純和人 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.11.03 Friday
  • 00:00

「今注目の方と言えば、この方々です」

「こんにちは」

「純和人の皆さんです。今日はよろしくお願いします」

 

 室内に並ぶ三つの椅子に三人の人間が背筋を正して座っている。アナウンサーが続ける。

 

「早速ですが、純和人さんと言えば、その特徴的な仮面ですよね。みんな気になっていると思うのですが、どういう理由でつけていらっしゃるんでしょう」

 

 純和人たちは白服の上に仮面をつけている。仮面はその中央に――と言ってもほぼ8割ほどを占めるのだが――渦巻きが彫られているもので、白色に渦巻きの陰影が浮かび上がるだけの簡素なものだ。

 

「我々は和の心を尊ぶ者の集まりです。和は輪。円があって中央はありません。人間の中央は臍ではなく顔です。仮面は我々の思想の象徴なのです」

 

 

 変わった人たちだと思ったけど、どこにでも変わったことをする人たちはいて、たまたま純和人を名乗る人たちが今、面白おかしく取り上げられているだけなんだと思う。この前はバラエティー番組にも出ていて、某女優が好きだと言っていて、なんだかんだ普通の人たちだという気もするし。

 

「姉ちゃん、遅れるよ!」

 

 もうこんな時間だ。学校に遅れてしまう。

 走って出かけると通学路で庭掃除をしているいつものおばさんに声をかけられる。

 

「今日も走ってるのね。気を付けて、いってらっしゃい」

 

 ぞわっとしてこけそうになる。おばさんは今日から渦巻きの仮面をかぶっている。

 そう、純和人の影響で仮面をつける人がじわじわと増えている。テレビに出ているのも悪い人たちではないだろうし、おばさんだって悪い人ではないと思う。でも、仮面をつけて歩いている人たちが増えるのもなんとなく気持ち悪い気がする。

 

 

 おばさん以外は変わりのない一日だった。ただ、その一点の影響は大きくて、夜一人で勉強していても気づけば純和人のことを考えている。朝のテレビを思い出す。

 

「我々がいろいろな主張をするだけで、ああ言えばこう言う、なんて言う人たちもいます。我々としてはただ、和の心を広めたいという一心です。誰がリーダーということはありません。テレビだって交代で出ているんですよ」

「変わった活動形態なんですね。最近は、仮面をつけて真似をする人たちもいるようですけれどもそれについてはどう思われますか」

「我々の考えに共感してくれる人がいるということで嬉しく思います」

 

 あのおばさんの仮面姿がまばたきみたいに浮かび上がる。

 

「姉ちゃん」

 

 思わず飛び上がってしまった。

 

「もうびっくりするじゃない!部屋に入るときはノックしてよ!」

 

 本当に飛び上がったのは今度の方だ。振り向くと弟が仮面をつけている。

 

「なんでこんなものつけてるの。あんた思想だなんて言える歳?やめなさいよ、気持ち悪い」

「みんなつけたらつけるのが純和人なんだよ、姉ちゃん」

 

 後ろの窓ガラスからクラクションが聞こえる。窓ガラス越しに覗くと二人の純和人が車の横で街頭に照らされている。見ているのはこの部屋だ。急いでカーテンを閉め切る。

 

「この人たち何?あんたが呼んだの?」

「違うよ」

「お母さん!変な人たちがいる!お母さん!」

「姉ちゃんってば!」

「なによ、あんたこんなもの取ってしまえばいいのよ!」

「や、やめてよ、姉ちゃん」

 

 私は必死で弟の仮面を剥ぎ取った。顔が無かった。輪郭だけの頭。

 

「お母さん!助けて!」

 

 あまりの恐怖に動けなかった。仮面に目出し穴がないことに今更気付く。ということは仮面の下はみんな……。

 

「どうしたの!すぐ行くわ!」

 

 母が一階から階段を駆け上がって私の部屋へ来る足音がする。純和人に囲まれたこの状況、母と私で何ができるか分からないが、もう頼る人はこの人しかいない。母はいつだって私の支えなのだ。足音が私の部屋の前で止まり、扉が開く。

 

「大丈夫?」

 

