しかしかのこと Mr.Indigo

  • 2019.07.09 Tuesday
  • 22:46
5月のある日、妻から依頼を受けた。次の土曜に長女を歯医者に連れて行ってくれとのことだ。泣いて暴れて大変だから一度代わってほしいという。
断る理由もないので、土曜日の昼下がりに長女を連れてM歯科へ行く。移転したばかりで内装は真新しく、2m四方くらいのキッズスペースもある。
「今日はお父さんなのね」
診療室に入ると、先生が長女に声をかけた。40歳くらいの女性だ。
「何見る?ドラえもん?しんちゃん?」
「ドラえもん」
患者から見やすい位置にモニターがあり、DVDが視聴できる。要するに気を紛らすための設備である。
先生は「〜していいかな?」という言い方を多用し、丁寧に診療を進めていく。長女はおとなしく従っていたが、先生の一言で態度が一変した。
「ちょっと歯を削っていいかな?」
「やだ!怖い!」
人が変わったように泣いて暴れるので、先生はあっさりと諦めた。
「わかった。今日は削らないから」
薬を塗るなどの処置を行って診療終了。後で妻に聞いたところ、これでも前回までに比べるとだいぶ進歩したらしい。先生が粘り強く取り組んでいるおかげだろう。
 
その次の土曜日、次女が「歯が痛い」と言い出した。N歯科は予約がいっぱいだったので、いくつか近所の歯医者に電話して、当日の予約が取れたA歯科に行くことにする。
A歯科はレトロな雰囲気が漂っていて、地元のお婆ちゃん御用達という感じだった。キッズスペースはないがパズルやぬいぐるみ、絵本などがあり、3歳児が10分ほど過ごすのなら何の問題もない。
先生は60歳くらいの男性だった。白衣に白ズボン、白靴下で洒落た感じは全くない。診療室の雰囲気も私が知っている歯医者そのもので、先日行ったN歯科と比べると20年くらい時代が戻ったような気がした。
「どこが痛いの?」
「歯が痛い」
一同苦笑する。ともあれ、痛いと言っているからには、まず痛みをなんとかしなければならない。
次女もやはり歯を削るのは嫌がったので、薬を塗るなどの処置が行われ、初回の診療はそれで終了。先生曰く、まだ3歳だからまず歯医者に慣れることが必要とのことだった。
 
そういうわけで2人を別々の歯医者に通わせていたのだだが、先に治療が終わったのは次女の方だった。
理由としては以下の4つが挙げられる。
 
[1]虫歯の進行度
[2]性格の違い
[3]幼い方が適応しやすい
[4]A歯科の方が予約しやすい
 
まず[1]だが、長女の方にはかなり進んだ虫歯が1本あった。歯を削れなかったために治療が難航し、時間がかかったのだ。
[2]に関しては、以前『信じるだけでは信じられない(http://zpgp.jugem.jp/?eid=4300)』という作品で書いたように、長女は警戒心が強く、次女は警戒心がほとんどない。歯を削るまでのプロセスは次女の方が短かった。
[3]も大きな要素だろう。3歳には理屈で説明する必要がないが、7歳にはそれなりの説明をしなければならない。想像力が養われたことで、歯を削ることへの恐怖感が増したのかもしれない。
[4]はN歯科の充実ぶりが裏目に出た印象だ。土曜の予約がほとんど取れないのである。次女がほぼ毎週通ったのに対し、長女はたいてい隔週だ。頻度が高い方が慣れやすいのは言うまでもない。
こうして考えてみると、次女が突然「歯が痛い」と言い出したのは、彼女にとって幸運だったのかもしれない。時間的な余裕があり、N歯科の予約を取って一緒に通わせていれば、妹は怖がる姉の様子を見ることになる。すると歯医者は怖いものだという印象を持ってしまいかねない。
結局のところ、年齢よりも向き不向きとか相性とかいった要素が大きいということだろう。
 
N歯科にはオフィシャルサイトがあり、子供の診療に力を入れていることが誰にでもわかる。先生も丁寧に面倒を見てくれるし、人気を集めるのは当然という気がする。
一方、A歯科の情報はほとんどなく、広報活動といえば周辺の電柱に広告を出しているくらいだ。ターゲットはほぼ近隣住民のみなのだろう。
しかし、これでは近隣以外の住民は情報を入手できない。せっかく徒歩圏内に多数の歯医者があるのに、これでは宝の持ち腐れだ。
内科や小児科と違って歯医者は何度も通うことになり、途中での切り替えが難しい。ゆえに、事前にリサーチできるシステムがほしい。行政が主体となって整備してくれないものだろうか。

フィリップ・ド・タレーラン=ペリゴールの日本滞在記(後編) Mr.Indigo

  • 2019.07.06 Saturday
  • 16:35
京都駅に戻るとケンが待っていた。
「お待たせ。ごめんね」
「こちらこそ用事が入っちゃって。申し訳ない」
「いいよいいよ」
「じゃ、まずはランチかな。何がいい?」
「そうねぇ…」
「庶民の味、何かない?」
「あなた生姜焼きで味をしめたでしょ」
「ははは」
ケンが笑う。
「それならラーメンはどう?」
「暑い日にラーメン?」
「いやいや、ありでしょ」
「店は冷房利いてるし、いいんじゃない?」
「わかったわ。ラーメンにしましょ」
ケンに連れられて行ったのは京都のラーメン屋の元祖と呼ばれる店だった。店の前に少し行列ができている。
「並ばないといけないわね」
「暑いな…」
「なんとかしてよ。交渉の天才だろ?」
「無理無理。ご先祖様とは違うんだよ」
雑談をしているうちに席が空き、店に入る。しばらくして出てきたラーメンはスープが真っ黒だった。こんなの見たことがない。
「うわぁ…」
「香港にはこんなのないよ」
「そうね」
アンディとエミリーも驚いている。
「これが京都ラーメンさ。うまいよ」
ケンは平然と食べ始めた。
「フィリップも早く食べな」
そう言われて食べてみると、確かになかなかおいしい。色はきついが味の方は適度な濃さのように思える。ケンによると、京都のラーメンは濃厚なスープを出す店が多いらしい。街によって傾向が変わるというのも日本のラーメンの面白さだ。
 
