最優秀作品賞を受けて Mr.マルーン

  • 2018.11.23 Friday
  • 01:53

こんにちは。マルーンです。
10月の最優秀作品にお選びいただきありがとうございました。


一年はあけずにみなさまにご挨拶したいと先月申し上げたばかりですが思ったよりだいぶ早かったですね。ありがたいことです。

今回の受賞はひとえに町田樹という偉大なスケーターあってのことで、彼についてはそうそう書き尽くせるものでもなく、私の言葉は全く足りませんでした。
ですが、同じくフィギュアスケートファンの方々にも多く読んでいただけたようで、素直に書いてよかったです。

1日1,000PVはとても驚きました。ハッガリーニ編集長にも大変お喜び頂いて、恐縮してしまいました。
当たり前ながら、まっちーが好きな人がこんなにたくさんいるのだわということが確認できたうれしさもありました。

 

先月は久しぶりに結構がんばった月でしたから、ひょっとうまくすればMVPも狙えちゃったりするかな、とちょっと心の隅っこでは思ってましたがたりきさんに二馬身ほど引き離された形です。作品数14はちょっと追いつけません。

PREMIERを文字通り支えていらっしゃるのだから当然の結果だと思います。おめでとうございます。
とまれ、最優秀作品以外もぽつぽつ評価して頂けましたし、投稿した作品についてはまんべんなく楽しんでいただけたようなので私としては満足です。

八ヶ岳ではいい写真が撮れましたしね。

 

んで、反動で今月は完全にサボっています。もうだらっだら。

毎週末フィギュアの大会やってるからしかたない。

寒くなってきたのでなかなか頭も働きません。朝も起きられません。

栄養も足りない気がする…誰かここにホットミルクを…

 

さて、ぼんやりしているうちに今年も残すところあとわずかということで、皆さまお風邪など召されませぬようご自愛ください。

私もそのうち復帰します。

ではでは。

【テーマ】どこでもドアについて適当に雑談する Mr.マルーン

  • 2018.10.30 Tuesday
  • 00:00

ドラえもんの秘密道具と言えば、タケコプターとどこでもドアだ。そんなにドラえもんについて詳しくない私でも知っている。
タケコプターについては今となってはものすごく高性能なドローンを頭にくっつけたみたいなものと思えばそれほどおかしなものではない(柳田理科男によるとあの構造では回して飛び上がった瞬間に首がねじ切れるらしいが)。
問題はどこでもドアだ。レトロチープでかわいらしいデザインのくせにかなりヤバい代物である。


すこしふしぎなSF世界でも空間転移は大変だ。頻繁に空間転移事故で月が破壊されたりしている。
まずワープは量子レベルではすでに実現しているので未来の技術で可能となったとしよう。技術的に可能でもまだまだクリアするべき問題はたくさんある。自動車がこんなに発展しても自動車事故がなくならないみたいに、どこでもドアにもいろいろリスクがあるはずだ。

転移先の座標に何か別の物体があったらと考えたらとても恐ろしい。空気の存在を無視しても、筒井康隆の旅のラゴスでは瞬間移動能力者がうっかり別の物体がある場所にワープすると融合したり爆発したりしていた。
座標の問題と言えばバック・トゥ・ザ・フューチャーでは未来/過去の同一の場所にデロリアンが出現するがあれも高度な座標制御を行わなければならない。銀河も太陽系も地球も常に宇宙を移動しているので単に出発時点と全く同じ座標に出ると確実に宇宙空間に放り出されてしまう。

場所決めはとても大事なんである。


とりあえずどこでもドアには転移先がユーザーにとって危ない状態じゃないように調整してくれるものすごく優れた安全装置がついているとして、そもそもあれはどこまでいけるのか。

Wikipediaのどこでもドア項目によるとかなり曖昧な指定でも目的地に安全に送り届けてくれる機能がついていて、さらに有効半径は10光年とのことだ。

有効半径10光年!10光年は光が10年かけて進む距離のことである。念のため。ちなみに太陽と地球の間はだいたい8光分ぐらい。
めっちゃ広いやんけと思うが実は太陽系を中心に10光年ぶん移動できてもたどり着ける恒星は七つしかない(連星はひとつと数える)。一番遠くて、いて座のV1216星とのことである。満点の星々の中のたった七つだ。

想像を越えて宇宙は広くかつすかすかなのである。

恒星系七つぐらいなら知的生命体の発見は厳しそうだ。あれ、でも10光年先にいってからもう一回どこでもドアを使えば無限に先にいけるのでは?過去の世界(作中の時代)で使えていることを見るとGPSみたいにサーバや人工衛星みたいなもので制御しているわけでもなさそうだし、そこまで技術が進んだ人類の移動可能半径が地球から10光年に限定されるということもないだろう。
もっというとドラえもんが持っているのはあくまで一般ユーザー向けと考えれば未来世界にはもっと高出力の空間転移装置があると考えるのが自然だ。光速より余裕で速いのでいずれは膨張する宇宙の端まで行けるのかもしれない。すごい。
Wikipediaによるとどこでもドアの発明のせいで銀河SLが廃線になったとある。いつだって輸送の技術革新は古き良き文化を駆逐してきた。宇宙の真っ暗な車窓を何千時間も眺め続ける旅情は失われたらしい。宮沢賢治も草葉の陰でお嘆きのことだろう。

メーテルと鉄男はたぶんどこでもドアが開発されるよりちょっと前の人なんだと思う。
とはいえ実際宇宙に鉄道を通そうと思うと恐ろしい長さで伸び縮みする素材で線路をつくらないと相対位置が静止していないから厳しそうだし、ワープするほうがひょっとしたらむしろ現実的かもしれない。そうすればコールドスリープも亜光速走行も必要なくなる。あっこれはこれでかなしい。
どこでもドアの輸送コストはかなり低そうなので、23世紀のロジスティクスはこの技術を中心に宇宙規模に発展しているに違いない。もうこうのとりは必要ないのだ。

 

