やまがある日記〜奥穂高岳(3190m) 1日目 Mr.マルーン

  • 2019.09.28 Saturday
  • 11:36

夜の京都駅のバスターミナルで、私は焦っていた。あろうことかトレッキングポールを忘れたのである。背中には2泊3日分のテント泊装備が詰まったザックがずっしりとのしかかっている。
初のソロテン泊登山、棒なしで登り切れるのか。行ってみるしかないか、まあ選択肢は色々ある、ととりあえずバスに乗り込んだ。

 

連休最終日、朝5時過ぎに到着した上高地バスターミナルはきんと冷えた空気が澄んでいて気持ちがいい。あまり眠れなかったので、少し眠い。あわよくばトレッキングポールが売っていないかと、早朝着の登山者を狙って開いたばかりの売店を覗くもない。やむなし。バスターミナルの水場で水を汲み、ランチパックをもそもそほおばって出発した。

 

山キャンプを始めたら、誰しも一度は行ってみたい場所がある。北アルプス、穂高連峰は涸沢カールのテント場だ。登山をやらなくても、錦の紅葉と無数のカラフルなテントが広がる映像をテレビで見たことがある人も多いだろう。この日はそこを目指す。
薄暗い河童橋から見上げる穂高は山頂付近に雲がかかっていた。上高地から正面に見えるカールは涸沢カールではなく岳沢カールだ。涸沢へ行くには梓川沿いにぐるりと反対側に山を回り込むことになる。
まずは横尾山荘までほぼフラットな道を13kmほど進む。歩いていくと梓川の右岸に明神岳や前穂高が見えてくる。
上高地自体は観光で訪れたことがあるため、この辺りは歩いたことがあるが、やはり荷物が重いとフラットな道でも結構つらい。棒もないし、これほんとに歩ききれるのか、と不安になっていると、突然べしゃりと前向きに転んだ。
近くを歩いていた男性が驚いて、大丈夫ですか…?と困惑気味に話しかけてきた。そりゃあこんな何もないところでいきなり転んだらびっくりする。自分でも何が起こったのかわからない。痛い前にめちゃくちゃ恥ずかしい。慌てて立ち上がって大丈夫です!と答えた。まだようやく明神を過ぎて徳沢園にもたどり着いていない、序盤も序盤である。いたたまれない気持ちでそそくさと立ち去った。

 

逆さ前穂高


上高地から2時間ほどで着く徳沢園は半分ホテルのようなロッジが建っていて、テント場もある。少し休憩する。森の中で雰囲気がいい。いいキャンプ場だなあ。もう今日ここでいいんじゃないかな、と一瞬思っていやいやと首を振った。涸沢まで登るのだ。
徳澤からさらに1時間歩くと横尾山荘につく。ここからやっと本格的な登りとなる。座って休んでいると、なんだか右の膝がぬるりとすることに気が付いて、ズボンをめくると転倒した際に強めに擦りむいたらしく出血していた。あーあ、と思う。痛みはなかったので軽く洗って絆創膏を貼った。左膝は打撲だけだがむしろこっちのほうが痛い。ついでに試しに買ってみたプロテインバーがあんまりおいしくない。残念な気分だった。

横尾からの登りはきつかった。よく整備された登山道で、大した急登もないのにきつい。トレッキングポールがないのがやはり痛い。
連休最終日のため、どんどん登山者が下山してくる。対して自分は追い抜くことも追い越されることもほとんどない。やはり今日山に入る人はずいぶん少ないようだ。場所取りも問題ないだろうと判断して、急ぐのはやめた。
屏風岩の巨大な岩塊を左手に見ながら進んでいくと、つり橋があって沢の周りで多くの人が休んでいる。横尾からだとようやく中間地点と言ったところだ。沢の水で手ぬぐいを濡らして首の後ろを拭くと冷たくて気持ちよかった。
パーティの人数や状況によってケースバイケースだが、登山でのすれ違いは基本的に登り優先である。登っていると息切れするのですれ違いのタイミングでちょっと休もうかな、と立ち止まると「どうぞ〜」などと言われてしまったりする。内心休みたいのだが、「ありがとうございます」と言って通る。

 

屏風岩


高度を上げていくと徐々に樹林帯を抜けて、ダケカンバやナナカマドと言った低木が目立ち始める。徐々に目的地の涸沢カールの姿が見えてきた。
日差しが強く汗がにじむなか、最後の急登を登っていると、涸沢ヒュッテの吹き流しが見えた。ゴールはもうすぐそこだ。
やっとたどり着いた涸沢カール、紅葉のピークはまだ1か月ほど先だが、少しずつ色づき始めている。青空と白い雲をまとった穂高の稜線が美しかった。穂高槍の鋭い尖峰がかっこいい。東側を見ると常念山脈が見えている。

 

やっと着いた


ともあれ住処を確保しないといけない。早速テントを設営する。テントの数は少なく、場所は選びたい放題だ。なくなりがちだと言われていた貸出のコンパネ(テントの下に敷かないと岩がごつごつして痛い)も十分残っている。やはり連休最終日だからか。賑やかなテント場を見られないのは残念だが、こちらのほうが快適だ。
テントを設営し終わったので、ヒュッテのパノラマテラスで生ビールにヒュッテ名物のおでんと持ってきたおにぎりを食べる。最高の贅沢だ。めちゃくちゃしんどかったがついてしまえば喜びしかない。

夕方にはガスが出ていたので、グリーンカレー味のサバ缶と裂けるチーズ、アルファ米の簡単な夕食を済ませてさっさと就寝した。明日も晴れてくれるといいのだが。

 

涸沢ヒュッテのパノラマテラス

 

