2016年12月を丁寧に過ごす(完) Mr.アールグレイ

  • 2017.09.22 Friday
  • 00:00

半年くらい前、プロレスを観るためにテレビを久しぶりに買いました。

さすがにプロレスだけ観るのではもったいないので、ニュースと岩合さんの猫の番組だけ観るようになりました。

スポーツにも政治家にも興味はないのに(政治には興味があります。)、ニュースにはそれらばかり出てきます。

違うと思ったら事件の報道で被害者だけが実名で報じられているのを見て面食らったりします。

もっと必要なことをショッキングな形でなく編集して伝えてほしいものです。

雑兵日記PREMIERはほとんど役に立たないですが、役に立つ振りをしない分だけテレビニュースより随分良きものだと思います。

 

2016年11月の振り返りを丁寧に(2) Mr.アールグレイ

 

自作なので紹介だけ。

改めて、この時は前の月の振り返りをしていたのだなあ、としみじみ思います。

 

【テーマ】若返りの魔法  Mr.ターコイズブルー

 

いよいよ、2016年最後の作品です。

と盛り上がっているのは私だけだと思いますが。

随分お待たせして申し訳ありませんでした、とターコイさんにお詫びしながら丁寧に読んでいきたいと思います。

 

白雪姫とシンデレラをデフォルメしたようなストーリーで、色々な物語が読める雑兵日記PREMIERの中で異彩を放っています。

若さに嫉妬するのではなく、しなやかな所作、思慮深さ、知性と年相応に積み重ねられた美しさに嫉妬した魔女が、老婆を若返らせるという筋はどうやったら思いつくのでしょうか。

すごい作品だと思います。

 

よくよく読んでみて考えたのですが。。。

若さを与えると言われて、老婆はそれを受諾するのですが、この受諾自体は本人の意思において行われなければ、魔女の意地悪は起動しないと考えられます。

魔女の力をもってすればもっと頭の悪いことや恥ずべきことを老婆にさせることもできるでしょうが、嫉妬に燃えてもそれをやらないのはそれでは魔女にとって意味がないからなのだと思います。

しかし本当に思慮深く聡明な老婆が若さを手に入れたいと思うでしょうか。

しかも見ず知らずのおばさんにそそのかされて。

もう少し手間をかけてうまく引っ掛けないと聡明な人を転ばせることができないのではないでしょうか。

アンチエイジングに努めている人なら転びそうですが、そういう人は魔女から見て魅力的ではないのでしょう。

若さを希求する老婆を転ばす、というプロットは時々みるのですが、本作はそこではなく、恐らく善く生きておられる老婆を転ばすというかなりの意地悪なのですよね。

それだけに恐ろしいし、それだけに転ばすまでをもう少し書いてほしい気もしました。

女性の「若くありたい」という気持ちが強い、という人間観なのかもしれませんが私はそこと老婆の聡明さ、自分の年齢と上手く付き合っている感がマッチしていないように思いました。

