賛同したのも、毎日二時間もかけて車で来させまいとする意図だろう。母はまだ満足に意思疎通もできない状況だが、守られるだけのひ弱な病人ではなく、自分の母親であり、息子を心配し守ろうとする一人の女性なのだ。

 

「分かった、そうするよ」

 

 それでも、週に一回しか面会に来ないような家族に、治療選択に参加する資格はないという気持ちは変わらず、平日も二回か三回は面会していた。行かない日も多いと父は言うが、必ず病室には居たので、きっと変わらず毎日来ているのだと思う。

 

 母は詩を詠む地域のサークルに入っていた。大学の文学部を出て、60歳手前まではパートをしていたが、それを辞める一年くらい前から活動を始めていた。詩を詠むのを口実にか、四季それぞれに数人で旅行したりもしていた。その旅行友達にはまだ入院のことは伝えていないようだ。

 良くなってきて右左がはっきりしてきたこの頃合いで、きっと母には詩が巡っているだろう。書字も構音も満足にはできない体で、詩を表現できないもどかしさがあるに違いない。驚くほど絶望的な詩かもしれないが、それを表現することは精神的にも重要だ。

 病室の時間を巻き戻し、心の中で詩を詠む母を想像する。

 

 

 陽と人は 生まれて沈む わが夕陽

鉄の海(100) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.09.06 Thursday
  • 00:00

 Tさんの治療を始めて一週間、ついに人工呼吸器を外せるところまできた。外せたからと言ってまだ楽観視はできないが限られた人しかここまで辿り着けないのも確かだ。長女に電話をする。

 

「治療が効いてかなり呼吸状態が良くなっておられます。今日、人工呼吸器を外す予定です。ただ、外した直後が一番不安定ですので痰の窒息などにより、再度人工呼吸器を装着するかもしれません」

 

 良くなってきているのにリスクの話ばかり強調するようで気が悪いような印象もあるだろうが、これは言っておかないといけない。再挿管にならない症例の方が圧倒的に多いのは確かだが、阿吽の呼吸でやり過ごしていると、不具合があったときに訴訟されることを考えなくてはならない。万一何かあってもこちらの誠意を分かってくれるだろうと思える関係であればそれも不要かもしれない。心理的な動揺に配慮して良くなっているときにあえてリスクの話をしないでおくかもしれない。だがTさんの娘さんのように医療への不信があって、攻撃的で、Tさんと関わる医療者との信頼関係ができていない段階でそれは難しい。そういう意味でもう少しこちらを信用してくれれば、より速い展開でより繊細に医療を進められるのにと思うことがある。とはいえ、信用ならない医者がどこにでもいて、目の前の医者が果たしてそうかどうかすぐには見極めにくい現状で、心情はよく理解できる。

 誤った医療をしているつもりはないが、これだけ訴訟回避を念頭に置くのは、訴訟されること自体のダメージが大きいからだ。それに、一般の医療者から見て無茶な判決が下される例も散見される。どんな医療行為でも全くリスクがないということはあり得ない。通常は極小と考えて無視している部分もあるが、医療防衛的な観点から、リスクの説明とその旨を公文書であるカルテに記載しておくことを要求される場面もある。

 

 Tさんの娘は、やや硬い声で、分かりました、よろしくお願いします、とだけ答えた。

 

 人工呼吸器からの離脱は、まず鎮静薬・鎮痛薬を終了していき、しっかりと覚醒を促す。きちんと指示に従って深呼吸ができればベストだが認知症があって指示動作が難しい場合、十分に呼吸が保たれていることを確認する。抜管後の急変を念頭に十分に準備をした後、痰や唾液を十分に吸引し、問題なければ管を抜く。それで終わりだ。ほとんどが準備で、実際はほんの五秒ほどの処置なのだ。

 幸いTさんも同じ手順で滞りなく抜管することができた。午後からはTさんの妻が面会に来て、Tさんの手を包むようにさすりながら、お父さん良かったねえと何度か繰り返していた。

鉄の海(99) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.08.30 Thursday
  • 00:00

 17時に仕事を終えて、19時に病院に着き、1時間ほど付き添った後、父と夕食をとって23時に家に帰る。4時間の運転は楽ではないが研修医時代のことを思えば特別厳しいスケジュールとも思わなかった。ただ、少し意地になっているところもあっただろう。そんな空気を察してか、父は無理するなよとだけ言った。だが、無理できるのは健康な者の特権なのだ。今日の面会が最後かもしれないと思えば、しばらくの間、研修医と同じような暮らしをすることはどうということもない。

 夜は自宅近くの小さなファミレスで食べた。数人の金髪の若い男女が奥のほうで馬鹿みたいに笑っていた。タバコの臭いの中をハンバーグが運ばれてくる。冷凍食品めいた平坦な味は不味くも美味しくもない。

 

「この前言ったよ、蘇生はしないって」

 

 良いとも悪いとも言えなかったので、そう、と曖昧な返事をしてしまった。思いがけず、それが目を背けたみたいに虚ろな響きになってしまって、気まずい沈黙が流れる。

 

「母さんどうなる?」

「良くなっていくよ。今も良くなってるじゃない」

 

 母の容態については、そんな緊迫した心持とは裏腹に、日毎できることが増えているような様子だった。反応もあって、だいぶ話も通じる。当初は完全に麻痺していた左の手足もある程度動くようになってきた。ただ、食事を始めるほど嚥下機能は戻っていないため経鼻栄養を開始している。

 

「そうだよな。見ていてもそうだからなあ。でも、大丈夫なのか?どうなるんだろうな」

 

 言い終わる前からこちらも見ずに上の空だ。大丈夫、の意味は幅広く、ここではきっと想像もつかない先行きへの不安のことだろう。生きるのか死ぬのか、どんな後遺症が残るのか、いつ退院できるのか、今後はどんな生活になるのか、具体的に言えばそういうことになるだろうが、そう言ってしまうとその不安とはかけ離れてしまう。悪魔や幽霊が出てくるから暗闇が怖いのではない。暗闇そのものが恐怖であり、不安なのである。

 

「後遺症はリハビリしだいだけど、左の麻痺とか食べにくさとかしゃべりにくさは残ると思う」

「そうだよなあ」

 

 何を言ってもぼんやりとしている。父自身の不安も受け止める必要がある。

 

「心配だけど、よくなってるんだから、大丈夫だよ」

鉄の海(98) Mr.ヤマブキ

  • 2018.08.16 Thursday
  • 00:00

 Tさんは三日間のステロイドパルスの後、呼吸状態の改善が見られはじめていた。一日毎に呼吸が良くなって、レントゲンでも、明らかに肺陰影の改善が見られる。採血上も炎症反応は低下してきている。明らかにステロイドの治療は効いていた。ステロイドはこのまま減量して、といっても通常からはまだかなり高用量ではあるが、その量で継続する方針にした。人工呼吸器を外すにはまだ足りないが、そのうち抜管もできそうな印象もある。

 良くなる兆しがあれば、栄養とリハビリは早期から開始すべきだ。認知症もあって、なかなか積極的なリハビリは進まないが、しばらく体を動かさずに関節が固まってしまう、拘縮という現象を防ぐことから始めるよりない。栄養は、口から食べることはできないので、鼻から胃までチューブを入れ、そこから栄養剤を直接注入する。

 鼻腔からチューブを入れ終わった後、Tさんの奥さんが見舞いに来た。

 

「先生、どんな具合でしょうか」

「良くなってきていますよ。まだ人工呼吸器を外せるほどではないですが、この調子ならじきにそれもできるかもしれません」

「そうですか、ありがとうございます」

「それと、今日は鼻からチューブを入れました。今は食べられないので栄養をここから入れています」

 

 また一つ管に繋がれたTさんをどう思っただろう。人工呼吸の管、点滴、尿道カテーテル、そして経腸栄養。点滴にはいくつものポンプが設置されていて、投与速度が厳密に定められている。面妖に思っただろうか?

 

「娘さんはお仕事ですか」

「そうです。忙しいみたいです」

 

 看護師に聞くと、Tさんの娘は前回の病状説明以来、面会に来ていないようだった。どんな事情があるか分からないので、そこで考えるのを止めることにした。と思っても、思考は湧いてくる。Tさんに戦ってもらいたいと思うのなら、Tさんがどんな戦いをしているか、側にいてよく見ていてほしいと思ってしまう。これは医療者の傲慢なのかもしれないが、それを知らずに今後Tさんに降りかかる命の選択の連続に参加することに引っ掛かり感じてしまう。多分、我々にはそんなことを言う権利はないのだろうけど、治療は必ずしもよいことではないと感じていてほしい。

 

