すごいハンドレッド Mr.アールグレイ

  • 2018.09.21 Friday
  • 00:00

百回も同じ物語の海に潜って、紡ぎ続けるのはどんな気持ちなのでしょうか。

わたしには想像もつかないくらいの難行苦行に思われます。

物語を書くことは海に潜ることに似ているなと思うのですが、わたしの肺活量では全然深いところへ潜れません。

そこに行くと美しいかどうかはともかく、わたしがまだ知らないものがある、という手触りだけが残っていて、頭を突っ込むところまで行かないのです。

長編を書いてみて分かったことは、肺活量の少なさよりも、何度も同じ海に潜ることの辛さでしょうか。
毎回同じ深さに潜れるとは限らないので。

わたしの嘆きに対してヤマブキさんがくださったアドバイスです。

ヤマブキさんは百回もあんなに苦しい海に潜って、そこに光るクリスタルボールを見つめていらっしゃるんだと思うと、鉄の海が宝物、大きな宝箱のように思えます。

八月はどうしても海に潜る気になれず、山を登るような気持ちでいやだいやだと書き連ねました。(がりはさんは少納言の娘に対して頭が高いと思います。あ、これは言ってみたかっただけです。)

海は失敗すると溺れて死んでしまうけれど、山は失敗しても死ぬことはない、と思っていましたがマルーンさんの作品を読んでいると海と同じく山もとても危険で、エッセイを山に例えるのは違う気がしてきました。

目に見えているものを記述する感じなので陸上のアクティビティであり、海との対比で山というのは気に入っていたのですけれど、なかなかうまくいかないものです。

数学的哲学的なそぎ落とし、突き詰めが山登りのイメージに合いますでしょうか。

あちらの世界でもバランスを崩して日常に戻ってこれなくなる例は多いようですし。

 

優れた小説はその到達地点の深さもさることながら、読者をそこへ誘ってくれる潜水艦のような機能を持つと思います。

一気に読まなければならない小説、ちょこちょこ読んでも大丈夫な小説、どちらが優れているかは決められませんが、少なくとも鉄の海は一週間に一度、あの深さまで安定して安全にわたしを連れて行ってくれます。

わたし自身が物語を紡ぐ者として、また物語を読む者として、ヤマブキさんを尊敬しています。

いつもありがとうございます。

 

物語を書くときにあのスパルタのレオニダス王と親衛隊の映画「300」を思い起こすことが多いです。

圧倒的な敵にわずかな手勢で立ち向かうこの心細さ。

もしかするとヤマブキさんのような強者でも、同じような心細さを抱えているのではないかしらと。

鉄の海もそろそろクライマックスですが、毎週その勇気を思います。

これからもわたしたちを鉄の海へ誘ってください。

【テーマ】宇多田ヒカルいや Mr.アールグレイ

  • 2018.08.17 Friday
  • 18:00

宇多田ヒカルが抜群の天才に恵まれた人だということは知っています。

彼女の作る歌、歌う歌を聴くのは大好きです。

最近はFantomeと初恋を交互に聞いているくらい好きです。

彼女の成長やライフステージの変化に合わせて曲調がかなり変わってきて、一時は受け入れ難かったのですがFantome以降はすごくしっくりくるようになりました。

時折ものすごく身近に感じられるというか、なぜ私のことをそんなにわかるの?と思うような一節にぶつかります。

 

年も生まれも育ちも違うしそれこそライフステージも生活圏も違う人の歌の一節が私の心を深く捉えるのはどういう作用なのでしょうか。

これって私以外の方々の心にも起きていることなのでしょうか。

Fantomeが全米で初登場6位になったと聞きました。

全米が泣いた系の煽り文句にはうんざりしているのですが(何度も騙されたので映画を観に行かなくなってしまいました。最後に見たLALALANDは本当にひどかったです。全米が怒りだしてもおかしくないです。AmazonPrimeで観られるのでどうぞ。)、それでもアメリカで何万人かの琴線をかき鳴らしたのでしょう。

日本語がわからなくても心を捉えてしまったのでしょうか。

PREMIERで戦っておられる方々はもちろん宇多田ヒカルを聴くべき、彼女よりも誰かの琴線をかき鳴らす、彼女と同じくらいかき鳴らす、彼女とは別の方法でかき鳴らす、どれでもいいですけれどベンチマークとして視野に入れて頂きたいので聴いてほしいです。