この日の宿は石川県の温泉である。ケンの実家の近くにいい温泉があるというので、そこに泊まることにしたのだ。
京都駅に戻り、サンダーバードという特急に乗り込む。流線形のスタイリッシュな外観が印象的だ。
「この車両は683系っていうんだ」
ケンは鉄道ファンで、初めてフランスに来た時にはまずTGVに乗ったらしい。
「少し前までは最高時速160kmで走ってたんだよ。今は130kmだけどね」
「なんで下がったの?」
「新しい新幹線ができて、160kmで走れる区間の特急の需要がなくなって廃止されたんだ」
「なるほど」
「宝の持ち腐れね」
この車両は2列席しかないので、5人というのはいささか筋が悪い。私1人だけ離れた席になったので、しばらく睡眠をとった。
 
加賀温泉という駅で降り、送迎バスで宿に向かう。風格のある和風旅館だ。
「ここは将棋の名人戦が行われた宿なんだよ」
ケンが自慢気に言う。
「へぇ〜」
「羽生さんもここに泊まったんだ」
「羽生さんって誰?」
「将棋のトッププレイヤーとして30年くらい君臨している人だよ。知らない?」
「知らない」
マリーにきっぱり言われてケンはがっかりしている。そこで私がフォローに入る。
「でも、日本の将棋ってこんないい旅館でやるんだね。風情があるなぁ」
「プロのトップクラスだけだけどね」
「じゃあトッププロの戦いの場として選ばれたわけだ。凄いじゃないか」
「それにしては値段もお手頃だろ?」
「確かに、昨日の羽田とほとんど変わらないな」
「そうね」
マリーも同調する。土地が安いからだろうが、旅行者としてはありがたい。
1泊朝食付きのプランなので、夕食は外で食べることになる。
「何食べたい?」
「庶民の味がいいな」
「ホントそればっかりね」
「でも、わざわざ高い店に入る必要もないんじゃない」
「じゃ、あそこの居酒屋に入る?」
「賛成」
ちょうど6人用の座敷が空いていたので、そこに案内してもらう。
「ケンはこの店来たことあるの?」
「うん。何回か来たよ」
「おすすめの料理は何?」
「いろいろあるけど…あえて1つ挙げるなら焼き鳥かな」
「じゃ、まずそれ」
「塩とタレ、どっちがいい?」
「私はタレ」
「俺は塩だな」
「じゃ、盛り合わせを2人前ずつ頼もうか」
やがて注文した焼き鳥が運ばれてくる。串を持って食べるというのは珍しい。
「おいしい」
塩が適度にきいていて日本のビールとよく合う。
「タレも食べてみる?」
マリーが声をかけてきた。
「やめとくよ」
「なんで?おいしいよ」
「ウチの家系は昔からそう決まっているのさ」
「どういうこと?」
「先祖代々、タレイラン!」
 
(完)

フィリップ・ド・タレーラン=ペリゴールの日本滞在記(中編) Mr.Indigo

  • 2019.07.05 Friday
  • 23:31
京都に着いたのは8時過ぎ。品川からの所要時間はわずか2時間1分だ。のぞみ1号は昼間ののぞみよりさらに速い。運転本数が少ない時間帯なのでスピードを出しやすいのだ。
ケンは昼前に用事が入ったらしいので、午前中は外国人4人で京都観光である。エミリーが郵便局に寄りたいと言うので、まず駅前にある京都中央郵便局へ。彼女が国際郵便の手続きを終えるまで、他の3人は外で待機だ。
「ねえアンディ、この『かもめーる』って何?」
マリーが尋ねた。エントランスの前にある幟の文字のことだろうか。
「暑中見舞い用のハガキだよ」
アンディが言った。
「日本では暑い時期に相手を気遣って手紙を出すんだ」
「ありがとう。まあ、パリだと要らないわね」
「香港は暑いけどこんなのないよ。日本独自の文化じゃないかな」
エミリーが戻ってきたので駅前のバスターミナルへ移動し、100系統のバスで清水寺を目指す。京都は道路渋滞が多いと聞いていたが、平日だからかそれほどでもない。
五条坂というバス停で下車。他の外国人グループもみんなここで降りた。彼らも目的地は同じだろう。そこから清水寺へ向かって坂を上っていく。かなり蒸し暑く、体から汗がにじみ出る。
「けっこうハードだよな」
「うん」
「京都の寺はたいてい変な場所にあるよね。どこも駅から遠い」
「確かにそうね。ノートルダム大聖堂とかは駅のすぐ近くなのに」
「ヨーロッパの教会は街の中心だからね」
「日本でも奈良の寺は駅から近かったわよ」
「実は、奈良から京都に都が移ったのはそれが原因だっていわれているんだ」
マリーと私の会話にアンディが首を突っ込んだ。
「そうなの?」
「奈良の平城京は大きな寺がいっぱいあって、寺院の勢力が強くなりすぎたんだ」
「ふーん」
「そのしがらみから逃れるのが遷都の目的の1つだったんだって」
「なるほどね」
別の参道と合流すると、急に景色が変わる。狭い道の左右に土産物屋や飲食店がひしめいていて、平日なのに賑やかだ。やがて赤く塗られた仁王門にたどり着いた。
境内に入り、まずは有名な「清水の舞台」に行かねばと思っていたが、予想外の事態が発生した。本堂から舞台のあたりが巨大なシートに覆われていたのだ。
「工事中みたいね」
「ホントかよ…」
「知ってた?」
「いや。だいたい清水寺に行くって決めたのはついさっきのことじゃないか」
「4人とも行ったことがないから行こうっていうだけだったもんね」
「まあ、これはこれで貴重な体験じゃない?中には入れるんだし」
確かにその通りで、木組みの足場やシートに囲まれた古寺もなかなか面白い。舞台からの眺望は楽しめなかったものの、その先にある奥の院から京都の街を見渡すことができた。清水寺が崖にへばりつくように建っていることを実感できる。
続いて隣の地主神社へ。ここは縁結びの神様として知られているらしい。
「私、3人との縁がずっと続くようにお祈りするよ」
「マリーはクリスチャンだろ。いいの?」
「いいのよ」
マリーはきっぱりと言った。
「私はどちらの神様も平等に信じるから。1つの神様しか信仰しないっていうのも立派な考え方だと思うけど、それが絶対ってわけじゃない」
「なるほどね」
「多神教はポリアモリーみたいなものなのかな」
「一神教でも『神のもとの平等』というけどね」
「神はポリアモリー、人間はモノアモリーか」
「なるほど」
「それはともかくとして、私たちが出会ったのも何かの縁じゃない。私はそれを大切にしたいのよ」
境内には「恋占いの石」という2つの石がある。目を閉じたまま一方からもう一方まで行くことができれば、恋が成就するという。
我々のグループからはマリーが挑戦した。ほかの参拝客からも声援が飛ぶ。
「すいか割りみたいだな」
アンディが言った。
「何?すいか割りって」
エミリーが尋ねる。
「ビーチとかでやるんだけど、目隠しをした状態で棒を持って、何mか先にあるすいかを割るんだ」
「面白いわね」
「周りがいろいろ言って、すごく盛り上がるんだ」
「確かにそのへんは一緒ね」
マリーは無事にもう一方の石にたどり着いた。自然と拍手がわき起こる。
「やったわ!」
マリーは実に嬉しそうだ。普段表に出すことはほとんどないけれども、ポリアモリーゆえの苦悩もあるに違いない。どんな神にもすがりたいというような思いがあったのかもしれない。
 
