技能賞受賞を受けて Mr.マルーン

  • 2019.06.30 Sunday
  • 00:00

こんにちは。マルーンです。


5月の技能賞をいただきましてありがとうございます。
今まで存在しなかった賞をいきなり頂くことになり戸惑っている部分もありますが、うれしいです。百合をやる、という試みは自分にとっては結構挑戦でした。反省点は多くありますが、予想していた以上に楽しんでいただけたようでよかったです。

 

さて、皆さまご周知のとおり現在日本SF界隈では百合が一代ムーブメントとなっております。昨年刊行されたSFマガジン百合特集は空前絶後の3刷を記録し、つい先日発行された百合SFアンソロジー「アステリズムに花束を」も発売初日にAmazon在庫が枯れ増刷決定など破竹の勢いで売れてるらしい。マルーンも両方買いました。
「アステリズムに花束を」は単にSFアンソロジーとして見ても大変内容の濃いもので、数か月前にご紹介した「天冥シリーズ」の小川一水氏などそうそうたるメンバーが参加しています。読めば百合およびSFというジャンルの多様性と相性のよさ、またこの生まれたばかりの新ジャンルのフレッシュさを感じていただけると思います。
今回のこのムーブメント自体はSF作家宮澤伊織氏(代表作:裏世界ピクニックシリーズ)によるインタビュー『百合が俺を人間にしてくれた』がSNS上にて鬼のようなバズを記録したところに端を発していますが、もとより平成の国産SFの金字塔であるところの、伊藤計劃「ハーモニー」は紛うことなき百合SFでした。百合SFの機運自体はもっと前から始まっていたわけです。「ハーモニー」はもう読んでいない人とはSFの話をするのは難しいぐらいの傑作です。ぜひ同氏の「虐殺器官」から読んでいただけたらと思います。
漫画・アニメであれば、史郎正宗「攻殻機動隊」にはレズビアン描写が入っていますし、最近であれば、つくみず「少女終末旅行」は代表的な百合SF漫画でしょう。少女二人がキャタピラ車に乗って崩壊した階層都市を旅する、というストーリーです。おすすめです。

 

「女性同士の関係性」という意味では本来百合はどこにでもあります。百合はジャンルではなくタグであるということを言っている人もいます。百合だと思えば百合が咲く。
既存の作品を百合という文脈で改めて見直すことによる発見もあります。ナウシカとかアナ雪とかめちゃくちゃ百合。
アナ雪については最初見たとき全然面白くないと思いましたけど姉妹百合だと思って見ると感じ方が変わります。傷つけ合いすれ違う二人の愛!実際男性キャラの影がかなり薄いんですが。

 

百合とはなんぞや?という疑問についてはとても私ごときが書き尽くせるようなものではないので、先にご紹介した宮澤氏のインタビューや百合SFアンソロジー等等をお読みいただくとして、拙作「インスタント・キス」は路傍の字書きであるところの私もこのブームの尻馬に乗って百合をやろう、やりたい、いや、やらねば、という浅はかな考えでありました。
書いてみてわかりましたが全ッ然覚悟が足りなかった。
それっぽいシチュエーションとシーンを書いてきれいに文章を整えるという意味での技能は評価いただけてもそこに付属する登場人物の感情と関係性を描き出さなければ何の意味もありません。文字数の問題はありますが、できる範囲で解像度をもっと上げていかないとと切実に感じました。
百合はエモいという考え方自体がフレームとしてジャンルを縛るので危険だという草野原々氏(代表作:最後にして最初のアイドル)の指摘はとても示唆的で、彼の恐るべきバランス感覚を表していると思いますが、それはそれとしてエモいを書けないままエモいを相対化してもしょうがないとも思うんですよね。

 

なので今後はそのあたりを自分の中では強化していきたいなと思っております。

もっと皆さんにも楽しんでいただけますよう精進してまいります。

 

ではでは。

【テーマ】インスタント・キス Mr.マルーン

  • 2019.05.31 Friday
  • 00:00

つやつやと輝く長い黒髪が綺麗だった。肌は日焼けなんて言葉も知らなさそうなぐらい白くて、まつげが長くて、黒目勝ちの瞳はいつもうるんでいて、頬は薔薇色。色付きリップは禁止されているはずなのにその唇はほんのりと紅かった。
手は白魚のように繊細で爪はうっすらピンク色。何の改造もされていない制服のプリーツスカートから伸びる脚はすんなりと細く、小さな膝小僧がかわいらしい。紺色のハイソックスが清楚だ。
おまけに成績優秀で性格はクールだけど、人当たりが悪いわけじゃない。このあたりじゃちょっと名の知れた資産家の一人娘。特技はヴァイオリン。
要するに非の打ち所がない美少女だった。当然ながらめちゃくちゃモテる。スクールカースト特A級。
更に要するに、陰キャの私とはまあ、関係も接点も持ちようがない人物だった。

 

それがどうしてこんなことになってしまったんだろう。
両親と住む何でもない賃貸の3LDKリビングのソファに座って、彼女が物珍し気にきょろきょろしている。
私はキッチンで右往左往している。
「あの、何飲む?」
彼女がこちらを向く。バチリ、と目が合う。大きな目がぱち、と一つ瞬きした。うわ、かわいい。
「お構いなく」
「まあ、そういわずに」
「じゃあ、コーヒーがいい」
「コーヒー」
「ええ」
それだけ言い残すとふい、と目をそらして、今度は母が育てている藻がガラスに張り付きまくった縁日の金魚の水槽を眺め始めた。妙に真剣な目線で緊張してしまう。

 

たまたま下駄箱でばったり会って、たまたま雨が降ってきて、たまたま彼女には傘がなかった。
いつもなら上品なワインレッドの傘をさしているはずなのに。
ちょっとだけ困った顔をしているように見えた。急な雨で気温が下がって彼女のほっそりした白い二の腕に鳥肌が立っているのも気になった。
ちょっとした気の迷いだったのだ。
「あの、うち、家近いんだけど。傘貸すし。来る?」

 

まさかほんとに来るとは思わなかった。
冷静に考えたら傘なんて職員室で借りてもいいしやりようはいくらでもあったんじゃないかと思う。
学年一の美少女と相合傘という状況になって初めて、何で声なんかかけたんだ、と頭を抱えそうになった。たまたま持っていた安っぽいビニール傘が大きめだったからよかったものの、雨脚はかなり強くて、彼女の高そうな革のスクールバッグが濡れてしまわないか気が気じゃなかった。
「濡れてない?」
「ありがとう」
一応きれいなハンドタオルを手渡す。柔軟剤使ってるから大丈夫なはず。いや、何で同級生にここまで緊張してるんだ。
窓の外はまだ激しい雨が降っている。
さてコーヒー。コーヒーなんて飲んだことないからわからないぞ。でも聞いたからには出さなければという妙な義務感にかられている。
とりあえずケトルに水を入れてスイッチ。
戸棚をあちこちあけて探し回ってみると、何かの機会に親がもらってきたらしいインスタントコーヒーの粉を見つけた。
パッケージに書いてある分量をマグカップに投入して、自分のカップには紅茶のティーバッグを放り込む。

