告白6(女性店員) Mr.ホワイト

  • 2017.04.07 Friday
  • 18:52

 ふたりの警官が走り出て行ったあと、店内は色々な意味で混乱していた。何が起こったのかを理解していたのは私くらいだろう。「やっぱり、フラれました」とうなだれるあいつの肩をポンと叩いて、「よくがんばったよ」と言った。(いや、今のはそういう意味でごめんと言ってたわけじゃないのでは)とも思ったが、ややこしくなるので何も言わなかった。この1年でもう5回目。恋多き男だ。

 

 金髪の女性はテーブルに突っ伏していた。ごめんなさい、と私は心の中でつぶやいた。私は知ってたんだけど、あなたには言えなかったんです。

 

 とりあえず私は私のやるべきことをやるしかない。割れたカップを片付けて、床にこぼれたコーヒーをふきとる。黒髪の女の子はすみませんと私に謝ったが、ぼうっとしていて心はここにはない。彼女の気持ちは痛いほどよくわかった。告白なんてできるわけない。そんな自分の前で他人が告白してしまったのだから。

 

 三十分ほどしてから、警官ふたりが戻ってきた。容疑者がいない。「どうなったんですか?」と聞くと、「ビンゴです」と年次の低い方が答えた。「お前なあ」と言いながら年次の高い方が補足した。「お騒がせしてすみませんでした。あの後、ふたりで追いかけて捕まえました。逃げた時点でクロだってことはわかったんで。あとは仲間に来てもらって、今はパトカーで移送中です。本当にありがとうございました。すみませんが、また聞き取りとかさせてもらいますけど、ご容赦ください」。

 

 通報したのがよかったのかどうか、私はいまだによくわかってない。迷いに迷って通報したことで、胸のつかえはとれた。でもそれは、そんな大きな秘密を自分の胸にしまって置けなかっただけかもしれない。

 

 「よし、荷物拾って取り調べ行こうか」と先輩のほうの警官が言った。

 「いや、その前にね、事件にびっくりしてカップを割っちゃった女の子にちゃんと謝っといてくださいよ」と後輩のほうの警官がニヤニヤしながら言った。

 「え?カップが割れたから容疑者がびっくりしたんじゃなかったっけ?」

 「違いますよお、とにかく迷惑かけたんだから謝りましょうよ、ね」

 

 わかってないなあ。告白なんてできるわけないじゃん。ね。

告白5(後輩) Mr.ホワイト

  • 2017.04.05 Wednesday
  • 00:00

 十数年前のテロ事件の容疑者にとても似ている人がたまにうちのカフェに来るんです、という情報が警察に寄せられたのが1ヶ月半前。情報協力者である女性店員に話を聞いたところ、容疑者らしき人物は2〜3ヶ月に1度、決まって日曜日の午前中に来るのだという。「2〜3ヶ月に1度来るお客さんの顔を覚えているんですか?」と聞くと、「当たり前じゃないですか」とあっさり言われた。「日曜日の午前というのも間違いない?」と聞くと、「ええ、必ず」とやはりあっさり言われた。

 

 嫌な展開だと思ったが、上に報告しないわけにはいかない。結果、やはりその週末から毎週日曜日の午前、オレと先輩の2人でカフェを張ることになった。もちろん、他の客にまぎれるようにして。本当に勘弁してほしい。本物かどうかよくわからないヤツを2ヶ月も待つなんてオレの性に合わない。まあでも、こんな仕事ばっかりだから仕方ない。あるかどうかわからない証拠品を見つけるために、山を端から端まで調べる仕事をしたりしたけど、あれよりははるかにマシだ。

 

 張ってみたらある意味で面白かった。色んなヤツが色んなことを考えているのを見るのが楽しかったこともあるけど、何より、先輩、モテすぎ。これはかなり笑えた。まさか男の店員にまで好かれるとは。あれはでも、本人はまったく何も気づいてないな。鈍感な警官ってのは、どういう存在なのかね。

 