千字でこんなに色々考えさせてくれるなんて、素敵な作品をありがとうございました。

ターコイさん、また作品が読みたいです。

アリ・ホッグァー(ari hogguah)へのインタビュー  がりは

  • 2017.09.11 Monday
  • 00:00
今はなにもかもがつながっていて、なにもかもを誰もが所有できる気になっている。
そう、今や世界政府とも言うべきあの網、インターネットのおかげだ。
貨幣と同じく、あの世界も信用で成り立っている。
信用が無ければ貨幣は鉄屑、紙きれと同じだ。
むしろひどく汚れていることを考えればそれ以下だ。
インターネット上で我々はつながっている。
誰もが誰もと。
つながらないようにしようとしてもそれは無理な相談だ。
今生きていて、生活のすべてから中国製品を排除しようとしても無理なように。
あの最低で最高の帝国(※インタビュアー註:彼はアメリカ合衆国のことを必ずこう呼ぶ。)の影響を排除しようとしても無理なように。
後期高度資本主義社会が1900年代後半に地球を飲み込み、それに覆いかぶさるようにインターネットが広がった。
バタフライイフェクト!なんて持て囃していたがなんのことはない、地球の裏側だってすぐそこと変わらなくなってしまった。
百科事典棒を手にしようと頑張る連中(※インタビュアー註:彼はAlphabet社≒Google社のことをこう呼ぶことがある。)の目論見はほとんど成功しようとしている。
どんなに美しく輝かしい一点の曇りなき理念でも現実に打ち立てられれば風雨にさらされ、鳥の糞だって落とされる。
もちろん酔っ払いやいたずらだってされる。
百科事典軍団がインターネットを排除し、全てを自らの手に握るのもそう遠くはないだろう。
全ての人が百科事典棒の前に跪き、やつらは満面の笑み、聖者のそれをもってやさしくみなを導いてくださることだろう。
でも、それは幻想だ。
全てを手にしていることは何も手にしていないことと等しい。
ネットワークが切れたら?
データがどこかにいったら?
あっという間にあなたが手にしていたと思っているものは消えてしまう。
そう、最近日本の友人に効果的なたとえだと教えてもらったのだが・・・
ドラクエ3みたいに!!
どう?
あってるか?おもしろいのか?
積み上げたものが理不尽に、残酷に消えてしまう時に使うといいと言われたんだが。
もちろん百科事典マニアどもとその一味は全力でネットワークとデータを保全するというだろう。
わたしが言うようなことは起こらない、杞憂だと言うだろう。
心配には及びません、バックアップがとってあります、すぐに復旧します、とね。
でも消えちゃったら?
現在のテクノロジーでは電力とネットワークは分かちがたく結びついている。
電力は現在資源とイコールで、以前ほど石油に関して危機感を煽られることは少ないが、何故かピンチになると新しいオイルが見つかるよね。
そう、なんと言ったかな・・・。
ドゥライモンのthe 4dimensional pocketみたいに!
でもそれだっていつまで続くかわからない。
代替エネルギーも宇宙発電から安定的に無線送電できる技術が開発されるまでに30年はかかるだろう。
送電が何らかの形で途切れたら?
地表500劼らいでどこかのイカれた奴が水爆を爆発させたら?
我々がいま享受している「なんでも持っている感」はドラクエ3だ。
君はドラクエ3をやっていたのかい?
 ―はい、やっていました。
ボウケンノショが消えた時、どうした?ボウゼンとしたのかい?
 ―はい、ぼうぜんとしました。
今のはうまいことをいったのに、どうして笑わないんだい。そんなにつらい過去だったのか?
おそらくボウケンノショが消えた時、と当時のキッズはこうしたと思うんだ。
外に行って野球でもしよう。
当時は野球が流行ってたんだんだろう?
ドラクエ世代のあとからサッカーが流行ったと聞いているが、それとボウケンノショの脆弱性は関係があるのかな。
 ―わかりません。多分ないと思います。
君がないと言ってるから相当強い因果関係があるんじゃないか?
寝食を忘れて打ち込んだものが消えるという理不尽に耐えた経験を持ち、3.11の大災害で積み上げたものが実は脆弱だったことを実感した君たち日本人こそが百科事典野郎たちとその一味が便利にし、脆弱にしたこの世界の不確定性を下げる鍵なんだと思うんだよ。
9.11を経て、アラブの春を経由し、まだうまく立ち直れていない私が言うのだから間違いないよ。
我々もドラクエ3をやっていたらな、と思うんだ。
そんな強さを持てたんじゃないかなって。

やまがある日記〜乗鞍岳(3026m)

  • 2017.09.09 Saturday
  • 00:00

2017年8月下旬 晴れ

 

燕岳以降ほとんど登山できていなかったが、8月も終わりになると夏山シーズンも残り短い。

ということで、いつもの仲間と大阪から日帰りで乗鞍岳登山を強行することにした。
始発のバスを目指して夜中の1時に大阪を出発する。同行者二人が交代で運転してくれる間私は後部座席で夢の中だった。およそ4時間半のドライブを経てほおのき平バスターミナルに到着。早朝のためかなり肌寒い。
駐車場にはすでに多くの車が停まっていたが、畳平行バスは臨時便が出ていてすぐに乗ることができた。乗鞍スカイラインを走るバスは40分で2700mの高度まで連れて行ってくれる。
この日は素晴らしい快晴で、車窓から笠ヶ岳、槍ヶ岳、穂高岳がくっきり見える。同行者二人はすっかり寝入っていた。
畳平に到着した。既に森林限界は越えている。いきなり登り始めると高山病のリスクが高いため、まずは畳平からすぐのお花畑周遊路をゆっくりと歩いて、高地順応をする。お花畑は既に夏の隆盛からは落ち着いて、代わりに秋の花々が彩っている。チングルマの赤い綿毛がふわふわと愛らしい。先日の表銀座縦走路で見た白い花がこんな風に変わるのは、知っていても不思議に思える。バイケイソウの葉はオレンジに紅葉して日光を透かしている。私の好きなトウヤクリンドウも、涼やかな姿を見せてくれた。