沸いたお湯を適当に注ぎ入れると、苦甘いような香りが漂った。ほんとにこんなのがおいしいんだろうか。スプーンでかき混ぜる。
「ミルクとか砂糖とか、いる?」
「何も」
「へえ」
彼女はまだ金魚を見ている。あんな美少女にまじまじ見つめられたら金魚だって緊張するんじゃないかな、と思う。
「金魚、好きなの?」
「別に、普通」
「そう」
会話が続かない。私は対面キッチンの戸棚をあさって何かお茶うけにできそうなお菓子がないか探す。そばぼうろ……まあ、これでいいか。
「この子、名前とかあるの?」
「名前?あー…母さんはエリザベスとか、呼んでた」
「ふっ」
初めて笑った。私はびっくりして彼女の顔をじっと見てしまう。
「そう、あなたはエリザベス…ふふふ」
ささやくように金魚に話しかけるものだからなんだかいたたまれない。
私はお盆に二つのマグとそばぼうろの袋を載せて、リビングに移った。
お盆をテーブルに置く。
「どうぞ」
「ありがとう」
コーヒーとそばぼうろなんて妙な組み合わせだと思うけれど特にそこは気にしていないみたいだ。
私は角砂糖をひとつ紅茶に落としながら、彼女の一挙手一投足を気にしている。
彼女は両手にマグを包むように持つ。薄い唇がふう、と一息マグから立ち上る蒸気を吹いて、それから口をつけた。黒い液体が吸い込まれ、こくり、とその細い喉が動く。
1秒後、彼女はマグから口を放して顔をしかめた。
「泥水ね」
「えっ嘘ごめんインスタントダメだった?」
「それ、食べていいの?」
「あっ、うん」
私はそばぼうろの袋をばり、と破いて差し出した。彼女はその花の形の菓子を細い指でつまんで興味深そうに裏表眺め、おもむろにかじった。さく、さく、といい音がする。
「おいしい」
「そりゃ、よかった。スーパーで100円だけど」
「ふうん」
彼女はもう一度マグカップを手に取って、しげしげと眺めたあともう一度口をつけた。形のいい眉の間にしわがよる。美人は眉間にしわが寄っても美人なんだな、と感心する。
「やっぱり泥水だわ」
「ご、ごめん」
もてなされといてどういう口じゃ、と普段の私ならば思うけれど、彼女の口ぶりがあまりに不愉快そうなので2度も謝ってしまった。
「口直しがほしい」
「え、っと紅茶にする?って言ってもこれもティーバッグだけど…あとは牛乳ぐらいしか」
「いらない」
ずい、と迫られて、彼女の顔が目の前にあった。真顔だ。めちゃくちゃに顔がいい。長い髪の毛から花のような、シャンプーのにおいがする。くらり、と酔いそうだ。
「あの」
「これでいいわ」
「え」
しっかり頭をホールドされて反射的に目を閉じた瞬間、びっくりするほど柔らかいものが私の唇に触れた。さっき入れたコーヒーの香りがした、と思ったらちゅ、と小さな音がしてあっという間に離れていった。


「あの」
「雨、やんだわね」
「あ、え、うん」
「帰るわ。ありがとう」
彼女はそう言ってスクールバッグを肩にかけ、何事もなかったように玄関に向かう。
私はよろよろと立ち上がって彼女のあとを追う。
ガチャ、と玄関のドアを開けると雨上がりのひやりとした風が入ってきた。差し込む西日をバックに彼女が振り返る。

今日一番の笑顔がそこにありそうな気がしてよく見たかったけれど、逆光ではっきり見えない。

「ねえ、今度、二人でおいしいコーヒーを飲みに行きましょうか」

言い残すとあっという間に階段を降りていってしまった。

 

「なんだったんだ…」

招いたのは自分だが、なんというか通り雨というか、ゲリラ豪雨みたいな女だった。教室でもあんな感じだったっけ、と思う。

なんだかすごく疲れた気分でリビングに戻ると、ほとんど減っていないマグカップがテーブルに二つ。もう冷めてしまっている。

なんとなく、そのうちの黒い液体が入っている方を手に取って、一口飲んでみた。

さっき一瞬嗅いだ気がする香りが鼻腔を通り抜けていく。

「…にが…………」

頬が熱いのは、きっと気のせいだ。

やまがある日記〜由布岳(1583m)Mr.マルーン

  • 2019.05.24 Friday
  • 00:00

2019年5月初旬

 

くじゅうからバスで湯布院に下ると恐ろしく整った三角形の山が目の前に迫ってきた。由布岳である。
ハードな山旅を終えて疲れ果てていたので明日は湯布院観光にしてしまってもいいなあ等と日和ったことを考えていたが、この文句のつけようもない美しい山容を見てしまうと登らずには帰れんぞという気分になる。
素泊まりの小さな民宿ではあったが屋根がある暖かい部屋と広くて揺れないベッドというのは実にありがたいもので、温泉で体を温めてからぐっすりと9時間ほど眠ると随分と疲れが取れていた。


宿に荷物を置かせてもらい、サブザックに必要なものだけ入れてバスで由布岳登山口に向かう。湯布院駅前から20分程度で登山口に着くともう由布岳は目の前だ。
新緑のやわらかいグリーンに覆われた山腹からすっきりと端正な曲線を描いて山頂部の岩稜が伸び、青空に屹立している。山頂部には2つのピークがあり、単なる円錐形でないところもいい。力強いが繊細な造形だ。なんと美形なのだろうか。ここまで完成度の高いビジュアルの山はそうない。実のところ私は大変な面食いなので、由布岳のことは以前から気になっていた。
15分ほど広々となだらかな草原を登り、落葉広葉樹の森に入る。ブナやカエデの新緑がまぶしい。観光地湯布院から近接するだけあってメインの登山道はとても歩きやすく整備されている。コースタイムも4時間半と比較的楽なため、子連れも多い。
穏やかな傾斜の登りが続く。前日の疲れは意外なほど感じず、身体がよく動く。調子よくスピードを上げた。ほかの登山者を追い抜きながらぐんぐん歩いていく。足がどんどん前に出る。気持ちがいい。これならかなりコースタイムを巻けそうだ。この日は湯布院発博多行き3時半のバスをすでにとっているので、絶対にそれには間に合わせないといけないのだった。コースタイム的には余裕だがお土産も見たいし早いに越したことはない。
どんどん歩いていくと樹林帯が終わって景色が開ける。正面に湯布院の街とその向こうに前日登ったくじゅうの山並みが望める。さらに南側には宮崎県最高峰祖母山を主峰とする祖母連山が連なる。前日に比べると水蒸気も少ないようで遠くまでよく見えていた。あのあたりの山もいつか歩いてみたい。

