祖母を見舞う Mr.Indigo

  • 2017.08.22 Tuesday
  • 00:00

帰省した際に、母方の祖母の見舞いに行った。昨年病気をしてから体力の衰えが顕著で、今も入院してリハビリをしている。気づけば入院生活は間もなく1年だ。



祖母は昭和3年生まれの89歳。高等女学校に進学したものの戦争のためろくに教育を受けられず、20歳になる直前に祖父と結婚した。

その後は伯母と母を育てつつ、給食のおばちゃんとして働いていた。山あいの小さな小学校で、当時の児童が大人になっても「おばちゃんの給食はうまかった」と言ってくれていたという自慢話は何度も聞かされたものだ。

祖父は病気がちで、40代以降は看病に追われることも多かったが、7人の孫に恵まれ、大変ながらも充実した人生を送っていたようだ。特に4人兄弟の長男である私は何度も祖母のところに預けられ、しっかり面倒を見てもらった。

祖母が64歳の時に祖父が他界し、10年ほど悠々自適の生活を送った後、大和郡山に移り私の両親と同居するようになった。それからもう15年が経つ。いつの間にか曾孫も7人になった。




見舞いに行く前の夜、母に近況を聞いた。体の状態は悪くないのだが、頑張って生きようというモチベーションが失われているとのことだった。

「100とは言わんでも95くらいは行くと思っとったんやけど、もうそんなに長くはないかなぁゆう感じやわ」

これが母の見解だった。

「妹さんももうおらんしなぁ」

祖母と仲が良かった大叔母が5月に亡くなったのだ。私も報告だけは聞いていた。

「実はそれ言うてないんやわ。薄々気付いとるんやないかとは思うんやけど…」

「あぁ、まあそうやわな」

「しょっちゅう電話とかくれとったのに最近ないけん、なんとなく感づいとるとは思うんやけどな」

80年以上仲良くしてきた姉妹だ。祖母に訃報を告げたら、生きる意欲に大きな影響を及ぼしかねない。それは理解できる。しかし、これは本来なら告げるべきことではないか。告げられないほど祖母の精神状態が良くないということか。こんな隠し事をしなければならないのは、我々としても正直つらい。

「もう延命治療とかはええ言うとんよ。お姉ちゃんとも相談して」

祖母本人が延命治療は不要だと言っていたのを聞いたことがある。ゆえに、実の子である伯母と母の方針に全く異存はなかった。

もっとも、話を聞く限りまだそんな段階ではなさそうだ。ただ、今のうちに2人の子供や7人の孫の意思を固めておくのは悪いことではないだろう。おそらく数年後には決断の時が来るのだ。



翌日、8ヵ月ぶりに顔を合わせた祖母は、それなりに元気そうだった。すっかり痩せてしまい、声も弱々しかったが、昨年末よりはしっかりしているように感じられた。内臓に悪いところはなく、問題は体力と気力らしい。


曾孫が来るので頑張って気力を絞り出した可能性は否定できないが、それができるのも多少は回復した証拠と言える。ただ、昨年の初夏の状態に戻るのは間違いなく無理だ。おそらく一歩前進二歩後退というような感じで、やがて人生という土俵を割るのだろう。その際、痛みを覚悟して土俵際であがくことはせず、あっさりと寄り切られるのが本人と親族の意思というわけだ。



「いよいよ諦めるとなったら、そこで連絡して」

埼玉に帰る前夜、私は母にそう依頼した。自分にとって祖母は準母親のような存在だ。遠い埼玉に住んでいても、なんとか看取ることができればと思っている。


混沌の時代に  Mr.Indigo

  • 2017.08.21 Monday
  • 00:00

2期連続8度目のMVPである。

しかし、今回はなんとなくすっきりしない。ロスタイムの、しかも終了間際に辛うじて同着にしてもらえたからだ。最後に投票したのがMVPを分け合ったたりき氏なのが救いだが…。

ただ、今回のMVPが記録として残るのは事実である。年月が経てばロスタイム云々は忘れられていくが、記録は消えない。私は連覇を果たしたのだ。

もっとも、昨年のように記録を伸ばせるかというと、正直全く自信がない。なにしろ今は作品数を維持するだけでも大変なのだ。1年ほど前は常に数週間分のストックがあったが、最近は2作あれば上々だ。ちょっとしたアクシデントで、作品の安定供給は危機に陥りかねない。

その原因は作品数の増加にある。月7作書けばMVPが獲れた当時と違い、今は10作程度、名作を残しても5本くらいはないとMVP争いに参戦できない。しかも、自分は多作である反面一撃の破壊力に欠ける。すなわち数を残す以外にMVPへの道はない。だから、私はひたすら書きまくるのだ。

では、なぜ私はそこまでMVPに執着するのか。その背景には長い栄光とその後に訪れた長い雌伏がある。

私はメンバーが手薄で作品の絶対数が少ない時期にMVP6連覇を果たした。しかし、メンバーが厚くなり全体の作品数が増えると、途端に無冠が続くようになった。このままでは、過去の栄光は単に相手関係に恵まれただけということになってしまう。そのレッテルを貼られないためには、レベルが高い月にMVPを獲る以外になかった。

 

7月は私を含め3人が2桁本数を記録し、他に名作を残した強豪が2人いた。そんな状況で、統括本部長のホイッスルに助けられたとはいえMVPを獲得できたのだから、嬉しくないはずがない。

また、MVPの投票で4票をいただいたのはこの半年で4度目だ。これだけの支持を受けている以上、今のPREMIERでも通用する総合力を持っていると考えてよいだろう。一時期失いかけていた自信は、ほぼ取り戻されている。

次なる目標は、5票の壁を突破することだ。今はまだ大きなことは言えない。日常を過ごすように1作1作を積み重ねていくことが大切だと思っている。その結果として単独MVPを獲得できれば、王座復帰を高らかに宣言できるだろう。

 

さて、昨今のPREMIERは混沌の時代である。プロレスについて熱く語る一方で無数の悩み相談をユーモア溢れる回答で対処する男や、山をこよなく愛し写真を交えて登山の魅力を伝える女流作家、主要レースの過去の傾向をとことん調べる競馬マニア、自らの職務について長大な私小説を書き続ける医者など、多様な書き手が共存し活躍している。パワーに溢れている反面、初見の人が気軽に読めるかというと、敷居が高くなっている感は否めない。

ゆえに、身近な題材で手軽に楽しめる作品を書くことは、自分の大切な役割の1つだと考えている。この点については、7月の投票コメントでもヤマブキ氏とダックスフンド氏から評価をいただいた。

ベストコメントはお二方のどちらかで迷ったが、お茶漬けという言葉が心に残ったので、ヤマブキ氏に進呈させていただくことにする。

 

お茶漬け1杯で料理大賞は獲れないし、ミシュランなど見向きもしないだろう。しかし、お茶漬けを作り続けることも立派な仕事だ。具材や調味料を工夫しながら、時には焼魚や煮物、味噌汁なども交えつつ、活動を続けていきたいと思っている。

純白の魂  Mr.Indigo

  • 2017.08.19 Saturday
  • 22:52

―今回の雑兵日記PREMIERダイジェストは某雀荘に潜入し、テーマコンテストの覇者がりはさんのデートの模様をお届けします。解説は常連投票者のラッコさんです。

「なんで私なんですか?」

―麻雀、好きでしょ?

「見るより打ちたいんですが」

―さて、面子は起家から伊達見来男さん、後輩さん、舘披露士さん、がりはさんという並びです。後輩さんとがりはさんが向かい合うのは、いかにもデートいう感じですね。

「そうですか。眠いんでオーラスになったら起こして下さい。次の半荘から入れてもらうんで」

―はぁ、わかりました。ではCMです。

 

〈雑兵日記PREMIERの予想といえばPスポ!本紙担当・渡海文殊が7月の予想を振り返ります〉

「MVPは▲○◎で3連複的中、最優秀作品賞は馬単的中じゃ!」

<どっちもガチガチで自慢になりませんよ。なんで都合のいい馬券を持ち出すんですか?MVPは1着、作品賞は3着を当てないと。あとテーマコンテストは3頭立てなのに大外れじゃないですか>

「…すまん」

<8月もこんなザマだと本紙担当クビですからね!>

「…そ、それだけはご勘弁を…」

<じゃあ8月こそは当てて下さいね!頼みますよ>

 

―さて、いよいよ南4局、オーラスです。ラッコさん、起きて下さい!

「ふぁ〜い…」

―トップ目は後輩さんで38200点。24400点のがりはさんは親満ツモで逆転トップです。22500点の舘さんも圏内ですね。

「はい。満貫直撃でしょ?」

―おぉっと、いきなりラス目の伊達さんがダブルリーチ!ドラ2枚で満貫確定。ツモかがりはさんからの直撃で2着浮上です。いずれの場合もラスに転落するがりはさん、大ピンチ!

「全ツッパですよ」

―おっしゃる通り、がりはさんは危険牌をがしがし通していきます。しかし伊達さんはなかなかツモれませんね…。

「ついてない時はそんなもんです」

―12巡目、親のがりはさんが追っかけリーチ!平和のみですが、伊達さんが3枚使っている1筒を一発ツモ!『見たか!これが魂のツモだ!』と叫んでいます。ドヤ顔で裏ドラをめくるが乗らず!

「2600オール。逆転しないっすね」

―さて1本場。伊達さんのリーチ棒も加えてがりはさんの点数は33200。後輩さんとは2400点差です。

「はい」

―攻めるしかない伊達さんですが、中張牌のツモ切りが続いています。

「点棒がないし国士でしょう」

―しかしがりはさんリーチ!役なしドラなしですが、3-6-9索と待ちは絶好です。後輩さんは『こわ〜い☆』と言いつつ宣言牌の中をポン、一発を消しました。

「普通です」

―後輩さんとツモ牌が入れ替わったがりはさんは中をツモ切り。伊達さんの国士無双は消滅です。

「ベタオリしかないですね」

―おっと、舘さんが切った9索をがりはさんはスルーしました。

「裏ドラが乗らないと逆転しないんで。待ちがいいからツモるでしょ」

―現物がなくなった伊達さん、対子の發を落とします。これを後輩さんがポン!後輩さんの手はここから見えないんですが…。

「怖いですね」

―激闘もいよいよクライマックス。2回のポンで海底が回ってきたがりはさん。魂の海底ツモか?

「いや、奈落の底です」

―牌を倒した後輩さんは『32000は32300です、先輩☆』と満面の笑み!魂のツモは純白でした!相手を喜ばせるというデートの基本を体現したがりはさん。男の中の男です!

「はい、じゃあ打ってきます」

 

<この番組はPスポの提供でお送りしました>

 

時代と子煩悩親父 Mr.Indigo

  • 2017.08.15 Tuesday
  • 21:52
自分が子供だった頃のことを考えていてふと気づいた。我が家が平成初頭までずっと「1C」だったことに。
自家用車、クーラー、カラーテレビのいわゆる「3C」が一般家庭に普及したのは昭和40年代前半くらいのことだ。しかし、それから約30年後まで我が家にあったのはカラーテレビだけだった。冷房が入って「2C」になったのは平成9年、「3C」が揃ったのは地元で働く弟が車を買った平成20年頃のことだ。すなわち、我が家は世間一般より30〜40年遅れていたことになる。
子だくさんで田舎に住んでいた親父だが、運転免許を取ろうとはしなかった。私に劣らぬ変人だけに、マイカーを持つことに価値を感じなかったのだろう。思えばあの頃の親父も「青い中年」という枕詞が似合う男だった。
 
一方で、親父には30年ほど時代を先取りしていた面もあった。育児である。たいていの平日は定時に帰宅し、母が夕食の準備をする頃には我々兄弟を散歩に連れ出していた。
5歳くらいの頃の淡い記憶の中に「ブーブー100台」なるものが残っている。これは家から少し歩いて広い道(と言っても片側1車線だが)に出て、通りがかる自動車の数を100まで数えるというものだった。
もちろん単に数えるだけでなく「これはダンプカー」「あれはミキサー車」など、親父は自動車の種類もいろいろと教えてくれた。今から思えば、我々兄弟はかなりの英才教育を受けていたものだ。
母が専業主婦だったこともあって、親父は料理や掃除はほとんどしなかった。しかし、子育てに関しては並々ならぬ情熱があった。今世間一般で言われているイクメンとはスタンスが違うが、核家族において父親が自らの適性を発揮して育児に取り組んでいたことは間違いない。
ただ、親父は仕事を持ち帰り、我々が寝た後などに進めていた。教員だから中には個人情報も含まれていたはずで、実際テストの採点をしているのを見たこともある。今のご時世では絶対にできないことだ。我々は生まれた時代が良かったのだろう。まあ、贅沢を言うならもう少し早ければ就職氷河期に当たらなかったのだが。
 
そして、その親父の長男である私もすっかり時代遅れの人間になっている。単にスマートフォンを持っていないだけではない。例えば、職場で同年代の男性社員に聞いても麻雀を打てる人がほとんどいない。大学将棋部に属していた者としては信じられないような話だが、残念ながらそれが現実である。
結婚が決まって松山へ挨拶に行った際には、会った初日から義父、義理の伯父と三人麻雀を打った。3歳年上の義兄は打てないらしく、麻雀ができる男が現れたのが義父はとても嬉しかったらしい。やはりそういう時代なのだ。
このようにすっかりマイナーになってしまった麻雀を打つ一方で、会社の面々と合う趣味を作ろうという意思は全くない。昔なら同好の士がいただろうにと嘆くばかりである。
 
時流を気にせず(むしろ敢えて逆らっている感じすらある)我が道を行くところや子煩悩なところなど、自分にはしっかりと親父の血が受け継がれている。
では、自分には何か時代を先取りしているところはあるのだろうか。答えは20〜30年後に明らかになるはずだ。もっとも、今のところそんな感覚は全くなく、ただの時代遅れのオッサンである気しかしないのだが…。

もっともっと、非凡に成長しています  Mr.Indigo

  • 2017.08.08 Tuesday
  • 00:00

8月7日に6歳の誕生日を迎えたウチの長女。いつの間にか、すっかり貫禄が出てきた。

保育園で最高学年になったこともあるだろうが、4歳下の妹が成長して遊び相手になるようになったことも大きいようだ。次女も姉を頼りにしている様子が見受けられるし、仲の良い姉妹という感じになってきた。

 

「クイズして〜」

「しりとりしよ〜」

「○○なのはなんで?」

数ヵ月前はこの3方向から千本ノックを受けている感じだったが、ずいぶん減ってきた。いずれも数秒で対応しないと相手が急かしてくるのでなかなか大変だったのだが、すっかり楽になったものだ。

気性が激しいのは相変わらずだが、感情がセーブできずに取り乱すことはほとんどなくなった。妹の行動に苛立つことはあるが、理屈が通じない相手でも圧倒的な力でねじ伏せることはない。

体力もついてきた。少し前は昼寝なしだと18〜19時が限界だったが、今は20〜21時までもつので安心して見ていられるようになった。

また、自分が女の子であるという自覚が強くなっているようで、私よりも妻と行動したがることが増えた。気性の激しさは自分に似たと思っているが、やはり女同士だからこそ通じ合う面もあるのだろう。

今は外遊びやパズル、雑学関係は父親、絵画やテレビ、買い物は母親というように使い分けているように見受けられる。ずいぶんしっかりしたものである。

 

さて、一方の妹はというと、着実に成長してはいるが、あまりにも非凡過ぎて苦笑するしかないというのが正直なところである。

さすがに1歳7カ月まで歩かないことはないだろうと思っていたが、時間の問題だと思ってからが実に長い。何かにつかまればいくらでも歩くが、離れるとすぐ座り込んでしまう。よちよち歩きよりハイハイの方が速いから優秀だと思っているのだろうか。

食欲は相変わらず旺盛で、夜中に何度か空腹で目を覚まし、パンをくわえながら眠ってしまう。そして、よほどのことがない限りほかの要因では目を覚まさない。

近年の私は夏の夜に咳き込むことがしばしばあり、長女はそれに敏感で起きてしまうことが少なくなかった。しかし次女は私の咳くらいでは目を覚まさない。ずいぶん図太いものだと感心している。

言葉はよく覚えているし、今は風呂の五十音表に興味津々だ。リズム感もよく、保育園では運動会のダンスをノリノリで踊っているとか。もちろん上半身限定の話だが…。

長女が1〜2歳クラスの頃は、ダンスの練習はちゃんとやっても本番では固まっていた。しかし次女は平然と踊りそうだ。運動会までまだ2ヶ月ほどあるから、いくらなんでも歩けるようにはなっているだろうし。

商業施設のキッズスペースに行くと、つたい歩きとハイハイだけで延々と楽しんでいる。2回りほど小柄な子が歩いていたりするのだが、そんなことは気にする素振りもない。どこまでもマイペースである。

 

まだ将来のことはわからないが、最近落ち着いてきていかにも利発な子という雰囲気になってきた姉に対し、妹は大物感たっぷりのように感じられる。

Indigo一族、特に30代の我々4兄弟は、強い自意識と低い適応力に苦しめられてきた。しかし、マイペースで図太い次女に今のところそのような面は感じられない。

このまま自由奔放に育っていけば、いったいどうなるのか。本人の人生だから親がどうこう言うことではないが、親としてさらなる成長が楽しみで仕方がない。

Pスポ8月号  Mr.Indigo

  • 2017.08.04 Friday
  • 23:47

■表紙

MVP杯(芝3200m)

[見出し]

ホワイト一撃で決めるか

[リード]

前月に続き2桁本数が3人も出た。ただ、3者とも前月に比べてプラス要素が少なく、決め手に欠ける感は否定できない。1作品だが非常に内容が濃いナラノホワイトの戴冠もあるか。

 

[本紙・渡海文殊の知恵]

◎ナラノホワイト

○インディゴブルー

▲タリキホンガン

<短評>

タリキホンガンはテーマに出走せず、インディゴブルーは作品のインパクトが前月に及ばない。システムガリハは前月の競馬講座の続編がなく、会見も諸刃の剣になりそう。それぞれ不安要素を抱えているだけに、名作を残したナラノホワイトを本命に抜擢したい。対抗は多様性からインディゴブルーを推す。

 

[手数こそ正義!千手観音の見解]

◎タリキホンガン

○インディゴブルー

▲システムガリハ

<短評>

前月と同じ3者が2桁。本数からタリキホンガンが本命。11本で並んだ2者から作品数の多いインディゴブルーを対抗とする。

 

■裏表紙

最優秀作品賞(芝1200m)

[見出し]

今回こそ順当決着か!?

[リード]

連続的中が懸かる本紙・渡海文殊は大作2つでそのまま決まると予想。3着争いは混戦模様だが、人生の縮図を描いたかのようなドクターヤマブキ「脱獄」が僅かにリードか。

 

[本紙・渡海文殊の知恵]

◎ナラノホワイト「南相馬へ」

○ヤマガアルマルーン「やまがある日記〜北アルプス表銀座縦走」

▲ドクターヤマブキ「脱獄」

△システムガリハ「明るい悩み相談室PREMIER(234)〜現実と構想」

<短評>

「南相馬へ」は書きづらい題材を敢えて選び、筆者の強い関心と勉強から得たものを基礎に、彼ならではの視点から読者にメッセージを発信した。文句なしの大本命。ヤマガアルマルーンの「北アルプス表銀座縦走」も並の月なら最優秀レベルの作品だが、相手が強すぎたか。穴はドクターヤマブキの佳作「脱獄」。

 

[病める者に光あれ!薬師三尊の結論]

◎システムガリハ「謝罪会見」

○インディゴブルー「Indigo」

▲システムガリハ「明るい悩み相談室PREMIER(236)〜右手の親指の爪」

△インディゴブルー「『RAIN』を聴きながら」

<短評>

2人の主力をいじって悪ふざけを仕掛けたシステムガリハの「謝罪会見」が最も病んだ作品であろう。その標的となった「Indigo」も、自らを分解して心境を描いており、けっこうな病み具合だ。

 


■中面
テーマコンテスト(障害3000m)
[見出し]
ヤマブキ久々の戴冠へ
[リード]
読者の心を引き付けるドクターヤマブキの作品が優勢。インディゴブルーとシステムガリハの2番手争いは、題材と構成の面で前者がややリードしているのではないか。
[本紙・渡海文殊の知恵]
◎ドクターヤマブキ
○インディゴブルー
▲システムガリハ
<短評>
癌に冒された老人のデートを間接的に描いたドクターヤマブキが大本命。
[飛鳥大仏の求む!本邦初]
◎インディゴブルー
○システムガリハ
▲ドクターヤマブキ
<短評>
DATEが末尾につく地方都市の実在する提携から得たインディゴブルーの着想は斬新。デートから麻雀に結びつけるシステムガリハの発想もなかなか思いつかないが…。ドクターヤマブキの秀作は、新鮮さだけを見ると3番手評価。

 

ばったり Mr.Indigo

  • 2017.08.01 Tuesday
  • 00:00

酔っぱらいが我々の個室に乱入してきた。30歳くらいの女だ。

「えっ!?」


この日は保育園の夏祭りで、終了後に長女の親友であるAちゃん、Bちゃんの一家と居酒屋に入り、食事会を催していた。大人数で子供もいるから、当然相応の個室を頼んだ。それなのに…。

しかし、次の瞬間に部屋は笑いに包まれた。乱入者は保育園のM先生だったのだ。同い年の子を通わせている保護者仲間でもある。廊下を挟んだ向かいの部屋で職員の打ち上げをしているとか。

ほかの先生も入ってきた。長女たち3人の担任のS先生と、3〜4歳児を預かるH先生だ。どの先生も長い付き合いなので、5〜6歳児3人は容赦なく甘える。酒が入っているとはいえ先生方のあしらい方も手慣れたものだ。

「パパ、チャンスですよ!ママの文句とかいくらでもどうぞ」

M先生は親父B氏に絡んでいる。実は園児の母親グループのLINEが結成されていて、情報は筒抜けなのだが。

「あとでママに伝えときますから」

オチもしっかりつけた。M先生の特殊な立場はみんな知っている。ウチの次女もなんとなくわかっているかも。

「あの保育士兼保護者の方、いっつもあんなんなんですか?」

「ええ、そうなんです」

S先生は苦笑した。いつもフランクなM先生だが、それにしても楽しいキャラクターである。


やがて3人の先生は戻り、私と妻は眠そうな次女の寝かしつけを図る。もう8時を回った。ぼちぼちいい時刻だ。

次女が熟睡したので私は席を立ち、先生方の部屋を覗いてみる。母親B氏が1人で乗り込んでいた。

「あ、撮って下さい」

入室してすぐスマートフォンを渡された。頼まれてシャッターボタンを押すくらいはしたことがあるが…。

「いや〜、俺これ使ってるんでね」

ポケットから愛用のGRATINAを出したりしつつも、ちゃんと写真は撮った。

「みんな入ってますか?」

「安心して下さい。入ってますよ」

「古い〜」

「うるさい!」

もはや保育士と保護者の会話ではない。しかし、それだけ良好な関係を構築できているということだ。M先生のおかげでもあるが、やはり年月の蓄積が大きいだろう。

ついでに私と先生5人のカットも撮ってもらう。意味不明なメンバーだが、こうなると公序良俗に反しない限りなんでもありだ。


「ママお呼び出しで〜す」

私が戻ってしばらくすると、今度は残る母親2人が呼ばれた。すると私は次女を見ていなければならない。同じく部屋に残った親父A氏B氏は、疲れが目立つ5〜6歳児3人の相手をした。

午後9時の少し前だったか。再び入室してきたM先生から号令がかかる。

「ママ達は2次会がありますので、パパはお子さんを連れてお帰り下さ〜い」

なんじゃそりゃ。まあ、女子会とか女子旅とか、そういう時代ですからね。

オッサン3人で女の子ばかり4人を連れて帰路につく。端から見れば奇妙な集団だっただろう。もっとも、これは我々3人が女性陣から信頼されている証拠である。とりあえず子供は寝かしておいてくれるだろうと思われていなければ、こうはならない。

いったん目を覚ました次女の着替えをして寝かしつけていると、長女もいつの間にかリビングで眠っていた。あっさりいって良かった。長女を寝室に運び、妻の帰りを待つ。


日付が変わる直前に妻は帰ってきた。

「楽しかった?」

「もう超楽しかった!」

予想通り。我々親父連中が何を言われていたかなど気がかりな点もあるが、自分たちも大いに楽しめたし、まあこれで良しと思うことにしよう。


寒い夏 Mr.Indigo

  • 2017.07.31 Monday
  • 12:00

7月半ばになっても長袖で通勤している。会社のルールなどではない。単に冷房が苦手だからである。

以前はそれほど冷房への苦手意識はなかったのだが、ここ数年で染み付いた気がする。そして、この夏は一段と体がきつい。


昔は冷房とほとんど縁のない生活を送っていた。私が17歳の時に両親が新居を建てたのだが、それまでは自宅に冷房は全くなかった。新居も自室にはなく、リビングには設置されていたが使うのは来客などの際だけ。真夏は扇風機が頼りであった。

大学進学後も非冷房生活が続いた。大学の教室も冷房が設置されていたのはほんの一握りで、恩恵にあずかったとは言い難い。大学を卒業してからは職場の冷房があったが、夜間は蒸し暑さに耐える日々だった。

自分の寝室に冷房が入ったのは31歳で結婚した時だが、結婚したのは秋のことで、翌年の夏は妻が里帰り出産のため私1人で過ごした。すると、もったいないから冷房など使わない。結局、夜間に冷房を使うようになったのは33歳になる直前の夏のことであった。

この時は長女が1歳になるかどうかの頃だったから、冷房はかけていたはずだ(乳幼児は暑がりで、しかも汗疹が出ると面倒なのだ)。しかし、それが苦痛だった記憶はない。冷房がつらくなったのは、おそらくそれ以降だろう。


昨年7月、会社が移転した。通勤経路が変わり、東京メトロ千代田線を利用することになった。そして、車内の猛烈な寒さに驚愕した。

私が乗るのは朝の9時過ぎ。通勤ラッシュのピークを少し過ぎた時間帯なのだが、いわゆる寿司詰め状態の時間帯と設定温度が変わっていないのだろうか。しかも、空いているわけではないから、風の当たる場所を避けて立つのも難しい。最寄駅から会社へ行くには最後方の出口が便利なのだが、あいにく弱冷房車は前のほうにしかない。仕方なく、私は長袖で通勤することにしたのである。

そして今年は家庭の冷房もつらくなってきた。次女の寝かしつけをしているとなんとなくわかるのだが、彼女が寝る時の適温は私にとっては寒いと感じるくらいの温度である。室温が上がると暑さで目を覚ましかねないから、暑い日は一晩中冷房が作動している。それは長女の時と同じはずなのだが、今年はどうも違う気がする。

妻に相談してみた。

「歳のせいじゃない?私もそうだもん」

「そっかぁ、歳かぁ…」

「でも、我慢して慣れるしかないね」

いや、俺ら兄弟はだな…と反論しても何ら説得力がない。30年以上前の田舎と今の大都会では暑さが違うのだ。暑い夜は薄着で布団を掛けず寝るのが幼少時からの習慣だったが、どうやら改める必要がありそうだ。布団は蹴飛ばせるから、少し厚着にするしかあるまい。


それにしても、なぜどこもかしこも冷房がきついのだろう。特に電車や商業施設。冷房対策で羽織るものを常備している人も少なくないというのに。寒ければ厚着をすればよいが、薄着には限界がある。それは理解できるにしても、今の日本の夏は寒すぎやしないか。

電車でいうと、10両中1両しか弱冷房車がないのは本当に妥当なのか。6両編成なら2号車と5号車、10両編成なら2号車と5号車と8号車とか、せめて3分の1くらいは弱冷房車にしてほしいものだ。

冷房が苦手な人は、少なくともそのくらいの割合にはなると思うのだが…。


夏祭に感じる地域の底力 Mr.Indigo

  • 2017.07.29 Saturday
  • 21:00

「こんにちは〜。お願いしまーす」

「こんにちは〜。はい、どうぞ」

公民館脇の受付へ行くと、法被を着たおばちゃんから長女に黄色い紐が渡される。ハチマキにもできるが、首から掛ける子が多い。手続きはそれだけで、名を名乗る必要はない。

ウチの家族が住む地域には、住宅街らしからぬしっかりした夏祭りがある。もっとも、しっかりした寺社はないので、拠点は公民館だが。


祭りの行列が動き出すのは炎天下の13時30分頃。先頭は大人の神輿で、小学校高学年くらいの大きな子が担ぐ神輿が続き、小学校低学年くらいまでの子が曳く山車が最後方を進む。数百メートルに及ぶ長蛇の列である。

長女とともに適当な場所に陣取る。彼女は私の手を離さない。小さな認可外保育園に通っていて、顔見知りの子がいないというのは心細いだろう。来年から小学校で同級生になる子はたくさんいるのだろうが。

子供たちは2列で山車を曳いていく。先頭に大人がついているし、紐を持って神輿を追って行くだけだ。長女は私の手を離し、無言で淡々と進んでいった。

ただとにかく暑い。水筒を携帯している子も少なくない。ウチも持たせておけば良かったか。まあ、歩きながら器用に飲めるとは思えないし、程々のところで休憩が入るだろう。

30分ほど歩いたところに幼稚園があり、ここでいったん停止。園内に小さな社があり、子供たちにも30秒ほど脱帽させて簡単な神事が行われた。公立学校ではできないこういう体験は大切だと思う。その後は休憩タイムで、アイスと麦茶が配られた。ウチの長女はトイレに行きたいと言い出したが、場所が幼稚園なので容易に行かせることができた。ルートもうまく作られているものだ。


さらに2度の休憩を挟みつつ町内を巡り、公民館に戻る。移動距離は2kmもないはずだが、2時間近くかかった。大人も子供もなかなか大変だ。

さて、3本締めの後にマイクを持ったのは衆議院議員のM氏。私と同年代の若手議員で、途中からだが神輿を担いでいたという。挨拶は1分ほどで簡単に済んだ。都市部に弱いとされる政党にも関わらず、氏は毎回小選挙区で勝っている。若さと東京からの近さを生かして地域の行事に参加しているのが、強さの秘訣かもしれない。話が短いのも好感が持てる。

一方、子供たちは受付に並び、お菓子と夜の部で使えるチケットを受け取る。これが目的でみんな頑張るのだ。この程度で頑張らせることができるのが地域の力であるとも言える。

このような住宅街で、昔からの住民と我々のような新しい住民がともに参加し、コミュニケーションをとりながら祭りを盛り上げるのは、なかなかできないことだろう。偶然ではあるが、この地に住んで良かった。


ちなみに、夕刻は公民館横の駐車場にいくつか露店が出る。昼にもらったチケットはここでヨーヨーや玩具類と交換できる。かき氷50円など、飲食物の値段も良心的だ。相当な数の子供が集まるからいささか手狭だが。

今年の長女は私が付き添ったが、来年からは学校の友達と参加することになるだろう。我々保護者も自分の子の交友関係を知ることができるし、相手方の保護者との会話もできる。ウチの次女と同学年の弟妹がいる家庭もあるかもしれない。

我々家族にとって、この夏祭りは来年以降さらに面白いものになっていくだろう。今後も地域の一員として、楽しく参加させていただきたいと思っている。



如宝の情報 Mr.Indigo

  • 2017.07.25 Tuesday
  • 08:13

こんばんは!

奈良・西の京にあります唐招提寺の金堂です。

よその寺社では脇役の皆さんがいろいろ言ってましたけど、ウチは境内の主役であるわしが登場させていただきます。よろしくお願いしますね。

それではいきなりですが問題です!


[問1]唐招提寺金堂、すなわちわしを建設する際に中心となった人はナニジンでしょう?


「鑑真!」

よく勉強されてますね。しかし残念!不正解です。わしが建設された頃には鑑真和上は既にお亡くなりでした。

「日本人!」

…うーん、日本人の概念の問題は割愛しますが、日本出身者ではありません。

「中国人!」

鑑真和上とともに唐から来日した中国人ということですね。惜しい!だいぶ近づいてきました。しかし、いわゆる漢民族でもないんです。

「コジン!」

おっ!ちなみに漢字ではどう書きますか?故人?いやいや、奈良時代だから当たり前じゃないですか。でも、ものすごく惜しいです。故を胡にすれば、それで正解になります。


では解説しましょう。

鑑真和上のお弟子さんに如宝さんという方がいらっしゃいまして、この方が中心になってわしを建設して下さったんですが、文献によると如宝さんは胡人ということになっています。

胡人というのは、漢民族から見て北方や西方の異民族のことです。これは中国こそが世界の中心だという中華思想に基づく蔑称の意味合いもあるんですが、日本の古代の文献の話なんでここでは無視しましょう。胡人と呼ばれた民族はたくさんあるんですが、如宝さんはソグド人だったといわれています。ですからさっきの問題は「ソグド人」でも正解ですね。

さて、ソグド人は現在のウズベキスタンのあたりにいた民族で、その多くはシルクロードの交易に携わる商人でした。そのため、シルクロードの東側の大国である唐に住みつく人も多かったようです。細かいことはわかりませんが、それで如宝さんは鑑真和上に師事し、日本に渡ることになったわけですな。

ちなみに如宝さんが来日された頃はまだお若く、20代くらいだったようです。鑑真和上が日本へ行くことを決心なさってから平城京に着くまで9年かかっていますから、おそらく如宝さんは10代のうちから未知なる国に渡る決意を固めていたのでしょう。仏道を広めんとする志や和上への尊敬の念もあったでしょうが、もしかすると旅商人として名を馳せたソグド人の血が騒いだのかもしれませんね。


さて、如宝さんは来日してから布教活動で各地へ派遣されました。遠くは下野国(現在の栃木県)に住まわれたこともあるといわれています。中国や朝鮮半島ではなく中央アジア系の方ですから、東国の人々は風貌を見てずいぶん驚いたでしょうね。

その後、奈良へ戻った如宝さんは、唐招提寺の4代目管主に就任します。そして、この時期にわし、金堂が建てられたというわけです。

ちなみに、如宝さんは当時としては稀な長寿でもありました。桓武天皇による長岡京、さらには平安京への遷都も見届けていらっしゃいます。あの弘法大師空海さんとも面識があったらしいですね。

それでは最後に問題です。


[問2]「如宝」の読みを答えてください。


「ジョホウ!」

ぶ〜。タイトルを見たらそう思いますよね。でも違うんです。正解はニョホウでした!

ではまた!


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