 

さて、そんなに宇多田好きの私がなぜ宇多田ヒカルいやというのか。

私は今徒歩で通勤しています。

涼しいうちに腕をぶんぶん振って颯爽と歩いているわけですが、その時に調子が良いと鼻歌を歌います。

鼻歌というのは最近聞いている歌が登場しやすいのですが、そうなると宇多田ヒカルの歌を歌わざるを得ません。

ふんふんと歌っているととても気持ちが良いのです。

これなんだー?コリアンダー!パクパクパクチーパクパクパクチー。

控えめに言って最高です。

 

問題はカラオケです。

気の置けない友人とたまにカラオケに行くことがあります。

音楽も歌も好きです。

この間も誘われてカラオケに行ってきました。

私はカラオケでは好きな歌を堂々と歌いたいといつも思っています。

そしてそうしてきました。

宇多田ヒカルの歌はとても複雑な音の組み合わせでできていて、とても歌いにくいのです。

音やリズムが外れると機械が気を使ってか主旋律を出してくれます。

あれが腹立たしい。

鼻歌ではあんなに気持ちよく歌えていたものが、カラオケではまったくうまく歌えず、フラストレーションがたまる一方でした。

ガイドを出されても、宇多田ヒカルの自由奔放な音の流れを忠実に再現することなどきっとご本人にもできないことだと思うのです。

でも好きな歌を歌うということからは逃げたくなくて、私はどこにもいけなくなってしまったのです。

ちこくするのいや Mr.アールグレイ

  • 2018.08.13 Monday
  • 17:00

私は遅刻をするのが好きではありません。

待ち合わせをするなら三十分は前に着くようにします。

今のシーズンだと外に出て歩くだけで汗をかいてしまいます。

汗をかいた状態で人に会うのはなるべくなら避けたいです。

いつも涼やかな人でいたいという願望があります。

なるべく涼しい場所で待ち合わせ、なるべく涼しいルートを選んで向かいます。

できれば近くで冷たいものでも飲んで待ちます。

待っている時間は非常に生産性が高いです。(最近話題のワードですが、この使い方はあっていると思います。)

打ち合わせのプレビューをしてから打ち合わせに臨むと実りのある議論ができることが多いです。

それはプライベートの友人と会う時も同じで、その日どんな話をするのか、前回どんなことがあったのか少し思い出しておくなどしておくのが習慣になっています。

 

今私が働いているオフィスには遅刻という概念がありません。(アパレルを扱う会社のバックオフィスです。)

一応コアタイムが決まっていて、その前後の時間に出社すればよいことになっています。

必要なミーティングは全てコアタイムに設定されます。

私は朝早いので、大抵明るいうちに退社して、店舗を一つ二つのぞいてから帰るのが日課です。

もちろん現場(店舗)は遅刻に対して厳しいです。

テナントで入らせて頂いている店舗も多く、そのオーナーさんの意向も働くことが多いですし(開店時には店の前に立って一分間頭を下げ続けることが義務になっているお店など)、時給で働くスタッフも多いので仕方がない面があります。

私は自分が遅刻するのは嫌ですが、人に対して遅刻を指摘するのはもっと嫌です。

人間ですもの、遅れることだってあります。

それを気の緩みだ、一事が万事だ、などとカリカリ責め立てるのを聞いているとものすごくイライラするのです。

その時間にそこにいることが致命的な意味を持つ場合は、その時間を集合時間にすべきではありません。

致命的な意味がない場合は責めるべきではありません。

じゃあミーティングなどはどうするのか、と問われたことがあります。

ミーティングについては必要な人員でやるべきです。

必要な人員でやるわけですからその時間にそこにいることには致命的な意味があります。

十分前に集合にしておけばいいのではないでしょうか。

定刻になっても来なければ始め、途中入室はなしにしておけばよいと思います。

 

出社時間に関してみんなもっと緩くならないと、通勤地獄はなくならないでしょうし、働いている時間分は賃金がほしいと考えている人たちの不満も収まらないと思います。

私はもっと人に優しい世の中になってほしいと願っています。

 

 