 

新緑
右手前に湯布院の街 真ん中にくじゅう 左手奥に祖母連山


気温が上がって暑くなってきた。ソルティライチと水を交互に飲む。昨日は水だけ飲んでいたのでくじゅうから下山して飲んだグリーンダカラの味が分からなかった。ミネラルの摂取も重要だ。
山頂に近づくにつれ、徐々に足元にごろごろとした礫が増えて歩きづらくなってくる。
緩やかな九十九折が終わって最後の急登を一気に登りきると、鞍部で多くの人が休んでいる。一般のハイキング客はここまでで引き返す人も多いだろう。お鉢巡りをしたいところだったが、時間がないので最短で最高峰を目指す。
ここから山頂まではコースタイムは15分ほどだが険しい鎖場だ。ぶつかると危ないのでカメラをしまう。三点支持で丁寧に登れば大きな問題はない。一人ずつしか通れないが、心配していたほどの渋滞もなかった。

 

鎖場
山頂へ


最後のトラバース気味の鎖場を渡りきると、由布岳最高峰の西峰に到着だ。切れ落ちたお鉢が見下ろせる。結局2時間半のコースタイムを25分ほど巻いての登頂となった。
素晴らしいパノラマを存分に眺めて、んんー、と伸びをする。実にいい山だ。比較的コンパクトな登山なので普段ならちょっと物足りなさがあったかもしれないが、ハードなテント泊の翌日と思えばちょうどいい。九州登山旅行の締めとしては贅沢なデザートといったところだろうか。
九州は最高だな、とほとんど山にしかいなかったのにうんうんうなずく。大層満足だった。
ありがとう改元。何しろまだ連休は3日も残っている。テントを干したり靴を洗ったり、いろいろできる。
晴れ晴れとした気持ちで下山を始めた。お土産に何を買おうか。

 

由布岳

テーマコンテスト受賞を受けて Mr.マルーン

  • 2019.05.19 Sunday
  • 00:00
こんにちは。マルーンです。5月も半ばを過ぎて急に暑くなってきましたが皆さま体調を崩されていませんでしょうか。
4月のテーマコンテスト受賞作品に選出頂いてありがとうございます。今回の「はるがなる」は手前味噌ながら珍しく綺麗にハマったというか、うまく書けたと思っていたのでうれしいです。
「遺伝子」というテーマを受けて、最初ウイルスの話かミームの話にしようかなーと思っていました。余談ですが先日読んだ講談社現代新書「ウイルスは生きている(中屋敷均著)」がとても面白かったのでおすすめです。
でもなーと思っていたら最近接木の話を聞いたことを思い出しました。接ぎ木というのは果樹栽培や園芸でよく使われる手法ですが、不思議ですよね。一つの木に別の遺伝子を持った命が共存している。基本的には近縁種で行われますが、そうでない場合もあるそうです。
調べていると割と最近の興味深い研究があって、接ぎ木では基本的には遺伝子は混ざらないと考えられていたのですが、癒着した境目部分をスライスして調べると台木と接ぎ穂の遺伝子が混ざっている、ということがあるそうです。ちょっと面白いですよね。
そんなわけで今回は桜の木に人間の腕を接ぎ木する話になりました。結果的にそこまで遺伝子感を押し出した内容にはなりませんでしたが、4月のテーマ作品ということで春らしい季節感も出てよかったのではないかと思います。

さて、来月のテーマの発表といたしましょう。
PREMIERもたくさんの執筆陣といろんな内輪用語がでてきているので、当然ながらいろんな言葉が出てきます。
そんなわけで来月のテーマは「辞書」
今となっては紙の辞書を引く機会もほとんどありませんが、あのぺらっとした紙の手触りと香りが中高生のころ結構好きでした。

やまがある日記〜くじゅう連山(1791m) 2日目

  • 2019.05.18 Saturday
  • 00:00

2019年5月初旬

 

5時前に目覚めると雲一つない快晴だった。きんっと冷えた空気が気持ちいい。寒すぎて熟睡とはいかなかった。少し眠い。
昨日半分残しておいたアルファ米の五目ごはんにフリーズドライの豚汁をぶっかけて食べる。腹持ちは悪そうだが温まるので。
必要な荷物だけサブザックに詰め、テントに鍵をかけて出発する。今日はくじゅう連山中心部の三座を縦走する周回コースだ。
はじめは法華院温泉のテント場横を通過して鉾立峠まで行く。かつては中岳まで直接アクセスするコースがあったようだが、崩落で使えなくなっている。
緩やかな登りをさくさくと30分ほど歩いて鉾立峠に着くと、朝日に照らされる白口岳の荒々しい急斜面が迫る。ここから標高差350mをコースタイム50分で一気に直登する。今日一番のきつい登りを最初にこなしてしまえるのは後が楽と思うべきかもうちょっと分散してほしいと思うべきか。気合を入れて登り始める。
急斜面を少し登ると展望が開けて坊ガツルが見下ろせる。大船山の右肩から登る朝日が神々しい。昨日登らなかったことを少し惜しく思った。いつか一面のミヤマキリシマで山肌をピンク色に染めたかの山に登れるだろうか。
 

テント場の朝 左手の山が白口岳 真ん中あたりに中岳
大船山から昇る朝日

 

太陽が当たるとあっという間に暑くなってくる。
水を含んだ粘土質の急斜面はグリップが効きづらくうまく登れない。ロープ場もあるが泥だらけなのでなるべく触りたくない。木の枝などにとりついて無理やり体を持ち上げるような場面も多かった。すれ違った単独行の男性が「だいぶ滑りそうですね、お尻汚れちゃうなあ」と朗らかに笑いながら下って行った。笑い事ではない。
やっとの思いで白口岳に登りきると、これから目指す中岳や久住山までの道が見渡せる。ここから先はもうこれほどの厳しい登りはないので一安心だ。
清々しい風が抜ける気持ちの良い稜線を緩やかに下り、コケモモの群落の中を歩く。花の時期はもう少し先だ。稲星山へ向かう途中の分岐で右に折れ、灌木の下を縫うように進んでいくと、中岳の取りつきにたどり着く。
急登を15分ほど一気に登りつめると、九州本土最高峰、中岳に登頂だ。山頂は360度のパノラマで、くじゅう山系の山々を見渡すことができる。
九重とはよく言ったもので、噴火で形成された溶岩ドームや成層火山がいくつも連なる。実に巨大であり、全貌を把握するのも難しい。関西の山にはないスケール感だ。

 

