【リバイバル】メリーエイプリルフール Mr.Pink

  • 2017.03.31 Friday
  • 19:32

はい、それでは、ウソつきます。
実は私、ミスターピンクじゃないんです。

ミスタービンクだったんです。
特にケータイのちっちゃい画面で見てる人は気付かなかったでしょうけど、小さい点々と丸の違いなんて虫メガネでも使わない限りは分からないはずケケケ、ってんで、ピンクと入れ替わってビンクが登場していたんです。

本物のピンクはって言うと、私なんかと違って頭脳明晰、成績優秀、眉目秀麗、焼肉定食、とにかく何でもアリのすごいやつで、雑兵日記PREMIERなんかもすらすらっと書いちゃうくせに涙が出るような感動の名作っていうのはこれ本当。

一方ビンクは月とスッポン、ところがスッポンとてさる者、いや猿じゃなくて月でもない、スッポンだからこそ煮て食える、焼いて食える、これが月ならどうやってフライパンに入れてやろうかと考え込むところですが、月餅と書いてゲッペイと読む、こいつの原材料はよく見てみるとお月さま、これも本当のようでウソの話。

つまりすなわち要するに、似ているようで煮ていない、いや似ていない、似ていないようで似ているどころか全然違う、そんなものがビンクだけじゃなくてあなたの身近にもどこかにあるのではありますまいかと、そういう話がしたかった、というのはなんとウソではないかもしれない。

当たり前のような顔をして、偽物が堂々としていたりして、なんと私の近くにもいました、電力会社のお友達からのメールを転送されたという人が、内容を見せてもらってあちゃあと思ったのは典型的なデマだったから、残念ながらこれはウソではありません。

畢竟、結局、結論は、今まさに、あなたが見ているものは、ウソかもしれないということでございます。
知ってる人は知っています、知らない人も疑っています、だがしかし、疑っていない人は知りようがございません。
なんのことだかさっぱり分かりませんが、そんなことがあるのも一興、どうせぜぇんぶエイプリルフールの戯言です。

どうせならもっと面白いウソをつきたかった、例えば私が騙されたこと、オレンジだと思って食べたのに、本当はいよかんでした。
ムキーー!!
あれもウソ、これもウソ、でも今日の話はこれホント?

 

 

※プリミエールフライデーのリバイバル企画です。

明日に備えて。

【リバイバル】イカリヤ(上) Mr.ホワイト

  • 2017.03.20 Monday
  • 12:00

中学3年の夏、夏期講習だけ入れられた塾にイカリヤというあだ名の講師がいた。
理由はものすごく単純で、いかりや長介に似ていたからだ。本名は忘れた。
イカリヤは顔も変わっていたがそれ以上に人間そのものが変わっていて、
みんなに変人扱いされていたが、変人好きの僕はすぐにイカリヤのファンになった。

冬になり高校受験を終えて卒業間近になったとき、仲の良い友達ふたりと3人でイカリヤの家に招待された。
3人でお金を出し合って近所のケーキ屋でちょっとした手土産を買う。
あそこで待っておいてくれと言われた場所で1時間以上待ってやっとイカリヤの車が到着。
詳しくはわからなかったが、奥さんが昔から病気がちでたまたまその日調子が悪くなったらしい。
そういえば、イカリヤの車は車いすを乗せることができる福祉車両のようだった。
僕らが住んでいるニュータウンは山を切り開いたところにあって、周りは山だらけ。
イカリヤの福祉車両は僕らを乗せて、その近所の急傾斜の山道を登り始めた。
このおっさん、いったい、どこに住んでるんだ?
確かに山の中にはいくつか家があるのだが、これらはすべて物好きが山の中に作った別荘である。
福祉車両はウィンウィンとうなりながら、山道をどんどん登っていく。