 ・・・来た。本当に来たな。ドクンと心臓が鳴る。女性店員のほうを見ると、彼女はコクリと軽くうなずいた。帽子と眼鏡のせいで本人かどうかを確認するのは難しいが、確かに似ている。やはり何か警戒しているような様子で、まだコーヒーを注文しない。こうやってずっと暮らしてきたのだろう。さて、奴が席に座ってから、逃げられないよう二人で囲むか・・。

 

 先輩のほうを見ると、例の男の店員が緊張した面持ちで先輩の目の前に立っていた。今にも何か大事なことを言ってしまいそうな・・おいおい、これは何かまずい雰囲気じゃないか・・。だが先輩はオレのほうを見てしっかりと頷いた。先輩は分かっている。よし、大丈夫だと思った瞬間、

 

「僕、あなたのことが好きです!連絡先教えてください!」

 

と店内に響き渡る店員の声。同時に、

 

「あっ!」

 

という女性の声とともに、コーヒーカップがガチャンと割れる音が響いた。まずい・・まずいぞ・・。容疑者の男は注文するのをやめ、すっと逃げようとしている。オレが反射的に席から飛び出すと、やつは危険を察知して走り出した。

 

「ごめん!どいてくれ!」

 

先輩はそう叫んでとっくに飛び出していた。

告白4(男性店員) Mr.ホワイト

  • 2017.04.01 Saturday
  • 00:00

 僕が働いているカフェには色々なお客様がいらっしゃいます。ただし、ほとんどのお客様はコーヒーの味のことなんて何もわかってやしません。残念なことですが、多くのお客様はなんとなくオシャレな雰囲気であればいいだけで、オシャレなカフェで過ごす自分にうっとりしている勘違いヤローなのです。

 

 うちのカフェは最近流行の外資系チェーンのカフェですが、コーヒーチェーンの中ではもっとも美味しいコーヒーをいれているという自負があります。僕がここで働いているのも、良いコーヒーを安価に提供しているという確信があるからです。質が良いからこそ、お客様にはシンプルなコーヒーを飲んでいただきたいと考えているのですが、そういうオシャレ勘違いヤローたちはすぐにキャラメルソースとかチョコとかクリームをつけたがり、われわれ店員の中にもトッピングで儲かるからありがたいじゃないかと言う者が増えてくる始末です。僕はコーヒーを愛していますので、コーヒーは浮ついた気持ちを満たすために飲むものではなく、もっと僕たちの肌に張り付くような、魂に触れるようなものであってほしいのです。

 

 その点、毎週日曜日にいらっしゃるあの読書好きのお客様のコーヒーの召し上がり方には惚れ惚れします。コーヒーを心の底から愛してらっしゃるような、そんな召し上がり方をされます。・・いえ、しかしこう申し上げるのは幾分公平さを欠いているかもしれません。正直なところ、僕があの方に惹かれているからコーヒーの召し上がり方が素晴らしいと思うのか、あるいはその逆なのか、よくわからなくなっているからです。

 

 先日はあの方に「このカフェは選曲がいいですね。どなたかが曲を選んでるんですか?」と聞かれ、実際には音楽はアメリカの本社から送られてきたものを流しているだけなのですが、話しかけられて舞い上がってしまった僕はつい「私が選曲しています」と答えてしまいました。あの方は音楽がお好きなようで色々なシンガーの名を挙げられましたが、僕は音楽には疎いので誤魔化すのに必死で、しかし楽しそうにお話しするあの方の笑顔はもうたまらないものでした。

 

 あの方が来られるのは週に1度だけです。その度に、今日こそは告白しようと震える手を胸に当てて決意するのですが、あの方を目の前にすると、何も話すことができなくなってしまうのです。いつも僕の話を聞いてくれる先輩に、「今日も告白できませんでした」と言うと、彼女はあっさりと「告白なんて、できるわけないじゃん」と言いました。

 