中岳からの風景
ミソサザイ


中岳から一回下って火口湖の横を通り最後のピーク久住山を目指す。澄み切った水に魚の姿はない。振り返ると中岳をバックに水面がキラキラ輝いていた。
久住山への最後の登りはたくさんの登山客でにぎわっている。日帰りでも登れるためハイキング装備の親子なども多い。気軽にこんな素晴らしい山に登れるなんて羨ましい限りだ。
深田久弥はくじゅう連山全体をして九重山として日本百名山に数えたが、山と高原地図では便宜上久住山が百名山ということになっている。それゆえの人出だろうか、と思って登りつめてみると、なるほど今までのピークの中で最も見事な展望であった。この日初めてくじゅうの「外」の展望が開ける。水蒸気が多く遠くまでは見渡せないが、爽快な気分だった。

 

山頂


坊ガツルまでは稜線を久住別れの避難小屋まで下りてから三俣山を正面に見ながら荒涼とした道を進む。噴火によってできたであろうだだっ広く平らな大地の向こうに巨大な溶岩ドームがそびえ、距離感を失わせる。違う星に来たみたいだ。
左手の稜線上には未だ水蒸気を噴き出す噴気孔がある。火山性の山はいくつも登ったことがあるが、この何とも言えない大地の生々しさは火の国九州ならではというべきか、見たことのない景色だった。陳腐な言い方をすると地球のエネルギーとでも言ってしまってもいい。
たとえば私の今歩いている場所の近くで大爆発が起こって火砕流が勢いよく襲い掛かってきたとしたら、なに、と思う間もなく消し炭、いや炭も残らないかもしれない。そういう恐ろしいものが作った絶景なのだ。
ようやく三俣山の溶岩ドームの足元までたどり着き、右に分岐をとる。山を回り込むようにして進んでいくと、坊ガツルのテント場が見えてくる。やはりテント場が見えるとほっとした気分になる。

 

獅子の顔のような岩
荒野
坊ガツルは広々


テントを撤収して長者原まで降りてきたら2時半ぐらいになっていた。楽しみにしていた久住高原のソフトクリームを食べる。

2日間で合計23厠濱冑弦眦个蟆爾蠅修譴召2500m、うち10劼魯謄鵐版颪硫拱を持ってのことでさすがに疲れたが、スタートから下山までおおむねトラブルもなく予定通りにこなせて満足だ。

振り返ると青空にくじゅうの山並みが映えている。実に大きい。今回私が楽しんだエリアもこの山全体のスケールで考えるとごくごく一部に過ぎない。どこかの山頂を目指すというよりはこの大きな山をめぐって旅するような楽しみ方をするのがふさわしいだろう。
次に来るときは二泊ぐらいしてもっとじっくり山を楽しみたいものだ。

 

長者原から

やまがある日記〜くじゅう連山(1791m) 1日目

  • 2019.05.17 Friday
  • 00:01

2019年5月初旬

曇りのち晴れ

 

改元にともないGWが10連休になるという。改元というイベントを祝うべきモノに変えてしまったパラダイムシフトは驚くべきものだと思うが、単に今日が昨日になるだけのことなのになあとも思える。ともあれ10連休である。何をするか。むろん、登山しかない。それも普段なかなか行けない山に登るべきだ。
中部山岳はまだまだ雪山で私の手には負えない。というわけで、火の国九州の山に登ることにした。

 

さんふらわあの船上で平成最後の夜を過ごし、別府港から九州横断バスに乗り込んで霧のやまなみハイウェイを約2時間。くじゅう登山口、長者原へ到着する。時刻は10時前。
すでにおなかが空いていたので、とりあえず売店で牛すじコロッケを買って食べる。
直前まで天気予報は安定せず心配していたが、曇っているものの雨は降っていない。山の姿も見えている。十分だ。15kg近いずっしり重いザックをどっせいと背負って歩き出した。
今回利用するテント場の坊ガツルまでは長者原からゆるやかな登りを2時間程度。新緑の落葉樹の森をゆっくり歩く。ハイキングにも利用されるよく整備された道だが、ぬかるみがひどい。火山特有の黒土は水はけが悪く、前日の雨を存分に吸ってぐちゃぐちゃになっている。滑りやすいし歩きにくいしおまけにかなり不快だ。スパッツが真っ黒になってしまった。
樹林帯を抜けるといきなり平らな湿地帯が現れる。雨ヶ池と呼ばれるポイントで、その名の通り雨が降ったときだけ池ができるという。湿地帯の真ん中に渡された木道をのんびり歩く。夏になれば緑の草原に花が咲き乱れるのだろうが、今はまだ枯れ草で少しもの寂しい。三俣山のどっしりした溶岩ドームを右手に歩いていく。

 

森の中
雨ヶ池の木道


雨ヶ池の湿地を抜けると再び樹林帯に入り、少し行くと坊ガツルのキャンプ場が見えてくる。荷物が重くてなかなかペースが上がらず、2時間程度の行程だがやっと着いた、という印象だった。
坊ガツルはくじゅう連山の二つの山系に挟まれるようにある盆地だ。広々とした草原はラムサール条約にも登録される湿地で、貴重な自然が残っている。そこかしこにハルリンドウがかわいらしく咲いていた。

 

ハルリンドウ


芝の上のなるべく平らで湿っていない場所を選んでテントを設営する。テント場はGWの割には混んでいないがそれでも30張り以上はある。今は炊事場とトイレの周辺にテントが集中しているが、ハイシーズンには、もっと広範囲がぎっしりとテントで埋め尽くされるらしい。今回はいたって静かなものだ。
テントを設営し終えて昼食にする。昼は簡単にカレーうどんだ。カット野菜と一緒にさんふらわあで食べそびれた明太子マヨネーズかにかまを入れてみたが、明太子マヨは溶けてしまってよくわからなかった。カレーだしはすべてを蹂躙する。
腹もくちて、テントでしばらく横になる。コロコロコロ、とカエルが土の中で鳴いている音がする。暇だ。寝てまいそう。

予定だともう少し早くついてさくっと大船山に登るつもりだった。コースタイムは往復2時間半。現在2時前。戻ってきたら4時半…ぎりぎりいけそうだ。よし、と思い立って出発した。
と、勇んで出発したはいいものの、長旅の疲れが抜けていないのか同行者の元気がない。霧も出てきたし足元もずるずるとぬかるんでいるしで私のテンションも上がらない。うーん。引き返そうかあ。とあっさりテント場に引き返した。今日のタスクはテント設営までなので、気楽なものである。


テント場でコーヒーを入れてまったりとお茶の時間を楽しんでから、歩いて10分ほどの法華院温泉の山小屋に向かった。宿泊もできる立派な山小屋で、500円で日帰り入浴ができる。石鹸の類は使えないが、脱衣所は清潔だし湯の花の浮かぶかけ流しの温泉は私好みの少し熱めで、ゆっくり体を温めることができた。
テントに戻り、コッヘルでおでんを温めつつビールを飲んでいると、徐々に空が晴れてきて青空が見えるようになった。明日の期待が高まる。
標高が1200mあるだけあって夜はぐっと冷え込んだ。外気温は5度を切り、シュラフにカイロを2枚も放り込んだがそれでも寒い。
トイレに行くため震えながらテントを這い出ると満点の星空だった。坊ガツルは標高が高く、さらにくじゅうの山々に囲まれ街の明かりが入らないため、星がよく見えることで知られる。到着時点では曇っていたのであきらめていたが、見られてよかった。