「着いたぞー。」と言われて降りたところはもうかなり山の上だった。
「ほれ、あっちあっち。」とイカリヤが指さすほうには確かにちゃんと家があった。
あまりにも山道を登っていったことと、イカリヤの常にだらしない服装から、
僕は途中からイカリヤは山小屋みたいなところに暮らしているに違いないと決め込んでいたが、
実際には山とマッチしたハンドメイド感のある、オシャレでわりと大きな家だった。
「うおー、すげー。」と中学男子3人が頭の悪い感想を述べると、
イカリヤは「どうだ、いいだろ。」と自慢げににやりと笑って言った。

確かにオシャレな家だったのだが、その家には決定的におかしいところがひとつあった。
家のまわりに色とりどりのワインの空き瓶が、まるで薪でも積むかのように所狭しと積んであるのだ。
その空き瓶の数、1000本では済まないだろうことは一目でわかった。
空き瓶を拾って集めてリサイクルでもしてるのだろうか?
「このワインの空き瓶って、何なんですか?」と僕は尋ねた。
何を聞かれているのかよくわからない、という顔をしてイカリヤは言った。
「そりゃあ、お前、飲んだから空になったんだよ。」

【リバイバル】イカリヤ(中) Mr.ホワイト

  • 2017.03.20 Monday
  • 11:59

イカリヤの家に入ると、内装もなかなかこだわっていた。奥さんの趣味だろうか。
リビングはぶち抜いているらしく、まるで外国の建物のように広く、天井が高かった。
が、この家の内部もやはりオシャレなのだが、一点、明らかにおかしいところがあった。
その広いリビングのあらゆる壁に、天井からの吊り下げ棚が部屋を囲むようについていて、
そのすべての棚に、文学全集や哲学書などがぎっしり置いてあったのである。
ぎええ、かっちょよすぎる、とインテリにあこがれていた僕はシビれにシビれた。

「今日はな、肉買ってきたぞ、肉。お前ら肉好きだろう。」
中学男子は肉が好きに決まっているという断定口調だったが、あながち間違いではない。
イカリヤは慣れた手つきでテキパキとテーブルにクロスをかけ、お茶を出し、
奥さんが作ったというスープをあたためながら、フランスパンを切りはじめた。
それから熱してあったフライパンに肉を投入。ジュウッという音とともに煙が出る。
ほどなくしてワインボトルを手に取り、フライパンに赤ワインを注ぐ。
アルコールをとばし蓋をして数分で完成。見事な手際だった。

スープとパンとステーキと、それからワイングラスが僕らの前に置かれた。
イカリヤは赤ワインのボトルのコルクをポンと空け、全員のグラスになみなみと注いだ。
「今日は飲め。飲んでいい。卒業祝いだ。」
こうして家の周りの1000本のワインの空き瓶ができたらしい。
「おれは毎日1本空けている。それに比べたら、未成年でもたまに飲むくらい問題ないだろ。」
よくわからない理屈だったが、ワインなんて飲んだことがない田舎の中学男子が飲まないわけはない。
いまだに酒が弱い僕は一口飲んで目をシパシパさせたが、
一緒に行った友達のひとりは「うまい、うまい」とガブガブ飲み始めた。
「お前、いけるな。」とイカリヤはものすごくうれしそうだったが、
あとでその友達の親に電話し、少し飲ませたがご容赦ください、家まで届けますので大丈夫です、
などとしっかり連絡しているあたりはやはり単なる変人ではない。大人なのだ、と思った。

それにしても、食事がものすごくおいしかった。食べるとおいしくて笑えてくるのだ。
奥さんが作ったというスープはプロ級。
パンですらおいしく、肉もかなりいい肉を買ってくれたんだと思う。
今まで何千回と晩ご飯を食べてきたが、あれは僕の記憶に残る晩餐だった。

【リバイバル】イカリヤ(下) Mr.ホワイト

  • 2017.03.20 Monday
  • 11:58

食後に友達と買った手土産を渡すと、イカリヤは「やるなあ。」と言った。
まるで大人みたいなことをするじゃないか。ありがとうな。
イカリヤは塾の講師が本業とも思えなかったので、何をしているのかを聞くと、
コピーライターをたまにやったり、雑誌の記事をたまに書いたり、
まあ他にもいろいろやってるな、などと言うからやはり謎は深まるばかりだった。