 今日こそは。僕はまた、震える手を胸に当てました。

告白3(金髪の女) Mr.ホワイト

  • 2017.03.29 Wednesday
  • 00:00

 私はそもそも喫茶店があまり好きじゃないんだけど、タバコを吸えない喫茶店なんて全然意味がわからない。喫茶店なんてタバコを吸う良い場所が他にないから入るところであって、みんななんでわざわざ喫茶店でぼうっとしたり本を読んだりしているのか。そんなことだったら家でやればいいのに。お金もかからないし。

 

 なんてことを言っておきながら、私がこのちょっとこじゃれた禁煙喫茶店でレモンティーを飲んでいるのは、単にめちゃめちゃカッコイイ店員さんがいるからで、それ以外には何の理由もない。もちろん初めは禁煙と知らずに、タバコを吸うためにここに来ただけだった。「ここって喫煙席あるよね?」と注文する前に聞いた相手がそのメガネの店員さんだった。「ございません。当店は全面禁煙です」と毅然と答えた彼の眼差しに、私は完全に落ちてしまったのだ。その顔に見とれてずっと顔を見すぎたせいで店員さんに「何か?」と聞かれた私はとっさに、「いえ、あの、こちらの喫茶店、素敵ですね」とまったく金髪女らしからぬ発言をしてしまい、そのときもレモンティーを飲みながら、恥ずかしさをこらえるしかなかった。

 

 それから私は頻繁にこの喫茶店に通うようになった。たまには店員さんと話すこともある。それでも挨拶くらいが限度で、好きだなんてとてもじゃないけど言える雰囲気じゃない。毎回、今日こそはと思っても、恥ずかしくて話すこともそんなにできない。あまりにもよく行くので、頻繁に通っているくせに何もしないと怪しまれると思い、父親の書棚からタイトルだけで「悪霊」という本を選んで、勝手に借りてここで読むふりをしている。

 

 とりあえずこれでカモフラージュはできる、とレモンティーのカップを置いたとき、正面の黒髪の女がスマートフォンで私の写真を撮っているらしいことに気がついた。手つきがおかしい。私は昔から女子にむやみやたらと好かれるのだ。男っぽい格好をしているからかもしれない。カッとなってその女のところにとんでいき、スマートフォンを操作する右手の手首をつかんだ。女は突然のことに驚いていたが、私は一言、「写真、見せな」とだけ言った。

 

 スマートフォンを取り上げて見てみると、私の隣に座っている男の写真ばかりだった。私は彼女の目を見た。涙で少しうるんでいた。「ごめん、がんばれ」と言って、私は彼女の肩をポンと叩いた。そうしながら、私は自分が泣いていることに気がついた。「私も好きな人がいるんだ」そう言って私は涙をぬぐい、自分の席に戻っていった。

告白2(スマホガール) Mr.ホワイト

  • 2017.03.25 Saturday
  • 00:00

 好きな人のことを思うと胸がきゅんと苦しくなると同僚の女の子が言っていて、周りのみんなもそれに賛同していたもんだから私も女子として一応賛同しておいたけれど、「あまり知らない人だけど、あの人を見たら胸が苦しくなったから、これは恋に違いない」というぶっ飛んだ論理で恋に恋する乙女を見たときは、さすがに「心臓悪いんじゃないの?」と言いかけました。実際のところ、私にとっての恋は胸がきゅんと苦しくなるような甘いものではなく、とにかくあの人を見たい会いたい触りたい、せめて同じ空気を吸いたいという衝動のようなもので、その衝動にかられて今日もまた、彼がいつも来るカフェに来てしまったのです。私は彼と話したこともないし、もっと言うと名前すら知りません。私が彼について知っていることは、毎週日曜日の朝、このカフェに来るということだけです。それだけでなぜ人を好きになることができるのかと問う人は、恋が何たるかを分かっていないと思います。恋とは壮大な勘違いであり、私は自分がいま大いなる勘違いをしていることをわかっていますが、それでもその勘違いをどうやっても止められないのが恋の恋たるゆえんではないでしょうか。

 