やまがある日記〜奥穂高岳(3190m) 2日目 Mr.マルーン

  • 2019.09.28 Saturday
  • 11:34

夜明け前にテントから這い出ると快晴だった。夜空には星が浮かび、穂高の稜線に月が沈もうとしている。冷え込みもきつくない。常念山脈の向こう側が少しずつ白んでいく。すでにかなり明るく、ヘッドライトは必要ない。シェラカップに湯を沸かして朝食用のスープを用意する。徐々に周りのテントからも人が出てきて、それぞれ景色を眺めている。

 

穂高連峰の稜線に沈む月


月が沈み切って、日の出の予定時間から少し過ぎるとそれは始まった。穂高の稜線の先端から徐々に赤く染まっていく。有名な涸沢のモルゲンロートだ。最高のコンディションだった。赤い山肌と影の部分のコントラストが素晴らしい。なんと劇的なのだろう。

なぜしんどい思いをしてわざわざ山に登るのか、その答えを思い出させてくれるような朝だった。

 

モルゲンロート
赤く染まる穂高槍

 

朝焼けを楽しんだら6時前にテントを出発する。涸沢小屋でヘルメットを借りて、奥穂高の山頂を目指す。振り返ると蝶ヶ岳の方から昇ってきた朝日がまぶしい。
北アルプス屈指の人気山岳とは思えないほど静かで、1人淡々と歩いていく。荷物が軽いのですいすい歩ける。ガレ場の登山道にはそこかしこに目印の矢印やマル印がついていて、わかりやすい。歩くほど、涸沢カールと穂高の稜線が目前に迫ってくる。
1時間ほどでザイテングラートの取りつきにたどり着いた。トラバースを過ぎるとこの先は岩場の連続で気が抜けない。落石にも注意が必要だ。ヘルメットの首紐を確認する。ちなみにザイテングラートとは「支尾根、支稜線」といった意味のドイツ語で、確かにカールの真ん中にぽこんと少し飛び出している。
岩場の難易度でいえばザレ場が混じっていた甲斐駒ヶ岳のほうが難しく思われた。

 

見上げる
奥に常念岳


1時間ほどでザイテングラートを登りきると、穂高岳山荘につく。ようやく穂高山脈の稜線に乗ったことになる。一昨年登った常念岳が見えている。安曇野方面は雲海だ。西側には笠ヶ岳の巨体が見えていた。こちら側に見えている斜面はうっすら縞模様のようになっていて、褶曲山脈であることがよくわかる。北アルプスの一部の山ではアンモナイトの化石が見つかったこともあるらしい。地球のダイナミックさを感じる。

穂高岳山荘を過ぎると今回の旅の核心部、奥穂高への最後の登りだ。最初のとりつきで鎖場と梯子を越える。崩れやすい岩の斜面を一気に高度を上げると、どんどん視界が広がってくる。
涸沢岳の向こうに槍ヶ岳の尖峰が見えてくる。大キレットを通って槍までの登山道が見渡せる。行ける気は今のところしないが、武者震いというか、どこかぞくぞくする光景だった。

 

槍ヶ岳へ
いつか登ろう


最初に高度を上げ切るとあとはそこそこフラットな稜線で、景色を楽しみながら歩く。右手にジャンダルムの岩峰が見えてくると、山頂はもうすぐそこだ。最後の岩場を登りきると、日本第3位の高峰、奥穂高岳に登頂だ。
たどり着いた山頂は狭いが、平日で人が少なくゆっくりと景色を楽しめた。私の上には蒼穹しかなく、見渡せば山と雲海しかない。ジャンダルムから西穂に通じる稜線を歩いていく人がいる。前穂に向かってのぎざぎざとした稜線もいかめしい。どこもかしこも上級者コースで、私の実力ではちょっとまだ足が出ない。
雲海に乗鞍岳が浮かんでいる。西の遠くに白山の姿も見えた。あまりのスケール感に笑うしかなかった。

団体が登ってきたので山頂を後にする。穂高岳山荘まで降りてくるころにはガスが上がってきていた。いいタイミングで登れたようだ。

 

左手にジャンダルム 右奥に笠ヶ岳
山頂より ジャンダルムの奥に西穂高 さらに奥に乗鞍岳
湧き上がる雲


山荘でラーメンを食べて、涸沢まで来た道を戻る。降りていくとガスが切れてカールとテント場が見下ろせた。長旅に思えるがあと1日と思うと惜しい。
昼過ぎに涸沢について、小屋にヘルメットを返すともうやることがない。明日の天気が下り坂ということで、先に横尾まで降りてしまう案も考えたが、テント場の料金を2泊分すでに払ってしまっているのと涸沢にもう少しいたいという気持ちが勝って、もう1泊することにした。

 

降りてきた

やまがある日記〜奥穂高岳(3190m) 3日目 Mr.マルーン

  • 2019.09.28 Saturday
  • 11:30

未明から風雨が強まって目が覚めた。雨は時折止む時間もあるが、風が強い。

バサバサとフライシートが揺れる。テントが吹き飛ばされるほどではないが、ひとりでいるのは心細かった。シュラフにもぐりこんで目を閉じるも、テントが風に揺れる音で眠れない。やはり横尾まで降りておいたほうがよかったんじゃないか、と後悔するも、どうしようもない。弱い電波をなんとか捕まえながらスマートフォンで天気予報と雨雲レーダーを確認する。広い範囲での雨ではないらしい。朝には風雨が弱まってくれるのを祈りながら、不安な夜を過ごした。

 

朝になっても雨はやんでいなかった。テントの中で簡単な朝食を済ませる。6時をめどに下山するため、テントの中で撤収の手順をシミュレーションする。いつもなら外でパッキングをするところだが、テント以外の荷物をすべてザックに収める。濡れたら困る物品についてはビニール袋やジップパックに入れてカバーする。
5時半ごろにテントから顔を出すとありがたいことに雨がやんで晴れ間が見えていた。常念山脈にかかる雲が朝日に照らされている。この隙にとばかり、自分とは思えないぐらいの手際のよさでテントを撤収した。コンパネを返してしまうともう何も残っていない。あとは下山するのみだ。