(後編に続く)

フィリップ・ド・タレーラン=ペリゴールの日本滞在記(前編)  Mr.Indigo

  • 2019.07.02 Tuesday
  • 21:31
「今度、日本行かない?」
パートナーのマリーが誘ってきたのは早春のことだ。
「ああ、いいよ」
私は即答した。
「ケンに会うんだろ?」
「そう。せっかくだから、あなたも一緒にって思ったの」
航空会社でキャビンアテンダントとして働くマリーはポリアモリーだ。パリに住む私のほかに京都在住のケン、香港在住のアンディとも交際している。
「わかった。アンディも呼ぶの?」
「もちろん」
ポリアモリーとして認められるには、交際する相手全員の合意が不可欠だ。だからケンともアンディとも面識はあるのだが、海外在住なのでなかなか会う機会がない。この機会にみんなで会おうということだ。
「了解。休みを調整するよ」
人数が多くスケジュールの調整に手こずったが、7月上旬に集まることに決まり、我々は日本へ向かった。
「フィリップ、起きて!着いたわよ」
久しぶりの日本はマリーに起こされてスタートした。慌てて荷物をまとめ、羽田空港に降り立つ。深夜にシャルル・ド・ゴール空港を出発してから12時間あまり。機内でぐっすり眠ったというのに、こちらは夕方だ。海外には慣れているが、やはり朝でないことには違和感がある。
国際線ターミナルに併設されたホテルにチェックインしたものの、眠気もないし退屈だ。少し休んだところで、羽田空港をぶらぶらすることにする。
「まずは展望デッキかな」
マリーに連れられて行った展望デッキからは飛行機の離着陸が見えるだけでなく、遠くに東京の街並みが望める。ひときわ目立つのが高さ634mの東京スカイツリーだ。
「今日は天気がいいね」
「この時期の日本は雨が多いんだけどね」
「知ってる。梅雨だろ?」
「そう。蒸し暑いから大変らしいわよ」
幸いなことに明日までは晴れの予報が出ている。しかし明後日からの雲行きはあやしいようだ。
腹が減ってきたので、24時間営業の大衆食堂に入る。マリーが仕事で来た時によく利用するらしい。
「何にする?」
「おすすめは?」
「生姜焼き定食かな」
「じゃ、それにするよ」
豚肉の生姜焼きという料理を食べるのは生まれて初めてだ。香りがよく、旨味が強くて米とよく合う。
「おいしいな、これ」
「日本の庶民の味よ」
マリーが笑う。
「ケンは日常的にこんなの食ってるのか。羨ましいな」
「パリッ子の発言とは思えないわね」
「いいじゃないか、本音なんだから」
「まあそうね。生姜焼きは外国人に人気だってケンも言ってたし」
腹がふくれると眠くなってきたので、ホテルに戻って3時間ほど寝た。
「お久しぶり」
早朝5時に羽田空港国際線ターミナル駅で再会したアンディはパートナーと一緒だった。彼もポリアモリーなのだ。
「初めまして、李愛華です。エミリーと呼んでね」
彼女は英語で挨拶した。
「フィリップ・ド・タレーラン=ペリゴールです。よろしく」
私も英語で応える。
「タレーラン?あの外相の?」
「そうだよ。末裔なんだ」
「こいつ、外務省で働いてるんだよ」
アンディが口を挟んだ。
「面白いわね。みんな名前を聞いてびっくりするんじゃない?」
「うん。冗談で『ナポレオンってどんな人?』とか聞かれるよ」
「やっぱりね」
「そんなことより、疲れは大丈夫?さっき来たばかりでしょ」
「大丈夫。飛行機で4時間ほど寝たからね」
電車で品川まで移動し、新幹線に乗り換える。のぞみ1号博多行きだ。2人掛けの座席を2列確保し、前の方を180度回転させて向かい合わせで座る。早朝ということもあって車内はビジネスマンがほとんどで、座席を回転させているのは我々だけだ。
「奇妙な集団に見えるだろうね」
アンディが言った。
「香港人2人とフランス人2人だしね」
マリーが笑う。
「男2人と女2人」
「モノアモリー2人とポリアモリー2人という分け方もできるね。見た目じゃわかんないけど」
「この関係、論理学の問題になりそうね」
エミリーが笑った。
「私はアンディの恋人だけど、フィリップの恋人ではない」
「対偶は『アンディの恋人でないのはエミリーではなく、俺の恋人なのはエミリーではない』か」
「ややこしいけど、あってるわね」
「対偶は日本語でタイグウって言うんだ」
アンディは日本語もそこそこできる。
「へぇ〜、タイグウね」
「タイグウにはペアとかつがいって意味もあるらしいよ」
「広東語のドイガウと一緒ね」
「ややこしい話だな」
そんな雑談をしていると、スピーカーから車内放送が聞こえてきた。日本語はほとんどわからないが、アンディが教えてくれた。
「富士山だよ」
みんな窓に目をやる。
「おお〜」
「キレイね」
「日本人もみんな見てるよ」
「朝から出張でも見たいものなのね。これだけ美しいと当然かな?」
「でも、仕事してたり寝てたりしてると気付かないかも。放送で教えてくれるって親切ね」
「確かに。とにかく、こっち側の席でラッキーだったね」
「富士山を見るなら2列席の方がいいんだな」
エミリーは富士山のスケッチを始めた。
「せっかく日本に来たんだから、富士山を描いて親友にエアメールで送ろうと思うの」
「それはいいね」
写真を撮ってメールやSNSで送るのは簡単だが、絵は手間がかかる。それゆえに親友も喜ぶのではないか。絵心のない私は窓越しにスマートフォンで撮影し、Facebookに投稿した。
(中編に続く)