 はじめは彼の遠くに座って後ろ姿なんかをぼんやり眺めたりしていましたが、最近は勇気を奮い起こして一歩、また一歩と席を近づけていっています。今日は彼を正面から見ることができる席に座ることができました。私はいつも、席ではスマートフォンを使っています。メールしたりネットしているように見せかけて、彼を盗撮しているのです。スマートフォンの画面を見ていれば、彼と直接目を合わせることもありません。

 

 彼はいつもひとりで店にいますし、仲の良い店員のお兄さんと話しているのを見るくらいで、メールなどをしている様子もまったくありませんので、彼女はいないはずだと私は自分に言い聞かせています。彼は本を読んでいることが多いのですが、時折ふっと目を閉じて宙を仰ぎます。考え事をしているのか、読書に疲れたのか、しかしそのときの彼はとても満足げで、その姿がたまらない私はここぞとばかりにスマートフォンのカメラのシャッターを切りまくるのです。今日も家に帰ったら、私はこの写真の山をずっと眺めているのでしょう。今の私にはただ写真を眺めることしかできませんが、こんなに幸せなことはないとも思うのです。

告白1(男)  Mr.ホワイト

  • 2017.03.22 Wednesday
  • 00:00

 今日は日曜日の朝なので、僕はいつもように近所のカフェで本を読んでいる。何の変哲もないどこにでもあるシアトル系コーヒーショップで、コーヒーはたいしておいしくはないのだが、休日の朝のカフェは不思議なほど静かで心地よい。通りには人も車も少なく、休日の朝の薄い日の光が店内に差し込んでいる。店にはバチバチとPCのキーボードを叩いているサラリーマンもいない。店内に充満するコーヒー豆のかおりはどこか懐かしく、子供の頃の休日の朝の記憶がふと頭をよぎったりする。新聞を読んでいる父親、トントンと包丁がまな板を叩く音、トーストとコーヒーのにおい。そしてあれから長い時間が経ってしまったことに、ふうっと息をつくのだ。

 

 僕がこのカフェを良いと思うのにはひとつ大きな理由があって、それはこのカフェでかかっている曲の趣味の良さである。思うに、あらゆる店の方向性はその店でかかっている音楽で決まるのではないか。それはカフェだけでなく、たとえばバーでも洋服屋でも美容院でも、流行の邦楽をかけている店とボサノヴァをかけている店では志向がまったく違う。このカフェでは僕の好きなオールディーズをかけてくれる。50年代から60年代のアメリカの音楽だ。今かかっているのは、チェット・ベイカー「マイファニーヴァレンタイン」、その前にかかっていたのは、ナッキンコール「トゥーヤング」。さらにその前にかかっていた曲は知らない曲だったが、それも良い曲だった。聞くと、店員のお兄さんが自ら選曲しているのだと言う。素晴らしい。ある意味では、一人のバイトにすぎない彼がこの店の方向性を決めていると言える。

 

 日曜日の朝のカフェを好んでいる人は多いようで、この時間だと大体よく見かける人ばかりだったりする。いつも隅っこの席で新聞を読んでいるおじいさん、イヤホンをして法律の勉強をしているメガネの男子、スマートフォンを延々と操っている黒髪の女子。僕の隣の女子は短髪を金色に染めておりいかにも軽薄そうな雰囲気だったが、読んでいる本をちらと見てみるとドストエフスキーの「悪霊」で僕はびびった。人は見かけではわからないもんだ、と感心した瞬間に、金髪ドストエフスキー女子が席を立ち、黒髪スマートフォン女子に話しかけた。まったく見かけの違う二人だが、どうやら友人であったらしい。

 

 たかがカフェですら、世の中に色んな人がいることを思い知らされる。レイ・チャールズの歌声を聴きながら、少し苦めのコーヒーを一口すすって、僕はまたふうっと息をついた。

 

 さて、あいつはいつ来るのやら・・。

やまがある日記〜「アルプス」墜落事故に向けて Mr.マルーン

  • 2017.03.10 Friday
  • 01:02

3月5日。長野県が所有する消防防災ヘリ「アルプス」が訓練中に松本市内の山中にて墜落し、乗組員9人の方全員の死亡が確認されました。

「アルプス」には県消防防災航空センター所属の優れたパイロットや隊員の方が乗っていました。長野県は貴重な高機能ヘリと多くの精鋭を一度に失い、当面は周辺県との協定で山岳防災をカバーしていくとのことです。