どうも部屋の雰囲気にそぐわない宇宙飛行士の飾りのついた置き時計があった。
これ何です、と聞くと、NASAに就職した教え子からもらったのだと言う。
NASAに就職。どうも夢のような話で中学生の僕らには現実感がなかった。
「いや、宇宙飛行士としてじゃなければ、意外といけるもんらしいぞ。」
そのときはウソだと思ったが、今になって本当にウソだったということがわかった。
NASAどころか、外国に就職した知り合いなんてひとりもいない。

ワインをガブ飲みして気持ちよくなった友達はフワフワしている。
もうひとりの友達はしゃべりな人間でひたすらしゃべっている。
僕はしゃべるのが苦手な人間でひたすら聞いている。
「お前は聞き上手だな。」と言われたが実はしゃべるのが苦手なだけだから恥ずかしかった。
時間はあっという間に過ぎ、気がついたときにはあたりは真っ暗になっていた。

「そこのさ、カーテンあるだろ、それ開けたらびっくりするぞ。」
言われるがままに開けてびっくり。
山の上から遠くに見える街の灯は、ぼんやりとして美しかった。
ものすごく小さく見える車のヘッドライトがゆっくりと右から左へ移動している。
『耳をすませば』で見た景色に似ていた。思えばこの家は、あの地球屋にそっくりだ。
「その夜景、おれのだぜ。どうだ、いいだろ。」とイカリヤはいかにも得意げだった。

あれから十数年、以来、イカリヤとは会っていない。
一緒に行った友達のひとりは警察官になった。
もうひとりの友達はいま何をしているのか知らない。
僕自身は中学生の頃の僕が知りもしなかった職業に就いた。

今でも突然ふと、あのとき見た夜景を思い出すことがある。
仙人みたいな暮らしをするインテリへのあこがれと、
卒業間際の別れの惜しみと、真っ暗で何も見えない将来と。
すべてがないまぜになって、あの夜景になって出てきたような気がする。
今の自分には見えないんだろうなあ。
あのとき、あの場所でしか見えなかったもの。
それを思うと僕は、なぜだか心がふっと軽くなるのだ。

 

 

推薦者  アフリカの精霊

 

推薦文は後日。

【リバイバル】死んでるように生きたくない Mr.ホワイト

  • 2017.03.19 Sunday
  • 11:59

10年前のある朝、私はいつものように6時30分発の電車に乗り、いつものように一番前の車両の真ん中の席に座り、いつものようにポータブルМDでビートルズのホワイト・アルバムを聴きながら眠りに入った。電車が揺れると一瞬でうとうとしてしまう私は大抵、次の駅に到着するかしないかのところでもう眠ってしまっていて、ハッと目が覚めるともう終点ということばかり。電車に乗っている50分間は私にとってはワープのようだった。

大阪駅を出て、朝のゴミのにおいのする街をテクテク歩いて専門学校へ行った。部活の朝練みたいなもので、朝型のリズムをつけさせたいのか、毎朝ミニテストをやらされる。勉強内容はつまらないし、いくら勉強しても良い点が取れない。ああ、またダメだ、と朝の恒例行事のように少し落ち込んでから、ポータブルМDでストロークスのファーストアルバムを聴きながら自習室で勉強していた。一日中、あまり興味のないことをただ覚えるのは気が狂いそうな作業なので、音楽でも聴いてなければやってられない。

昼頃、いっしょにバイトしていた友達からケータイにメールがきた。「おーい、生きてるか?」。カチカチカチ、返信。「久しぶりやね、まあそれなりに元気にやってるよ」。ブー、ブー、受信。「いや、そうじゃなくて、尼崎あたりで事故あったらしくて。おれもいま宝塚で足止めくらってんねんけど」。「また人身事故?」「いや、なんか大変らしいで。今日は早く帰ったほうがいいかもな」。いくらなんでも夜には復旧するだろう、と思って私は勉強を続けた。当時はスマートフォンなどなかったし、私はケータイでインターネットをするのが嫌いだったのでニュースも見なかった。