父と子の物語 Mr.Indigo

  • 2019.06.25 Tuesday
  • 00:35
―本日はお集まりいただきありがとうございます。只今より「父と子の物語」というテーマで座談会を開催させていただきます。まずは皆さん自己紹介をお願いします。
劉「劉拠、長安出身の38歳です」
ム「シェフザーデ・ムスタファ、イスタンブール育ちの38歳です」
ア「アレクセイ・ぺトロヴィチ、モスクワ出身の28歳です」
―お父様がご健在という方々に集まっていただいたのでお若い方ばかりなのかと思っていましたが、皆さんもう人生経験は豊富なんですね。
劉「ええ、実は最近孫が生まれまして」
―おお!おめでとうございます。お父様にとっては曾孫ですね。喜んでいらっしゃるんじゃないですか?
劉「いや…そう簡単なものでもなくて、話せば長くなるんですけど…」
―あ、では結構です。本題に移りましょう。今回は「父と子の物語」というテーマですので、お父様についてお伺いします。まずはお父様のご職業を教えてください。
劉「皇帝です」
ム「スルタンです」
ア「ツァーリです」
―お三方とも立派なお父様をお持ちなんですね。もう少し詳しく教えていただけますか?まずは劉拠さんから。
劉「父・劉徹は祖父の後を継いで16歳で皇帝に即位しました。父は外征が好きで、私の叔父にあたる衛青などを派遣して匈奴を撃ち破りました。父の代で我が国の領土は大幅に広がったんです」
―凄いですねぇ。次はムスタファさんお願いします。
ム「私の父のスレイマンも祖父の後を継いでスルタンになりました。自分で軍を率いて各地に攻め込み、華々しい戦果を挙げています。あと、文化の振興も頑張っていますよ」
―こちらも凄いですね。アレクセイさんはいかがですか?
ア「父ピョートルは伯父の後を継いでツァーリになりました。軍事に並々ならぬ情熱を燃やし、スウェーデンとの戦いに勝利してバルト海の制海権を手に入れました。沿岸のサンクトペテルブルクは父が建設した新しい首都です」
―皆さん素晴らしいお父様がいらっしゃるんですね。
ア「いやぁ、いいところばかりでもないですよ」
劉「そうそう」
ア「父は母にすごく冷たくて…。強引に離婚されて、母はもう20年ほど修道院に閉じ込められています」
ム「ウチも似たようなものです。他の女が皇后になり、私の母は追い出されてしまいました」
劉「私の母は皇后の地位にあるんですが、やはり見向きもされていないみたいで…」
―はぁ…そんな一面もあるんですね。
劉「あと、若い頃は叔父の衛青とか優秀な人材を起用していたんですけど、最近はくだらん奴ばかり使ってて…」
ム「ああ、そういうのもありますね」
劉「特に江充って奴は賄賂で私腹を肥やすし、讒言で善良な者を追い落とすし、最低なんです。こんな奴を片腕にするなんて、父も耄碌したなと…」
ム「ウチの父もそうです。前の大宰相のパルガル・イブラヒム・パシャは優れた人物で私の実力も認めてくれていたのですが、突然処刑されてしまいました。皇后の陰謀だといわれています。今の大宰相は皇后の娘婿のリュステム・パシャですし…」
ア「私の父はそこまでの歳ではないんですが、外国人ばかり重用してロシアの伝統を軽視しているので、先祖代々の重臣や教会に嫌われています。このままでは国が危ないでしょう」
―なるほど。
劉「領土が広くなったから驕りがあるのかもしれませんね」
ム「そうですね」
―皆さんとお父様の関係はいかがですか?
ア「うーん、それはちょっと言いにくいんですが…」
ム「ウチもそうです」
劉「本当の話をしても大丈夫ですか?」
―大丈夫です。座談会のテーマは「父と子の物語」ですから、包み隠さず本当のことを話してください。
劉「では遠慮なく本当のことを話します。例の江充が私を陥れようとしたんで、兵を出して奴を捕らえて斬ったんですけど、それが父に誤解されまして…」
―はい。
劉「父に命令された従弟が大軍で攻めてきまして、敗れた私は追手に囲まれ自害しました」
―悲惨ですね…。
ア「いやいや、戦って負けたんだから私よりマシですよ。私は身の危険を感じて国外に脱出したのですが、ナポリにいる際に父が派遣した連中に捕まってロシアに連れ戻されました。そして牢獄で無念の死を遂げたのです」
―うわぁ…ひどいですね。
ム「でも逃げきれた可能性もあったわけでしょ。私などはリュステム・パシャから要請を受けて父の援軍として出陣したのですが…」
―それで?
ム「ところがリュステム・パシャは父に対して私が謀反を企んでいると言ったそうです。父の本陣に呼び出された私は、そこで捕らえられて絞殺されました。騙し討ちです」
―はぁ…。えーと、この座談会はどうやってまとめればいいんですかね?
劉「まあ、父親なんてその程度だってことですよ」
ア「そうそう」
ム「全くその通りですよ」
ア「いやぁ、気が合いますねぇ」
劉「これから3人で飲みに行きませんか?」
ア「いいですね。ぜひぜひ」
ム「宗教上の理由で酒は飲めませんが、付き合いますよ」
劉「ではこのへんで。いい座談会でしたねぇ」
ム「そうですね」
ア「話が通じる人がいて良かったです」
劉「お疲れさまでした」
―ま、待って…まだ終わりじゃ…。