では、制度的な問題としてどこでもドアが一般人が保有できるレベルで存在していい未来世界はどんな風だろう。
10光年の範囲に人が自由に移動できるとなるとまず地球上の国境は意味をなさない。

しずかちゃんのお風呂に入れてしまうぐらいだからプライバシーやセクシャリティの観念は薄く、そういった面での倫理的ブロックは働いていないと思われる。究極のグローバリゼーション。個人や国家の概念が薄れ高度に公共化した世界だ。あれっデストピアの気配がする。

「入場料」というものを徴収するのも難しくなるので、世界中の観光地はどこへ行っても基本無料だ。
また、基本的にどこでも行けるということで密室が成立しなくなるのでまず怪盗や名探偵は陳腐化しミステリ作家は商売上がったりになる。鉄道がなくなっているらしいので最初に仕事がなくなるのは西村京太郎だろう。

ことは人類だけの問題にとどまらない。さっきはたった7つの恒星系では知的生命体が見つかることはないだろうと言ったが、もしもいずれかに同レベルの知的生命体がいたら、そうでなくても何かの生命が存在する環境があったとしたらどうだろう。

生命の存在は太陽系内でもワンチャンありそうな可能性が示唆されているので、7つも星系を跨げばこれはかなり可能性がありそうだ。
地球環境上で人間の影響が及んでいない土地はほぼない。南硫黄島のような絶海に閉ざされ守られた環境はまれで、たいていの場所は人が家畜を放し種を植え、そうでなくても服や靴に付着した虫や種はその地で生き延びんとする中でその地の環境を劇的に変えてきた。これが宇宙規模で起こる。

土星探査機カッシーニは土星衛星上に地球の微生物を持ち込まないために最期は土星大気にて燃え尽きることとなった。それぐらいデリケートな問題なのである。でもホイヘンスは普通にタイタンに降りたし火星探査機ディスカバリーは普通に火星大気の中で探査を行っているのでその辺はNASAの匙加減ではあるのだが。
どこでもドアが普及した未来、人類はごく気軽に外惑星を訪れうっかりついてきた動植物はその場所の貴重な生命種をあっという間に駆逐したりするかもしれない。逆に、絶対に地球に持ち込んではいけない何かが地球に持ち込まれる危険もある。どこでもドアがこのリスクをクリアしているとしたら相当高度なフィルタリング機能が必要になる。
知的生命体がいたら問題はもっとわかりやすい。彼らの住む星で好きに我々人類が現れたらまず確実に紛争が起こるだろう。長い長い年月をかけて交渉する、または侵略しつくすかしてその場所をお手軽に訪れるための権利を勝ち取らねばならない。人類種はどうやら未来の世界でそれをかなりのレベルで実現しているらしい。すごい。

 

最後に、これは一番の問題なんじゃないかと思うのだが、どこでも一瞬で行ける世界にはフロンティアがなくなってしまうのでは、と思う。

光年規模の移動手段を手に入れ適応灯でどんな場所にでも暮らせる。だけど行くのは近所のコンビニ。みたいな。

どこでも行けるのはどこにも行かなくてもいいということにはならないか。

困難であるからこそ山に登るんじゃないのか。

どこかの王子様みたいに悲しい時に44回でも夕日を見ることができればそれはちょっと素敵かもなあと思うけれど。宇宙の真ん中でぽつんと本物の孤独を感じに行くのだって自由自在だ。

移動が楽なので身体障碍者でも好きなところにすぐ行ける。

好きな人にもすぐ会いに行ける。単身赴任もない。

いろいろ言ってきたけどやっぱりどこでもドアはすばらしい製品だな。最高だ。早く23世紀になってほしい。

 

 

明日の出張もひょいっとどこでもドアで行けたら楽なのになあと思っている秋の夜長である。

やまがある日記〜摩耶山(702m)

  • 2018.10.26 Friday
  • 00:00

2018年10月初旬 晴れ

 

八ヶ岳を終えてしばらく腑抜けていたが、体が鈍ってしまうのでさすがにそろそろどこか登らなければならない。夏に遊びすぎて懐事情は厳しい。近場でどこか、ということで春ぶりに摩耶山に登ることにした。
阪急王子公園駅から山に向かって歩いていく。立ち並ぶお屋敷の間を抜けていくといきなり登山道が始まる。六甲山系独特の姿だ。
スタートの時点で既に3時過ぎ。いつもならば考えられない時間だが、今日はこれでいい。

 

住宅街からいきなり登山道に入る

 

薄暗い森の中をさくさくと歩いていく。涼しいかと思っていたがやたらと蒸し暑い。
ペースを落とさず歩いていくと、摩耶山天上寺の跡地に着く。山腹にたたずむ大きな寺社だったが、昭和の終わりごろに全て焼け落ち、今は焼失を逃れた山門以外は石段と崩れかけた石垣だけが残っている。
長い石段の途中、少し寄り道をする。このコースを歩くときはいつも立ち寄る場所だ。
藪に覆われかけた細い道の先に、一本の枯れた杉の木がある。摩耶の大杉と呼ばれた、枯れてもなお立派な木だ。樹齢1000年を超していたというが、天上寺の火災に巻き込まれて枯れてしまった。
そんなことがなかったらこのひとは今でもずっとここにいたのかなあと思うと何とも言えず悲しい。

大杉のポイントを抜けると山頂はあと少しだ。台風の影響で大木が倒れているのをリンボーダンス風にくぐりつつ山頂を目指す。
摩耶山掬星台に着くと見慣れた神戸の景色が広がった。今日は空気が澄んでいて大阪湾をはさんだ金剛山や岩湧山もよく見える。
この日のお楽しみにはまだ少し早い。ロープウェイ駅のカフェに置かれた本を読みながら待つ。絶滅生物図誌、なかなかいい本だ。買おうかな。バージェス動物群はロマンがあっていい。

 