チングルマの綿毛
コバイケイソウ
トウヤクリンドウ


乗鞍岳は富士山、御嶽山に次いで日本で3番目に高い火山だ。広大なすそ野と多数の峰・火口を持ち、北アルプスの一員として数えられるがその端正かつ雄大な山容はほとんど独立峰のような貫録を持っている。
肩の小屋までは広々と歩きやすい砂利の遊歩道を歩く。かつてはマイカー規制もなく、多くの観光客が押し寄せたそうだ。現在も中央アルプス木曽駒ヶ岳と並んで気軽に行けるアルプスであることには変わりない。
長野側の斜面に出ると、まるで水彩画のような空と雲海に浮かぶ信州の山々が広がった。足元を見下ろすと、たくさんの自転車がエコーラインを登ってくるのが延々と下まで続いている。この日はヒルクライムイベントだったそうだ。今日みたいな天気ならばさぞかし爽快なことだろう。登山家とヒルクライマーは、しない人からすると似たようなものなのだろうが、私にはまねできないなあと思う。

 

八ヶ岳をのぞむ
ヒルクライマーたち


肩の小屋で休憩して、いよいよ目の前の剣ヶ峰の頂を目指す。道は火山らしい石のゴロゴロした歩きにくい登山道に変わる。
標高が高いためすぐに息が上がる。観光地化されているとはいえ3000m峰である。ゆっくり、休み休み登っていく。振り返ると摩利支天岳の観測所の向こうに少しずつ槍ヶ岳と穂高岳が顔を出し始める。常念岳から見た姿とはちょうど裏側になる。穂高はこちら側からのほうが、整って美しく見えた。

自転車から山頂が見えて登りたくなった、というヒルクライマーがあっという間に追い抜いて行った。その後も続々登ってくる。筋肉と体力の付け方が違う。半ばあきれて見送る。
山頂直下の巨大な火口にたたえられた権現池はエメラルドグリーンに輝き、空の色を映している。その向こうには白山の堂々とした姿。山頂はもうすぐそこだ。
登りつめた狭い山頂は360度の圧倒的な大展望だった。そうそうたる山々の名前を数えていたら時間を忘れそうだ。
未だ知らぬ南アルプスや八ヶ岳連峰の峰々が私を誘っている。北岳の肩からちょこんと富士山が頭を出していてなんだかかわいい。中央アルプスの宝剣岳の尖峰は小さくてもよく目立つ。御嶽山は少し雲を被っている。白山は颯爽と雲の上に浮かんでいる。
北に目を向ければ北アルプスの山々が目前に迫り、槍ヶ岳、穂高岳、手前に少し下がってドーム状の焼岳、奥に常念岳、立山、剱岳、さらに奥に白馬岳、黒部五郎岳と惜しげもない。あまりの広がりに目がくらみそうだ。
ああ、登山がしたい。やはり山に登らなければだめだ。

北アルプスの盟主、奥穂高岳
権現池の先に白山


私たちはすっかり満足して帰路についたが、大阪までの道のりは遠く、帰り着いた頃には日付が変わろうとしていた。ほとんど24時間の活動時間である。3人とも登山自体よりも前後の移動で消耗しきってしまった。
やはり飛騨まで大阪から日帰りするというのは不可能ではないが無理があった。