ずっと見ていたいが何しろ寒い。天の川が上がってくる時間にもう一度見に出ようと思ってシュラフに潜り込んだが、結局そのまま起きなかった。

 

夜のテント場

【テーマ】はるがなる Mr.マルーン

  • 2019.04.26 Friday
  • 00:00

月明かりのよく輝く夜更け、一人の男が歩いている。

どこか浮足立った様子で、右手にランタンを下げ、左肩に梯子をかついでいる。男は町外れの真っ暗な林道から山にためらいなく入っていった。
山道をしばらく歩くと、ぽかりと開けた場所に出る。そこには一本の満開の桜が茫、と月明かりに照らされ立っていた。
こんなもの寂しい場所には不似合いなほど立派な巨木である。幹はごつごつと太く、力強く伸びる豊かな枝から無数の花が咲き誇っている。
男はランタンを脇に置くと、その太い幹に梯子を立てかける。再び片手にランタンを取り、梯子を登り始めた。
ひときわ太い一本の枝の半ばに、一本の腕が生えていた。
女の左腕である。ひじの関節の手前あたりから生えたその腕は、手首がかくんと力なく折れて手のひらを上に向けている。しかし生きている。なめらかな肌には張りがあり、ほっそりとした指先まで艶めかしく白い。手首に薄く浮き上がった細い静脈はそのまま下に伸びて、枝との境界に消える。形の良い小ぶりな爪はやすりでもかけたかのように健康的なツヤを帯びている。薬指に指輪が填まっている。
「ああ……さくら」
男はうっとりとした声音でその腕に声をかける。
その腕はまるで自分が単なる古桜の一枝であると勘違いしているのか、指先から手のひらからひじの内側から、薄紅色の花を咲かせていた。ランタンで照らすと一層ほの白く浮かび上がる。無数の花びらに埋もれるようにして、しかし確かにそれは人間の腕であった。
手近な枝にランタンをかけると、男は腕に手を伸ばし、顔を近づけてその手のひらに頬ずりをする。
男はその指先に口づけをする。手のひら、手の甲、手首の静脈をたどり、枝との境目まで、丁寧に唇を這わせていく。

かり、と親指の付け根に歯を立てるとぴくりと腕が震える。うっすらと赤い歯型が残った。
「僕のさくら……きれいだ。愛してる……」
しゅる、とズボンのベルトを緩め、そのままカシャン、と地面に落とす。腕ににじり寄ると、取り出したものをそっと握らせた。ほのかに力が込められたのを感じてうっそりと笑む。そのままこすりつけるようにして一心不乱に腰を振り始めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


わたしには母親がいない。いるのは父親だけだ。きょうだいもいない。
父は腕のいい庭師で、穏やかで優しくて知的で、たぶん、少し頭がおかしい。
「はる、おいで」
「はい、おとうさん」
「いい子だ。はる。かしこくて美しい。お前の母さんに似ている。最近はますます似てきたね」
父はわたしの頭をなでる。わたしは父になでられてうれしい。
わたしの顔は棚に飾られた写真の女のひとにとてもよく似ている。さくら、と父が呼ぶ、もう死んでいない人。わたしの母親だと父が言う人。
わたしがその人に似れば似るほど、周りの人は幽霊でも見たような変な顔をする。
わたしが生まれたときには、その人はずっと前に死んでいたはずだから、計算が合わない。
「はる、おまえに弟か妹ができそうなんだ」
父はうれしそうに言って、わたしを家から連れ出した。
桜が散ってどんどん気温が上がって、夏が近づいている。わたしの誕生日ももうすぐだ。
いつか、夏に生まれたのにはるなの、と尋ねたら、父は「子どもができたらはるとつけるって、さくらと言っていたんだよ」と答えた。
父は梯子を肩にもって歩いていく。わたしは少し後ろをついていく。
山道を少し行ったところに、一本の大きな桜が生えている。すっかり葉桜になって、小さな実をつけている。
父が桜に梯子を立てて登っていくのを待ちながら、足元に目を落とす。
木の根元にいくつかの実が落ちている。桜にしては大きい、人間の拳より少し小さいぐらいの実だ。既に虫や鳥につつかれて崩れかけている。
わたしはその中身を知っている。小さな骨がのぞいているのにも気づかないふりをして、かわいそうに。と胸の奥でつぶやく。
父が木の枝に腰かけて手招きした。
「さあ、はる」
「はい、おとうさん」
梯子に足をかけ、ゆっくり登った。
「さくら、はるを連れてきたよ」
「おひさしぶり、おかあさん」
母は巨大な実をその細くてきれいな腕で守るように大切に抱いていた。表面は赤黒くでこぼこして、大きさはちょうど、バレーボールぐらい。一本しか腕がないのに器用だ。
父は熱に浮かされたような目で腕と実を見つめている。ゆっくり実を撫でて、そのままそれを抱く腕に指を絡ませていく。わたしはその淫靡なさまをただ見ている。父のズボンの股間が少し盛り上がっている。わたしは気づかないふりをする。
「はる、触ってみなさい」
「はい、おとうさん」
そっと指をあてると、とくん、と小さな鼓動を感じた。ほんのすこしだけあたたかい。
わたしのきょうだい。
「ふふ、かわいい」
「そうだろう」
「あとどれぐらいで生まれてくるの?」
「もうすぐだよ」
「男の子?女の子?」
「たぶん、男の子かな」
「名前は?」
「はるに決まっているだろう。僕とさくらの子なのだから。なあ、さくら」
父は心底、変なことを聞かれた、という顔をする。母は口がないから何も答えない。
大きな実はとくん、とくん、と命の音をさせている。

実は細長い軸で母と枝の境目あたりとつながっている。この子の大切なへその緒。
「はる。いい子。かわいいわたしのおとうと」
わたしはポケットからはさみを取り出した。
「ゆるしてね」
ぱちん。

 

ごとり。

最優秀作品賞受賞を受けて Mr.マルーン

  • 2019.04.24 Wednesday
  • 20:00

こんにちは。マルーンです。

3月の最優秀作品賞にお選びいただきましてありがとうございました。投票いただいた皆様に御礼申し上げます。

 

前回の最優秀受賞もフィギュアスケート鑑賞講座でした。早口のオタクが好きなことを好きなように書き散らかしているだけのつもりでしたが、たくさんの方に読んでいただけてうれしく思います。フィギュアスケートの魅力がちょっとでも伝わったでしょうか。
先日のがりはさんの相談室で私の影響でフィギュアスケートを見るようになったと書かれており、大変光栄です。
先日の国別対抗戦で2018-2019のシーズンは幕を閉じました。本当に面白いシーズンでした。来季ももっと面白いシーズンになるでしょう。
マルーンと言えば山とフィギュアみたいになってきていますね。山に登ってるときは「これをやらないと働いてられないなー」と思うし、フィギュア見てるときは「このために働いてるなー」と思います。どっちも好きでどっちも大事。