 

この事故は、山に登る人間として他人事には思えませんでした。

事故の翌日、何気なくInstagramのフィードを追っていると、ひとりの女性の投稿に目が留まりました。彼女は普段から厳冬期のアルプスに登っていて、美しい白と青の世界の写真を届けてくれる人です。

彼女は「アルプス」が墜落したのとほぼ同時刻に中央アルプスで滑落し、数時間後に救助されました。迫り来る死の気配が彼女の投稿から生々しく伝わってきました。彼女は、自分だけが助かってしまったことに苦悩していました。愛してやまなかったはずの山がヘリから見下ろしたとき真っ暗な悪魔に見えたと言ってその投稿は終わっていました。

私自身はピッケルも持っていないぐらいで、厳冬期の高山なんて望むべくもありません。それでもその投稿を読んで、ひやりと心臓がつかまれるような思いがしました。その感覚が、今も忘れられません。

今年に入ってたった2か月しかたっていないのに、長野県の防災ページには県内でおよそ30件の遭難事故があり、その中で8名の方が亡くなったという記録が残っています。去年の夏も何度となく遭難死亡事故のニュースを目にしました。

聞きかじるだけでも、山岳救助の現場は厳しい状況に置かれています。中高年を中心とする登山ブームを受けて、山岳レスキューの出動回数は増える一方です。3000m峰が連なる山脈での救助活動は大きな危険が伴いますし、自治体の財政にも山岳救助の予算は重くのしかかっています。

 

事故以降、山の美しさ優しさ偉大さと、同じだけそこにある、一瞬で命を奪う厳しさ恐ろしさ残酷さについてずっと考えていました。

たくさんのリスクを抱えてでも山に登る理由。

どうして山なの、と素朴に尋ねられた時、気を付けてね、と本心から心配されたとき、いつも困ります。

色々考えて、結局、山が好きだから、としか言いようがありません。でも、それだけでは、本当はひょっとしたら言い訳に全然足りないのかもしれない。

それでも、私もほかの登山者も、みんな生きる力をもらうために山に行くんだと。

これはちょっと、私のごときゆるふわ山ガールが言うにはかっこつけすぎかなあ。

 

やまがある日記も、これを読んでもし山に行く人がいたらいいなと思って書いています。

どうか、しっかりと計画を立て、適切な装備で、きちんと登山届を出して、体力と技量に合った無理のない登山を行ってください。

登りたい山のことを事前に調べましょう。インターネットだけでもたくさんの情報が得られますが、地図はぜひ紙のものを持参してください。いつでもスマホが通じるとは限りません。

食糧や飲み水は多めに。こまめな水分補給とエネルギー補給が重要です。

天候不順の時はけして無理しないでください。山は逃げませんから。

ほかにも気を付けるべきことはたくさんありますが、細かくなるのでこのへんで。初心者向けのアドバイスであれば、ご質問くださればご対応します。登山用品店の店員さんも大体ものすごく親切に教えてくれます。

きっと、素敵な山旅ができると思います。

 

これを書いている今日、帰りの電車でInstagramを見ていたら、しばらく途切れていた先の女性の投稿がまたありました。まだ混乱している中で、少し落ち着いて、また山に登りたいと締めくくられていました。

少しだけ、心が軽くなったように思いました。

 

最後に、犠牲になった隊員の方たちに、山を愛する者の一人として心よりご冥福をお祈りします。危険な山岳救助の現場にあって私たちの安全を守ってくださる方々に心から感謝します。

やま兄さん日記〜タール火山(310m) 前編 うべべ

  • 2017.02.11 Saturday
  • 15:26

2016年1月下旬 晴れ

 