登山計画だけでなく、旅程そのものも無理のないスケジュールが大切だなあという学びであった。

やまがある日記〜山の夜〜  Mr.マルーン

  • 2017.08.05 Saturday
  • 01:06

夜更けに寝苦しくて目が覚めた。隣のグループの男のいびきがうるさい。ハイシーズンで混雑した部屋は人の体温で暑い。すぐには寝直せそうもなかった。
音を立てないように部屋を出て、廊下に置いたザックの上にかぶせておいた上着を羽織り、サンダルで外に出た。
靴下をはかずに出てきてしまったが風もなく意外に寒くなかった。玄関でヘッドライトを忘れたことに気付いたが、まあいいか、と出てきてみると、ひどく明るくて驚いた。地面が月明かりで青白く照らされている。私はそのままふらふらと歩き始めた。
夜の山は恐ろしい。常念岳の黒々とした怪物めいた巨体が、昼間見たあの優しげな山容とは全く違ったように見える。まるで覆い被さってくるようだ。少し足がすくむ。
常念岳の上に、白々とした月が浮かんでいる。少し雲があるのか、輪郭がぼやけていた。月が明るすぎて、星はあまり見えない。新月ならば三脚を持ってこなかったことを後悔していたかもしれない。槍ヶ岳も煌々と光る月に照らされて雪渓の模様までくっきりと見えている。立体感を失ってなんだか絵のようにのっぺりしていた。
ゴロゴロとした石につまずかないように稜線の縁までいくと、安曇野の街の明かりがぼんやりと見える。ヒトの世界が近いようにも遠いようにも、つながっているようにも隔絶されているようにも思える。
静まり返った山小屋の周囲には、私のようにうっかり起き出してしまった宿泊者、一言も交わさずにベンチで何か調理する二人組、朝を待つテント場の登山者、それぞれがひっそりと息を殺してうごめく気配で満ちている。この夜は、都会にはない夜だ。騒がしい街中にいるよりずっと、人の気配に敏感になっている。
思ったほど寒くなかったとはいえ2500mを超える高山の夜は真夏でも冷える。しばらく夜風に当たっているとぶるりと身震いがした。もう一度空を仰いで、部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると、相変わらず、いびきがうるさい。今時いくらでもいびき対策の手段があるのだから、こういうところでは対処してほしいと思う。それとも自分がいびきをかいていることを知らないのだろうか。
耳栓をしてもすっかり目がさえて眠れなかった。今回は運が悪かった。布団に潜り込んでスマホの時計を確認したら、まだ夜明けまで2時間もあった。
光が漏れないように布団の中でスマートフォンを開いてみても、バッテリーを節約しなければいけないからそう長くも触っていられない。
皆眠っていて、この世界で私一人だけが起きているような、奇妙な感覚に襲われる。
実際にはさっき見た通りたくさんの人が起きてうごめいているし、その気配もわかっている。
横になって無理やり目をつぶり、しばらく寝直す努力をして、そっと時計を見ても少しも時間が進んでいない。
じっと朝を待っている。
山の夜は長い。

 

南相馬へ(1) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:23

先月、福島県南相馬市に行ってきました。いま、福島のことについてよそ者が何かを言うことは難しい状況にあることは理解していますが、あえて書こうと思います。福島を語ることの難しさや面倒さは、そのまま福島への無関心につながっていっていると思うからです。

 

福島県は関西人からすれば精神的にもっとも遠い場所のひとつで、はっきり言ってわざわざ行きませんし、まわりに福島県出身の人もほとんどいません。ただしこれは福島に限った話ではなく、群馬や栃木も同じようなものです。だから今までも「福島の現状を知りたい」というよそ者的な興味から福島に行ってみたいと思ってはいたのですが、その精神的な距離の遠さなどから実際に行くことはありませんでした。そんな福島に今回ようやく行けたのは、南相馬市で働いている知人に会いに行くという理由ができたからでした。

 

伊丹から仙台へ飛行機で1時間、仙台から南相馬へ電車で1時間半。精神的には遠いけど、時間的にはそう遠くないことにまず驚きます。そして仙台空港で福島のパンフレットを手にとってはじめて、福島県が非常に広くかつ横長であることを知ります。これは単に私が地理に詳しくないせいなのか、関西人が大抵そうなのかはわかりません。福島のことが語られるとき、「福島」と大抵一括りに言ってしまってますが、福島市と郡山市といわき市と会津ではまったく違う場所にあって、これは兵庫と言って神戸と城崎を一緒くたにしてるみたいなもんだなと感じました。