 

一瞬の晴れ間
撤収

 

涸沢ヒュッテでトイレを借りて出るとまた雨が降り始めていたが、下山するだけなら問題ない。ザックにレインカバーをかけて出発する。

トレッキングポールがないため、いつも以上に慎重に下らなければならなかった。負荷の少ないように足を置く場所を選んでいく。丁寧に整備された登山道がありがたい。2日間の疲労もたまっていて、屏風岩までの1時間半で既に膝や腿がぷるぷるするが、歩くしかない。雨なのでカメラも仕舞っており、ただ黙々と下る。
2時間半かけて横尾までたどり着いた。やれやれ一安心、と思うもここから先が長かった。
アップダウンはないとはいえ、残り13kmが本当につらい。足が一歩毎に痛くて棒みたいだ。元気があれば明神池に立ち寄ったり草花の写真を撮ったりするはずだが、そんな余裕はなかった。ひたすら両足を交互に前に進める。


昼前にやっとたどり着いた河童橋から見上げると青空が見えていて、よく歩ききったなあとしみじみ思った。帰ってこれてよかった。帰りのバスの時間まで、名物の山賊焼き定食を食べたりロッジの日帰り入浴を利用したりしてゆっくり過ごした。

今回の旅は色々ミスもあり、ソロの状態で若干自分の実力以上のことをしようとした感も否めない。山は文句なしに最高だったが自分には文句だらけだ。
ただ、テント装備を背負った状態で涸沢まで歩ききれることがわかったので、これからの登山の選択肢が増えるのも事実だ。
今年はもうアルプスに行く機会は持てないので、反省すべきことを反省して、自信にできるところは自信にして、来年の山旅を楽しみにしよう。

 

河童橋からの穂高連峰

 

最優秀作品賞受賞を受けて Mr.マルーン

  • 2019.09.26 Thursday
  • 00:00

こんにちは。マルーンです。
8月最優秀作品賞に「やまがある日記 仙丈ヶ岳」お選びいただきありがとうございました。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。
先月はテーマとやまがある南アルプス編のみでしたが、両方ご好評いただけてよかったです。やまがあるシリーズも結構長いのでそろそろマンネリかなあと思っていたのですが、楽しみにして頂けているならまだ続けようかなと思います。
皆さんが写真をほめてくださるのでちょっとその気になって、先日某サービスを利用して以前から作ってみたいと思っていた山のフォトブックを作りました。基本が面倒くさがりなのでSNSにアップするのがせいぜいでほとんど印刷に出すことはないのですが、自分の写真が本になっているのは画面で写真を見るのとはまた違ったうれしさがあり、下手の横好きではありますがなかなか立派なものにも思えたのでした。

 

先日国立民族学博物館の特別展「驚異と怪異」を見に行きました。イマジネーションが掻き立てられるような、大変意欲的かつ濃い内容の展示で大満足でした。自然を見る時のひとの想像力は民族を超えて普遍的な要素もあり、でもそれぞれの文化の個性があり、とまさにみんぱく!妖怪が好きな人、好奇心がある人はぜひ行ってほしいです。図録も購入してしまったのでじっくり眺めて楽しもうと思います。
さて、山と怪異は非常に親和性が高いです。山童、山姥、河童、獺、だいだら法師……山がちな日本では山の怪異がたくさん語り継がれています。現代においても夜の山は異界の雰囲気を強く持っていて、私たちに畏れを抱かせます。
「定本 黒部の山賊」は北アルプス黒部源流域を拓いた伊藤正一氏の手記です。当時の黒部源流域の山々での生活の姿が生き生きと描かれるとても魅力的な本なのですが、当たり前のように怪異が出現します。意外と最近まで、彼らはそばにいました。怖いですが、今はもうほとんど会うことはできないのを少し残念にも思います。登場する山賊たちも、怖いけれどとてもチャーミングで心惹かれます。読むと雲ノ平に行ってみたくなりますよ。
登山をしない方でも面白く読める本だと思いますので、おすすめです。読書の秋にいかがでしょうか。

 

では、今日のところはこのへんで。

テーマコンテスト受賞を受けて Mr.マルーン

  • 2019.09.14 Saturday
  • 00:00

こんにちは。マルーンです。テーマコンテスト1位にお選びいただきありがとうございました。テーマ「百合」ということで、ヤマブキ大先生より頂いた挑戦状に精一杯お応えしたつもりです。
百合の深淵を皆さまにご紹介するにはまだまだ足りないかもしれませんが、満足のいくものができたと自負しております。小説の構成的な意味でも、かなりうまくやれたほうだと思います。皆様にお楽しみ頂けたようで、それが一番うれしいです。
ちなみに今回登場する二人、宇衣と亜瑠琉ですが、今作のギミックとして利用した「VR」をもじって名付けました。気づいた方はいらっしゃいましたでしょうか。

 

さて、今回のテーマでは様々な百合作品が咲き乱れることとなりました。大変興味深く読みました。あの方やあの方の百合も読んでみたかったなあというのは贅沢でしょうか。
「百合を語るな、百合をやれ」と数か月前に申し上げたところではありますが、せっかくなので1作品ずつ簡単に講評をば。

 

 

1作目。ヤマブキさん「山田と鈴木」
リアル鬼ごっこ的な設定が特徴的。ヤマブキさんならではという感じがします。
でも前半の姓のくだりがあんまり後半に効いてきてないですね。あと、ファミレスでいきなりおっぱい出すのはさすがにちょっとどうかと思います。あからさますぎてあんまりえっちじゃないし。周りの人に好きな人のおっぱいみられるのもいやだし。
カラオケボックスとかがよかったんじゃないかな。

 

 