続・都道府県の風景と私(2)新潟県 Mr.Indigo

  • 2019.06.21 Friday
  • 01:23

10代後半から20代半ば頃まで、しばしば鉄道で貧乏旅行をした。宿泊代がもったいないので夜行列車によく乗ったものだが、なかでも多く利用したのが夜行快速「ムーンライトえちご」である。現在は運行していないが10年ほど前までは毎日運行していて、東北方面へ旅行に出かける際にはたいてい世話になった。

この列車は夜の11時過ぎに新宿を発車し、新潟を経て村上に至る。新潟は朝の5時頃、村上は6時過ぎの到着だった。村上では鶴岡、酒田方面に向かう普通列車と接続する。異なるホームでの連絡だったので、寝起きのすっきりしない状態で地下道を渡ったものだ。

すなわち鶴岡や酒田に向かうにしても村上で強制的に起こされるわけだが、これは悪いことばかりでもない。村上を出てすぐに「笹川流れ」と呼ばれる絶景区間があるからである。

 

 

笹川流れは海岸に沿って約11kmにわたって続く景勝地だ。荒波によって形成された奇岩や洞穴があちこちで見られ、国の名勝および天然記念物に指定されている。また、海のすぐそばを鉄道が通っているので、車窓から眺望を堪能できる。

何より印象が強いのは澄みきったマリンブルーの日本海だ。奈良育ちで海といえば大阪湾という私にとって、この海は非日常の海といえる。厳密にはまだ東北地方には入っていないけれども、東北に来たという気がするのだ。

そんな経験もあって、村上市といえば笹川流れの印象が強い。

 

その村上市が非常に強い地震に見舞われた。震度6強というと、大惨事になってもおかしくない強さである。

産経新聞のサイトの記事によると、地震が発生した時、ちょうど笹川流れのあたりを列車が走っていたという。絶景区間というのはたいてい地形が険しく、周辺人口は非常に少ない。深夜にそんな場所で地震に遭うと、津波を避け高台へ行くだけでも大変だ。近くに集落があり、そこの人々とともに避難したそうだが、それでも生きた心地がしなかっただろう。

被害の全貌が明らかになるのはもう少し先だろうが、翌日夕方の時点で死者ゼロなのは幸いだ。電気や水道といったインフラも大きな問題は発生していないらしいから、震度の割には軽微な被害で済んだ可能性が高い。

とはいえ、これだけの地震だと建物や道路にも相当の被害があるはずだ。鉄道も村上〜酒田間で運転を見合わせており、まだ復旧の目処は立っていないという。

一刻も早く人々の暮らしが元に戻り、笹川流れの眺望を車窓から楽しめる日が来てほしいものである。

夏競馬の楽しみ方 Mr.Indigo

  • 2019.06.18 Tuesday
  • 08:43
夏競馬がスタートしました。
一流の競走馬にとって、暑い夏は秋に向けて英気を養う季節です。しかし、秋の飛躍を目指す馬にとっては違います。夏の間に力をつけ、賞金を稼いで上のクラスに昇格しなければ、目標となる大レースに出走することができません。トップクラスの馬はいなくても、夏競馬では他の季節と同様に熱い戦いが繰り広げられているのです。
夏競馬の舞台は首都圏や京阪神ではなく、ローカルと呼ばれる各地の競馬場です。本稿では、夏競馬を楽しむ助けとなる各競馬場の情報をご紹介します。
 
1.函館
夏競馬のトップを切って6月中旬からスタートするのが函館開催です。7月下旬からの札幌開催と合わせて北海道シリーズと呼ばれます。
競馬における北海道の特長は、涼しく過ごしやすいことと牧場から近いことです。放牧から戻ってきたJRA馬は厩舎で調教を行ってから各競馬場のレースに出走するのが基本ですが、放牧先から直接函館競馬場や札幌競馬場の出張馬房に入り、現地で調教を行ってレースに出走することもしばしばあります。また、北海道で走った馬は厩舎に戻らず引き続き出張馬房に滞在し、数週間後のレースに再度出走するのが一般的です。輸送のストレスを回避できるのも、こうした滞在の利点です。
函館競馬場の特徴は、芝コースに洋芝が用いられていて、他の競馬場より時計がかかることです。そのため馬にはスピードよりもパワーが求められ、函館巧者と呼ばれる馬もしばしば現れます。
また、函館開催の最終週には、この夏デビューした2歳馬にとって最初の重賞である函館2歳ステークス(芝1200m)が行われます。翌年のクラシックと結びつくことはまずありませんが、函館でデビューした早熟な馬にとっては目標となるレースです。
 
2.福島
福島競馬場は関東馬の本拠地である美浦から近く、出走馬のほとんどは関東馬です。コースは平坦かつ小回りで、これといった特徴はありませんが、それゆえに福島開催を狙ってくる馬もいるように思われます。
同じ関東周辺の東京競馬場と新潟競馬場は直線が長く、末脚がないと勝ちきれません。中山競馬場は小回りですが、最後の直線に急坂があるのでパワーが必要です。ゆえに、非力ながら器用な馬が福島に照準を絞って調整するのは理にかなっているのです。
福島独特のコース設定としてはダート1150mが挙げられます。JRAの平地コースで100m単位になっていないのはこれが唯一です。
 