オリンピックいや  Mr.アールグレイ

  • 2018.08.10 Friday
  • 00:00

オリンピックに関するニュースが出るたびにうんざりした気持ちになります。

二週間のイベントのためになぜこんな大騒ぎになるのか理解ができません。

もちろん会社のミーティングなんかでこんなことを表明したりはしません。

オリンピックもあることだし、それまでにがっぽり稼いでおこう、という方針には控えめながら力強くノーと申し上げましたが(アパレルってそういうやり口はそぐわないと思うんです。もっと日々のハレとケに寄り添ったものだと思うのです。)、あくまで会社の一員として経営の観点から申し上げたものであり、オリンピックにうんざりしたからではありません。

 

アールグレイよ、高校野球にもオリンピックにも反対して、スポーツが嫌いなだけなんじゃないの?とお思いの方もいらっしゃると思います。

私はスポーツに興味がありませんでしたが、マルーンさんのフィギュアスケートへの情熱に感化されてフィギュアスケートを観るようになりましたし(優劣をつけられるものなのかいまだに未消化ですが、演技を見るのは楽しいです。)、がりはさんに勧められてプロレスを観るようになりました。

毎月999円を払って新日本プロレスワールドというサイトで試合を観ています。

ワールドカップを機にサッカーも観ました。

面白かったです。

正直あんなに面白いと思うとは思いませんでした。

私にはまだまだ開発されていない未知の(きっと肥沃な)原野があります。

スポーツ自体を毛嫌いしているわけではないのです。

 

私がオリンピックが嫌だと思うのは、たった2週間のイベントのために通常運用しているものの多くを変更しようとする議論が出てくる部分についてです。

スタジアムを新しく作る。

会場は東京でこじんまりと言っていたのに、いまや東京外の会場はいくつありますか?

ボランティアをしろ。

暦を変えろ。

あげくにサマータイムです。

 

あるものでやればいいじゃないですか。

当初のコンパクトな五輪というコンセプトはなかなか素敵でした。

みんな大きなお祭りにしたがっていますが、そろそろやめましょうよ、と示す初めての試みになるのでは、と。

 

日本は途上国ではありません。

どちらかというとこれからゆっくり老後を考えていく、閉店を意識するようなフェーズの国です。

固定資産を増やしても維持管理のメンバーが減っていて、現在想定するよりずっとお金がかかるようになります。

それをなにをやっているのか、と思います。

さまざまな災害によって起こった被害に対する鎮魂と復興にかける想いをオリンピックで表現するのもいいですが、ストレートにそれは鎮魂と復興に向けてほしいと思うのです。

 

もしそれでも日本でオリンピックをするならば。

もし私をオリンピックの女帝に据えてくれるなら。

アリ・ホッグァーさんがおっしゃっていたように今の日本では全てがクラウド化しているのですから、オリンピックもクラウド化し、ヴァーチャル化してより多くの人が生々しい体験ができるようにしたら良いと思うのです。

屋内のコントロールされた環境で戦う選手を、VRで見る、他の技術で体感する。

もちろん、屋外でやるのが本来のオリンピックだという意見もわかります。

しかし、その本来性を曲げてでも「最先端テクノロジー」をスポーツ体験に全力で振り切ったらどうなるのかを提示することは、日本でやる意味が大きいと考えます。

私のこの考えは細部を詰めていく段階で様々な問題が出ると思いますが、方針としては検討に値すると思います。

オリンピックを国家プロジェクトから解放することができるかもしれませんし。

少なくとも酷暑の日本でオリンピックをしても熱中症で誰かがなくなることはないのではないでしょうか。

 

今書いていて、現在進んでいるオリンピックプロジェクトから統一された方針が伝わってこないのに、我々の生活に関わる部分の変更ばかり次々に伝わってくるのが不満なのだとわかってきました。

我々の生活に関わる面でがちゃがちゃと何かを検討する前に、見通しの良い方針を責任者が説明してほしいです。

それができないなら小手先で何かを検討するべきではありません。

こうこうやきゅう  Mr.アールグレイ

  • 2018.08.03 Friday
  • 01:18

こんばんは、アールグレイです。

スランプなのか実力かそれとも夏のせいなのか。

PREMIERという荒野に咲く一輪の情熱の薔薇として美しく咲きたかったのですが、七月はどうにもなりませんでした。

Indigoさんの見事な狂い咲きを見ていると手を出してはいけない気がした、と嘘を書くのは簡単ですが、本当の本当というのはそんなに簡単ではありません。

ヤマブキさんにコメントを頂いて、そういうものなのかと感心したのは良かったのですが、途端に呼吸ができなくなりました。

我流の息継ぎの仕方すら忘れたという感じです。

困ったものです。

 