 母は仮面をかぶっていた。

【テーマ】小学六年生の祈り by Mr.ヤマブキ

  • 2017.10.13 Friday
  • 23:30

 僕は運動が苦手だ。走るのも遅ければ、球を投げるのも打つのも受けるのもダメときている。だから体育の時間も嫌でたまらない。せいぜいできるだけかっこ悪くないようにと思うのだがそう簡単に体が言うことを聞いてくれれば運動音痴になんかなりはしない。つらいのは団体競技のときで、迷惑のかからないようにとだけ思っても結局やってしまう。ドッヂボールは簡単に当たるし、サッカーやバスケなんかこっちにボールが来ようものならスルーみたいなもので、相手ボールになるのが関の山。

 

 Aちゃんたちはいつも三人でBくんの応援団をしている。運動会の練習でBくんはリレーのアンカーをしていてその三人が取り巻きになって黄色い声援を送っている。一方の僕は玉入れみたいな当たり障りのない競技に紛れておくつもりだった。だが担任の先生があろうことか僕をリレーメンバーに入れてしまったのだ。なんでも、ダントツで速い三人が同じクラスにいるので最後の一人は走るのが得意でない人を入れて一生懸命頑張るほうがいい、ということらしい。逆らい難い教室の力学によってリレーメンバーが決まったとき言いようのない怒りと悲しみが湧いた。リレーの練習の段階ですら見せ物だ。他のクラスにも僕がメンバーになることが知れて冷やかされる。Aちゃんが練習に見に来るのは嬉しいけれども、こんな自分を見てほしくない恥ずかしさが上回っていた。

 

 練習を重ねても急に足が速くなるわけでもなく、何かできることを探して、神社に通った。家に帰る前に近所の神社へよって毎日お祈りをした。多くないお小遣いから、毎回百円を入れた。それくらい本気だった。

 

 運動会当日、お母さんには自分なりに頑張ればいいのよ、と言われた。でも頑張ってこの有様なのだ。順位が悪ければ自分のせいだ。リレーの順番が回ってくる。緊張してたまらない。望み叶えたまえ、望み叶えたまえ……。そう呟いていると前の走者がものすごいスピードで突っ込んでくる。スタートしてバトンを掴もうとすると手を滑らせる。立ち止まってバトンを拾う数秒に刺さる視線が痛い。串刺しだ。会場から漏れ聞こえる同情的な溜息から逃げるように走る。カーブに差し掛かると今度は足がついてこなくなって頭からこける。絶望的な気分で天に祈る。

 

 望み叶えたまえ……。

 

 すると運動場に神が現れた。僕は奇跡に震えた。神は口から炎を吐き出し運動会の全てを燃やし始めた。望みが叶ったのだ。速く走れるようにだなんて祈りではない、この残酷な運動会全てを燃やし尽くすという祈りが通じたのだ。Bくんも、担任の先生も、お母さんもAちゃんですらも燃えていく。僕も燃えていく。足が速いも遅いもない、ただ一握の灰になってしまえばみんな平等で、つらいことなどないのだ。燃え尽きてしまえ。

トラック by Mr.ヤマブキ

  • 2017.10.08 Sunday
  • 00:00

 トラックを歩いている。

 ほかのやつらが、お前は走らないのか、と聞いてくる。

 俺は歩くだけで精いっぱいなんだ。気を抜けば右足と左足を同時に出してしまいそうになるし、左足を踏ん張って左足を出そうとしてしまう。

 だが、走れないんだ、と言ってしまうのはよくない。歩くので精一杯の特殊な人間。彼らだって表向きは温かい声をかけてくれるだろうが、取り巻く世界は一変する。その瞬間から空気は破れ、特殊な人間としての微妙な関係へと落とし込まれてしまう。そいつは避けたい。

 だからわざとすかして言うのさ。

 

「こんなもん歩いてりゃいいのさ。お前ら、何のために必死に走るんだ?」

 

 ここがたとえオリンピックの決勝だとしても歩くがな、と一人毒づく。誰もが普通にできることをできない何か欠落した人間よりも、わざと尖っている人間でいるほうがよっぽど楽なのだ。

 さて、そろそろ止まるというのはどうだろう。歩き疲れた頃だ。……だめだ。走れるふりをするのに止まるやつなんていない。歩いているからこそわざと走らないやつみたいに見えるのさ。

 悪くないレトリックだと我ながら感心していると、右足に左足が引っかかる。こけそうになるが、何とか左足を前に出して踏みとどまる。すかさず周りを見回すが、誰も気づいた風はない。なんだかんだいって皆自分が走ることに必死なのだ。ほっとして、また歩き始める。