1時間ほどすると大分暗くなってきたので場所取りのために外に出る。昼間とは打って変わってかなり肌寒い。
既に展望台のいい場所は人が集まってしまっていたが、ひしめくカップルたちの隙間を見つけて三脚を設置した。
だんだんと夜の帳が降りて、代わりに地上がキラキラと輝き始める。
この日の目的は掬星台からの夜景を見ることだった。摩耶山は何度も登ったが夜景を見るのは初めてだ。
大阪湾をぐるりと囲む京阪神メガロポリスを数えきれない光が埋めていく。昼間の姿とは全く違う姿にほわぁ、と声が漏れた。
掬星台、星を掬うとはよくも言ったもので、日本三大夜景は想像以上にすごかった。デートスポットなのもうなずける。
ちなみに100万ドルの夜景とは昭和20年代に当時の神戸エリアの夜間の電気代が100万ドルだったことからつけられたらしいが、今だともっと高そうだ。電気代と考えると俗っぽいのに不思議にロマンチックな表現だと思う。見習いたい。

夜景の撮影はほぼ経験がないのでなかなかうまくいかないが、まぁまぁのものが撮れて今回は満足した。要練習だ。

 

下山はロープウェイを使う。この日は連休中日と国慶節が重なって人が多く、寒い中1時間待ちする羽目になった。
六甲駅近くの焼鳥屋で一杯飲んで、機嫌よく帰った。優雅な休日であった。

 

京都方面まで広がる夜景
ちょっとアップ
ポートアイランド

最優秀作品賞受賞を受けて

  • 2018.10.22 Monday
  • 00:00

こんにちは。マルーンです。

 

9月の最優秀作品にお選びいただきありがとうございます。

ヤマブキ先生の不条理ものと同時受賞ということで、光栄です。私が投票しなかったら単独受賞だったのにとかかけらも思ってません。
確認すると最後になにがしかの賞を頂いたのはちょうど1年前、同じく9月の最優秀だったようです。
あっという間に1年もたってしまいました。

自分としてはそれほど悪い内容のシーズンだったとは思っていませんでしたが、結果はついてきていなかったようです。精進せねばなりません。
次は一年後よりはもう少し早く皆さんにご挨拶できればいいなと思います。

 

そういえば最優秀受賞作品カテゴリが今年3月以降更新されていませんね。ハッガリーニさんが方針変更されたんでしょうか。

 

さて、今回受賞のやまがある富士山編では、「登頂断念」という登山やってると当然発生しうる事態を描いたのが皆さんの興味を引いたのかなと思いました。
がんばって登りました!景色がよくて楽しかったです!だとあまりストーリー性もありませんしマンネリなのかな。
とはいえ自分としては当然安全に楽しく登頂できる方が嬉しいし天気もいいに越したことないしそこについては何とも言えない感じです。
やまがある日記では折に触れ、山の怖さ、山では常にリスク管理を怠るなというメッセージを発信してきましたが、実際にそれを体現する難しさを実感する山旅でした。
富士山はとっくに初冠雪の報道もあり、今日あたり宝永山あたりまで雪が積もったそうです。アルプスや八ヶ岳も雪だったり氷だったりの写真が増えてきました。
ここからは高山はあっという間に雪と氷と風の世界になってしまいます。


というわけで、当方はゆるふわ山ガールの業務を継続しつつゆるふわフィギュアスケート鑑賞ガールの業務を増やしていく所存です。あれ、結局氷の上やないか?
早速ですがスケアメのネイサン・チェン選手のSPは最高でした。大学との両立が厳しいのかジャパンオープンでは練習不足感が否めず、少し心配していましたがきっちり修正して見事優勝。シェイ・リーン・ボーンのノリノリな振り付けがハマってます。
来月はNHK杯生観戦も決定しているのでとても楽しみです。推しに何色の花を投げ込もうか今から悩んでいます。

 

PREMIERでも花を投げ込む代わりに推し作品にコメントや投票など投げ込んで頂ければ、プレイヤーの励みになります。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

まるーんちゃんのフィギュアスケート鑑賞講座〜町田樹に寄せて

  • 2018.10.11 Thursday
  • 00:00

お久しぶりです。ゆるふわフィギュアスケート鑑賞ガール、まるーんちゃんです。
2018-2019のフィギュアシーズンがスタートしましたね。今シーズンもどんなたくさんの素晴らしいパフォーマンスを見ることができるかわくわくしています。
本当ならば今回大きく変わったルールや今シーズンの注目選手について語るタイミングだと思いますが、それを置いて一人のスケーターについて語ろうと思います。

 

新しいシーズンが始まり、ルールが変わり、若い選手が次々と新たな風を吹かせる中、10月6日、一人のスケーターが華々しい拍手に見送られリンクを去りました。
町田樹というスケーター。

2014年にソチ五輪5位、世界選手権銀メダルを獲得した翌シーズン、選手として一番華やいだタイミングでいきなり競技を引退した彼は、以降は大学での研究の傍らショーの舞台で精力的に作品を発表してきました。

 

語ろうと思います、といいながら町田樹についてどのように語ったらいいのか。語るべきなのか。
とにかく現役時代から不思議なスケーターでした。「氷上の哲学者」などと称されインタビュー等でも独自の世界観を持っていました。しかしそれを説明する言葉を当時彼はまだ持っていなかったように思います。
今では公式サイトで自身の各作品に対する解説を書き、平昌オリンピックでは解説者としての側面も見せました。大学での活動は彼に自身の考えを表現するための言葉を与えたのだと思います。
現役当時、羽生結弦のような華やかな選手が同時にいたこともあり、彼の何がそんなに特別なのか、お恥ずかしながらよくわかっていませんでしたが、2014年の世界選手権で演じたエデンの東は鮮烈でした。今でも忘れられない。現役時代の最高傑作ともいうべき、あれは本当に美しいプログラムでした。

 