 

知人の車に乗せてもらって、南相馬から南、福島第一原発20キロ圏内へ。そして帰還困難区域を通り抜けて富岡町へ。私もよくわかっていなかったのですが、帰還困難区域も車で通り抜けることができます(車から降りるのはダメらしい)。もう6年たっているので元は田んぼであったであろう土地には草が生い茂っていて、変な言い方ですが物寂しいというよりは緑が鮮やかで、もののけ姫の最後のシーンを思い出しました。それに対して家やお店はずっと放置されていて、やはり少し異様な雰囲気です。

 

高速道路沿いには線量計がポツポツあって、確かに帰還困難区域は高めの数値が出ているところもありました。高いところでは3μSv/h(マイクロシーベルト毎時)程度ありましたが、通り抜けるだけなので飛行機に乗るのと同じくらいの放射線量だと説明を受けてましたし、放射線については事前に少し本を読んでいたので、私は一切気にしていませんでした。むしろ実感として思ったのが、避難地域を抜けて人が暮らす地域に戻ると、避難地域以外の線量はやっぱりちゃんと低いなあということでした。南相馬や富岡町でも線量計があれば見ていましたが、0.10.2μSv/h(マイクロシーベルト毎時)がほとんどで、本に書いてあったとおり(あるいはtwitterで読んだとおり)、日本の他の地域の線量と大して変わりません。

南相馬へ(2) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:21

福島の原発事故を前にして、ほとんどすべてのアーティストは声を失いました。原発事故に直接音楽で向き合ったのは反原発ソングを明確に歌った斉藤和義くらいで(しかもそれに対しては政治的な音楽をやるなという批判も多かったのです)、ほとんどは原発事故には直接目を向けず、「復興支援」や「絆」を打ち出す応援ソングに向かったのです。それは彼らが歌いやすいものでもあったでしょうし、メディアが欲しているものでもあったでしょう。ですが、本当にそれは被災地を含む「わたしたち」の魂に触れるものだったのでしょうか。

 

原発事故という絶望を前にして声にならない声を振り絞ったのは、私の知る限り七尾旅人ひとりです。彼が歌った「圏内の歌」はまさに誰も踏み込もうとしないこの大問題の「圏内」に踏み込んだ歌で、聴く者の心をざわつかせますが、同時にこの歌ほど当事者に寄り添った歌は他にないでしょう。歌は歌詞として読まれてはならず、歌は歌として聴かれなければなりません。ここから先、一部歌詞を引用しますので、読み進める前に以下のリンク先で歌を聴いてください。

 

https://www.youtube.com/watch?v=sUj4bzvw3eE

 

この歌は2011年4月、南相馬でつくられました。2011年4月はまだ放射線に関する情報が錯綜していて、何が正しいのかを判断するのが難しい時期だったはずです。したがってこの歌は、情報がある程度整理された現在の状況を前提として聴かれるべき歌ではないかもしれません。それでも、「はなれられない、あいするまち」にとどまりたいけれど、「こどもたちだけでも、どこかとおくへ」やりたいという、相反する思いの分裂をそのまま吐露するこの歌の哀しいメロディにこそ、アートの存在理由があるような気がするのです。そしてこの歌を聴いて、そのときそこにいたそのひとの本当に気持ちに触れたように思えるのは、そうでなければこんな歌は書きようがないという凄みがこの歌にあるからでしょう。「こんな歌は聴きたくない」という人も大勢いるでしょうけど、見たくないもの・聴きたくないものを「目を見開いてちゃんと見ろ」というメッセージを送るのもアートが果たしてきたひとつの役割です。

南相馬へ(3) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:20

「圏内の歌」の例を出して誤解されるとまずいので説明しておきますが、福島県から県外に今も避難している人は福島県の人口の2%にすぎません。避難している方も、避難先での新しい生活(仕事や学校)があるから帰っていないだけというのが実情のようです。「圏内の歌」はあくまでも「圏内」で避難が強制された人の歌だとご理解ください。「圏外」の人はほぼまったく避難してないのです。

 

これも行ってみて実感しましたが、福島は東西に広いです。福島は東西で3ブロックに分けて、一番東を浜通り、中央を中通り、一番西を会津と呼ぶそうです。すでに述べましたが、原発に比較的近い浜通りの南相馬でもはっきり言って「ふつう」です。除染などの努力のおかげなのかもしれませんが、子供たちは公園でふつうに元気に遊んでますし、ふつうに暮らしてて特に何も感じません。中通りや会津など海岸から遠い地域なら尚更「ふつう」なのだと思います。

 

確かに帰還困難区域の放射線量は高いのですが、そのイメージを福島全体に引き延ばすのはおかしいということは、やはり行ってみないと実感としてよくわからないような気もします。福島はたぶん多くの人が思っている以上にほとんどの地域が「ふつう」です。

 

南相馬の地元の方に話をうかがったところ、やはり今でも3割程度の人は福島産の食べ物は絶対に買わないそうです。その3割には何を言っても意味がない(検査していると言っても買ってくれない)ので、私たちは残り7割の人相手に商売することしか考えてませんと。この3割という数字は正直、私が当初思っていたよりも高かったです。

南相馬へ(4) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:19

人は見たくないものは見ないし、信じたくないことは信じません。それが事実か否かにかかわらず、わたしたちには見たいものしか見えていません。見たくないものは見えてすらいないものなのです。これは心理学で確証バイアスと呼ばれているものです。

 

放射能汚染がないことが検査で証明された食品を絶対に買わない人は、「検査では大丈夫だと言っているけど、やっぱり汚染されている気がする。検査の基準値を高くしているかもしれないし、検査自体も信じられない」と考えていると思われます。彼らは放射能汚染がないことが「検査で証明された」ことを信じていないので、いくら説明しても無駄なのです。ではなぜ信じないのでしょうか。

 

上述したように、人は信じたくないものを信じないのです。つまり彼らは「福島産の食品は汚染されているはずだ」と信じたいのです。一体、なぜ?私が問題の根っこだと考えるのはここです。これは「何を信じるか」という、ほとんど宗教に近い問題なのです。

 

わたしたち日本人の中にビルトインされている穢れ(ケガレ)思想は、ケガレたものを無意識的に避けようとします(わたしたちは意識していませんが、これは日本人の宗教と言ってよいと思います)。福島から避難してきた子供が「放射能がうつる」といじめられたというニュースがすべてをあらわしていて、子供は理性も知性も低いから感情でそう言っています。逆に言えば、大人はそんなことは言いませんが、それはそんなことを言ってはいけないと理性でわかっているからそうしているだけで、大人も感情ではそう感じているのでしょう。

南相馬へ(5) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:18

極論を言いましょう。わたしたちヨソモノの多くは、「福島がケガれた」と無意識に思っています。そのような「無意識」に対して、福島県から遠く離れて暮らすわたしたちはほとんど無関心でいます。何事につけても無関心であることはしばしば非難されますが、関心をもつことが良い結果を生むとは限りません。世の中には関心を持たれずに忘れられてしまったほうがいいこともあります。

 

福島問題の第一人者となってしまった感のある社会学者の開沼博は「はじめての福島学」という本で、何も知らない人間が福島のことを語るのは「ありがた迷惑」だと言い切っています。「誤った情報発信をするくらいなら、何もしないでいてくれたほうが迷惑でない」と。おそらくこれが現場の声なのでしょう。「へんに興味をもたれるくらいなら、いっそ無関心でいてくれたほうがマシだ」と。

 

おかしな話かもしれませんが、私はこの本を読んで、わたしたちが福島の問題について無関心であることは決して良い結果を生まないのではないかと思うようになりました。無関心なわたしたちに対して、福島の現場が無関心を求めているのです。つまりそこで求められているのは断絶であり、情報はいよいよ隔離されます。無関心なわたしたちが福島を忘却すればまだいいですが、情報のアップデートが行われず、「福島がケガれた」という宗教的な信念だけが残る可能性があります。

 

迷ったのですが、あえて書きます。福島産の食品を絶対に食べない人は、福島の人を差別する可能性が高いと思います(あるいは、すでに差別しています)。なぜなら彼らは福島が汚染されたと宗教的に信じているからです。食品とは別の話だと彼らは否定するでしょうが、汚染の対象が食品だけなどと彼らの奥底の感情が思っているはずがない。私は、わたしたちにとっての福島の問題でもっとも大きいのはこの点だと思っています。広島・長崎で被爆者や被曝2世が差別された歴史を繰り返したらいかんのです。

 

人はみな偏見をもつから差別する、偏見を取り除くためには意識的な努力と自覚が求められる・・。

 

この文章は書くのをすごく迷いましたし、これでよかったのかどうかわかりません。たぶん、私のこの文章も中途半端に福島に関心を持った者の「ありがた迷惑」なんでしょう。でも私は私なりにわたしたちの無意識に抵抗して、「福島はふつうです」とだけ言っておきたかったのです。

 

最後に1冊だけ本を紹介しておきます。これ1冊で福島の放射線に関する見方は変わるはず。安いし薄いし読みやすいので、なんにも知らねえという方でもこれだけはオススメします。

 

・「知ろうとすること。」(早野龍五、糸井重里)新潮文庫 464

 

糸井重里のタイトルのつけ方は相変わらず抜群で、薄くて軽い本だということを語感で示しつつ、しかしそれだけではなく、「知ろうとすること」ができていないことこそが福島原発事故の最大の問題だと、わたしたちを突き刺しているのです。

やまがある日記〜大普賢岳(1780m)登り Mr.マルーン

  • 2017.06.24 Saturday
  • 00:01

2017年6月初旬 晴れ

 

大峰山系の北部にそびえる大普賢岳。瘤のような岩峰が連なる独特の山容は、周囲の山々からすぐ見つけることができる。以前から登ってみたいと思っていた。

山仲間がちょっと骨のある山に登りたいというので、梅雨入り前の晴天を利用して登りに行く。

 

夜明け前に大阪を出発し、7時に和佐又山ヒュッテの駐車場に到着。ヒュッテの受付で登山届を提出し、早速出発する。今日は岩場や鎖場もある中級者向けのロングコースだ。気を引き締めて臨む。

キャンプサイトを抜けて歩き始めると、ブナやカエデが新緑に輝く森が待っていた。黄緑の葉が陽の光をやわらかく透かして明るい。私が最も愛する山の姿だ。

所々でサラサドウダンの鈴のようなかわいらしい花が目を和ませてくれる。

 

 

ヒメシャラの大木があった。明るいオレンジがかったなめらかな幹が目印だ。幹に触れるとひんやりする。ヒメシャラは樹皮が薄く、表面のほど近いところを水が流れているので冷たく感じるのだ。もし山で見かけたら試してみてほしい。真夏は抱きついてほおずりしたくなってしまう。

少し歩くと、笙の窟、朝日窟など、露出した岩壁の窪みに祠が立てられている場所が続く。大峰の修験者たちは、こういう場所に仏がいると信じていた。岩からしみ出した清水が苔を濡らしていて神秘的に美しい。

どんどん進むと、日本岳のコルに出る。今回は時間に余裕がないのでコースから外れた小ピークには立ち寄らない。小休憩して先に進むことにする。エネルギー切れを防ぐため、心斎橋で買った切れ端カステラをむしゃむしゃ食べた。250円でおなか一杯カステラが食べられる夢のお店だ。おいしい。

燃料も補給してしばらく行くと梯子が現れた。大普賢岳の山頂付近は梯子の連続で知られる。コースの距離は11卍度とそれほど長くないのにコースタイムが長いのも、垂直に高度を稼ぐポイントが多いからだ。

この日はよく晴れて梯子の足場も乾いており、不安なく登っていける。梯子のわきにたくさんのイワカガミが咲いていた。二週間前に登った蓬莱山よりも標高が高いから、少し遅れて見ごろなのだろう。

 

小普賢岳のコルを通り過ぎると、大普賢岳の巨大な岩峰が目前に迫ってくる。鋭さはないが力強い姿だ。かっこいいなあ、と感嘆する。ほとんど垂直の岩壁を、梯子を登り継ぎどんどん高度をあげていくと、遂に山頂へ至る。

山頂からは昨年登った八経ヶ岳をはじめとする大峰の山々、大台ヶ原山、遠くに金剛山なども見える。なんと爽快なことか。晴れてよかった。大普賢はかなり前から登りたい山だったので、ついに山頂に立つことができて、私はとても満足していた。

 

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