 

さて、「好き」と言えば、つい最近素晴らしい「好き」の成果が発表されました。
イベント・ホライズン・テレスコーププロジェクトによるブラックホールの撮影成功です。
正確にはブラックホールそのものではなくブラックホール周縁部とブラックホールの影の撮影ですね。オレンジの輪っかの画像をニュースでご覧になった方も多いでしょう。

今回撮影された超大質量ブラックホールの事象の地平面は直径400億劼隼郢擦気譴討い襪修Δ任后0嫐わかんない。宇宙ヤバい。
根っから文系の私としては宇宙物理学の深淵は到底覗き込めないのでその程度の安い感想しか持てず残念なのですが、アインシュタイン以来多くの天文学者や物理学者が思い続けてきた「ブラックホールを見たい」という願いがついに成就した瞬間でした。
世界中の電波望遠鏡を同期させて仮想的に地球サイズの電波望遠鏡を作り、はるか遠くM87銀河の超大質量ブラックホールを撮影するという大変なスケールの計画です。世界中でのべ200人以上の科学者が参加し10年をかけて遂に実現しました。

その方法を思いついたこともそれを実現させたことも本当に素晴らしく、胸が熱くなります。
このプロジェクトが成るために、どれだけの知の蓄積と情熱とお金と人と時間と平和が必要だっただろうと考えると本当に途方もないです。人類の好奇心には果てがないのだなあとしみじみします。
BSで当プロジェクトのドキュメンタリーを見ていて、科学者の方々がみんな活き活きわくわくした顔をしていて、うらやましいなと思いました。「ブラックホールを見たい」というシンプルな欲求というか好奇心、突き詰めると「好き」というモチベーションがこれを実現したのかなと思います。

 

科学の偉大な成果と並べるも烏滸がましいですが、私も私なりに好きなことを楽しんでいかなくてはなーというまとめです。
とりあえずゴールデンウイークは火の国九州の山に登ってきますね!

まるーんちゃんのフィギュアスケート鑑賞講座〜2019世界選手権を終えて

  • 2019.03.29 Friday
  • 01:52

こんにちは、ゆるふわフィギュアスケート観賞ガール、まるーんちゃんです!


ISUフィギュアスケート世界選手権が終了しました。いやはや各競技素晴らしい激戦でした。
シングルはもちろんのこと、日本選手が上位にいないため注目度は低いですがカップル競技も素晴らしい戦いでした。

アイスダンス最終グループは基本的に神々の戦いって感じですがそのなかでも金メダルパパダキス・シゼロン組はは圧倒的に格が違う、うますぎ&美しすぎて語彙力と記憶がなくなるしエレメンツとは何だったのか…?あの二人の何がどうすごいかなんて説明できないし怖い意味わかんない。語りえぬことは沈黙するしかないんですよもう私の戯言なんてどうでもいいので今すぐ動画見て。
ペアで2度目の金メダルを獲得したスイ・ハン組の完璧なスロージャンプも見ごたえがありました。男性側が小柄なのはペアでは珍しいですが、補って余りあるテクニックです。エキシビションでのひらひらなびく扇を持ってのパフォーマンスも素敵でしたね!

 

女子シングルは日本メディアの期待には反した結果になりました。日本勢から1人も表彰台に乗らないとは、正直私も予想してませんでした。慢心があったとは全く思いませんが、やっぱり少し残念ですね。
メダルを獲得したロシアの2人は今シーズンとても苦労していましたが、それを乗り越えて本当に見事な演技でした。

FSを終え、あんな風に感情むき出しで吠えているメドベージェワ選手を見るのは初めてでした。チーム移籍、シーズン中のプログラムを変更等紆余曲折ありましたが、どこか吹っ切れたように見えました。SPのトスカを見て、ああこの選手は本当に偉大な人だったと思い出しました。彼女が完全無欠の負け知らずだったのだって割と最近の話なのに、随分と前のことのように思えます。
優勝したザギトワ選手、SP・FSと気迫あふれる完璧な演技をそろえ、私こそが女王だと世界に宣言しました。セカンドループがやっと安定してよかったです。ピョンチャンで金メダルを獲得して以降のプレッシャーをはねのけての優勝、本当にすごいと思います。五輪で優勝した後の世界選手権で優勝できる選手はそう多くはありません。
ワールド初の女子4回転を決め銀メダルに輝いたカザフのトゥルシンバエワ選手、フィギュアスケートの歴史に大きな足跡を残しました。クリケットからエテリコーチの下に戻ってジャンプが劇的に向上したように思います。19歳で偉業をなしとげました。無表情な印象の選手でしたが、FSのステップシークエンスではこぼれる笑みが本当に楽しそうで、見ているこちらまで嬉しくなってしまいました。
ふたを開ければエテリ・トゥトベリゼコーチとブライアン・オーサーコーチに師事する・していた選手が表彰台を独占する形で、現シングル環境の2強を思い知らされました。
紀平梨花選手はSPの出遅れが響きました。今シーズン何度も逆転劇を見せてくれた彼女ですが、いくら高い技術と基礎点を持っていてもSP・FSで3Aを2回も失敗してメダルが獲れるほど世界の壁は薄くはなかったようです。FS冒頭の3A3Tは素晴らしい出来栄えでした。2本目の3Aの転倒後の立て直しはさすがのメンタルの強さと言えます。テーマの「地球の誕生」を印象付ける演技でした。まだ16歳、これからの選手です。
全日本優勝の坂本花織選手は四大陸選手権での悔しさをばねにSPでノーミス・自己ベストを決めるもFSのわずかなミスで表彰台に届きませんでした。彼女の良さはいろいろあるのですが、明るく元気いっぱいのアスリートらしいイメージに反して少女らしいプログラムをしっとり滑るのがうまい選手だと思います。SPは朝露に濡れた花弁がふんわりと開くよう、FSは冬の海と曇り空、崖の上に建つ白い家の窓から外の世界を眺める少女、みたいな。シーズン通してどんどん表現が向上していきました。もちろんそれは高いスケーティング技術に裏打ちされたものです。今回のFSは特に静謐な集中が本当に美しくて、情景が目に浮かびます。FSのPCSはザギトワに次ぐ2番目でした。
宮原知子選手はSPで飛び急ぎUR(アンダーローテーション・回転不足のこと)になったルッツをFSで修正、気迫のこもったタンゴを披露しました。一つ一つの音を拾った細やかなステップ、小柄な体を何倍も大きく見せる表現。悲鳴のような弦の音に合わせてのフィニッシュが痺れます。極めてますね。
7位以降の選手だとアメリカのブレイディ・テネル選手のFSが素晴らしかった。坂本選手のFSと同じくブノワ・リショ―氏の振付で、力強いロミオとジュリエットです。リショー氏の振付はどちらかというと抽象的なのですが不思議なメッセージ性があって目を引きます。

