【テーマ】心象風景 Mr. ヤマブキ
- 2023.10.29 Sunday
- 22:01
「秋の夕暮れを……思い出してしまうんだよな」
「なんだよ、急に」
「小さな頃、外で思いっきり遊びまわっていると気付かないうちにいつの間にかどんどん暗くなっていたことがあったろう?最後は山の向こうから差し込む光が細長い影を作って、反対側ではもう夜空が半分顔を出しているんだ」
「ずいぶん詩的だな」
「5時に町のスピーカーから流れる童謡のメロディーもとうに過ぎて、帰った家はオレンジの陰に満たされていて、光線に埃がキラキラと照らし出されるその奥で母が夕食を作っている。おやつのパンを食べながらテレビを見て、そして夜が来るんだ。暖かいんだよ」
「ああ、分かるよ」
「お前にだって、あるんだろ?」
「俺は、そうだな……確かに秋の夕暮れもそうかもしれないな。しかし、やはり冬の夜の寝る前だな。夕食も食べ終わって、風呂も入って、こたつでトランプなんかして遊んでいたんだよ。両親はそのあと離婚してしまって、引き取った母も無理が祟って早くに死んでしまったからな。あれだけだよ、暖かな家族というものを思い起こさせるのは」
山中に激しい炸裂音が響く。
「伏せろ!」
再度訪れる静寂。
「秋の夕暮れなんだけどな」
「ふっ、こんなときにまでかよ」
「こんなときだからだろ?」
「いいさ、話してくれよ」
「いやあなに、俺にとっての秋の夕暮れやお前にとっての冬の夜のトランプみたいなものって、誰もが持っているんだろうかと思ってな」
「そりゃあない人もいるだろう」
「そうか。じゃあやっぱり俺は幸せだよ。少なくとも俺は、自分だけの秋の夕暮れがあって幸せだよ」
「じゃあ、ない人は不幸なんだろうか」
「ひどい境遇で秋の夕暮れを持てなかった人だっているんだろうけども、かわいそうだと思うのは、持っているのにそれを自覚することなく死んでしまう人たちだよ」
「俺もそう思うよ。俺たちは、お前のお陰で、哀れに死に行くことは回避できたわけだ」
「おい、死ぬと決まったわけじゃないぜ」
「決まってないと言ってもな、現実世界じゃあ確率は最後までゼロにはならない。理屈上はな」
「詐欺だってか?」
「奇跡だってことさ」
「言い直してやるぜ。生き延びる可能性は、死ぬまでゼロにならない」
茂みを小さな生き物が這う。
「おっ、トカゲだ。今晩焼いて食おう」
「ずいぶんごちそうじゃないか」
激しい銃声。
「俺はお前のように自分の人生が幸せだとは言えないよ」
「そうか、一人で盛り上がって悪かったよ」
「でもな、平和のために前向きに戦った。それで満足だよ。平和の先に暖かな冬の夜が見える」
「そうか。じゃあ……行くか」
2026年、日中戦争。沖縄戦。