競技引退以降はショーの舞台で自ら振り付けた作品を発表してきました。
今回これを書くにあたってWeb上で見られる限りの全ての作品を見返しました。
彼はフィギュアスケートを総合芸術と呼び、身体表現と照明効果や音響を含めたすべての要素での芸術としての完成を目指していました。
どの作品も素晴らしいものでしたが、特に、2017年に発表したSwan lake及びDon Quixote、2018年のBoleroは印象深い。
過去の著名なバレエ作品への深い研究をもとに作られたそれらはいずれもとても挑戦的で、私たちにフィギュアスケートの新しい可能性を示してくれました。
プログラムにバレエ音楽を用いる選手は数多くいますが、振付やポーズ、身体表現に至るまでここまで深いリスペクトをもってそれに臨んでいるスケーターはほかにいないと思います。だから、彼の立ち姿は美しい。特に一つ一つのポージングの美しさは目を見張るものがあります。
そのうえで、ただの模倣ではなくフィギュアスケートにしかできない表現に昇華させている。

その求める表現のためならばFSの2倍以上の時間の演目にも果敢に挑み、照明効果や演出にこだわり、挙句の果てには撮影のカメラワークにまで口を出すという、ちょっとスタッフには面倒くさい?スケーターだったかもしれません。でもそれに付き合うだけの価値がある表現を彼は行ってきたのでしょう。

ルールに縛られた競技から離れ、彼は表現者として圧倒的に自由でした。

 

2014年の全日本で引退を表明した際は何でこんないい時期にやめるんだと思ったものでしたが、今年のボレロを見たときは「この演目を滑りきれる体力と表現力があるときに町田樹がプロでよかった」と心の底から思いました。
コンパルソリーから静かに始まり、ベジャールのボレロ振付を随所にちりばめて(私はバレエには詳しくないですが、数年前の大晦日ジルベスターコンサートでシルヴィ・ギエムの凄まじいボレロを見て衝撃を受けたので見覚えがありました)盛り上がっていく音楽とともにあたかもトランス状態にあるかのごとく客席を巻き込んでひたすらに高みへ昇っていく。8分間のラストには4回連続のバレエジャンプという肉体の限界に挑んだ作品です。
こんなことをやろうと思うのもこれを完成できるのも彼しかいない。そう思える作品でした。

そしてそのあと、突然に引退を宣言し、2018年10月7日のカーニバルオンアイスで発表する新作でスケーターとしての最後とするというのです。
私は心底後悔しました。

ここまで語ってきておいて、私は町田樹の演技をまだ生で1度も見たことがないのです。
ボレロの映像に大層感動して来年はPIW見に行こうかなあなんてのんきに構えていた矢先の引退発表でした。

いつだってその人の演技はそれで最後かもしれないのに。豊かな身体は有限であるのに。そんなことは10年以上スケートファンをやってきて重々わかっていたはずなのに。

 

今回、さいたまスーパーアリーナで冒頭演じた2作品について話をしましょう。

1作目《そこに音楽がある限り》、ああなんと軽やかでなめらかで、音楽とともに滑り舞い踊る喜びに満ち溢れているのでしょう。そんなに楽しそうなのにあなたはそこを去ってしまうの?という感傷に襲われます。
そして2作目、《人間の条件》。こちらはマーラーのアダージェットに乗せた、町田樹史上最長の大作です。
今回限り、たった1回の、それも最後の演技で、彼はジャンプで2度の転倒をします。
もちろんそれは全体の表現を損なうようなものでは決してありませんでしたが、彼の求めてきた完ぺきな表現、総合芸術としてのフィギュアスケートの結末としてはとても残酷なものに思えました。

そして、私たちがずっと見つめてきたフィギュアスケートそのものの残酷さが痛いほどに。
どんな苦しみがあっても、どんな絶望に襲われても、人は生きていかなければならない。そういうメッセージを込めたと語るこの作品の結末としては、ある意味完ぺきな演技よりもふさわしいものであったのかもしれません。喜びがあふれていた1作目とは全然違う、美しくて痛くて、でも目が離せないフィギュアスケートの本質的な魅力が詰まっていました。

青い光に包み込まれたラストはあまりにも劇的で、彼のまさに集大成と呼ぶべき作品でした。現地で見ていたファンは比じゃない消耗の仕方をしただろうなと思います。録画で見るだけでぐったりしました。

 

引退セレモニーで彼はとてもすっきりした顔をしていて、聴衆に向かって最後にこう伝えました。
「フィギュアスケートは見てくれるオーディエンスがいなければ成り立たない。今、フィギュアスケートは素晴らしいスケーター達によって隆盛を迎えている。皆さんが彼らを支えてほしい。皆さんの力でフィギュアスケートをブームではなく文化にしてほしい」

震えました。

フィギュアスケートを文化に。ファンの力によって。

 

どんな苦しみがあっても人は生きていかなければならない。
町田樹がいなくなっても、否、どんなスター選手がリンクを去っても、私たちファンはフィギュアスケートを見つめ続けなければならない。
裏にそんなメッセージがあるのではないかとすら思えました。

 

 

カーニバルオンアイスの録画を見終わって、涙を流す前にいてもたってもいられずこの文章を書き始めていました。
町田樹という表現者の願いに報えるなんて恐れ多いことは何も言えない。私は彼の演技を一度も見に行かなかったのですから。
それでも伝えたい。町田樹という一人の優れたスケーターが、芸術家がリンクにいたこと。

想像もつかない、彼がどんなにフィギュアスケートに人生を捧げてきたか。
どんなに信念を持ったスケーターで、表現者であったか。
作家にとっては呼び捨てが一番の敬称だという言葉がありますから、私は彼のことをただ「町田樹」と呼びました。不遜に見えたならご了承ください。

 

 

本当にありがとう。あなたが私たちに全力で示してくれたこと、絶対に忘れません。

もちろん、その気になったらまたリンクに帰ってきてください。その時は絶対に見に行きます。
いちフィギュアスケートファンとして、これからのあなたの新しい表現に心から期待しています。

 