フィリピン生活にもすっかり慣れ、ちょっと観光でも行ってみようか
という話になった。
英語の先生に聞いてみると、タガイタイのタール火山が素晴らしい
と教えてくれたので、さっそく行ってみることにした。

 

学校が手配してくれたマイクロバスに乗って出発した。
マニラの市街地を離れて、どんどん景色が田舎になっていく。
途中で、運転手が「ここが日本の有名人が遊んでた場所だよ」と
教えてくれた。
何のことかと思ったら、例のスーパー校長先生が色々と悪い遊びを
やっていた場所らしい。
廃屋のようなボロい小屋で、よくこんなところで性欲出せるなぁ
と感心するほどのひどい場所だった。

 

そんなこんなでタール湖に到着した。
タール火山は湖の真ん中に浮かんでいるので、ここから先は
ボートで移動することになる。
バスの運転手が交渉してくれて、わりと良心的な値段で
ボートと登山のコースを申し込めた。
案内されて、四人乗りボートに乗り込む。
かなりのスピードで飛ばすので、湖の水(=海水)が
顔に思いっきりぶつかってきた。
そのたびに、船長が声を上げて笑っている。
一体何が面白いのか……。
到着したころには顔の皮膚がカピカピになっていた。
船長が言った。
「本当は水よけのポンチョがあったけど、エキサイティングな方が
 面白いと思ったから、あえて隠しておいたぜHAHAHA!」
湖に突き落としたい衝動に駆られながら、手を振って別れた。
帰りはこの船長じゃないことを祈る。

 

さて、目の前にそびえ立つのはタール火山だ。
標高310mという険しい山で、普通の人なら全員死んでしまう。
私は元・傭兵として数々の過酷な訓練を受けているが
今回はあまりに危険なため、馬を使うことにした。

 

登山用の馬乗り場に向かうと、少年が話かけてきた。
名前はハン。自分の馬に乗ってほしいという。
ハン少年の馬は、王子キャラの私にふさわしい白馬だった。
しかし、何か違和感がある。何というか、ちっちゃい。
他の乗り場の馬と比べると一回りくらい小さく、
子ども用なんじゃないかと思うサイズ感である。
ただでさえ大柄な私が乗ったらつぶれてしまいそうだ。
しかしハン少年は「問題ないよ」と笑顔で答えた。
今までの経験上、フィリピン人の「問題ない」は
問題あることの方が多い。
とはいえ、他の乗り場に移動するのもおっくうなので
そのミニ白馬に乗ってみることにした。

やま兄さん日記〜タール火山(310m) 中編 うべべ

  • 2017.02.11 Saturday
  • 15:25

乗った瞬間にすぐ後悔した。
まず、鞍(座るところ)がとんでもなく硬い。
馬が歩くと、お尻を一秒毎に金槌でぶたれているような衝撃がある。
持っていたタオルを尻に敷いてみたが、あまり効果は無かった。
尻破壊の恐怖に襲われながら、山道をすすんでいると
どこからかおばあさんの集団が現れた。
「この先は砂埃がすごいから、このマスクが必要よ」
と手に持ったマスクを顔に近づけてくる。
1個2ペソ(≒5円)、らしい。
要らないと言って追い払うと、他のおばあさんが来て
「ここから先、とんでもなく臭いからマスクが要るよ」
と再びマスクを近づけて来た。
その後も、「日光がすごい」と帽子を売りつけるおじさんを蹴散らし
やっと山の中腹まで来た。

 

ちょうど周囲の景色が見渡せるような広場になっており、
絶好のシャッターチャンスだった。
ハン少年が、写真を撮ってくれるという。
カメラを渡すと、雄大な景色をバックにした一枚を撮ってくれた。
すると、どこからかカメラを持ったおじさんが現れた。
嫌な予感がした。
経験上、近づいてくる人=何かを売りつける人、だ。
そのおじさんはいきなり写真を数枚撮り、どこかに消えていった。
いかにも怪しい。
私の中の危険アンテナがビンビン反応していた。

 