 簡単に走れるということがうらやましい。走り方が全く美しくない連中でさえ、羽ばたくように見える。

 後ろから声をかけられる。

 

「いつまで歩いてんだ。足でも悪いのか」

 

 ひやりとして振り向くと奴はさっそうと俺を抜き去っていく。顔を見るとにこりと笑っていて冗談だったと分かる。むきになって、いっそうゆったりと、肩をいからせ、足を開き、鷹揚に歩く。歩き続けてやるさ、このまま何周でも。お前らは知らずに走り続けているが俺にはこの虚勢ですらいつまで続けられるか分からないんだ。頼むから気付かないでくれ。そして気付いてくれ。

【テーマ】点(x,y,z)=(1,2,3) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.09.23 Saturday
  • 00:00

 父は霊界研究者だった。その筋では多少名が知れていたらしく、胡散臭い著作を何作か残している。幼心に覚えている父は一日中自室に引きこもり、妙な実験を繰り返していた。危険なものもあったようで部屋の前で倒れて病院に運ばれたり、家の一室がごっそり消えてしまったりといったこともあった。よく覚えているのは父の書斎から来る嫌な冷気で、じわじわとそれが廊下に広がってくるのだ。実験をしていたのだと思う。そんなときはダイニングの椅子に座って地面から足を上げてじっとするしかなかった。そんなある日、父はいつの間にか姿を消した。

 それから50年、たびたび父の行方を捜しては断念することを繰り返していたが、とうとうその足跡を辿ろうとしている。父の書斎に残された解読不能のメモ群を手掛かりに試行錯誤していたのだが、別の霊界研究家と会うことができてある程度解読が進んだのだ。当時我々に分かるのは(x,y,z)(1,2,3)という記号だけだった。それに付け加えられた意味不明の記号・数式。どうやらそれは点(x,y,z)=(1,2,3)と、現実世界で絶えず動き続ける地球との交わりを求める数式のようなのだ。他に残されていたのは霊魂の憑き方を調べた資料であるらしい。

 私は一人、点(x,y,z)=(1,2,3)へ向かうことにした。解読に協力してくれた彼もついてきたそうだったが危険だと思ったし、何より自身の父であるからこそどんな形でも自分自身で決着を付けたいと思ったからだ。

 点は日本の遠く離れた山奥にあり、飛行機から電車、バスと乗り継いでようやく山際の何もない草原へと辿り着く。じっと立ちつくしていると手に汗が滲んでくる。懐かしいあの嫌な冷気が背筋を這い上がる。

 

「お前は……」

 

 はっきりとは見えないが暗い霞が私を取り囲んで囁く。

 

「父さん、私です」

「ここが分かったのか」

「苦労しました。50年も探したんですよ。恨み言もいろいろありますが……それより、いったいなぜこんなことに」

 

 霞が私の周りを猛烈な速さで回り始める。

 

「本当に済まなかったと思っている。好奇心を抑えられなかったんだ。……気付いている通り、私は死んで霊になった。それは逆説的だが、不死を得るためだ。死んでいると言っても霊は自分という存在を保ったまま在り続けているとは思わないか?霊は『私』として生きている。無限に霊であり続けるならそれは不死ではないだろうか。そこで地縛霊に着目した。普通の地縛霊はその土地が失われれば憑く対象を失って霧散する。だが在り続けられる場所ならどうだろう。抽象的な場所、誰によっても失われない場所。だから空間座標のある一つの点に憑き、不死を得たのだ」

「……それではこの点(1,2,3)で地縛霊を続けるということなのですか」

「そうだ。しかし、50年ここで生きてきて不老不死を早くも手放したくなってきている。激しい後悔に苛まれるが寝て逃げることすらできない有様だ。私は無限にここにいるのか?地球が滅んでも点(1,2,3)の地縛霊としてここに憑き続けるのか?もう気が狂いそうだ!」

 

 私の中で哀れみや悲しみ、怒り、笑い、様々な感情が流れ込み巡り沸騰して逆流する。ふと冷静になる。

 

「軸は誰が決めているんですか」

「誰ということはない。ただ在るだけだ」

「観測者がいなければ存在しないのではないでしょうか。多分、何万年か何億年後に人類が滅んで観測者がいなければ軸自体もあり得ないでしょう」

 