参考
町田樹オフィシャルサイト(http://tatsuki-machida.com/index.html)
ワールド・フィギュアスケート別冊「町田樹の世界」

やまがある日記〜八ヶ岳(2899m) 1日目

  • 2018.10.06 Saturday
  • 00:03

2018年9月中旬

曇り時々雨のち晴れ

 

山梨と長野の間にまたがる八ヶ岳連峰は南北中央アルプスと並んで登山者憧れの山岳だ。荒々しい岩稜や苔むした美しい森が魅力である。
さすがに物狂いは言いすぎじゃないかと思うが、とりあえず2018年最後の遠征登山として、最高峰赤岳から横岳、硫黄岳とめぐる南八ヶ岳の定番縦走コースを計画した。
二日間で累積標高差は上り・下りともに2300m超、距離は20卍兇斑罅垢縫蓮璽匹蔽羌藜垳けコースである。

美濃戸口で夜行バスを降り、関東から車で来た友人たちと合流する。今回は総勢6名のパーティで、にぎやかな山旅になりそうだ。登山届を出して出発する。

 

美濃戸口から1時間林道を歩くと、何軒かの山小屋が見えてきた。ここまでは車でも上がってくることができる。
少し休憩しているうちに細かい雨が降ってきた。レインウェアを羽織って出発する。
霧の中、苔むした森を沢に沿って進んでいく。

ふかふかした苔は濡れて一層鮮やか、いたるところに生える様々なキノコもかわいらしい。最近結婚した友人は配偶者がキノコ好きらしくしきりにスマホでキノコを撮っている。

以前は登山道わきの植物などには目もくれない男だったのに変わるものだ。

 

苔ときのこ
霧に包まれる森

 

2時間ほど歩くと赤岳鉱泉に着く。ここで昼食にし、ヘルメットをレンタルする。
昼食をとっている間一瞬ザッと本降りになったがすぐにやんで、行者小屋に着くころにはまだガスが残るもののだいぶ天候は回復していた。行者小屋からは壁のような山肌が迫り、紅葉しつつある森と雲をまとった稜線が荒々しくも美しい。
しかし赤岳鉱泉でゆっくりしすぎたせいで予定より遅れている。既に1時を回り、予定通り文三郎尾根から赤岳に登頂していては今日泊まる赤岳天望荘に着くのが遅くなってしまう。赤岳登頂は明日に回して地蔵尾根から直接山荘へ行くことにした。

行者小屋からの地蔵尾根の登りは徐々に傾斜を増し、森林限界を超えると最後はほとんど壁に近い岩場をはしごや鎖を頼りによじ登っていく。ガスがあるおかげで高度感はさほどないが、滑落したら大怪我では済まない。落石も怖いのでヘルメットの顎ひもをしっかりと締めた。
浸食によってできた石柱が立ち並ぶ奇妙な景観の中を慎重に登っていく。雨がやんでいてよかった。岩はさほど濡れておらず、安心して足場を探すことができた。
やっとの思いで稜線まで登りつめると、天望荘はもうすぐそこだ。
やれやれと思っていると雲が切れて赤岳の鋭く端正な姿が目の前に現れた。惚れ惚れするほど凛々しい山だ。早くあのてっぺんに立ってみたい。

 

地蔵尾根の鎖場
赤岳と手前に赤岳天望荘


山小屋で受付を済ませ、増築を繰り返して迷路のようになっている通路を通り部屋に案内されると、窓から富士山が望めて感激した。眺望も素晴らしいが、コーヒーのサービスがあったり食事がバイキング形式であったり稜線上にもかかわらず入浴ができたりと大変快適な山小屋だった。
夕食の後外に出るとすっかり雲が切れ雲海の向こうに沈む夕日がすばらしかった。北アルプスの峰々も美しい。横岳の鋭い岩稜が赤く染まっている。
がんばって登ってきたご褒美には十分すぎる景色だった。
明日は赤岳に登った後、横岳の岩場を越えて硫黄岳まで、長い行程になる。
山荘の五右衛門風呂で汗を流してゆっくり休むことにする。

 

夕日
夕日に染まる横岳

やまがある日記〜八ヶ岳(2899m) 2日目

  • 2018.10.06 Saturday
  • 00:00

2018年9月中旬

 

狭い寝袋の中で中々うまく眠れなかった。4時45分に起床し、あわただしく朝食を摂って外に出る。日の出には間に合った。
彼方まで広がる雲海に金峰山と瑞牆山、少し南に富士山が浮かんでいる。雲海の端が明るんで、太陽がゆっくりと顔を出した。こんな見事な日の出を見るのは久しぶりだ。

 

雲海と日の出


赤岳山頂までは小屋から往復1時間程度なので、ザックを置いてペットボトルの水だけ持って出発する(両手はフリーでなければならないのでベルト通しにカラビナでぶら下げる)。
連休で人が多く、崩れやすい岩場の斜面に大勢が取りついてなかなか思うように進まない。
前を登っていた友人が小石を落としてしまった。
「ラク!」
慌てて叫んで下を見たが幸い加速がつく前にすぐ止まった。
こういうことがどうしても起こるのでヘルメットがあると安心だ。
高度を上げていくとどんどん視界が広がって、木曽駒ヶ岳や後立山連峰、妙高・火打山も見えてくる。中部山岳を何度か訪れるうちに見える山々の位置関係が大分わかってきた。
頂上山荘の前まで登り切ると南アルプスの山々が目の前だ。甲斐駒ヶ岳に仙丈ヶ岳、なんと大きいのだろう。
憧れの赤岳に登頂できて感無量、じっくりと写真を撮りたいところだったが、山頂の碑の前はあまりにも人が多いので集合写真を撮ってすぐ退散した。

 

赤岳山頂の奥に南アルプス
稜線

 

一旦天望荘に戻り、置いていた荷物を回収する。
赤岳登頂を2日目に回した影響で本来の予定ならもう横岳を過ぎているぐらいの時間だった。予定通り縦走するか直接下山するかで作戦会議をする。
皆体力的には問題なく、しかもこの素晴らしい天気と展望ですぐに下山というのはあまりにももったいない、ということで予定通り硫黄岳まで縦走することになった。