夏の甲子園の組み合わせが決まったそうですね。

甲子園が嫌いです。

野球部の応援をするのが当たり前だった雰囲気、応援団やチアリーダーをやりたい人がいたわけでもないのに駆り出された嫌な思い出、クラリネットを吹いていた私は免れましたがブラスは何年前なのというような応援歌を練習させられてかわいそうでした。

万年一回戦負けでしたけれど。

 

もっと小さいころから嫌いでした。

NHKとテレビ朝日で同じ番組をやっていて、どこが大事かわからないのにとても大事なもののように。

 

日頃の研鑽の結果を競うために日本一を決める大会があってよいと思います。

全参加校で3781校だそうで、優勝校を決めるには3780戦すればよく、週末2日で消化していったとして、1会場で4試合消化できるなら、各県3会場でやれば5か月くらいで終わるのではないかと思います。

会場を増やせば週一でも大丈夫でしょう。

4月、5月、6月で県のベスト8くらい、9月で県代表決定、10月に全国大会でいいじゃないですか。

応援は鳴り物なし。

ブラスバンドがかわいそうですから。

連戦しなければ選手も健康でいられるでしょう。

エースがケガをおして続けて投げて力尽きて滅多打ちにされる、チームメイトは彼を責めない、という作りのドキュメントを何度か目にしたことがあります。

馬鹿じゃないかと私は思います。

改善すべき恥部ですよ。

ケガをしたら出られないようにメディカルチェックをする、ケガをしないような日程を組む、ケガをしないようなコンディションを用意する、やることはシンプルだと思います。

報道機関のプライドはどこにいったのか。

お前がもらい泣きして、こっちに涙を押し付けている場合か。

 

甲子園は続いているからやめられないものの典型だと思います。

大量に熱中症で病院送りにならないと、灼熱の甲子園≒ワクワク、ドキドキ、素敵☆みたいな洗脳は解けないのかもしれません。

そんなことになる前にそろそろやめてほしい。

私に富と権力を与えてくだされば、高校野球の女王にしてくだされば、たちどころに様々な弊害を解消できると思います。

選手はクーラーの効いたベンチで水分補給しながら休み休みプレーできるかもしれませんが(あれだけプレー中止まっている競技も珍しくないですか?サッカーを見た後なのでそう思うのかもしれません。)、観客席はそうもいきません。

ドームではだめですか?甲子園でやることに意味があるんです。ええ?

プレイヤーファーストで考えると、球児はみんな真夏の甲子園でプレーしたいんです。ですって。ええっ?

アマチュアスポーツ、学校の部活動の一環のはずなのに、興行側の論理が前面に出てきます。

 

真夏の甲子園で全国大会をやる、というのは長く続いているからそうしているだけでしょう。

ただ、「だからやめてしまえ!」というのは女帝の私もさすがに乱暴だと思います。

だからの意味がわからないし。

一つルールを作るのはいかがですか。

たとえばピッチャーズマウンドの上の温度が30度を超えたら試合を中止にするというルールはどうでしょう。

高校野球に限らず、すべてのアマチュア競技は主なプレーエリアが30度を超えたら中止にする。

(プロは別です。あれは興行ですから。)

もし、ここまで言ってもわかってもらえないようであれば、プロ野球機構が甲子園を主催し、ここに参加した者はプロ入り前提であり、興行に耐えうるような者を選抜するのだ、というのはいかがでしょうか。

そういう意味で「選抜」だと。

夏は選抜って言わないんでしたっけ?