 

で、男子シングル。

順位は1位ネイサン・チェン2位羽生結弦3位ヴィンセント・ジョウとなりました。3人とも本当にいい演技でした。

ジョウ選手はここ2年ぐらいめきめきと力をつけてきている選手で、すらりとした長身でコンパクトで質の高いジャンプを飛びます。URを取られることが多いので、今後はそこが課題になるでしょう。

今度こそ金メダルを、と意気込んでいた宇野昌磨選手はSP,FSともにミスが重なり大きく点を落としました。特にフリーではコンビネーションがなくなったうえでリピートを取られたのがかなり痛かったですね。

躍進したのはイタリアのマッテオ・リッツォ選手。SPが迫真でした。まさか彼をワールドの最終Gで見ることになるとは。ロシアのラズキン選手やクヴィテラシビリ選手も才能が光りました。若い選手がどんどん育ってきていて喜ばしい限りです。

表彰台には乗りませんでしたがミハイル・コリャダ選手がやっとFSで満足した顔をして演技を終えてくれたのもうれしかったです。

SPで4回転を組み込まずに2位につけたジェイソン・ブラウン選手も忘れてはいけません。チェンとジョウという優れたジャンパーを擁するアメリカ勢の中にあって彼のような表現力を武器にする選手が代表に選ばれている幅広さ、大切だと思います。

全てに言及することはできませんが他にも名演技がたくさんありました。

 

さて、ええ、前置きはこの辺にして、遂に羽生結弦について語らねばならぬようです。
彼については感情が激重すぎるので、基本的にはゆるふわハコ推しを自認するまるーんちゃんとしては今まであえて控えめにしてきた訳なんですけど。
彼の銀メダルはSP終わった時点でだいたい予想通りでした。SP終えて1位のネイサン・チェンとはジャンプミスが響いて12点差。出来栄えプラス評価の4回転ジャンプ1回分とちょっと、ぐらいの点差です。
メディアは大逆転を煽りますが私はあのアメリカの天才をなめるなよ、と思っていました。ネイサンがこの期に及んでそんな大崩れするとは考えにくい。安定感でいえばむしろ羽生の方が不利ですし。
迎える羽生選手のフリーは鬼気迫る演技でした。鳥肌ものでした。天井カメラがとらえたイナバウアーが美しすぎました。ちょっと泣いた。
いつだってドラマチックに勝利をつかみ取ってきた絶対王者羽生結弦。今までならばこれで大逆転だったでしょう。
スターの300点越えに沸いたさいたまスーパーアリーナで、リンクをプーさんが埋めつくしろくにウォームアップもできない状況で、直後に滑ったチェンの演技は完璧でした。清々しいまでにぶっちぎってくれました。なんという精神力!あの冒頭4回転ルッツの軽やかなこと!どのエレメンツにも高いGOEがつきました。彼に惜しみない歓声と称賛を送った日本のスケートファンを誇りに思います。
フィギュア史に語り継がれる名勝負だったと思います。

 

今シーズンの羽生選手のプログラム、「秋に寄せて」と「Origin」は特別なプログラムです。彼が敬愛する往年のスター選手ジョニー・ウィアーとエフゲニー・プルシェンコのプログラムからそれぞれ曲をもらい、彼らへの深いリスペクトが込められた内容となっています。五輪二連覇の絶対王者となった今やっと本人に許しを得て滑ることにしたのだと言います。誰でも滑っていい曲ではないのです。
とくにOriginはフィギュアスケートの歴史から見ても伝説的なプログラム、当時の芸術点最高得点を獲得した「ニジンスキーに捧ぐ」を踏襲しつつ、羽生結弦独自の世界観を作り上げています。
この2曲で滑ると昨年春に発表したとき、羽生君は「憧れの選手の曲を使って自分のためにスケートを楽しむ」とインタビューに答えていました。ファンとしましては「まーたそんなふにゃふにゃしたこと言ってシーズン始まったらどうせ序盤うまくいかなくて勝ちが欲しくなってギラギラし始めるんでしょー」と思っていまして、それは実際その通りでした。例年スロースターターの羽生さんなのでシーズン初戦オータムクラシックの点数が悪いのは特に驚かないんですが、その直後からもう「勝ちたい。勝たなきゃ意味ない」だそうです。知ってた。羽生結弦そういうところあるって知ってた。そもそもそんな特別な曲を使ってふんわり楽しく滑るなんて器用なプレイングが彼にできるわけがないのですよね。


そうはいっても、五輪二連覇を成し遂げた王者の現役続行はボーナストラックのようなものだとも頭の端では思っていて、単に続けてくれるだけでありがたやありがたや、反面どこからモチベーションが沸いてくるのか不思議でした。

平昌五輪であれだけの渾身の演技をして頂点に立ったのですから、柄じゃないだけで「自分のために楽しんで滑る」というのも間違いなく本音だったんだろうなと思います。そのためのとっておきの2曲です。Originなんてプル様意識しまくりの黒地に金刺繍ついでに肌色透け感とかいう皇帝み溢れるお衣装!!!!っはーーーんこんなの他に誰が似合うっていうんでしょうか衣装加点20点あげちゃうずるい好き。おまけにオールバックとかねえもうねえ、だめですね。よくない。いやいい。
閑話休題。

五輪前の足首の捻挫以降彼の足首はとてもデリケートになっています。ロステレの公式練習で4回転ループの練習中にまた怪我、フリーは無理して出場しましたが、そのあと4か月は表舞台から姿をくらますことになりました。
状況が平昌五輪とほぼ一緒だったので、皆期待したと思います。怪我を乗り越えての大勝利。とても、羽生結弦に似合う。そういう物語を、ずっと彼は引き受けて体現してきました。
その絶対王者を、ネイサン・チェンは真っ向から最高のパフォーマンスで打ち破りました。

文句のつけようもない、「高難度の技を高い完成度で失敗せずにこなして加点を取る奴が強い」という現行ルールを最もシンプルに体現した演技でした。ジャンプだけでなくスピン・ステップもレベル4を危なげなく獲得し、加点を取っています。
ソチ以降の羽生選手は、実戦での勝ち負けはあってもずっと「絶対王者」としてリンクに立ってきました。完璧な演技さえすれば絶対に勝てるという世界で、羽生結弦は常に羽生結弦自身と向き合って戦ってきたように見えました。
今回の世界選手権、ソチ以降の羽生にとって「完全にベストな演技で向かい合っても実力で勝てないかもしれない相手」というのが初めて現れたわけです。その相手は彼の背中をずっと追いかけてきた若くてエネルギッシュな才能です。これはアツいですよ。
羽生結弦が絶対王者として君臨しながらも王者の孤独みたいなものをあまり感じさせずにここまでこられたのは同門で親友でライバルのハビエル・フェルナンデスの存在が大きかったと思います。ハビエルが引退するのでこの先どうするのかなと思っていました。
「ネイサンと戦うのは楽しい。悔しい。勝ちたい。もっと強くなりたい」と言って笑っている姿がほんとにうれしくて。パトリック・チャンに挑んでいたころを思い出したと。「負けは死も同然」はちょっと過激すぎますが、それも羽生結弦。
自分と戦うなんて難しいことをせず、挑戦者としてのシンプルなモチベーションを取り戻したのだとわかって、ぞくぞくしました。ボーナストラックなんかじゃなかった。新章羽生結弦がこれから始まるのです。

シニアデビューからずっと追いかけてきた選手のそんな姿を見られるこの僥倖!
 