2作目。Xさん「無人駅にて」
投票させて頂いた作品。芥川龍之介の「蜜柑」を思い出しました。あ、蜜柑は別に百合ではないんですが。
読んでびっくりしました。めっちゃ百合!慌ててそれまで書いてたやつを全没して違う話に変えました。
まず無人駅という設定がいいですよね。木々に埋もれるようにしてあるコンクリートの冷たい島。エモいです。場面の百合みが既に強いです。去っていく2人の関係性が不明なまま終わるのもいいなと思いました。想像が掻き立てられます。現在のXさんの百合への素直な距離感なのでしょうか。
コメントでも書いた通りもう少し主人公の印象を弱めると、余韻が残るかなと思いました。

 

 

3作目。Indigoさん「カミングアウト」
アンドロイドの恋、という主題はすごくいいなと思います。SF的によくあるといえばよくありますが、何度でも語られるだけの強度のあるテーマです。自分がロボットであることを明かすか、というアンドロイドの序盤の苦悩が切ないですね。
ただ、カミングアウトというタイトルとラストの台詞は配慮が足りないというか…百合以前に普通に無神経だと思いました。「同性を好きになるのはおかしなことじゃない」なんて大雑把な倫理を軽々しく登場人物に語らせるのは大変にリスキーです。
登場人物の口を使ってアラフォー男性がしゃべっているのが透けて見えます。百合空間には二人の関係性しかないんです。おっさんの気配なんて1ミリたりともほしくない。少なくとも百合を書くにあたってはもっとご自身を透明になさったほうがいいと思います。

 

 

4作目。がりはさん「2005年2月20日午後7時両国国技館」
まさかテーマ百合でゴリゴリのプロレスを読むことになるとは思わなかったのですが、よくよく読めばなるほど確かにたいへん百合みのある関係性だなあと思ってうなずいています。お互いへのクソデカ感情。がりはさんの理解力はさすがだなあと思いました。
いちばん「二人の関係」に向き合っているという意味では一番百合らしい百合、なのかも?面白く読みました。

 

 


とりあえず皆さん私が先々月の技能賞会見で挙げた参考文献全部読んだ?という感じは否めませんね。丸腰で私に勝てると思ったんですか?うふふ。

 

 

さて、来月のテーマは「バールのようなもの」
素敵な秋の夜長にぴったりですね。
ではでは。

【テーマ】タピオカミルクティーは無糖派 Mr.マルーン

  • 2019.08.28 Wednesday
  • 19:50

脱出ポッドの中で私は途方に暮れていた。
「どうしてこうなっちゃったかなあ」
「あたしのせい?」
「違うよ。私たち、ふたりのせい」
「だよね〜わかる〜」
相方は空中で意味もなくくるりと一回転した。危機感が全く感じられない。能天気なものだ。私がしっかりしなきゃ。ラックに入った水のパウチを数える。我慢してあと5日分ぐらいだろうか。それまでになんとかしないといけない。
「ねえ〜タピオカミルクティーのみたいな〜」
「そんなもんあるわけないでしょ」
「あ、あるじゃん」
「え、マジ」
ほら、とパックを見せてくる。マジだった。サービスいいな。私も飲みたい。後で飲もう、と思っているとさっそく開けている。私はあきれて抗議する。
「働きなさいよ」
「だってさー、ジタバタしてもしょうがないじゃん?宇衣も飲みなよ。…あ、このタピオカちょっと固い。やっぱり本物の生タピみたいにはいかないのかな」
ズゴッ、とあまりきれいじゃない音がして黒い丸がストローを通って口の中へ。食道を通ってたどり着いた胃の中でふわふわと浮かぶ様子を想像した。
差し出されたタピオカミルクティーのパウチを開けて飲む。パッケージを見ると有名なチェーンの台湾タピオカミルクティー店が監修しているらしい。甘ったるい紅茶の味。断続的に口に飛び込んでくるタピオカは確かに少し、記憶より固い。でもまあまあの再現度だ。
ストローをくわえたまま、マニュアルもなしに四苦八苦しつつパネルを操作して、救難信号を出す。これで誰かが気付いてくれたらいいんだけど。そもそもこのエリアに誰かいるのか、それもわからない。丸い小窓から覗くまっくらで音のない世界は、ポッドの自転にあわせてゆっくり回っているだけで、何もない。本当に助からなかったらどうしよう、と思って不安になる。
「だーいじょうぶだって」
「うわ」
後ろから抱き着かれて、もっちりとした感触が背中に当たった。密着すると、薄くてぴったりしたアストロスーツは身体の柔らかさを存分に伝えてくれる。そのまま前に手を回されて胸を揉まれた。
「ちょっと、亜瑠琉」
「ねえ……?」
「だーめ」
不埒な手を掴んでどかす。
「なんでよう」
「だって……こんな状況なのに」
「こんな状況だからだよ。せっかく超〜〜〜久しぶりに宇衣とふたりっきりになれたんだよ?」
「う……」
小窓の外に目をやる。多分周囲半径500km圏内、誰もいない。真空。宇宙の真ん中で、こんなちっぽけな脱出ポッドの中で、ふたりぼっち。世界で私と亜瑠琉とふたりきり。
まあ、たしかに。ていうか、そうだ。そのために、私たちは。
「ね、いいでしょ」
「もう……」
結局いつもみたいに亜瑠琉に負けてしまう。つつつ、と背中の気密ジッパーが下ろされる感触がしてぞわりとする。肌とスーツの間に空気が入り込んで冷たいけど、それもすぐ熱くなった。
無重力の中でするのはふわふわして結構難しかった。うっかりすると回ってしまって酔いそうだし。それでもなんとなく亜瑠琉と抱き合ってるだけで気持ちよくって幸せで、この先のことなんかどうでもいいな、と思えた。
全部終わって、ふたりとも慣れない無重力での行為にすっかり疲れて、ポッドの中の空気はけだるかった。
「あー、もう、どうでもいい」
「そうそう、いいのいいの」
よしよし、と撫でてくる手を握ってちょっとにらむ。
「亜瑠琉のせいよ」
「え〜、宇衣とあたしと、ふたりのせいでしょ?」
「そうね、私たちふたりのせい」
「ふふ」
「ふふふ」
ふたりで手をつないでふわふわ浮かびながらぼんやりしていると、寝てしまいそうだった。絶賛命の危機にさらされているはずなのに、と思うとおかしい。亜瑠琉とふたりっきりで、ずっとこうしてたいなあ、と思う。
ああ、でも、そろそろだ。
ビー、と耳障りな音が鳴って、景色と隣の亜瑠琉が消えた。ありがとうございました、という機械的な女性の声が流れる。