参加費をとってやればよいと思います。

参加費で甲子園に屋根とクーラーをつけてあげればいいのではないでしょうか。

3781校(参加校)×18人(ベンチ入り人数)×100,000円(参加費)くらいでどうでしょう。

参加費は競走馬がダービーに出走するための登録料が40万円、将棋の奨励会の試験3万円などを参考にしました。

68億で屋根くらいつきませんか。

つかないならベンチ入りの人数を増やすのはいかがでしょうか。

みんな甲子園にいきたいのですから。

 

と、すっかり長くなってしまいましたね。

次回は小説が書けるといいなあと思っています。

振り返りはどうしようかな。

たなばたまつり  Mr.アールグレイ

  • 2018.07.07 Saturday
  • 23:42

私の通っていた高校は急な坂を上った山の上にありました。
曲がりくねった坂道は桜並木でした。
こんもりと茂った夏の桜は雨の日でも傘がいらないほどの茂りようで、暑い日差しからも土砂降りの雨からも守ってくれました。
その桜の向こうは斜面になっており、竹がさやさやと生えていました。
春が訪れると適切なタイミングで学校の用具入れから鎌を持ち出し、タケノコを取っては茶道部の部室で湯がいて食べました。
取り立てのタケノコをべりべりと皮をむき、手取り釜に灰とともに入れてあく抜きをし、水にさらして一度お皿にとってから今度はタケノコご飯を手取釜で炊くという茶の湯本来の楽しみを味わっていたのですが、顧問に見つかり大変に叱られました。
この人は器に使われている人だ、と思いました。
何を使ってそんなことをしているの!とおっしゃっておられたので、タケノコごはんおいしいですよとほほ笑んでみたのですが聞く耳を持っていただけず。
後で洗って返します!と手取釜を借りて屋上に逃げました。
屋上のフェンスの破れ目をくぐると給水塔の梯子があり、梯子を上ると下からはまったく見えなくなります。
お椀と箸は置いてきてしまったので、胡坐をかいて釜を抱え、しゃもじで食べたタケノコご飯はおいしかったです。
こんなはずじゃなかったのですけれど、心を尽くして全てを楽しむという茶の湯の大筋からは外れていないのではないかと思いました。

かように風流な私はもちろん季節の移り変わりにも敏感ですし、季節季節の催しも積極的に行っていました。
中でも周りに喜ばれたのは七夕です。
六月も終わりになるとタケノコを取りに行った竹林にラグビー部とサッカー部の男子を数名連れていき、竹を切ってもらいました。
その竹二本を校門の両脇に荒縄でくくりつけて立てました。
あとはひもを用意しておけばみんなルーズリーフなどをちぎってなんとなく書いてくれました。
二年生の時が初めてだったのですが、愚かさに気が付きました。
大きな竹を切ってきても高いところには手が届かないため、あまり意味がないどころか、下にだけ短冊がぶら下がっているため遠めに見て貧相だという致命的な欠陥でした。
仕方がないので天文部の倉庫にあったクリスマスツリーの飾りを一箱持ってきて飾りました。
また、竹と笹は違う!と生物の先生ににやにやされました。
うるさい!とぴしゃりと言ったところ、とても意外だったようで引っ込んでしまいました。
七夕までにたくさんの短冊が風にそよそよとなびきました。

7月8日、竹の足元に小さな板を置き、そこにルーズリーフで告知をしました。
「7月10日の夜、願いを星に還します。」
天気予報は晴れ、ラグビー部とサッカー部はノリノリで協力してくれるというし(彼らは「全国大会出場」という控えめな野望と彼女がほしいという大それた欲望を短冊にしたためていました。)、キャンプファイヤーの用意も文化祭実行委員から協力を得て、準備万端で当日を迎えました。
夜になりました。
あまりうるさい学校ではありませんでしたが、それでもさすがに色々言われました。
でもほとんど覚えていないので小言程度だったのでしょう。、
グラウンドの真ん中にキャンプファイヤーを設置し、みんなでそれを囲みました。
頃合いをみて手拍子をするとみんなも合わせて大きな手拍子になりました。
そこに校門から二本の大きな竹がしなりながら運ばれてきました。
少し離れたところから根元を先にしてズボっズボっとキャンプファイヤーに投げ込まれました。
しばらくして私は気づきました。
生の竹はそうそう燃えないことに。
思案したのですが事態をどう収拾して良いかわからず、みんなざわざわしているところに私が出て行っても収まらないなあと思ってなんだこんな面倒なことをしてしまったのかと後悔し始めたところ、サッカー部とラグビー部の後のキャプテンが二人前に出てきて、大きな声で言いました。
「みなさん、僕たちが『神様』と言ったら、『よろしくお願いします!』て大きな声でお願いしますね。」
そして胸の前で手を合わせ、目をつぶりました。
わたしもそれに倣いました。
「ぼくたちー!」
「わたしたちのー!」
「ねがいごとがー、かないますように!!」
「ちなみにぼくはー、全国大会出場!」
「ちなみにぼくもー、全国大会出場!」
全国大会優勝って言えばいいのに、と笑いそうになりました。
「それではいきます。」
「神様!!」
一拍置いて
「よろしくおねがいします!!」