その後もお尻を襲う鈍痛に耐えながら登っていき、
ついに頂上に辿り着いた。
馬を降りると、お尻がもの凄い熱を帯びていた。
ハン少年が声を掛けて来た。
「喉がかわいた、あのジュースが欲しい」
赤色で毒々しい色のジュースを指さしている。
美味しくなさそうだが……。
50ペソ(≒125円)と高かったが、お世話になったのでお金を渡した。
「ありがとう」と言ってお金を受け取った。
そして、そのお金をポケットにしまった。
買わへんのかーい。

 

頂上の喫茶店でコーヒーを飲んで写真を撮った。
英語の先生の言う通り、頂上からの眺めは素晴らしかった。
一時間ほどくつろいで、下山することにした。
ハン少年が話しかけてきた。
「馬の喉がからからだ。水を買ってほしい」
馬用の水は100ペソ(≒250円)だという。
なぜ客が馬の水を買わなければならないのか。
どうせ飲ませないだろうことは明らかだったので、
無視してさっさと馬に乗った。

やま兄さん日記〜タール火山(310m) 後編 うべべ

  • 2017.02.11 Saturday
  • 15:24

帰りのハン少年は饒舌だった。
生活、家族のことなどをくせのある英語で一生懸命しゃべっていた。
私は、お尻が痛すぎたので腕力で少しお尻を浮かせながら、
それでも真摯にその話を聞いていた。
最初の馬乗り場が見えてきたころ、ハンがおもむろに口を開いた。
「僕たちがこの一往復でどれくらいもらえると思う?」
ハン少年がじっとこちらを見つめてくる。
「5ペソだよ、5ペソ。あとは全部親方が持っていくんだ」
そして、気持ち分でよいのでチップが欲しいと言ってきた。
5ペソのくだりは100%嘘だと分かったが、少しくらいなら
チップをあげてもよいと思い、財布を覗いてみた。
小さいお金は50ペソしかない。
「申し訳ないけど、今これしかない」と言って50ペソ渡すと
「たったこれだけ?」と失礼なことを言ってきた。
しかし、貰えたのが嬉しかったらしく、特別にハンの家まで
案内してくれるという。
着いたのは、ボロボロの木の小屋だった。
ハンの妹らしき女の子たちが、馬と犬を洗っていた。
「この子たちも大きくなったら、僕みたいなガイドになるんだ」
ここで食っていくには、これしかないんだと続けた。
その後も家の周りを一通り案内してくれた。

 

ハン少年に礼を言って、ボート乗り場に戻った。
すると、あのおじさんが待っていた。
山の中腹で写真を撮ってきたおじさんである。
「いい写真撮れたよ。額縁つきで1000ペソ(≒2500円)だよ」
写真を見ると、私の目が半開きになっていた。
高すぎるから要らない、と言って断った。
すると「じゃあ額縁なしで、700ペソでどうだ」と言う。
写真が気に入らないから要らない、と断る。
「じゃあ、額縁だけでも買わないか、良い額縁だぞ。300ペソ」
もっと要らない、と断る。
「よし分かった。写真を100ペソにしてやる。どうだ」
私は、1ペソでも買わない、と断った。
すると、おじさんは「ちくしょー」と写真をばらまいて帰っていった。

 

帰りの船長も同じ人だった。
すぐにポンチョを出してもらい、身体全体を包み込んだ。
船長は何度も「チキン」と言ってきた。
傭兵時代の私なら、むしろ丸焼きになっているのは
お前の方だと思ったが、引退した身なので大人しくしていた。

 

こうして、私のフィリピン登山は幕を閉じた。
汗をかいていたので、ホテルに戻ってすぐにシャワーを浴びると
お尻に激痛が走った。
また感電したのかと思ったら、鏡で見てみると
尻の皮がよじれて真っ赤に腫れ、割と大けがをしていた。
何度も叩かれすぎて、麻痺して痛覚がなくなっていたのだ。


「自分のアナルは自分で守れ」
私は、フィリピンの諺の奥深さを噛みしめていた。

 

ボートとタール火山

頂上から

写真上:ボートと湖とタール火山   写真下:頂上から

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