 

⁂ ⁂ ⁂

 

ゆっくりと目を開く。自分の部屋のベッドの上。立ち上がろうとして、ぎしり、と感じる1Gに少し戸惑う。負荷の高い処理を行ったから、首の後ろの生体チップが熱を持っていた。耳の奥で声がした。
『宇衣』
「亜瑠琉」
『意外と悪くなかったね。タピオカもおいしかったし』
「高いプランにしただけあって再現度はかなりリッチだったね。ただ、いくらなんでも宇宙空間に放り出された脱出ポッドって設定は奇をてらいすぎ。普通にやりづらいし。リピートはないかな。それに、協賛してるからっていきなりあそこでタピオカミルクティーはおかしい」
『宇衣、入り込みすぎるタイプだもんね。ほんとに怖がっちゃってたでしょ』
くすくす、と笑っている。
「馬鹿にしてるでしょ」
『してないよお。かわいいなって思った』
「……もう」
亜瑠琉はいつもまっすぐだ。ちょっと照れてしまう。
下着の中に、行為の名残のぬめりを感じて顔をしかめる。行為はバーチャルでも私の身体はただのリアルだ。汗もかいている。トイレ、いやシャワー、浴びたい。
『ちゃんと最新のボディデータに更新しといてくれたんだね』
「亜瑠琉、前怒ったから」
『うふふ。……でもねえ、やっぱり本物の宇衣に触りたいな、って思っちゃった』
「……ごめんね」
『いいの』
窓の外に目をやる。青空はなく、ずっと天井まで街が続いている。軌道プラントは贅沢にも1Gを保証するために筒状で、宇宙から見ると回転しているのだ。
地上とはそう簡単に行き来できない。もう2年以上、亜瑠琉とはVR越しにしか抱き合っていなかった。終わってしまうと、さみしさが募る。それでも、会えるのはいつもうれしかった。
『ねえ、今度はなんにする?あ、これとかどうかな。南の海の底で人魚になれるプラン』
「奇をてらいすぎ」
『ええ〜、じゃあこの粘菌』
「却下」
亜瑠琉のことは好きだけど、妙なマニアックなプレイばかり好むところだけは、なんとかならないかなあ、と思う。

やまがある日記〜甲斐駒ヶ岳(2966m) Mr.マルーン

  • 2019.08.20 Tuesday
  • 00:00

2019年8月初旬 晴れ

 

3日目の朝も晴天だった。甲斐駒ヶ岳へはコースタイムこそ2日目の仙丈ヶ岳より短いが、急登続きのタフなコースだ。気合を入れて出発する。
最初は沢沿いの道を少しずつ高度をあげていく。仙水小屋の脇を通り、針葉樹と苔の静かな森を歩いていくと急に視界が開ける。広い範囲の斜面が崩落して、岩が積み重なっている。
ガレ場のふちをトラバースして歩いていく。ふわふわとした独特の見た目の地衣類が生えていて面白かった。足場が悪く歩きづらい。時々ストックが岩の隙間に挟まるのもうっとうしい。転ばないように気を付けながらじわじわと高度を上げて振り返ると、昨日登った仙丈ヶ岳が朝日に照らされて美しかった。

 

苔の森


ようやくガレ場の終わりにつくと、東側が開けて雲海に金峰山や瑞牆山といった関東の山々が浮かんでいる。見上げると甲斐駒ヶ岳の前衛峰である摩利支天岳の岩稜が迫る。
ここから駒津峰のピークまで標高差600mを一気に直登する。緩やかなポイントはほぼなく、急登をひたすら登っていく。
高度が上がると南アルプスの山々がどんどん見えてくる。日本第二位の高峰北岳を筆頭に、間ノ岳、塩見岳、悪沢岳等。鳳凰三山の一つ、地蔵岳のオベリスクもよく見える。南アルプスのなんと雄大なことか。急登はきついが景色は本当に素晴らしい。さらに登ると地蔵岳の向こうに富士山の裾野を見つけた。霞んでいるがよく目を凝らすと最高峰剣ヶ峰を認めることができた。
ガア、ガアと鳥の鳴く声がする。ホシガラスがすぐそばの木に止まっていた。ちょうど北岳をバックにしたいい位置でポーズをとってくれている。ありがたくシャッターを切った。
ひいひい言いながら駒津峰のピークにようやくたどりつくと、甲斐駒ヶ岳の岩稜がいよいよ目前に迫る。花崗岩の白く荒々しい岩肌がそびえたっている。昨日の仙丈ヶ岳の女性的な山容とは大違いで、とても厳つい。西側に目を向けると伊那市を挟んで壁のようにそびえる中央アルプスも見ることができた。

 

ホシガラスと奥に北岳
鳳凰三山(左手の尖っているのが地蔵岳のオベリスク)
眼前に迫る甲斐駒ヶ岳


この先山頂までは破線の岩場コースか巻き道コースを選ぶことができる。迷った末に岩場を選んだ。
岩場自体はこれまでの経験から十分対応できるレベルだったが、いかんせん距離が長い。1時間近く気が抜けない岩登りの急登が続く。滑落すればヤバいポイントもかなりあるため緊張感があるが、登るほどに絶景が広がるのでぐんぐん登っていけた。