3.中京
中京競馬場はローカルの競馬場の中では最大の規模を誇り、春にはG1高松宮記念が行われます。栗東から比較的近いので、出走馬の大半は関西馬です。
コースは最後の直線に急坂があるのが特徴。どちらかと言うとスピードよりパワーが求められるイメージです。また、西日本では唯一の左回りコースでもあり、京都や小倉とは違う適性が求められると言えるでしょう。
 
4.新潟
新潟競馬場はかなり個性の強い競馬場です。一番の特徴は長い直線で、芝コースの外回りは必ずと言ってよいほど直線での末脚勝負になります。
また、芝1000mは国内唯一の直線コースです。極めて特殊な設定であることから、このコースだけ恐ろしく強いという馬もしばしば現れます。開幕週に行われるアイビスサマーダッシュは日本で最も短い距離の重賞で、新潟の夏の風物詩です。
こうした特徴から器用さに欠ける馬でも活躍できるため、関西から遠征する馬も多くいます。同じローカル開催の小倉よりも全体的なレベルは高い印象です。
 
5.小倉
小倉競馬場は小回りかつ平坦で、芝コースはかなり速い時計が出ます。非力でもスピードのある馬に適した馬場と言えるでしょう。出走するのは関西馬がほとんどですが、出張馬房に滞在する関東馬もいます。
夏の小倉開催の特徴としては、2歳戦に九州産馬限定のレースがあることが挙げられます。競走馬の生産地は北海道がほとんどですが、九州でも細々と生産が行われており、九州の馬生産を奨励する目的で、九州産馬限定競走が設定されているのです。
全体的に見ると九州産馬のレベルは低く、九州産馬限定競走以外だと全く通用しない場合がほとんどですが、ごく稀に重賞でも通用する馬が出ます。そのような強い馬が現れるかどうかというのも、小倉競馬の注目ポイントです。
 
6.札幌
札幌競馬場の特徴は函館とほぼ同じです。牧場から近く、涼しい場所に長期滞在できるというのは馬にとって大きなメリットです。また、芝コースに洋芝が使用されているのも同じで、パワータイプが得意とする馬場と言えるでしょう。
8月下旬に行われる札幌記念(芝2000m)は、夏競馬では唯一のG2で、秋の天皇賞や菊花賞を目指す有力馬が何頭か出てきます。放牧先から札幌の出張馬房に入厩し、ステップレースを走らせてから美浦や栗東に向かうわけです。
また、札幌開催では地方競馬(ホッカイドウ競馬)所属の2歳馬がJRAのレースに挑戦する機会が多くあります。昨年はナイママがコスモス賞を制して札幌2歳ステークスでも2着に入り、JRAに移籍して今年の日本ダービーにも出走しました。このような馬が稀に出てくるのも札幌ならではの魅力です。
 
このように夏競馬が開催される各地の競馬場にはそれぞれ個性があり、首都圏や京阪神での開催にはない魅力を有しています。
また、調教師など陣営の人々は馬の適性に合わせて条件を選択し、勝ちに結びつけようとします。出馬表を見て、例えば関東馬が小倉で芝のレースに出走していれば、小回りの軽い馬場が向いているという見立てがあると考えるべきでしょう。
こうした情報を踏まえて予想を立てたりレースを観戦したりすれば、より夏競馬の魅力を体感できるでしょう。真夏だけの熱い戦いを存分にご堪能ください。

テオドリックとガイセリック Mr.Indigo

  • 2019.06.11 Tuesday
  • 07:22

広大な草原をテオドリックは歩いていた。ここがどこなのか見当もつかない。しかし気分は爽快だった。初夏のイタリアのように、適度に暖かく湿気もない。

軽やかに歩を進めていくと、木陰で休む老人を見つけた。どうも見覚えがあるような気がする。テオドリックは足を止め、老人の姿を凝視した。

「ん、どうした?」

老人はテオドリックの顔を見た。鋭い目付きは間違いなく見覚えがあった。

「あの…もしかしてヴァンダル王国のガイセリック王ですか?」

「いかにも」

やはり。ガイセリックはヴァンダル族を率いて北アフリカからシチリア島に広大な領土を獲得した英傑だ。テオドリックたちの世代の武人にとっては憧れの存在である。

しかしガイセリックはこの世の人ではない。彼の訃報を耳にしてから既に50年ほど経っている。生きていれば140歳近い歳になっているはずだ。

「でも…」

「昔は戦に明け暮れておったがな、今はここで気ままに暮らしておる」

ガイセリックは笑った。

「えっ、ここは…どこなんですか?」

「冥界じゃ」

そう言われれば合点がいかなくもない。記憶をたどると、少し前は病の床にあったような気がしてくる。

「はぁ…するとわしも死んだということか」

不思議なくらい動揺はなかった。王として大きな仕事を成し遂げたからだろうか。

「左様。ところでお主、わしのことを知っておるようじゃが、何者じゃ?」

「わしはテオドリック。イタリアを治める東ゴート族の王です」

「テオドリック…ああ、あの東ゴートの青年じゃな!」

「ええ、そうです」

「只者ではないと思っておったが、イタリアの王になったのか。凄いのう」

ガイセリックも果たせなかったイタリア支配を自分は成し遂げたのだ。テオドリックは誇らしかった。

「ありがとうございます」

「そうじゃ。せっかくじゃから、あっちの世界の状況を教えてくれぬか」

「お安い御用ですよ。どこからいきましょう」


ガイセリック死去時(西暦477年)のヨーロッパおよび周辺地域

出典:World History Maps & Timelines | GeaCron (http://geacron.com/home-en/)

テオドリック死去時(西暦526年)のヨーロッパおよび周辺地域

出典:World History Maps & Timelines | GeaCron (http://geacron.com/home-en/)