しばらくするとまたメール。今度は別の人から「大丈夫?」と。ここで初めて、私は何か大変なことが起きたのだと理解した。そうこうしているうちにまた別の人から安否確認のメールがくる。さすがに嫌いだとも言っていられず、ケータイのインターネットでニュースを見ると、「脱線」「死者多数」の文字が並ぶ。そのときのある友人からのメールが記憶に残っている。「生きててよかった。死んだら全部、終わりやからね」。

大変なことが起こったのはわかってもどうにもしようがない。騒ぎが収まるまで勉強しとこうと思い、結局、夜まで勉強した。帰りはJRが動いておらず、阪急電車で宝塚まで代替輸送で帰った。そのときはまさかその後数か月阪急に乗り続けることになるとは考えてもいなかった。

家に帰ってテレビでニュースを見て愕然とした。死者の多さに?現場の悲惨さに?脱線するなんて想像さえしていなかったことに?頭がぐちゃぐちゃして言葉にはならない。私はあのたった2時間前の電車の一両目に乗っていたのだ。おそらく福知山線を使っている人の誰もがそうしたように、私は自分がぺちゃんこに押しつぶされて死ぬシーンを想像せざるをえなかった。目の前が真っ暗になった。そして誰もがぞっとしながらこう思ったに違いない。あのとき死んでいたのは、私だったかもしれないと。

次の日からの電車は悲惨だった。当然だが誰も一両目に乗りたがらない。後ろの車両ではみんな立っているのに、一両目と二両目は席がガラガラ。誰もが電車に乗ることに恐怖を覚えていたし、電車の中の雰囲気も異様に暗かった。みんな死を想像してしまったからだろう。夜、帰りの電車に乗るともっとつらい。毎日どこかでお葬式が開かれているから、1週間くらいは沿線の駅は喪服の人が多い。喪服の黒は、他の黒とはまったく違うなと思った。なぜか雨の日が多かった。

事故や災害については「教訓」が語られることが多い。あの事故を忘れないようにと。だが私たちは何を忘れてはいけないのだろうか。JR西日本は人殺しの会社だと私は今でも思っているが、事故の教訓を活かせるとすればJR西日本だけだろう。そして彼らは教訓を活かしてなどいない。相変わらず守れないダイヤを設定し続け、遅れと混乱が常態化している。そのことが事故の温床だと気づいているのかどうかもわからない。事故が起きた直後、ありもしない置石のせいにしたことにJR西日本の企業文化は明瞭に表れている。

思うに、福知山線の脱線事故に教訓なんてない。あるのはトラウマだけだ。このトラウマこそが忘れてはいけないものなのかもしれないが、忘れなければいつまで経っても安心して電車に乗ることはできない。私個人についていえば、あの事故があっておそらく少し生き急ぐようになった気がする。確実に「私は明日死ぬかもしれない、死んでも何らおかしくない」という意識が強くなった。だが年々少しずつ、しかし確実に、この思いすらも風化していっているような気がする。

あれから10年、か。

 

推薦者  うべべ

 

memento mori ――死を想え――

 

私がかつていた戦場では、五秒後に自らが死んでいることを

覚悟しながら生きていた。
それは限りなく死に近く、生きているとはいえない生き方だった。

 

作中での白と黒の対比のように、黒い海に浮かんでいるだけの我々は

器用に白の部分にフォーカスして生きていかなければならない。

 

それでも、八年前のホワイトデーのように、たまにはこうして

黒い海に飛び込んで、浮上して、息継ぎする機会も必要なのだろう。

 

なるべく暗くなりすぎないように。 

【リバイバル】竹島、五輪、天皇 その1  Mr.ホワイト

  • 2017.03.18 Saturday
  • 13:50

竹島問題を含む一連の日韓外交問題を見ていて思うことがあったので、それを書きます。
しかし、日本はどうすべきだとか韓国はどうだとか言う気はさらさらありません。
この文章は政治を知らぬ一個人のあくまで個人的な感想でしかなく、
テーマは日韓関係ではなく、「天皇を崇拝しないわたしたちにとっての天皇」です。

さて、まずバトルの流れをあっさりまとめます。

 1.8月10日、李大統領が竹島を訪問する。
 2.8月11日未明、五輪サッカー男子日韓戦で韓国選手が竹島領有メッセージを掲げる。
 3.8月14日、李大統領が「訪韓したければ、天皇は謝罪しなければならない」と発言する。

大きく問題になっているのは、この3点と見てよいでしょう。
そして、自分でも不思議に思ったのがこの3点に対する自分自身の反応でした。
1・2については、一言で言えば「やれやれ」。ついていけないよと。これはいつもどおりの反応。
しかし、3については、我ながら驚くことに、ちょっとキレてしまったわけです。
首相に謝罪せよと言うならまだ許せるが、天皇に謝罪せよとは何事かと。これは許せんわけです。

はじめに言っておきますが、私は右翼ではありません。いわゆるネット右翼ですらありません。
むしろかなり激しい左翼教育を受けてきたほうで、高校になって初めて国歌を歌ったくらいです。
天皇を崇拝などしていませんし、正直言って天皇家に興味もありません。
そんな自分が「天皇謝罪要求発言」にキレるというのは一体どういうわけなのか。

ただ、「天皇謝罪要求発言」にキレたのは私だけではなく、多くの日本人がそうだったのではないかと思えます。
(ちなみに李大統領は、天皇は口で謝るだけでは足りず、罪人がするように「ひざまづいて」謝れと言ったようです。)
政治家達の怒りのボルテージも「天皇謝罪要求発言」で急激に上がったように感じますし、
たかが大学での講演の一部分だけを切り抜いてこれだけ報道するのですから、
非常に興味深いことに、この発言はどうしても日本人の気に障るものだったに違いありません。
多くの日本人は別に天皇を崇拝しているわけではないにもかかわらず、です。
(共感できない方、すみません。一応、周りの人に聞いてみたら共感する人ばっかりでした。)

【リバイバル】竹島、五輪、天皇 その2 Mr.ホワイト

  • 2017.03.18 Saturday
  • 13:49

なぜ、首相に謝罪要求ならまだ許せるのに、天皇に謝罪を要求することは許せないのか。
色々と考えてみましたが、単純化するとおそらく以下の3つがごちゃまぜになった感情ではないかと思います。

 A.天皇は神に近い存在なのに、外国のたかが大統領が命令していいわけはない。
 B.日本の象徴である天皇に喧嘩を売ることは、日本人全員(ひいては「わたし」)に喧嘩を売っているのと同じだ。
 C.天皇は何も悪いことをしていない(天皇に責任などあるはずがない)のに、なぜ謝らないといけないのか。

まず、A。
天皇が神に近い存在だという考えは古びていて、もはや一般的な感覚からは遠いと思われるのですが、
天皇には必ず敬語を使う特殊な文化の下で育った私たちの意識の底のほうで深く根付いているのかもしれません。
例えば、ローマ法王が天皇に謝罪せよと言うのと、韓国の大統領が言うのとでは、私たちのとらえ方は同じかどうか。
もしこの両者でとらえ方が違うのであれば、天皇の位の高さについて私たちが何らかの思いを抱いていることになります。
なんとなく、このような感情も多くはないにせよあるような気がしています。

次に、B。
なぜあなたはぶちギレたのですかと他人に聞くと、おそらくこのBのように答える人が多いと思います。
戦後、天皇は「神」から「象徴」へと変わったわけで、この変化は名目上は、
「私たちの神」から「私たちのシンボル(=分身)」への変化を意味します。
ですが、AとBは実質的にそれほど違うものなのでしょうか?
「私たちの神を冒涜したな!」と、「私たちの分身を冒涜したな!」と。
私にはこれは、ひどく似通ったことを言っているように思えてなりません。
どちらも、「天皇≒私たち自身」という不思議な投影が行われているのですから。
(逆に言えば、「首相≠私たち自身」ということです。)

【リバイバル】竹島、五輪、天皇 その3 Mr.ホワイト

  • 2017.03.18 Saturday
  • 13:48

最後に、問題のC。
実は、私がもっとも本質をついていると思うのは、このCの考え方です。
AとBはどちらも「神」とか「象徴」とか、あくまで頭で考えて出てきた理屈です。
ところが、私が強く思ったのは、今回のキレ方は理屈でキレてるんじゃないなということです。感情で怒っている。
私たちのハートが言っているのは、例えば漫画のワンピースにでも出てきそうな、こんなセリフなのではないでしょうか。
「オレらのことは何と言われても構わん、だがあいつのことを悪く言うのはオレらは絶対に許さねえ。」
私たちが自分を犠牲にしてでも守らなければならないもの。その象徴としての天皇ということ?

天皇は一体何者であったかを考えてみると、天皇はいつも中心の「空白」にいるわけです。
天皇は常に日本の国王として唯一の存在でありながら、しかし政治の実権を握ることはほとんどなく、
あるときは豪族や貴族が、あるときは武士が、あるときは平民が、またあるときは軍人が世の中を動かしてきたのです。
ここで重要なことは、彼らは必ずといっていいほど天皇を無視せず、天皇の「まわり」で動いてきたということです。
そして、歴史上のあらゆる権力者が、天皇(制)を滅ぼそうとせず(あるいは滅ぼすことに失敗し)、
天皇から権力を与えられるという構造を採用したがゆえに、天皇は王朝として世界最長の歴史をもつことになりました。
ここにあるのは「空白の中心と、そのまわりの実体」という奇妙な構造の確固たるバランスです。

このような構造は日本文化の特徴のひとつで、政治の話に限りません。
例えば、ヨーロッパの教会には十字架に磔となったキリストの像が必ず中心に置いてありますが、
日本の神社では本殿の空間そのものが神だったりするわけで、中心がないわけです。
会議好きの日本人がみんなで輪になって話し、結局のところ結論が出ないまま、
「話し合えて良かった」という感想を皆が残して会議が終わるのも、この構造にどこか似ています。

この「空白の中心と、そのまわりの実体」という構造は「輪」のかたちをなし、これが転じて「和」となります。
聖徳太子の十七条憲法の「和を以て貴しと為す」ほど、日本人の感覚を適切に表すものはなく、
偉い人が物事を決めるのではなく、話し合いで物事を決めるということを重視した日本人が、
「倭」を勝手に「和」に変え「大和」と名乗ったのもおそらくこの自意識からきたものでしょう。

【リバイバル】竹島、五輪、天皇 その4 Mr.ホワイト

  • 2017.03.18 Saturday
  • 13:47

話を天皇に戻すと、この「和」の中心の空白に天皇がいるということになります。
逆の見方をしてみると、絶対的な権力を持ってもいいはずの天皇が、
あえて権力を行使しない(実体を持たない)ことで、この中心の空白性が保たれているとも言えます。
いずれにせよ、この構造下では、天皇が日本の国家としての「和」を支えていると言ってよいでしょう。

政治におけるこの「輪=和」の構造のポイントは、強力な発言権をもつ中心や頂点を設けないことによって、
話し合いの場の公平性や集合性を保とうとする「話し合い絶対主義」にあります。
話し合いにおいて私たちが求めているのは「論理的に正解な解」ではなく「みんな納得する解」です。
ひとりの天才がどれだけ正しいことを言っても、みんなが納得しなければ日本では意味がありません。
みんなが納得するためには、みんなが話を聞き意見を述べる公平な機会と権利が与えられねばならず、
強力な発言権を有する存在は、話し合いという「場」の「空気」を壊すものとして敬遠されます。
まず話し合いを求めるからこそ、日本ではあらゆる意志決定が迅速に行われず、
政府の原発の対応は遅れ、経営者がリストラを始めるときにはもう手遅れという状況が常態化します。
そしてこの構造が有する問題は、意志決定の遅れだけではなく「誰が責任をとるのかわからない」ということです。

たとえば、哲学者の丸山真男は、明治憲法下の天皇制における無責任の体系を次のように述べています。
『(明治憲法下の体制は)「もちつもたれつ」の曖昧な行為連関(神輿担ぎに象徴される!)を好む行動様式が
 冥々に作用している。「補弼」とはつまるところ、統治の唯一の正当性の源泉である天皇を意思を推しはかると同時に
 天皇への助言を通じてその意思に具体的内容を与えることにほかならない。さきにのべた無限責任のきびしい倫理は、
 このメカニズムにおいては巨大な無責任への転落の可能性をつねに内包している。』

天皇は「思った」だけで、まわりの人間は天皇が「思った」ことに従って実行しただけだという論理。
天皇に大権が付された明治憲法下においてすら、天皇は「空気」であって責任が生じる主体ではない。
天皇は、「輪=和」を成立させるために必要な「空白=空気」としての巨大な中心であって、
「場」を安定させる役割を果たすものの、意思決定を行うわけではまったくありません。

【リバイバル】竹島、五輪、天皇 その5 Mr.ホワイト

  • 2017.03.18 Saturday
  • 13:46

まとまらないまま、ものすごく遠回りをしてきました。戻りましょう。
天皇謝罪要求がなぜ日本人を逆上させたか。先に私は次のようなセリフでその本音を例示しました。
「オレらのことは何と言われても構わん、だがあいつのことを悪く言うのはオレらは絶対に許さねえ。」
天皇のことを悪く言うことを私たちが許せないのは、まず、天皇が「和」を支える重要な存在であり、
しかもそれは圧倒的な力を持ちながらそれを行使しないといういわば献身的な姿勢が基礎となっているため、
私たちは天皇に対し何か非常な人格者のようなイメージを持ち、自己犠牲に感謝していることも要因としてあるでしょう。
さらに言えば、天皇に対し謝罪を要求するという行為は、私たちが最重要視している「和」を乱す行為に映ります。
これに加え前述のとおり、少なくとも私たちにとっては、行為主体でない天皇には責任があるはずがないのです。
一言で言えば、「あの人はホントいい人だし、何も悪いことなんてしてねえだろうが!」。

韓国人は、天皇謝罪要求によって逆上する日本人の感情をまったく理解できていません。
わかるわけがないのです。日本人にも説明できないのですから。
「非礼」とか「常軌を逸している」と非難していますが、こんな言葉で韓国に伝わるわけがない。
私がずっと興味を持っているのは、この論理的にうまく説明できない私たちの思想です。
長らく日本人の感覚の奥底にビルトインされている伝統思想がいまだに生き続けていることが、
今回の天皇謝罪要求に対する日本の反応と韓国の驚きでわかりやすく実証されたように思います。

長くなりましたので、最後に本論をまとめておきます。

・少なくとも私は、竹島上陸よりも天皇謝罪要求にキレた。
・天皇を崇拝していない自分がなぜキレたのかをうまく説明することができない。
・天皇は日本の中心にいながら実権がない。まわりの人間は天皇のまわりで世の中を回す。
・かといって天皇が不要なのではなく、天皇は中心の巨大な空白として存在する必要がある。
・天皇という中心がいることで話し合いの場が設けられ、天皇という中心が無言でいることで話し合いが機能する。
・天皇は自分を犠牲にしてみんなのことを思ってくれているいい人だ。(と日本人が思っている。)
・天皇は何も言ってないし何もやってないんだから、謝罪する責任なんてない。(と日本人が思っている。)

なお、本文はすべて私見によるものであり、自分自身が混乱しているがゆえに、
文章も混乱し、極論に走っていますが、日本人のひとりの見方として鷹揚に読んでいただければと思います。

 

【推薦文】 推薦者 ハッタリスト

世の中、理屈が通じるとき、通じる相手、通じる場合は限られているので、それが通じないとき僕は無力です。Mr.ホワイトは理屈ではないことを語り、しかもしばしば理屈以上に説得力がある。そういうことをされると、僕は困ります。

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