左手に見える巻き道の方は花崗岩の白い岩肌と真砂が青空とコントラストを作っていて美しい。
息を切らせてラストスパートを登り切ると、ついに甲斐駒ヶ岳山頂に到着だ。

 

最後の岩場
稜線を振り返る 奥に仙丈ヶ岳


初めて北側の景色が開ける。この日も水蒸気が多く霞んでいるが、なんとか八ヶ岳の姿も見えた。残念ながら北アルプスまで見通すことはできなかった。
南側をわき上がってくる雲の動きが面白い。北岳が雲をまとってどんどん表情を変えていく。摩利支天岳を見下ろすポイントでは巻き道を並んであがってくる登山者の列が白い砂の地面に映えている。空の中にいるみたいだった。前日登った仙丈ヶ岳は甲斐駒ヶ岳から見ると近いなりにずいぶんと遠くに見えて、二日間よく歩いたものだなあと我ながら感心する。
仙丈ヶ岳と甲斐駒ヶ岳、同じ南アルプスで、北沢峠の登山口を挟んでの二座だったが、こんなにも登山道の雰囲気も山の印象も違うとは驚きだった。
山頂でたっぷりと景色を楽しんで、名残惜しいが下山を開始する。この日はテントを撤収して大阪まで帰らなければならないのでまだまだ長丁場だ。
長衛小屋のテント場に戻った頃には1時を回っていた。ハードなコースだったのでほっとする。結局仙丈ヶ岳よりも長くかかったが、歩きづらいルートと前日の疲労もあってなかなかペースを上げられないだろうことは予想できていたため、だいたい予定通りの到着だ。
手早くテントを片づけて撤収する。翌日は仕事だし、大阪は暑いのだろうなあと想像するとうんざりした気分だ。
実際南アルプス林道バスで仙流荘まで降りるともう暑かった。日差しがじりじりと照りつける。

初めての南アルプス山行は素晴らしい旅だった。次は北岳・間ノ岳・農鳥岳の縦走をやってみたい。南側の山深いエリアもいつか行ってみたいものだ。

 

湧き上がる雲
空の中

やまがある日記〜仙丈ケ岳(3033m)

  • 2019.08.18 Sunday
  • 11:36

2019年8月初旬 晴れ

 

木曽福島駅からバスを乗り継いで2時間半、南アルプス北部登山の拠点、北沢峠に到着する。すでに標高は2000m近く、とても涼しい。着いた時点で正午を過ぎていた。
バス停から林道を15分程度歩いた場所に、長衛小屋のテント場がある。2泊分の料金を支払って、沢沿いのスペースに同行者と並べてテントを設営した。今回はここをベースキャンプにして2日目に仙丈ヶ岳、3日目に甲斐駒ヶ岳に登る計画だ。初日はもうテントを張ったらタスク終了だ。ゆったりしたものである。

夕立が降る前に周辺を少し散策したら、テントに戻って昼寝をして、早い時間からビールを飲み、寒くなってきたので7時半頃にさっさと就寝した。北沢峠は電波が入らずSNSを見ることもできないので、Kindleで本を読むか妄想するか寝るかしかない。夜は星が美しく、テントから顔を出して夜空をぼんやり眺めていると、流れ星をひとつ見ることができた。沢の音が落ち着いてぐっすりと眠った。

 

長衛小屋テント場


午前3時半には近くの団体がざわざわと準備を始めて目が覚めた。小声で話せばいいものをワイワイと騒がしい。いくら山ヤの朝が早いとは言っても、ご来光登山でもなければ3時半はまだ普通に夜である。もう少し寝たかったが、仕方なく起きだして準備を始めた。
朝食を食べてサブザックに必要な荷物を詰め、5時ちょうどに出発する。いい天気だった。
しばらくはトウヒやシラビソの針葉樹の森の中をゆったりと歩いていく。青々と苔むした地面が美しい。去年の八ヶ岳も苔の森だったが、植生か地質の差なのか結構印象が違う。南アルプスでは比較的アクセスがいい山なだけあって、登山道はとても歩きやすかった。
南アルプスは緯度が低いため、北・中央アルプスに比べて標高の高い位置まで樹林帯が続く。樹高は流石に低くなってくるが、稜線に出てもまだ森の中を歩いているのは不思議な感じだった。
標高が高いのですぐに息が上がる。ふうふう、と深呼吸を意識しながら登っていくと、小仙丈ヶ岳のとりつきまでたどり着いた。ようやく森林限界を超え、ハイマツ帯が広がる。青空が美しく、振り返ると雲をまとった甲斐駒ヶ岳の岩稜がいかめしくそびえている。明日はあっちか、と思うと身が引き締まる思いだ。水蒸気量が多く、甲斐駒ヶ岳の向こうに見える八ヶ岳はぼんやりとしていた。

 

朝日を受ける甲斐駒ヶ岳(左)、アサヨ峰(右)
小仙丈ヶ岳へ


小仙丈ヶ岳まで登りきると、やっと仙丈ヶ岳の姿を目にすることができる。小仙丈カールは柔らかい曲線にハイマツの美しい緑を抱き、仙丈ヶ岳まではあと1時間ほど、アルプスらしい稜線の道を進む。気温が上がってガスが出てきた。霧が晴れるたびに目に飛び込んでくる、仙丈ヶ岳の穏やかな山容に励まされながら登っていく。
ようやくたどり着いた山頂はさわやかな風が吹いて、岩の隙間にかわいらしい高山植物が咲いている。花の名山に選ばれているだけのことはある。北や中央アルプスでは見たことがない花もいくつかあった。着いたときは青空が見えていたが、休憩している間にどんどんガスが上がってきてあっという間に真っ白になった。夏山は常にこういうものなので、ギリギリ間に合ったかな、という感じで、とても満足だった。

 

仙丈ヶ岳への稜線
振り返る
イワベンケイ
ハクサンチドリ


下山は北側の尾根を通る。急斜面をカールの底まで降り切ると仙丈小屋がある。休憩しよう、と思ってふと山小屋の入り口を見ると「ゲリラ企画!小屋シェフの無水チキンカレー」と書かれたホワイトボードにくぎ付けになった。同行者と顔を見合わせる。二人とも今日の昼食はカップ麺の予定だ。
「……カレー、だって」
「カレー、食べたいでしょ」
「食べたい」
「よし食べよう」
「食べよう」
そういうことになった。
靴を脱いで食堂の座敷で頂いたカレーはトマトの風味が効いた優しい味がして、チーズが乗っているのもうれしかった。
食事を済ませて外に出るとすっかりガスに覆われてしまって山頂はもう見えない。さくさくと下っていると茂みに向かって何人かの登山者がカメラを向けている。これはもしや、と思ってゆっくり近づくと、いた。
ナナカマドの茂みから顔を出しているのは、日本アルプスのシンボル、雷鳥だ。ガスっていると出てきやすい。登山歴5年にして出会うのは初めてだ。やっと会えた、と思うと感動もひとしおだ。
4匹ほどのヒナがぴよぴよと母親について歩いている。めちゃくちゃにかわいい。夢中でシャッターを切った。こんなよちよちした生き物が現在まで生き残ってきたことが奇跡に思える。彼らが歩くとカメラを構えた登山者たちもぞろぞろついていく。
ハイマツの中に消えていく雷鳥を名残惜しく見送ってから下山を再開して、北沢峠についたころには1時ぐらいになっていた。仮設の我が家ではあるが自分のテントが目に入るとほっとする。長衛小屋のコインシャワーで汗を流して、この日もテント場でのんびりとすごした。

 

雷鳥
雷鳥の親子


 

技能賞受賞を受けて Mr.マルーン

  • 2019.06.30 Sunday
  • 00:00

こんにちは。マルーンです。


5月の技能賞をいただきましてありがとうございます。
今まで存在しなかった賞をいきなり頂くことになり戸惑っている部分もありますが、うれしいです。百合をやる、という試みは自分にとっては結構挑戦でした。反省点は多くありますが、予想していた以上に楽しんでいただけたようでよかったです。

 

さて、皆さまご周知のとおり現在日本SF界隈では百合が一代ムーブメントとなっております。昨年刊行されたSFマガジン百合特集は空前絶後の3刷を記録し、つい先日発行された百合SFアンソロジー「アステリズムに花束を」も発売初日にAmazon在庫が枯れ増刷決定など破竹の勢いで売れてるらしい。マルーンも両方買いました。
「アステリズムに花束を」は単にSFアンソロジーとして見ても大変内容の濃いもので、数か月前にご紹介した「天冥シリーズ」の小川一水氏などそうそうたるメンバーが参加しています。読めば百合およびSFというジャンルの多様性と相性のよさ、またこの生まれたばかりの新ジャンルのフレッシュさを感じていただけると思います。
今回のこのムーブメント自体はSF作家宮澤伊織氏(代表作:裏世界ピクニックシリーズ)によるインタビュー『百合が俺を人間にしてくれた』がSNS上にて鬼のようなバズを記録したところに端を発していますが、もとより平成の国産SFの金字塔であるところの、伊藤計劃「ハーモニー」は紛うことなき百合SFでした。百合SFの機運自体はもっと前から始まっていたわけです。「ハーモニー」はもう読んでいない人とはSFの話をするのは難しいぐらいの傑作です。ぜひ同氏の「虐殺器官」から読んでいただけたらと思います。
漫画・アニメであれば、史郎正宗「攻殻機動隊」にはレズビアン描写が入っていますし、最近であれば、つくみず「少女終末旅行」は代表的な百合SF漫画でしょう。少女二人がキャタピラ車に乗って崩壊した階層都市を旅する、というストーリーです。おすすめです。

 

「女性同士の関係性」という意味では本来百合はどこにでもあります。百合はジャンルではなくタグであるということを言っている人もいます。百合だと思えば百合が咲く。
既存の作品を百合という文脈で改めて見直すことによる発見もあります。ナウシカとかアナ雪とかめちゃくちゃ百合。
アナ雪については最初見たとき全然面白くないと思いましたけど姉妹百合だと思って見ると感じ方が変わります。傷つけ合いすれ違う二人の愛!実際男性キャラの影がかなり薄いんですが。

 

百合とはなんぞや?という疑問についてはとても私ごときが書き尽くせるようなものではないので、先にご紹介した宮澤氏のインタビューや百合SFアンソロジー等等をお読みいただくとして、拙作「インスタント・キス」は路傍の字書きであるところの私もこのブームの尻馬に乗って百合をやろう、やりたい、いや、やらねば、という浅はかな考えでありました。
書いてみてわかりましたが全ッ然覚悟が足りなかった。
それっぽいシチュエーションとシーンを書いてきれいに文章を整えるという意味での技能は評価いただけてもそこに付属する登場人物の感情と関係性を描き出さなければ何の意味もありません。文字数の問題はありますが、できる範囲で解像度をもっと上げていかないとと切実に感じました。
百合はエモいという考え方自体がフレームとしてジャンルを縛るので危険だという草野原々氏(代表作:最後にして最初のアイドル)の指摘はとても示唆的で、彼の恐るべきバランス感覚を表していると思いますが、それはそれとしてエモいを書けないままエモいを相対化してもしょうがないとも思うんですよね。

 

なので今後はそのあたりを自分の中では強化していきたいなと思っております。

もっと皆さんにも楽しんでいただけますよう精進してまいります。

 

ではでは。

【テーマ】マイネーム・ユアネーム Mr.マルーン

  • 2019.06.28 Friday
  • 07:00

うちの高校の図書館は広い。自習スペースもしっかり確保されていて、試験前は多くの学生が来る。今は特に試験期間でもないので、人はまばらだ。
本棚に囲まれた奥まった場所にぽつんとふたつ、古臭い二人掛けの小さな自習テーブルが置いてある。黴臭くて狭くて薄暗い、静かなだけが取り柄の私のささやかな秘密基地。人目に付きにくいから、たまに不埒な男女が乳繰り合っていたりすることもあるのはシンプルに困るのだけど、とりあえず今日は私しかいなかった。
英語の課題を開く。電子辞書をぽちぽちしながら進めていく。今回は比較的簡単な課題で助かった。8割がた片付いたので、鞄から小説を出す。ちょっと息抜き、と思ってページを開くと、目の前にすっと影が差した。
すました顔で私の正面に座る女。さらり、と艶やかな黒髪が揺れる。バサバサと英語の教材を机に広げ始めた。


「………なんで?」
「何が?」
「いや、他も空いてる、けど」
「私がどこに座っても、私の勝手でしょう」

 

クールに言い切られるとそれもそうだ、という気になる。確かに別に、ここは私の専用スペースというわけではない。けど、なんか。
しかたない、と立ち上がった。荷物をまとめる。彼女はこれから勉強するのだから、私がいると邪魔だろう。そうだ。私は絶賛サボっているのだし、こちらが移動すればいい話だ。


「………どうして?」
「何が?」

 

彼女は私を見上げてきょとんとした顔をしている。うーん、相変わらずかわいい。二重の大きな瞳が零れ落ちそうだ。100点満点。私はここが図書館だということを思い出して、声を落とした。
「あなたがここに座るなら、私はよそに行く」
「…私が、嫌い?」
「え」
ぽつんとつぶやかれた。長い睫毛が伏せられる。なんでそんな捨てられた子犬みたいな顔するのか全然意味が分からない。私、何かしたか。美少女のわざとらしいほど悲しげな表情に大変な罪悪感を覚える。
「や、別に、嫌いじゃないけど」
「じゃあ、そこにいればいいでしょう」
おおん?それもそうだろうか。謎の圧に負けて再び座って本を開くと、ふは、と笑い声が漏れた。

「…何」
「ちょろすぎるんじゃない?」
「声大きい」
「ふふ」

 

彼女は機嫌よさげに、何やら恐ろしく甘そうなリプトンの500mlパックをすすった。JKかよ。JKだわ。
泥水ね、という言葉を思い出した。あれが泥水ならそれはただの砂糖水じゃないか。
ストローをくわえているつやめいた口もとを見て、なんとなく、自分の唇に手をやっていたことに気付いて、うわ、と思って外した。
彼女はもう私には興味を失って、普通に教科書とノートに目を落としている。彼女の手元には分厚くて重そうな紙のかたまりがある。
「紙の辞書なんか、使ってるんだ」
「おかしい?」
「変じゃないけど。重いでしょ」
「重いけど…好きだから」
「…へえ」
すき。ってかわいい言葉だな、と思った。こういうかわいい女の子が言う分には。
入学式で買わされる教材用の英和・和英辞典をわざわざ持ってきて使っている者は少ない。

 

「あなたの名前」
「へ?」
「教えて」
「…神崎鴇」
「Time?」
「違う。鳥のほう」
「うん、知ってる」
「………」

 

なんなんだ。というか勉強しろよ。
そんな私の気持ちには構わず、彼女の白くて細い指がぺろぺろと辞書をめくっていく。
「…あった。鴇。crested ibis 冠毛のある鳥」
「えっ、なんで調べた…?」
意味が分からない。

 

「中学校の先生が教えてくれたの。辞書で調べて線を引いた言葉は、自分のものになるって」
彼女の赤ボールペンがすいっとまっすぐの線を引く。見慣れたどこにでもある赤なのに、なぜか妙に毒々しい。
「だからほら、これであなたの名前は私のもの」
彼女の形のいい唇がうっすらと弧を描いて、呪いの言葉を吐き出す。私は気付かれないようにごくりとつばを飲み込む。

 

「……いや、怖すぎでしょ。普通に引く」
「あらそう?」
「あのさ、誰にでもこういうことするの?冗談だろうけどやめた方がいいよ。東雲さん、かわいいんだからさ」
がんばって何でもなさそうな風に言おうとして失敗した。焦って、図書館だということを忘れて普通のトーンで言ってしまった。

 

「……どういうこと?」
「勘違いされたら困るんじゃない?」
「…………そう」
たっぷりの間の後、うつむいて低い声で言った彼女は、恐ろしいスピードで辞書をめくり始めた。指が躍る。
何。怖い。
ぴたりとあるページで止まった。
さっきの赤いボールペンがくるりと一つの単語を囲む。

 

ぴり。

 

「え」
ためらいなくそのページを破り取った。がたん、と立ち上がる。きっ、と睨みつけられた。
ひえ、美人ににらまれた。
「私、東雲菫」
「いや知ってる」
「あげるわ」
破り取ったページを押し付けられた。手元を見ると、『violet』の文字が大きく囲まれている。
彼女は無言で、何一つ進んでいないはずの教材をカバンに片づける。
「じゃあ、また」
「え、うん、ばいばい」
あっという間に去っていった。私は間抜け面で、椅子に座ったままそれを見送る。黒髪からのぞく耳が少し赤かったのは気のせいだろうか。

 

さすがの私も、この紙片の意味が分からないほど鈍くはない。
「……参ったな………」
せっかく一人に戻ったのに、読書は再開できそうにない。

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