みんな結構手伝ってくれて、30分くらいで片付きました。
私は二人にお礼を言いたかったのですが、間を計っているうちに先に帰られてしまい、何となく高揚した人たちに声を掛けられるなどしながら家路につきました。
みんなの願いが叶うといいな、と願いながら。

【テーマ】寝ている虫  Mr.アールグレイ

  • 2018.06.30 Saturday
  • 18:09

虫が怖いというか気持ち悪いという話になりました。
会社で何人かと雑談をしている時に、25歳の女の子が
「私って虫が平気なんですよ。家でカブトムシ飼ってますし。変ですかね。」
と唐突に言い出したのがきっかけでした。
「変かどうかが気になっているんだね。」
と相槌を打つと
「いえ、人は人、自分は自分なんで。」
と不興そうな顔をされてちょっとびっくりしました。
何事もそつがない彼女のメンターをしている三十歳前後のイケメンが
「へえ、虫平気なんだ。すごいね。俺あんまり好きじゃないんだよ。」
と入ってきて、へえこれが正解なのねと感心しました。
「え?虫のどこが気持ちわるいんですか?」
と聞くので、おいおいさっき自分は変なのか気にしてなかったか、と内心で突っ込んでいると
「気持ち悪いなんて言ってないよ、あんまり好きじゃないだけだよ。」
はあ、そっちに突っ込むのが正解なのね、と周囲の笑いを確認して勉強しました。
「じゃあなんであんまり好きじゃないんですか?」
と拗ねたように聞く彼女は必要以上に本人を幼くプロデュースしているなあとげんなりしたのですが、他の男性はにやにやしているのでこれはこれで正解なのね、と勉強しました。
「なんか気持ち悪いからだよ。」
「ほら!気持ちわるいんじゃないですか!!」
みんな笑顔で、良かった良かったと思っていたら
「アールグレイさんはどうなんですか?虫は平気なんですか?」
と急にパスが飛んできました。
「生きてるやつ?」
と返したら、シーンとしました。
「い、生きてるやつで。」
「生きてるのはそんなに、かな。」
そうそう、桜の木に登っているといろんな虫がいますしね。
「でも死んでたらそれってものじゃないですか?」
今年入社してきたキザな眼鏡ののっぽが言いました。
眼鏡を触りながら。
「そうね。そう考えることもできるよね。でも私が怖いのは死んでる虫でもないの。」
「生きてもない、死んでもない、なんですか。シュレディンガーの虫ですか?」
「シュレディンガーの虫は観測した時にはどっちかに収束するじゃない。」
もう他の人あんまり興味なくなっちゃってるじゃない。
「じゃあなんなんですか?虫じゃないんですか?」
「そうそう、今度はお茶がいっぱい怖い。」
シーン。
どうして正解が世間とこんなに違うのか。

全員ボーナスカットね!!とか言えたら笑いになるのかなあ。
「私はね、寝ている虫が怖い。死んでると思って供養して差し上げようと思ったらばばばばって動くことがあって。」
「わかりますよー!!わかるわかる。セミとかすごいですよね!」
ようやく場となじんだ感じがして、大変ほっとしました。
でも、あの彼女はカブトムシの話をしたかったのではないかとちょっと心配しています。

P国女王のスピーチ  Mr.アールグレイ

  • 2018.06.22 Friday
  • 00:00

アールグレイです。
こんばんは。
この度は最優秀作品賞という素敵な賞を頂き、ありがとうございます。
連覇する予定でしたので一ヵ月間が空いたのは残念ですが、女王に返り咲くことができて素直に嬉しいです。
半数の方の票をいただき、二着に五票差というのは本当に信じられません。
ありがとうございます。
これから半年くらい防衛したいのです。
テーマの睡眠で一発逆転を狙いたいと思います。(まだ準備できていませんけど。)