「そうじゃな…ではオドアケルから聞こうか」

テオドリックが若い頃、すなわちガイセリックの晩年において、イタリアを支配する覇者はオドアケルだった。しかし、そのオドアケルを討ち取ったのはテオドリック率いる東ゴート軍だ。

「オドアケルですか。あいつはわしらがぶっ殺しました」

「ほう」

「こっちに来てないですか?」

「見てないな。奴は異教徒じゃから、地獄をさまよっておるのかもしれん」

「そうなんですね」

「しかしオドアケルは手強かったじゃろう」

オドアケルはただ強いだけの男ではなく、内政や外交の手腕も確かだった。実際に矛を交えたテオドリックは、その実力をよく知っていた。

「そうですね」

「しかも、背後にはゼノンがついておる」

一方、東ローマ帝国の皇帝ゼノンは取るに足らぬ男だ。しかし、その威光と経済力は侮れない。テオドリックやガイセリックの国とは伝統が違うのだ。

「実はあいつら仲違いしたんですよ。ゼノンがクソ過ぎて、オドアケルも嫌になったんじゃないですか」

「確かにあり得るのう」

「それで、ゼノンの力を借りてわしがオドアケルを倒したというわけです」

「なるほど」

「ただ、わしがオドアケルを倒した時にはゼノンはもう死んでました。そこで次の皇帝のアナスタシウスって奴と交渉して、わしがイタリアの王になったんです」

「アナスタシウスか、懐かしいのう。皇帝になったんじゃな」

アナスタシウスはゼノンの片腕と言うべき重臣だった。ガイセリックと面識があってもおかしくない。

「ええ、ゼノンに跡継ぎがいなかったみたいです」

「そうか。今は誰が皇帝なんじゃ?」

「アナスタシウスにも子供がいなかったみたいで、今はユスティヌスって奴が継いでます」

「ほう。知らん奴じゃな」

「こいつが腹の立つ奴でね、唯一神を信ずる者たちを異端だとか言って迫害してるんです」

彼らもユスティヌスも同じキリスト教徒だが、宗派が違う。宗派間の対立にはテオドリックも悩まされていた。

「むう…由々しき事態じゃな」

「戦争もなかなか強いんです。ユスティヌスはもうジジイですが、甥のユスティニアヌスってのが実権を握ってて、相当手強くなっています。ヴァンダル王国もヤバいかもしれませんよ」

「…そうか…ちなみにウチの王は誰じゃ?」

「今はガイセリック王の孫のヒルデリックです」

「あいつか…確かに心配じゃな。ちゃんと国を治めておるか?」

「いや…このところ混乱続きみたいです」

「はぁ」

ガイセリックは溜め息をついた。

「50年経っても、わが国にはわしに匹敵する男は出ておらんようじゃな」

隣国を支配していたテオドリックも同感だった。もっとも、それは東ゴートも同じだ。

「ウチもねぇ、若いのはパッとしない奴ばかりで…」

「そんなものなんじゃろうな」

「そうですね…」

「残念ながら、状況は厳しいな」

「ウチもですよ。もし帝国がヴァンダル王国を制圧したら、次はウチの番でしょう」

テオドリックの偉業は東ローマ帝国に警戒心を抱かせた。テオドリックの王位を認めたアナスタシウスと違い、ユスティヌスは東ゴートを敵視していると考えるべきだろう。宗教政策もその一環かもしれない。

「イタリアめんどくさいっす」

これはテオドリックの本音だった。

「そうじゃろうな」

「偉大なるローマ帝国の市民を自認している連中を手なずけるのは大変ですよ。あと教皇。たいていの市民は奴に従いますからね」

ガイセリックは無言で頷いた。

「そして周りは敵ばかり。こんなとこ占領しても面倒なだけなのに、どいつもこいつも狙ってくるし…」

「確かに。わしも昔ローマに攻め込んで略奪したからな」

テオドリックがローマを占領したのはヴァンダル族による略奪から30年あまり後のことだが、その爪痕はあちこちに残されていた。

「儲かるから狙われるんですよね…」

「うむ。わしがあっさり撤収したのは正解だったようじゃ」

「その点、ヴァンダル王国は場所がいいですね」

「そう思っておったが、間違いだったかもしれん」

「そうですか?」

「帝国から近いからな。帝国が弱くて自分が強ければ良い場所じゃが、それが逆になるとな…」

「なるほど」

「わしの代で領土が広がり国は豊かになったが…」

「豊かな場所ほど狙われますからね」

「何百年も続く国を建てるなら、辺境の方が良かったのかもしれんな…」

「うーん…」

ガイセリックに会う前の爽快な気分はいつしか消え失せていた。



歴史上のインブリード(下) Mr.Indigo

  • 2019.06.08 Saturday
  • 00:00
「お隣の朝鮮半島を見てみましょう。高麗の7代目の王・穆宗で、西暦980年に生まれた人物です」
小杉が画面を切り替える。
「へ?」
また凄い表である。
「ご覧の通り、太祖の3×3×3×3を持っています。曾祖父が1人しかいないということですね」
「…」
「祖父母4人は全て兄弟姉妹婚をしています。このうち2人は母親も同じです」
「で、穆宗の実力は…」
「父親の死後に母親の献哀王后が金致陽という男と不倫して半弟が生まれたんですけど…」
「それが能力と関係あるんですか?」
「まあ最後まで聞いてください。穆宗に子供がいなかったものですから、母親はこの半弟を後継者にしようとして…」
「それで?」
「いろいろあった挙げ句に政変が起こって、穆宗は殺害されてしまいました」
「あかんがな」
「だから実力の程はわかりません」
「この人、殺された時にはもう30歳になってたんでしょ?優秀な人物ならそれまでに何か実績があるはずじゃ…」
「8歳でG1を2勝したカンパニーみたいな、超のつく遅咲きだったんですよ、たぶん」
「何の根拠もない…」
 