まずは横岳まで梯子や鎖場をこなしながら向かう。斜面は切れ落ちているので滑落すれば無事では済まないが、とはいえ岩場は何とも楽しい。
高度を上げると赤岳や阿弥陀岳の姿が壮観で見飽きることがない。
イワヒバリの群れが岩場を楽しげに飛び回っている。彼らから見れば何でこののろまな生き物たちはえっちらおっちら登っているのだろうかと思うかもしれない。
細かいアップダウンを繰り返して北上していく。

 

富士山をバックに立つ人


大同心の垂直の岩壁をクライマーの集団が登っているのが見えた。赤岳鉱泉からとりつきのための道が出ているので、有名なクライミングスポットなのだろう。すごいなあという感想しか出ない。
西風が強いので西側斜面にいる時と東側斜面にいる時で体感気温が驚くほど違う。とはいえこの時期としては暖かいしかといって暑くもなくとても快適だ。岩の間の高山植物の葉はすっかり赤く染まって、ああ秋なんだなぁと思う。楽しい夏山シーズンはいつもあっという間だ。
横岳のピークを過ぎると岩場は終わりに見えたが、最後に難所があった。カニのヨコバイと呼ばれるトラバースである。足元はすっぱりと切れ落ちている。
24人もの団体が反対側から一気に渡ってきて、ずいぶんと待たされた。横柄な態度のリーダーが狭い場所で待たされているこちらに指図してくる。3つぐらいに分けて渡ればいいものを、と少しむっとする。
トラバース自体は鎖もしっかりしていて、見た目ほどは恐ろしくない。まあ、落ちたら死ぬのだが。
カニのヨコバイを抜けると急に穏やかな稜線に変わる。火山らしい礫の道だ。

 

大同心の上に立つクライマーと、奥に甲斐駒ヶ岳
草紅葉
蟹の横這い コントラストで白飛びしてしまった


硫黄岳山荘の前を抜けると最後の登りにかかる。緩やかで広々とした斜面は霧が出ると道を見失ってしまうので点々と目印のケルンが立っている。
遠目から見ているより長い登りだった。息を切らせて登りきると山頂は広々とした台地で、登ってきた反対側には巨大な爆裂火口が口を開けている。この規模で山が吹きとんだのだと考えると、そのエネルギーというのは想像を絶する。
この先も天狗岳などを通って蓼科山までずっと長い縦走路が続く。いつか歩いてみたい。
赤岳からの縦走路を振り返り、南八ヶ岳の個性的な風景に時間を忘れて見入ってしまう。よく歩いたなぁという充実感で満ち足りている。ああ、下山したくない。

 

硫黄岳の爆裂火口

 

しかしこんなに充実してやり切った感がすごいがこの後ゴールの駐車場まではあと4時間以上行程を残している。この下山は過酷だった。
赤岳鉱泉まで下って昼食をとったあたりまでは元気だった。前日には見られなかった赤岳鉱泉からの青空に映える赤岳の姿を目に焼き付け、名残惜しく下る。
前日の印象とは大違いの明るく輝く沢に目を奪われる。
しかしそのあと美濃戸山荘まで下ってからの林道1時間は厳しかった。よくしゃべるメンバーだがさすがに皆だんだん寡黙になる。
八ヶ岳山荘にようやくたどり着いたころには足が棒のようであった。
無事の下山を喜びあい、近くの温泉に入ったまではよかったが、帰りの特急しなのは指定席も自由席も満席で疲れ果てた足で2時間立ちんぼうを食らうなどした。東京組は30劼僚詑擇砲屬弔りこちらも大変だったようである。
家に帰るまでが登山ということで、最後まで気が抜けない山旅であった。

 

硫黄岳から振り返る 奥真ん中が赤岳 左のとがっているのが横岳

やまがある日記〜立山(3015m) 2日目

  • 2018.07.21 Saturday
  • 21:30

2018年7月中旬 晴

 

2日目の朝も晴天だった。テントから這い出ると日の出前で空気はひんやりしている。ぐっと伸びをして深呼吸する。意外と良く寝た。
別山の肩あたりから現れる太陽を見たい気もしたが、待っていると遅くなるので菓子パンとコーヒーで簡単な朝食を済ませ出発した。昨日と同じく不要なものはテントにデポする。
最初の一ノ越までの1時間半は、立山の箱庭の真ん中を突っ切るゆるやかな登りだ。整備された良い道で景色もいいのに、道迷い注意が効いているのか登山者もほとんどおらず静かだった。
振り返ると奥大日岳から順番に光が差し込んでいく。とても爽快だ。
途中何度か雪渓を渡りながら高度を上げていくと、一ノ越山荘についた。強い風が吹いていきなり視界が開け、北アルプスの展望が広がる。

朝日に照らされる奥大日岳(奥の高い山)


一ノ越から雄山までは足場の悪い急登で標高差300mを一気に上がる。崩れやすい岩と砂の道を登っていく。登山者の多い山の割にルートがわかりづらいが、とりあえず上を目指す。
落石に注意しつつ1時間ほど登ると、1つ目のピーク雄山(3005m)に着いた。立山という山は存在せず、雄山・大汝峰・富士の折立の3つのピークと室堂を含む広いエリア全体を総称して立山と呼ぶ。地図では便宜上雄山山頂が立山となっている。北アルプスの大展望とともに奥には富士山も顔を出す。
富山側は雲海に包まれ、遠くには雲海に浮かぶ白山の頂も見えた。
南側には薬師岳から鷲羽岳、三俣蓮華岳、双六岳などを経て槍ヶ岳へ至る長大な縦走路が見渡せる。折立を出て雲ノ平を通り上高地まで、私の足では5日かかるだろうか。黒部の山賊を読んでからあの縦走路に憧れてやまない。いつかテントを背負って歩いてみたいものだ。

 

薬師岳、笠ヶ岳、槍ヶ岳など
真ん中あたりに富士山

雄山山頂には雄山神社がある。御朱印を頂いて、山頂の社へ参拝した。500円を払って入れてもらうと、宮司がお祓いをしてくださる。黒部の山々に太鼓の音が響くと何とも言えず荘厳だ。社の下には丸い石がたくさん転がっている。これらは元々ここにあった石ではなく、麓の河原で石を拾ってここに納めるという信仰があり参拝者が持ち込むのだそうだ。
雄山を出て高度感のある荒々しい岩場の尾根を20分ほど歩くと富山県最高峰、大汝峰(3015m)だ。ストックを登山道のわきに置いてよじ登ると真下に黒部第4ダムと黒部湖を見下ろせる。以前観光で訪れた際も感じたがよくもまあこんなところにあんな巨大なものを作ったものだ。
東側には鹿島槍ヶ岳や白馬岳といった後立山連峰の山々が迫る。そしてなんといっても北側正面に堂々そびえる剱岳である。荒々しい岩稜は見る者を圧倒する迫力がある。いつか登ろうと思うが、まだその時ではない。来年とか。

 

剱岳を望む

大汝峰を抜け冨士の折立のピークを過ぎると後は下るだけだ。急な岩場の下りを終えると登山道の風景はがらりと変わり、真砂岳へ向かう穏やかな印象の尾根になる。東側の巨大な雪渓に雲が影を落とし通り過ぎていく。旅も終わりが近づき、名残惜しい気分だ。
真砂岳から大走りを一気に下り雷鳥沢へ戻る。ほとんど夏道が出ていたので私たちはそっちを通っていたが、スキーを背負った人が単独で雪渓を登ってきた。クラックをかわし、ピッケルで足場を確かめながらアイゼンでどんどん登っていく。かっこいいなあとしばし見送った。

 

室堂を見下ろす
真砂岳への稜線
雪渓を登る人


雷鳥沢にたどり着いたのはちょうど12時だった。カップ麺で簡単な昼食を済ませ、テントを撤収する。解体するのはいいのだがフライシートはすべすべした素材でうまくたためないし付属の袋は小さくてどうやって入っていたんだか見当もつかない。仕方なく無理やり詰め込んだ。私は何かをたたむという作業がとにかく苦手なんである。
何とかパッキングを終え、さてここから室堂に戻るには重いリュックを背負って長い階段を登り返さねばならない。一歩ずつが重く、照り付ける太陽が容赦なく体力を奪ってくる。周りのテント客も死にそうな顔をして歩いている。
ようやく室堂について、立山玉殿の冷たい水を飲んだ時は生き返った心地だった。
見上げる立山は相変わらず雄大で、見飽きることがない。大阪はさぞかし暑いのだろうなあと想像するとうんざりする。あと3日位山にいたい気分だったが、仕方がない。またいずれ必ず来よう。

富山駅で白エビ天丼を買ってサンダーバードでビールを飲むのだ。

 

みくりが池に映る立山


 

やまがある日記〜立山(3015m) 1日目

  • 2018.07.20 Friday
  • 23:00

2018年7月中旬 晴

 

バスを降りて室堂ターミナルから出ると素晴らしい天気だった。
青空の中、目の前に雄大な立山の姿が迫っている。ハイマツの緑の間にまだたっぷりと雪渓が残っている。まぶしいほどのコントラストで、長い移動での疲れが吹き飛ぶようだ。
立山の碑の前で記念撮影をしてから出発する。
たくさんの観光客の間を抜けながら遊歩道を歩いていく。みくりが池は、深い碧色の水面に立山の姿を映している。ポスターでよくみるやつだ、と陳腐な感想を持つが確かに美しかった。

 

快晴


風に乗って硫黄の香りが漂ってくる。地獄谷から流れてくる火山ガスだ。以前は遊歩道を通れていたがガスの濃度が高いため現在は通行止めになっている。みくりが池温泉から見下ろすと、緑豊かな周囲の風景と違って荒涼とした大地に水蒸気が勢いよく吹き出している。ハイマツも火山ガスにやられて立ち枯れてしまっていた。

 

地獄谷で噴き出す水蒸気


ちまちまと1年半ほど500円貯金をしてようやく買ったばかりのテント装備を詰め込んだリュックはいつもよりかなり重い。バランスを崩さないようにゆっくり歩く。血の池や火山ガスで黄色く染まった雪渓を横目に、雷鳥荘の横の階段を下りると、雷鳥沢キャンプ場に着く。所狭しと並んだカラフルなテントが鮮やかだ。見上げると奥大日岳から雄山までの稜線が一望できる。
初めてのテント泊ということで、登山口から近く、温泉があり、ベースキャンプ型の登山が可能、平らな砂地で設営しやすく景色も最高、という三拍子も四拍子も揃ったこのキャンプ場を選んだ。立山も以前観光で訪れてからずっと登ってみたいと思っていた。しかも最高の天気だ。心が浮き立つ。
受付を済ませて、家で何度も動画で確認したようにテントを設営した。初めてにしては首尾よく設営できたように思う。2人分のマットを敷くとかなり狭いが、夜行バスの車内よりは寝られそうな感じだ。

まだ正午前、おにぎりをかじりながら明日の縦走ルートを地図と実際の景色で確認していく。あまりに山が近くて距離感がつかみづらい。
この日はもうここからフリータイムだがテント場にいても暑いばかりなので、雪渓の下見がてら少し山を歩くことにした。
サブザックに水と行動食を詰めて後はテントに置いていく。雷鳥沢を渡り、奥大日岳方面に足を進める。
雪解け水があちこちで小さな沢を作っている。雪が消えたところから高山植物は我先に花を咲かせる。チングルマにコバイケイソウ、ハクサンイチゲ、イワカガミ等が競うように咲き、蜂たちは忙しく飛び回っている。

 

チングルマとイワカガミ
コバイケイソウ


それにしても暑い。太平洋高気圧が張り出し日本全国で記録的猛暑、山の上ならそれなりに涼しいんじゃないかと期待していたが甘かった。もちろん下界ほど気温は高くないがその代わり強烈な日差しに直接焼かれている感じだ。
尾根に出るための登りは一部雪渓を歩く必要があった。雪はこの暑さでザラメ状に緩んでいる。先行者のトレースを辿り、キックステップで登っていく。20分程度だが直登で息が上がった。
尾根に出るとやっと風が吹いて少し涼しい。別山を背に歩いていく。
室堂乗越という鞍部に着くと視界が開け、今まで別山に隠れていた剱岳が姿を見せてくれた。
少し休憩する間に富山側からの上昇気流で雲がわきあがり、剱岳もあっという間にガスに覆われてしまった。奥大日岳まで登ってもよかったが、長旅で疲れているのもあり、今日はここまででキャンプ場に戻ることにする。

 

 

室堂乗越への途中
雷鳥沢の雪渓とわきあがる雲


キャンプ場についてからはヒュッテでアイスを食べたりコーヒーを入れたり温泉に入ったりとのんびり過ごした。雪渓で冷やしていたビールは素晴らしくよく冷えて美味かった。夕方には立山がアーベントロートに赤く染まり美しかった。
夜は冷えるがシュラフに潜り込んでテントの小窓から満天の夜空を見上げるとこれ以上の贅沢があるだろうかと思う。
去年の常念小屋などよりよほどゆっくりと眠ることができた。

 

アーベントロートとキャンプ場

やまがある日記〜道迷いについて 五頭連峰親子遭難を受けて Mr.マルーン

  • 2018.06.02 Saturday
  • 00:02

五頭連峰で行方不明になっていた親子の遺体が、3週間たってようやく発見されました。死因は低体温症とのこと、薄々わかっていたことではありますがとても残念です。捜索隊の方々の尽力に敬意を表します。

2人は寄り添うように亡くなっていたそうで、いつまで生きていたのか、どっちが先に亡くなったのか、残された側はどんな気持ちで動かなくなった家族のそばで自らの死を待っていたのか、考えると胸が締め付けられます。
親子は道に迷ったからビバークすると家族に連絡、翌朝下山すると再び連絡があった後行方がわからなくなったそうです。家族が交番に届けた際、そこの駐在員が情報を留めおいたため捜索の初動が遅れてしまったということも話題になりました。
ビバークを決めた時点ですぐに救助要請をしていれば。初動が遅れていなければ。もちろんそれで命が助かったかどうかはわかりませんが、少なくとも携帯電話が通じている時間があった以上、ひょっとしたらと思わずにはいられません。


現場はまだ雪が残る山中で、松平山山頂から1.7kmほど離れたコクラ沢という場所だそうです。ニュースを見て、ああ、やはり沢か、と思いました。
道迷い遭難には一つのパターンがあります。道を見失ってさまよった挙句、沢に降りていく。そして滝や砂防ダム、堰堤にぶつかってそれ以上進むことも登り返すこともできず、身動きが取れなくなる。結果として滑落や低体温症による死を招きます。谷間に入り込むとヘリコプターからの発見も難しくなります。
羽根田治氏のドキュメント遭難シリーズ、道迷い遭難は遭難者たちがどういうプロセスで沢に迷い込んでいくのかがリアルに追体験できます。「迷ったら戻れ」「迷ったら登れ」は登山の鉄則としてわかっているはずなのに、皆総じて吸い込まれるように沢に降りて行ってしまうのです。
羽根田氏は山岳遭難の統計上最終的に滑落死であれば滑落遭難とされるが、そのうちのかなりの割合が道迷いに端を発しているのではと言っています。
かなり怖い本ですがとても面白いのでおすすめです。

 

ドキュメント 道迷い遭難

 


こちらのブログ記事では鈴鹿の御池岳で遭難し6日間さまよった本人がその壮絶な体験について書いています。このブログ作者はその1年後同じく鈴鹿の御在所岳で遭難し亡くなっています。読む限り若干問題のある登山スタイルなのは間違いなく、反省がなかったのか、せっかく生還したのに残念です。

 

山岳遭難記録 〜鈴鹿 御池岳ゴロ谷での6日間〜

 


私は山に入る際は電波が通じなくても使える登山用GPSアプリを入れ(ヤマレコ・YAMAP等)、電池切れが怖いので予備のモバイルバッテリーを持ち、紙の地図とコンパスも持っていくようにしています。紙の地図はバックアップの意味もありますが広域のルートを確認するには小さなスマホ画面よりも便利です。
万が一夜になってしまう可能性を考慮してヘッドライトとエマージェンシーシートは必須です。また、登山届の提出はもちろん、近しい友人には行先と予定コースを告げ、下山報告までするようにしています。
これらは登山スキルが高いか低いかは関係なく、山に入る以上当然のリスクマネジメントだと思っていますが、残念ながらここまでする人はそれほど多くないというのが現状のようです。
私自身、道を見失っておや?と思うことはよくあります。その時にすぐにGPSで確認できれば、深みにはまる前にリカバーできます。地図読みには高度なスキルが要求されますが、GPSで一目瞭然に現在地が分かれば道迷いをする人もきっと減るでしょう。
道迷いに高山低山は関係ありません。高尾山や京都の大文字山ですら年間何件も遭難事例があります。むしろ、里山の方が作業者用の踏み跡が縦横にあって迷い込みやすいという場合もあります。


今回の親子がどの程度の準備をして山に入っていたのかは今後検証されていくでしょうが、6歳の子供が雪の残る山中に置かれてはあっという間に行動不能になってしまうことが想像できます。あるいは、父親1人であれば生き残る道があったかもしれませんが、子ども一人をかついで登り返せるような状態ではきっとなかったでしょう。詳細は今となってはわかりません。


私は登山者としてはようやく中級者に片足突っ込んだ程度であまり偉そうなことをいう身でもないですが、少しでもこういった遭難事故が減ればと思い書かせて頂きました。
長くなりましたが、今回発見された2名のご冥福をお祈りいたします。

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