 きっと母も今頃鼻から管を入れられているだろう。そこから栄養剤を入れられ、天井を見つめて過ごしているだろう。一方では患者の家族として、母の戦いを見守らなくてはならない。だから、仕事終わりには毎日、片道二時間かけて母を見舞うことにした。

鉄の海(97) Mr.ヤマブキ

  • 2018.08.02 Thursday
  • 00:00

 めっきり本を読まなくなったと思う。本の他にも、ネットで夜な夜なブログを漁ったりもしなくなった。そんなことを、久しぶりに思い出した。定期的に読んでいたのはプリミエールと呼ばれるブログで、色を冠した匿名の書き手が総合格闘戦を繰り広げていた。

 数年ぶりに覗いてみると、ホワイトと名乗る書き手の記事がトップに載っていた。数年前と変わらず不定期連載を続けているようだった。その記事の要旨はこうだ。夏になると自分の子供の頃を思い出す。息子と自分の子供の頃を重ね合わせると、それが死を想起させる。子供を育てることは、自分が死にゆくことを意識することだと。

 本を読んでいた頃はそんな風に抒情的に死を捉えていたように思う。ありとあらゆるものは生と死に結び付けられ、浮かび上がり、混在し、心の中で詩のような言葉の塊が流れ星のように煌いては消えた。夏の陽気に隠れた一抹の侘しさと迫りくる死の影を詠むことだって考え付いたかもしれない。だがその記事を読むまでは、無機質な事実としての死しか想像できなかった。逆に言えば、その記事が詩性を呼び覚ましてくれた。

 本を読まなくなったのと、仕事内容とは関連があるだろう。もちろん、全くの不感症になっているというわけではない。胃瘻をするしない、蘇生処置をするしない、癌の告知、余命の告知に直面して動揺する患者とその家族たちの気持ちは十分に分かる。同情的になる。それでも、我々が相対するのは、いつか来る死ではなく、目の前で心停止して白く冷たくなっていく有機物だ。萎れていく体の力、冷たくなる皺だらけの皮膚、ぜこぜこと喉から響く呼吸音、漂う体臭、糞尿の臭い。それらを肌で感じることは詩にとってはあまりに直截的すぎる。気付かぬうちに自分自身から詩が奪われ、心が奪われていたのだ。

 

 母に迫った病状は、その人生を締めくくりかねない。これまでの母の生き方、思い出。遊んだこと、怒られたこと、支えられたこと、僅かばかりの恩返し。詩を取り戻すと急に動揺してしまう。死がそれら全てを飲み込んで消えてしまうように感じる。詩が、記憶の数多の細い糸を手繰り寄せて、一気に雪崩れ込んでくる。受け止めきれなかった。情けない嗚咽が漏れた。

鉄の海(96) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.07.26 Thursday
  • 00:00

 日陰の中に澱みがあるような気まずさがあった。父と向かい合って座るのもいつ振りか思い出せない。病状説明では息子半分医者半分だった自分の属性が洗われて、父と子の関係が浮かび上がり、父も威厳を取り戻していた。

 

「どうするのがいいんだ?」

 

 もう少し詳細に聞きたいという気持ちや、決めてほしいという意図もあるだろう。

 

「先生の話の要点は二つで、一つは何かあったときに心肺蘇生をするかどうか。もう一つは、脳梗塞や治療の合併症で何か起こったときに脳外科的な手術をするかどうか。先生はあまりお勧めしないって言ってた。手術や蘇生が必要な状態になったらもし助かっても後遺症とかが酷くてかえって母さんを苦しめてしまうかもしれないから。でもそれをしないんだったらもちろん、何かあったときにはすぐに死んでしまう」

 

 状況が分かるように、あえて死んでしまう、という言葉を選んだら、自分自身がどきりとしてしまう。少し早口になってしまう。

 

「さっき、とりあえず何もしないようにって先生に言ったのは、母さんがいつもぴんぴんころりがいいって言ってたから。それは父さんも知ってるでしょ?だからひとまずそう言ったんだけど」

 

 だけど、もし今晩にでも痰を詰めたら?吸引してもそれを取り除けなかったら?……今晩にでも死ぬかもしれない。じゃあ人工呼吸を依頼するか?でも医療は本人意思の尊重が大原則だ。もし人工呼吸器に繋がれたまま母が目覚めたらどうだろう。口には大きな挿管チューブが入って声も出せない。首には中心静脈カテーテルが、左腕には末梢点滴が、尿道には尿道カテーテルが入っている。両手は縛られ、頻繁に吸引をされる。それに気づいたとき、母は生きていて良かったと思うだろうか?管という管が自分自身を縛り付ける状況で、しんどい治療はしたくないとはっきり言っていた母がどう思うだろうか?ここは、今こそ母に改めてその意思を問いただしてみたいところだ。本人の意思を聞ける状態ではないからこういう決断を迫られているのに、本人の意思を聞けないことが恨めしく思ってしまう。

 

「病気になってしまった以上、最高にハッピーな選択肢というのはないし、だからどっちを選んでも辛いことはたくさんある。それだったら母さんの言葉を信じようと思う。それと、W先生の言葉も。父さんは?」

 

 春一番が部屋を駆け抜ける。

 

「やっぱり、そんなに悪いんだな?」

「そうだね」

 

 自分が病状説明するときの態度になる。深刻な場面における型として染み込んでしまっているらしい。

 

「お前の言うことはよく分かった。賛成したいが、もう少しだけ待ってくれないか」

「分かった」

 

 それ以上、話すことはなかった。一時間毎に走る二両だけの電車の、踏み切りを通る音が、遠くからぼんやりと聞こえてきた。

鉄の海(95) Mr.ヤマブキ

  • 2018.07.19 Thursday
  • 00:00

 W先生の話に沿おうと思ったのは、W先生への信頼もあるが、母の言葉を思い出したのもある。医者になって少しして、ドラマとは違う今の医療の現実に慣れ始めた頃、ときどき会う両親は仕事内容のことをよく訊いた。仕事の話なら、離れて過ごす息子でも十分話題になるだろうし、年齢を重ねて医療自体への興味もあったかもしれない。

 父も母も訊き方はいつも微妙に違うのだが、結局は同じところに話が行き着いてしまう。認知症患者の誤嚥性肺炎、尿路感染症といった単純な感染症治療を重ね、胃ろうや蘇生処置について話し合っていくルーチンのことをたびたび説明した。決まって、母だけは、私はぴんぴんころりがいいわ、と言い、父はそれを黙って聞いているのだった。

 

「だってしんどいのは嫌。心臓マッサージしたあと肋骨折れてたら痛いでしょ?思い残すこともあなたの結婚くらいだし、何かあったらそのとき。死にたいわけじゃないけど、這いつくばって生きるほどのこだわりはないの」

 

 初めてその話を聞いた頃にはすでに母方の祖母は亡くなっていた。アルツハイマー病で徐々に言葉を失い、物を食べることも難しくなり、最後は施設と病院を行き来した。それを見ていたからだろうか、自分が医者として感じる医療の無力感を母も感じ取っていたように思う。点滴をしたり吸引をしたり、褥瘡(じょくそう)ができたり肺炎を繰り返したりといった苦痛の集積を乗り越えて少しずつ命を伸ばしていく高齢者医療。老衰以外ではかなり生かすことのできる医療、老衰は決して治せない医療。祖母への様々な医療的処置を見る中で、母が積極的医療を拒否する選択肢を考えるのは納得できる流れである。

 だが、父や自分としてはできれば生きていてほしいという気持ちがある。進行癌とは違って、回復の見込みが全くないわけではない。半身麻痺が残っても、話もできて文化的に生きられるまで戻ることも多いのだから、諦めきれないものもある。本人の意思を尊重するといっても、いざ死に直面するとやはり生きる方へ傾くという例だってある。まあそれを期待するのは、自分のエゴから来る勝手な解釈かもしれないが。

 

 午後は休みにしていたので、W先生からの病状説明の後、実家に寄った。もちろん、今後の治療方針を相談するためだ。家に寄ると言ったら父は驚いたが、すぐに肚の内を理解したようだった。

 子供の頃に建った新しいマイホーム。時とともに傷は蓄積されているが、まだ小綺麗に保たれていた。リビングの大きな窓を開け放つと鳥のさえずりが流れ込んでくる。時折吹く強い風は春の暖かな甘い香りを運んで、しまい忘れた季節外れの風鈴を鳴らす。父が冷蔵庫のペットボトルのお茶を取り出してコップに注ぐ。外が明るい分、部屋は陰る。

鉄の海(94) Mr.ヤマブキ

  • 2018.07.13 Friday
  • 01:51

「どこまでするかというのは、つまり、それらをしないという選択肢があります。例えば開頭減圧という方法は、大きく頭蓋骨を開けるため負担が大きい治療です。それでも、助かるかどうかも分からない。助かっても体の麻痺など色々な後遺症を抱えていく。そんな辛い道ばかりになるくらいなら、天命を受け入れるという考える方もいます。人工呼吸も喉に管を入れて機械につながれたままになるかもしれない。心臓マッサージは何本も肋骨が折れて、肺から血を吹くこともあります。元々お元気に過ごしておられた方ですから、できる限り救命の方向で動くことを考えてはいますが、命の取り留め方までは選べません。もしやめておこうと思われるなら、その方向で進めたいと考えています」

「それは、つまり、何もしないということですか……?」

 

 父が訊く。奇しくもTさんの娘と同じ言葉だ。

 

「そうも言えるかもしれません。ただ、何もしないというよりはそれ以上苦痛を与えない、とお考えください」

 

 父が顎を触るのは困ったときだ。母と口論になったあと、顎をなでながら所在なく歩き回っていたのを思い出す。

 

「先生はどうお考えですか」

 

 父だけでは決まらないのでこちらからも訊いてみる。

 

「状況にもよるとは思いますが」

「そうですね。開頭減圧までいく場合は救命できても神経学的予後、つまり麻痺や会話は厳しい場合が多いのでお勧めはしません。人工呼吸や心臓マッサージは、窒息のようにその時さえやり過ごせば元に戻るものならよいのかもしれませんが、やはりそういった蘇生処置が必要な状態になるということは回復の可能性もかなり低くなりますから、基本的にはお勧めしません。脳出血についてはその三つよりは少しやる価値はあるかもしれません。ただ、手術を必要とする状態かつそれを希望されるならば、転送にも時間がかかるので予め脳外科のあるX病院に移っていただくほうが良いと思います」

 

 病状説明でありがちなのは、病状や選択肢を詳細に説明して、どちらにしますかと選ばせるパターンだ。でも見たことのない治療、聞いたことのない治療を本当に理解した上で選べるだろうか。ワインだって香りや味や産地のことを言われても、余程精通していなければ思い通り選ぶことは難しい。しかも医療の場合は、それが命や人生に大きくかかわってくる決断なのだ。だから、どちらのワインも飲んだことのあるソムリエがお勧めの一本を選ぶべきだと思う。

 その意味で、W先生がはっきりこうすべきと提案したのは、医療知識の無い父へと向けられている。銘柄も味も分かっている自分にソムリエはなくてもいい。それが必要なのは父であって、自分ではない。初めにW先生に言った、「父に分かるように話していただければ」という言葉を真摯に実践してくれているのだ。

 一人の医者として、人工呼吸はしてもよいかもしれないと感じていたが、W先生の話に異論はない。W先生に母を任せようと思った。

 

「父さんは、どう?」

「先生がその方がいいということなら……」

 

 すぐには決められないだろう。

 

「本当はもう少し考えたいんです。でも、今日にも急変の可能性があるから暫定的な結論を出しておくべきですよね。それは職業柄分かります。今のお話を伺って、蘇生や手術はしない方向でお願いしたいと思います。最終的には、もう一度父とも話し合ってお返事をしますが、それまではその方針でお願いします」

鉄の海(93) by Mr.ヤマブキ

  • 2018.07.06 Friday
  • 20:58

 W先生は立ち上がって会釈をした。かなり丁寧な印象を受けた。

 

A病院にお勤めと伺っています」

 

 何か言った覚えもなかったので父を睨んだ。目くじらを立てるほどのことでもないが、わざわざ言うほどのことでもない。医療者の中でも自分が医療者だと申し出るかどうかは意見の分かれるところで、確かにこんな風に丁寧に接してくれるかもしれないが、余計な気は遣ってほしくない。

 

「そうなんです。でも、気になさらないでください。父に分かるように話していただければ」

「ええ、もちろんです」

 

 W先生は頭部MRIの画像を開いてみせる。

 

「脳の右側に広い範囲で光っている部分があります。これが脳梗塞の所見です。別の画像で見ると、その脳梗塞の周りに暗く映る部分があって、これは脳のむくみです。起こった脳梗塞に何か処置をすることは難しく、リハビリをしながら時間とともに回復してくるのを待つしかありません。それとは別に、今後さらに脳梗塞が起こらないように予防をしないといけません」

 

 今度は父の前に心電図を取り出す。

 

「入院されてからの心電図を見ると心房細動、という不整脈をお持ちのようです。この不整脈は血栓を作ることがあり、それが脳へと飛んで血管が詰まって脳梗塞になることが知られています。これを、心原性脳梗塞、と言います。一番有名なのは巨人の長嶋茂雄さんです。長嶋さんも同じ不整脈での脳梗塞になりました。予防としては、血栓ができないように血をさらさらにする薬を使います」

 

 W先生は父、自分と順に視線を移す。

 

「よく分かります」

 

 そう頷いたのに同調して、父も心電図を睨めたまま頷いた。

 

「今後予想されることですが、一つは脳のむくみが広がる場合。脳がどんどん腫れて圧迫されてしまうので、開頭減圧と言って、頭蓋骨を開けたままにしてやる方法があります。これは脳外科のあるX病院でないとできないので必要があればそちらへ移っていただくこともあります。もう一つは血をさらさらに薬を入れるので、出血しやすくなります。大きな脳出血が起これば、これも脳外科で手術の必要があります。他にも、意識が朦朧とした状態では痰を詰めて肺炎を起こしたり窒息したりというリスクもあります。予期せぬことで突然命が危なくなることもあります。その場合は人工呼吸器や心臓マッサージといった救命処置をすることになります」

 

 W先生は身を乗り出す。声のトーンをわざと一つ落とす。

 

「でもどこまでするのが本当にいいのかは分かりません」

 

 睨まれんばかりに迫られた父は貫録を保とうとしているが、蛙のようなものだ。W先生はさすがに自分とは違い、キャリアもあって迫力がある。若いというだけでなめられることもあるが、W先生は熟練した話し方や態度がほとんど有無を言わせない勢いだ。話の途中だというのに、別の病院で研修医と二人一組で救急当番をしたとき、病状説明は自分より老けて見える研修医にさせていたことを思い出した。

鉄の海(92) Mr.ヤマブキ

  • 2018.06.28 Thursday
  • 00:00

 最低限の病棟業務を済ませて、数少ない他の内科医師に緊急対応をお願いする。病棟にも伝えておく。あたしが何とかしとくから、とおばちゃん看護師が言う。頼もしい限りだ。母の待つ病院へと向かう。

 すでに父は病室で待っていた。ベッドの横で立ってテレビを見ていた。母は昨日と比べると落ち着いていて、目も半開きになっている。母さん、と声を掛けると目線は合わないものの明らかにこちらに反応して頭を向ける。

 

「母さん、分かる?」

 

 虚空を見ては首を振り、ときどき分かったみたいに頷いて見せる。多分分かっていないのだろう。それでも嬉しかった。まだまだ何も分かってはいないけれど、良くなってきているということそのものが希望だった。

 

「びっくりした、良くなってるね」

 

 自分で脳梗塞患者を診ることもあるので、だいたいの経過は分かる。これは予想の範囲内の回復だ。けれども、驚いてしまう。驚いてしまったことに自分自身の動揺を感じる。自分では冷静にしているつもりでもそうではなかったのだ。それを今、ようやく分かった。腕の先から、背中の下から、鳥肌が立って這い上ってくる。父には何となく悟られたくなくて、顔を伏せてじっとしている。相変わらず、自分自身のことは何にも分かってやしない。

 

「そうなんだよ。この調子ならすぐよくなるんじゃないか」

 

 本当にそう思っているのか、自ら奮い立たせようとしているのか。もし本当にそう感じているのだとしたらあまりに切ない。希望もある一方で、今から厳しい話もあることは目に見えているからだ。

 

 ナースステーションに声を掛けると医師を呼ぶので待つように言われる。まあ時間通りに来ることは期待していない。何か処置をしているか、他の患者と話しているところだろう。病室に戻り、ようやく父が椅子に腰掛ける。隣には座らず、窓を見遣る。木々に芽吹く萌黄色の蕾を陽光が照らす。風の切る音が聞こえてきそうなほど強く揺れるが、枝はしなやかで力強い。冬が終わり、春が咲こうとしている。我々は死刑囚のように病室に閉じ込められている。

 看護師がお待たせしました、と入ってくる。父を先頭に立てると、おっかなびっくりでぎこちないので先に行くことにした。案内された先では、白髪の多いベテラン医師が眼鏡を少し遠ざけながら印刷された採血データを睨んでいる。

 

「よろしくお願いします」

 

 すると、医師は急に柔らかな笑みを浮かべて迎え入れる。木々に似たしなやかさが見え隠れする。

 

「わざわざ遠いところから、ありがとうございます。どうぞお掛けください。主治医のWです」

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