「ではヨーロッパも見てください。17世紀のスペイン国王、カルロス2世です」
呆れている私を尻目に、小杉は画面を切り替えた。
「この人は名門ハプスブルク家の御曹司です。フェリペ3世夫妻の2×3とかいろいろなクロスを持っているんですが、凄いのは150年ほど前に生きたカール5世、フェルディナント1世の全兄弟の血が13本も入っていることです」
「…13本!?」
「64分の25だからおよそ39%。2×3とほぼ同じですね」
「…」
「150年かけて生み出された究極のインブリードと言えるでしょう」
「で、能力は…」
「カルロス2世は残念ながら病弱で、39歳で亡くなりました。知的障害もあったようで、政務は全くできなかったといわれています」
「あかんがな」
「ちなみに子供がいなかったので後継者問題が発生し、スペイン継承戦争というフランスやオーストリアも巻き込んだ戦争になりました」
「…」
「そんなわけで、人間のインブリードの魅力はおわかりいただけましたでしょうか」
「わかるわけないやん!」
 
「そうですか…残念です」
小杉は残っていたコーヒーを飲み干し、席を立った。
「僕は1人で研究を続けます。今日はありがとうございました。失礼します」
「…待って」
当方は競馬界ではちょっとした有名人だ。熱意ある若者に怒声をぶつけて追い返したとなると、SNSなどでひどい目に遭うかもしれない。
「小杉さんの情熱は凄い。いったい何が小杉さんを突き動かしたんですか?」
「いやぁ、それは言いにくいんですけど…」
「いやいや、遠慮なくどうぞ」
「はい…実は…僕には父親が違う妹がいまして…」
「はい」
「妹の父親は、僕の親父の従弟なんです」
「それで?」
「彼女にインブリードの優秀性を伝えたいんです。でも、自分だけで説得する自信がなくて…。それで加古さんに研究成果を見ていただこうと思ったんです」
「…」
「よろしかったら加古さんから伝えていただけませんか?血統評論家として」
「…お断りします」

歴史上のインブリード(上) Mr.Indigo

  • 2019.06.04 Tuesday
  • 23:26

 

打ち合わせを終えてオフィスを出ると、大学生風の男が声をかけてきた。
「加古たどるさんですよね、血統評論家の」
「ええ、そうです」
「一度お会いしたいと思ってたんですよ!」
「いやぁ…」
血統評論家を自称し、競馬新聞と自分のブログで競走馬の血統に基づくレース予想をしているので、競馬の世界では一応有名人だと思う。しかし、ぜひ会いたかったなどと言ってくる人間は初めてだ。ずいぶん気恥ずかしい。
「実は僕…」
いつも自分の予想を参考にしてくれているのだろうか。最近はあまり当たらないので、ちょっと申し訳なく思う。
「はい」
「インブリードなんです」
「えっ?」
「両親がいとこ同士なんで、ひいじいさんの3×3とひいばあさんの3×3を持ってるんですよ。凄いでしょ?」
「ええ、まあ…」
「でも、昔の人にはもっと濃いインブリードがいたんです。血統評論家ですから、気になりますよね?」
「うーん、多少は…」
「うまく血統を組み立てれば、フサイチコンコルドとかエルコンドルパサーみたいな凄いのが生まれてくるかもしれないんですよ。これも血統のロマンじゃないですか」
「ま、まぁ…」
「それで僕は研究したんです。人類の歴史におけるインブリードについて。一度見てもらえませんか?血統評論家として」
ここで逃げると血統評論家の名がすたる。相手をしてやろうと決めた。
「わかりました」
「ありがとうございます!では、あそこの喫茶店に入りましょう」
「申し遅れました。僕は小杉という者です。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「ではまず日本からいきますね」
彼は鞄からタブレットを取り出し、エクセルを開いた。
「この表、わかりますよね」
「血統表ですね」
「まずは聖徳太子です」
「うっ」
私はコーヒーを噴き出しそうになった。

 

 

「な…なんやこれ…」
「父親と母親が異母兄妹ですから、欽明天皇の2×2です。あと、祖母は2人とも蘇我稲目の子なので、蘇我稲目の3×3も持っていることになります」
「…」
「祖母2人の母親は不明ですが、同一人物ならその人物の3×3もありますね」
「…」
「聖徳太子が非常に優秀な人物であることは言うまでもないですよね。それは極度のインブリードによるところだと思いませんか?」
「…いや、たった1つの例てはなんとも…」
「では違う人物も出しましょう。聖徳太子より100年ほど後に生まれた文武天皇です」
小杉は画面を切り替え、コーヒーを一口飲んだ。
「父方の祖父の天武天皇と母方の祖父の天智天皇は全兄弟です。また、父方の祖母の持統天皇は天智天皇の子です」
「…はぁ」
「2×3×2の全兄弟クロスがあるということですね。あと、表には入りませんでしたが蘇我倉山田石川麻呂の4×3も持っています」
「…」
「父の草壁皇子は若くして亡くなりましたが、祖父の天智天皇と天武天皇、祖母の持統天皇、母の元明天皇は全て日本古代史を語るには欠かせない重要人物です」
「それはそうとして、文武天皇はどんな人物だったんですか?」
「大宝律令を制定した天皇です」
「なるほど。他には?」
「数え25歳で亡くなったので、目立った実績はないのですが…」
「大宝律令も先代の持統天皇の時代からの取り組みだし、制定した時はまだ持統天皇が健在ですよね。ちょっと調べたら出てきましたよ」
「あと、全姉に元正天皇、全妹に吉備内親王がいまして…」
「はい」
「元正天皇は弟の死後、甥の聖武天皇が成人するまでの中継ぎを無難にこなしました。聖武天皇の補佐役としても活躍しています」
「ものすごい人物というわけではないような…」
「吉備内親王は長屋王の変で粛清されたのですが、それは甥の聖武天皇に恐れられる実力の持ち主だったからだろうと…」
「…想像でしょ、それ」
「ま、まあ海外の例も見てください」

 

(「後編」は8日土曜日更新予定です。)

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