私といたしましては「こいのぼり」の方が面白く書けましたので、おかあさんに票が集まったのは意外でした。
イエローさんのHSPの話、がりはさんの相談室、Indigoさんのうんちく、ヤマブキさんのショートショートと評価すべきものが多くあったのに、です。
「おかあさん」はテーマが重いので、確かに今月他の作品で重いテーマを扱っているのは「鉄の海」だけですし、投票していただきやすかったのかなと思います。
感動は感情の一形式だと確かホワイトさんが書いてらしたと思うのですが、重いテーマは感情を揺さぶりやすいのだと思います。

母の日をテーマに書きたいなと思っていて、書き出しをいくつかぐるぐると書いていたのですが、今一つ決まりませんでした。
海を見に行くことを決めて、それを冒頭に持ってきて書き始めました。
あとはだだだだだだと書けたのですが、途中で海に行ってはいけない気がしてきて、冒頭を削りました。
ずるんと小説の世界の中に入って、息がもつ限り書いていく感覚でした。
気持ちが入って書いていると、涙がキーボードに垂れてきました。

説明的な部分をぎりぎりまで削りました。
私の今の肺活量ではあれが限界でした。
葉山さんやヤマブキさんはどんな肺をしているのか想像もつきません。


どの票もありがたいですがPREMIERの小説家達からの評価が特に嬉しかったです。
マルーンさんとハッタリストさんの票が頂ければ言うことなかったのですが、私にとっては伸びしろでしかありません。
次はもっと良いものを書こうと思います。
ちなみに父も母も千葉の片田舎で楽しく暮らしておりますし、私に弟はいません。
そんな説明は蛇足かもしれませんが、Indigoさんのために。
(さらに加えるなら、小説はこれだけではありません。)

なんか、どうでもいい話になっちゃいましたね。
サッカーが面白いという話を聞き、時間が許す限りワールドカップの試合を観ることにしています。
メキシコとドイツ、アイスランドとアルゼンチンの試合が面白かったです。
細かい話はわかりません。
解説を聞いていても混乱するばかりなのでミュートして観ています。
それでも上記の二試合は素人の私にもお互いの主張がわかるような、何がしたいのかわかるような気がしました。
ドイツの人たちが後半の途中くらいから「こんなはずじゃなかったのに!」とイライラしているのが伝わりました。

私も部分を読んでもよくわからないのだけれど、全体を読むと何か伝わるものがあるような小説を書いていきたいです。

 

最後に。
PREMIERの読者の皆さんの中には、もちろん作家の皆さんの中にも、今回の震災でダメージを受けている方がいらっしゃると思います。(私も友人が高槻に住んでいて、心を痛めています。)
とにかく身の回りを片付けていく、少しずつアジャストする、しんどい時にしんどいなあとちゃんとため息をつく、ということを私は東日本大震災から学びました。
元に戻ることを目指すと大変だと思います。
早く心安らかな生活が送れることをお祈りしております。

じめじめあめ  Mr.アールグレイ

  • 2018.06.08 Friday
  • 08:27

六月です。
お気に入りの傘、お気に入りのレインブーツ、お気に入りのレインウェアはもうご準備されましたか?
うっとうしい雨のシーズンでもオキニを身につけて気分を上げていきましょう。
と薄っぺらい言葉でスタートしましたが、身を守る装備としてお気に入りの物というのはかなり有効だと思います。
男性だとレインブーツはちょっと、という方も多いでしょうがハイカットのショートブーツを一つ持っているだけで雨の日が怖くなくなったとおっしゃる方もいらっしゃいますよ。
履くのは大変だそうですけれど。
女性向けはかなり色々出ていて目移りします。
バックリボンが付いてるのはやりすぎ?でも黒なら許される?カーキの武骨なのがむしろ潔いか。潔さでいけばパッションレッドの膝まであるようなやつをいっちゃうか。
結局こげ茶でシルバーのラインが膝下に入る無難なもの。

仕入れの担当として傘を扱っていた頃、傘を作る職人さんのところに伺ってお茶をごちそうになった時に
「僕は雨が嫌いなんですよ。でもね、僕が作った傘を広げて誰かがこの空の下を歩いていると思うとなんだか許せる。」
と話されていたのがとても印象的でした。
許せる、というのはいいですね。
私はそんなに雨が嫌いではありません。
傘は好きでないので(私のサイズにちょうど合う傘がなかなかありません。畳んで持っている時にかっこ悪く思えるのです。)、よほどの雨でなければ傘は差しません。
ちょっとしたものを雨除けにしてしのいでしまいます。
新聞とか。
目的を果たしたあと捨てられますしね。
それでもそんな装備では太刀打ちできない雨用にお気に入りの傘を持っています。
私の力不足で仕入れることができなかったその職人さんの傘。
軽くて強くて大きくて、持ち手が私の手にすっとなじむ形になっています。
隅々まで行き届いた茶席に招かれたような背筋の伸びる思いと、何をしていても大丈夫という安心感が私を包みます。
物を持っているだけで感じられる承認感というか。
なぜそんな素晴らしいものを普段から使わないのか。
私は忘れ物をしない性質なのですが、初めてその方から買った傘を買ったその日に電車に忘れてしまったのです。
電車を降りて、ドアがしまった瞬間に気づきました。
電車が動き出す前にぷしゅー、と言いました。
私はドアに突進して開けて!と叫びました。
電車は走り出しました。
窓から傘が見えました。
特別な傘に見えました。
探せど探せど出てきませんでした。
職人さんに謝りに行きました。
仕入れたいという気持ちもあったのですが、それとは別に謝らなければならないと思ったのです。
職人さんは何でもない、むしろありがたいとおっしゃり、持って行った人は僕の傘を気に入ってくれたのだからと許してくれました。
そして今できたとこ、と言って干してあった傘を授けてくれたのです。
お代はどうしても受け取っていただけず、社内報にお店の記事を出すことでささやかながらお返しをしました。
(社内報を書いている同期においしい食事をおごりました。)
さすがにもうなくすわけにもいきませんので、雨がしっかり降ってて、一日それが続くような日でないと持って行かないことにしています。
もう電車に乗る機会も多くないので、万が一忘れても取り返しがつきそうではあるのですが、忘れた時に感じた絶望の手触りは忘れられません。

【テーマ】かんげきしゃ  Mr.アールグレイ

  • 2018.05.31 Thursday
  • 23:58

時々ふと自分が空っぽであるような気持ちがします。

私はただのカメラで、目に入る風景や人間模様をただ眺めているだけ。

みんなが主人公として生きている世界で、私は傍観者として生きている。

 

そんな時、虚しいなあと若い頃は思っていました。

私も充実したドラマの主人公でありたいと。

でも今は違います。

贅沢だなあと思うようになりました。

私が主人公であったなら、他の人のドラマを眺めてのほほんとしてなんていられません。

周りにはドラマが溢れていますし、その一つ一つが愛おしいし滑稽だしとても悲しいし胸が潰れそうになったり頭に来たりもします。

そんなよくできたお芝居を見ているような気持ちがして、気持ちが動く体験というのは経験を重ねることで少なくなっていくので、とても贅沢だなあと。

 

私が大学二年生の冬、一浪して大学に入った友人が学校をやめると言い出しました。

理由を聞いてもわけのわからないことを言うばかりで、ほとほと困ってしまいました。

ずっとフリーターとして生きていく、生きるという意味から逃げたくない、今もって理解できませんが、彼は大切な友達です。

結婚して子供生まれたらどうするの?

結婚しないし、子供も産まない。

そりゃね、産むのはあんたのパートナーでしょうけど。

 

ある程度何かあっても備えてなきゃだめでしょ?

いいんだよ。

怪我したらどうするの?

怪我したら死ぬよ。怪我しなくても四十になったら死ぬよ。

ミックジャガーが言うからそれはカッコいいの。大体ミックジャガーもまだやってるじゃん。

 

という会話をして、仲の良かったはずの友人とどうしてこんなに日本語が通じないのか、頭に来るやらもどかしいやら悲しいやらで心をぐちゃぐちゃにされました。

その彼も今年でいよいよ四十歳ですが、二児の父として楽しく生きています。

子育ての喜び、難しさを嬉々として語る彼の姿を二十歳の時の彼がどう見るのかとても興味があります。

 

これからも特等席で一人でも多くの方の人生の観劇を続けていきたいと思います。

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