今更羽生結弦が勝とうが負けようが、彼の偉大さも表現も少しも損なわれないし彼がオンリーワンなのはもはやゆるぎない事実です。でも、勝負の世界にいる限りは彼は頂点を求め続けるし、そのためには新しいジャンプでも何でもできるようになって勝ちを取りに行くしかないのでしょう。
こうなるともうファンとしてはこれ以上ひどい怪我をしないようにだけ祈りつつ見守るしかないです。無理しないでほしいけど行きたいところにどこまでも行ってほしい。
とりあえずはしっかり怪我を治してもらいたいところです。4回転アクセル楽しみにしてますからね。
来季のプログラムが何になるかはまだわかりませんが、Originはもう1シーズンぐらいやりそうな気がします。Otonalについてはロステレで作品としては一つの完成を見ましたが、Originにはジャンプ以外の取りこぼしも見られまだまだ先がありそうです。
今シーズンのエキシビションナンバー「春よ、来い」も今回で見納めになるのかな。羽生結弦の表現の真骨頂、スケーティングと指先、腕の動き一つ一つが奏でる音楽性と抒情性がいかんなく発揮されたプログラムでした。

バタフライからフライングキャメルスピンに入る際スポットライトに透かした腕のレースが羽みたいに光る瞬間とか、風に舞い上がるように重さのないディレイドアクセル、ピアノの音を細かく拾った繊細で優美なステップで淡いピンク色の衣装が桜の花びらのようにリンクを舞う姿……嗚呼、喜べわれらの推しは今日も美しいぞ……!
どうしたら余すところなく彼の美しさを表現できるのか、感情は有り余るのですが語彙力が全然足りませんね。はー今日も推しが尊い。生きててよかった。

フィギュアスケートってほんと最高ですね。

 

シーズンも終盤ですが今週末はスターズオンアイスをアリーナ2列目で鑑賞することが決まってるので、引き続きフィギュアスケート充の日々は続きます。国別対抗戦はリーザも出るので楽しみです。

それではまた次回。

テーマコンテスト受賞を受けて Mr.マルーン

  • 2019.02.26 Tuesday
  • 00:54

こんにちは。マルーンです。

 

1月のテーマコンテスト受賞ということで、投票いただいた皆様には御礼申し上げます。

テーマで受賞したのはかなり久しぶりなようです。一年半ぶりとは。いささか怠慢が過ぎましたかね。
「思い出」はもともと書きかけてお蔵入りになるはずの作品でした。そのまま私のPCのフォルダに埋没させておくはずだったのを編集長がそっと引き上げてくださいました。
結果として受賞できたのはとてもうれしいですが、自分の中で消化しきれなかった部分を何とかごまかした感が否めません。
アールグレイさんの自由さが素直にまぶしいと思いました。
読んだ人に「力量があるなあ」なんていわれるのはもうなんか作家としては本当に苦くて、飲み込むのに苦労しました。

煮ても焼いても食べられない感じだし無理して食べても消化できずにおなか壊しそうだしあのひとほんとは薔薇じゃなくてバラムツなんじゃないんでしょうか…。うう。

今も口の中でもごもごしてます。でもこの苦みも自分で引き受けなきゃいけないのかなあとか…なんだか引き受けないといけないものばかり増えますね。
素直にほめられたと思って自信持ちたいというかもっと吹っ切れたい気もしますが、その辺は性格でしょうかね。

 

さて、この受賞コメントを書くのをすっかり忘れている間に、小川一水「天冥の標勝\塚佞茵∨かなれPART3」が発売、足掛け10年10巻17冊に渡ってつむがれた壮大なスペースオペラの大作が完結しました。完結、してしまいましたというべきか。
最後までスピード感の落ちないスペクタクルに怒涛の展開で、惜しみながらじっくり読もうとしていたはずなのに読み始めてしまえばあっという間でした。今までこんなにもつらくて大変な旅路だったのだから、最後ぐらいはこれぐらいの希望があってもいいよね、というような清々しい終わりでした。
私は読み始めたのが比較的最近、といっても3年ほど前ですが、1巻メニー・メニー・シープ発売当初から読んでいるファンから見ればどれほど感慨深いものだろうかと想像します。
日本SFに長く語り継がれるシリーズになることでしょう。一気読みするのは大変だと思いますが、一度読み始めてしまえば寝る間が惜しくなること請け合いです。

 

長いシリーズの完結に立ち会う、というのは意外とない経験です。
壮大で長大なシリーズの道半ばで作者が寿命や病で斃れることもあります。
たくさんの未完のシリーズを産み落とし置き去りにしながらどんどん新しい雑誌に移っていく漫画家もいます(誰とは言いませんが)。もう10年以上放置していて完結させる気はもはやないんだろうなと思っていたシリーズのキャラクターを別シリーズのゲストキャラとしていきなり賑やかしで出すような不誠実な小説家もいます(誰とは言いませんが)。何回もこれで完結と言いながら舌の根も乾かぬうちにシリーズを継続するゾンビみたいな漫画もあります(何とは言いませんが)。
それぞれの大人の事情もあるでしょうし、終わらせるのって本当に大変なんだろうなあという、ものすごく陳腐で平凡な感想になります。天冥シリーズも本当はもっと早く完結するはずだったそうです。ここまでの大作を過不足なく畳み切るのにはきっと想像を絶する体力というか剛腕が必要だったのでしょう。せいぜい2000字もないような短編を綺麗に締めるのすらいやになって放り投げてしまうことも多々ある私としては、途方もない話です。
PREMIERはどちらかというと終わらない旅を続けているような感じがします。今読んでる皆さんはいつかその終わりを見届けることがあるでしょうか。

 

来月のテーマを発表しましょう。
3月、弥生、マーチと同じやないか!と突っ込みたくなるお題が並んでてなんだこりゃあと思いました。まるっと無視してダックスフントさんからのテーマ「まくら」にしたいと思います。
ちなみにまくらの語源は一説には魂の倉(たまのくら)からきているそうですよ。一日の四分の一ものあいだ頭を預けているまくらはとても大事なんですね。

皆さん、よい夢を。

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

カウンター

ブログパーツUL5

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM