やまがある日記〜白山(2702m) 2日目
- 2023.02.03 Friday
- 07:00
晴れ
夜明け前に目覚めて、準備運動もそこそこにヘッドライトをつけてスタートする。ガスが出ていて、ご来光はどうだろうか、と思いながら登り始めてしばらくして、日焼け止めを塗るのを忘れたことに気が付いた。アタックザックにも入れ忘れている。マズい、と思うが今更小屋に戻るわけにもいかないので、とりあえずそのまま登る。
30分ほどで御前ヶ峰に着くとすでに多くの人が日の出を待っていた。
明るくなってはきたものの、ちょうど視線の高さより少し上あたりに雲がかかったり切れたりして、なかなか太陽が顔を出さない。雲の切れ間から何とかオレンジ色の太陽が見えた。
少し待てば晴れそうな気がしていたが、何しろ日焼け止めを塗っていない。無防備に標高2700mの陽ざしに当たったら真っ黒になってしまう。アラサーの肌にさすがにそれは勘弁なのでそそくさと室堂へ下り始めると、もう雲が切れて展望が開けた。室堂平と別山にかかる雲が朝日に照らされ輝いている。素晴らしい朝だ。
小屋に戻って荷物をまとめ、今度こそしっかりと日焼け止めを塗る。登山の前日に金沢の有名店で買ったパンを雑に口に詰め込んだら出発だ。
当初は観光新道を使って下山するつもりだったが、山頂から降りてくるときに別山の側に見えた雲海に心惹かれて、そちらがよく見えそうなエコーラインを通ることにした。
室堂を出て見上げると白山の上はすっかり晴れて青空が広がっていた。弥陀ヶ原の木道をエコーライン方面へ足を進める間も何度も振り返って見上げた。本当にいい山だ。
エコーラインは歩を進めるたび絶景で、別山を超えてくる雲海も雄大で美しい。雲の切れ間に奥穂高岳や槍ヶ岳が顔を出したのもうれしかった。
別山尾根を背景に草原と針葉樹の森が交互に波打つように広がって、その間に南竜山荘がある。本当はここでテント泊をしたかったが、この年はトイレの改修工事のためテント場が閉鎖されていた。昨年行った人によると相当綺麗になっているらしい。次に来るときはきっとテント泊で、別山尾根を歩きたい。
エコーラインを抜けて砂防新道と合流したら、あとはひたすら下るだけだ。
下っている間、ずっと父のことを考えていた。
いや、登っている間も、絶景に心奪われている時も、写真を撮っている時も、小屋で休んでいる間も、父のことはずっと頭の隅にあった。
山には中高年の男性がたくさんいて、父よりも年配の方も多い。皆、自分の足で元気にしっかりと歩いている。この人たちと、父を分けたものは何だったのだろう。父も、倒れるまでは元気だった。ICUのベッドに横たわっているうちにガリガリにやせ細ってしまった足を思い出す。もう、一緒に酒を飲みながら話すことも、もちろん山に登ることもできない。
そういうことは、一定の確率で起こると知っている。ありふれた不幸だ。それでも不思議だった。
父のことを考えている自分と、山を心底楽しんでいる自分は常に同居している。一人で山に登っている時は、いつもどこかで父の不在を感じている。
そうならなくなる日が、いつか来るだろうか。私の寂しさも心細さも、山はなにも気にかけてはくれない。
別当出合に着くとあと10分程度で金沢行のバスが出るところだった。トイレだけ行かせてもらって慌てて乗り込む。これを逃すと数時間何もないところで待たないといけなくなるところだった。
素晴らしい山旅を終え、満ち足りて安心した気持ちで、バスの揺れにうとうとと身を任せていた。