 視界で蠢く靄がぴたりと止まる。

 

「また会えるか?」

「いや、もう会うことはないでしょう」

 

 彼をすり抜けて点(1,2,3)に背を向ける。点(1,2,3)に憑いた彼にかけるこれ以上の言葉は無い。彼の舐める果てない孤独と彼への怒りが入り混じる。願わくば、数万年後には人類が滅亡せんことを。

世間 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.09.08 Friday
  • 00:00

 Aがテレビを見ていると、地震で日本が沈むという話題が取り上げられていた。テレビのバラエティのやること、所詮信憑性の低い話だと聞き流してはいたのだが、夜眠る前になってなんとなく思い起こされる。地震には敏感だからだろうか。ばかばかしいと一蹴してそのまま眠りに落ちた。

 

 翌日、ABに、日本が巨大地震によって沈没するという話をした。

 

「……という話があるそうね」

「ふふふ、そんなわけないじゃないの」

「私もそう思ったんだけど何だか気になっちゃって」

 

 家に帰ったBはばかばかしい、と思いながらもその話を思い起こしている自分に気付いた。

 

 翌日、BCに、日本が巨大地震によって沈没するという話をした。

 

「……という話があるそうね」

「ふふふ、そんなわけないじゃないの」

「私もそう思ったんだけど何だか気になっちゃって」

 

 翌日、CAに、日本が巨大地震によって沈没するという話をした。

 

「……という話があるそうね」

 

 Aは驚いた。

 

「えっ?その話私も知ってるわ。気になってたのよ。テレビでやってたからはじめはばかばかしい話だと思っていたんだけど、案外そうでもないのかも」

「別の人から聞いたのよ。その人も誰かから聞いたって言ってたわ。結構広まってる話なのかしら」

 

 Aはあのテレビ番組を振り返る。ヨイショの上手いひな壇の芸能人たちすらそんなわけないと笑っていたけれど、地震研究家の人がこれまでのデータから解析すると一年以内に日本は沈没すると言っていた。周りのたくさんの人たちもそれを知っているみたいだ。

 

 翌日、ABに会う。

 

「この間の地震の話覚えてる?ほら、日本が沈没するって話。どうも私の知り合いもその話を聞いたみたいで」

 

 翌日、BCに会う。

 

「あのときの地震の話なんだけどね、私の知り合いが他の人からもそんな話を聞いたって言ってたのよ。笑われるかもしれないけど、私何だか怖くなってきちゃって」

「うそっ?実は私もあの後、知り合いに同じ話をしたら、その人もこの話知ってたの。やだ、どうしよう。みんな知ってる話なのね」

 

 その夜、Cは夫に相談した。

 

「日本が沈没するってみんなが言ってるのよ。逃げた方がいいと思うの」

「何言ってるんだ。そんなわけないだろ。みんなって誰だよ」

「はじめはBさんから聞いたけど、Aさんも知ってたし、その二人も知り合いが知ってた話って言ってたのよ。こんなあちこちから聞くなんて普通じゃないわ」

「じゃあどうするっていうんだ」

「引っ越すのよ、海外に。あなたが嫌なら私だけでも引っ越すわ。さようなら」

 

 

 こうして三人は今、それぞれ別々の国でたくましく暮らしている。そして、口には出さないものの、日本が沈没する日を待ちわびている。

恐怖 Mr. ヤマブキ

  • 2017.08.06 Sunday
  • 00:00

 真っ白な建物の中の一室に通される。中央の一台しかない椅子に腰かけると若い女性にエプロンをかけられる。死に装束というわけだ。こんにちは、と入ってきた歯医者が口を開けるように言う。

 

「それでは麻酔しますね」

 

 歯茎に鈍い痛みが走ると徐々にしびれが広がってくる。

 どうしても歯医者に行きたくなくて、歯の痛みを無視し続けた結果だから仕方ない。小学生の頃から歯医者は苦手でずっと避けてきたのだが虫歯なしで生き通せるほど甲斐性でもなかったようだ。

 別に痛みが怖いというわけではない。麻酔自体は少し痛むものの、なるべく痛くないようにと心掛けてもらえるので困ることはない。

 

「じゃあ削っていきますね」

 

 水が跳ねてもいいよう目元にタオルをあてがわれる。視覚が遮断されたとき、残る四感は研ぎ澄まされる。引っ張られた口元から冷たい金属が侵入してくるのが伝わってくる。無慈悲に高速回転を繰り返すドリルの冷気が歯に染みる。南米の奇妙な昆虫の羽音のような高音とともに歯が削られていくのが分かる。押される感覚はあるが痛くはない。ただどうしても気になってしまう。自分の口の左側で歯も容易に削ってしまうドリルが回っていて、もしそれに舌が触ってしまったらどんな恐ろしいことになるだろう。舌を構成する筋線維が削り取られ細胞一つ一つがばらばらに千切れてしまう。新鮮な生暖かい血液が流れ出し鉄の香りに包まれた激痛に襲われる……。身震いをして考えるのをやめる。

 

「動かないでねー、何かあったら手をあげてくださいねー」

 

 舌を右に、右にと寄せるのだが、右を意識することは左のドリルを意識することで、気付けば左に舌が寄ろうとしている。はっと気づいて右へと戻す。これが嫌で歯医者は好きになれないのだ。

 でも、本当に恐れからだけなのだろうか。高い屋上で柵の手前まで来たとき、少し倒れこむだけで死んでしまうのかと震える足で魅入られてしまう。運転していると少しハンドルを右に切るだけで大事故だと思って体が硬くなるが心は右に切るハンドルをつぶさに想像してしまう。恐れているくせにその恐ろしい結末を想像せずにはいられない。いつかうっかりその想像に引き込まれてしまうのではないかと思う。そう思うと、この口腔内の冷徹なドリルが舌を削り取る瞬間がありありと感じられて逃れられない。右だ。右に寄せないと削り取られてしまう。理性は叫び、頭の中でイメージを打ち消すようにするのだが、その執着こそがイメージへの執着となりますます肥大化していく。もはや舌の位置がどこにあるのか分からない。右に寄せているつもりだが、イメージに囚われて冷静になれない。全身に汗が滲んでくる。

 

「……あああっ!!」

脱獄 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.07.14 Friday
  • 00:00

 殺人罪とはついていない。あれは銃の暴発で、殺すつもりはなかった。それを凶悪犯だと騒ぎ立て、よりにもよって脱獄不能と言われたA刑務所に送られるとは、いやはやついていない。

 しかしそれも今日でおさらば、というわけだ。この三年間、刑務所を出るために準備を重ね、とうとうこの日を迎えた。

 ここの警備は特殊で、よほど外を知られたくないのか、連れてこられるときも睡眠薬を飲まされて気づけばこの独房、刑務所内には一切窓がない。さすがA刑務所、脱獄につながりうるどんな外部の情報もシャットダウンしているのだと当初は感心したがそうでもないようだ。完全防備かと思うが意外にも警備は手薄で、一日に何度か看守がいなくなる時間もあるし、牢屋の鍵も一般的な錠前で、これが脱獄不能を謳うあのA刑務所の設備かと疑う面もある。まあ好都合には違いないので、この際不問としておく。

 さて、更生プログラムの一環で作業療法を行ったときに手に入れた針金を取り出す。看守が消えて、次の看守が来るまでおよそ10分。音が聞こえないよう、それまでに開錠をしなければならない。1分ほど経っただろうか、あっさり扉は開いてしまった。あとは9分以内にここを出るだけ、ではない。僕は扉を閉めて、ここで待つことにした。休憩を終えた看守がやってくる。自分と背格好が似ていつも顔を伏せているこの男になりすましてやろうというわけだ。こんな男がいるあたりは案外ついているのかもしれない。

 彼が扉を通り過ぎた後、背後に躍り出て一発、彼に眠ってもらった。その制服を着て、いつものように目深に制帽を被り、堂々と警備室へと向かう。と、目の前に仲間の看守がいる。慌てて顔を伏せて、早足にならないようできるだけ自然に歩く。

「お疲れ様」

 迷ったが、さすがに返事はまずいだろうと思い、さらに深く会釈をして扉を出る。窓のない廊下には誰もいない。ほっと一息ついて、ゆっくりと歩き出す。廊下の先にはホールがあって、医務室や職員食堂に続いているようだった。誰もおらず、受付やセキュリティーもない。見回すと、食堂とは逆方向に出入り口がある。これだ、とうとう見つけた出入り口。久しぶりに太陽を拝めるかと思うと背中の奥から喜びがあふれてくる。浮足立つのを抑えられなくて早足になるがこの際どうでもいい。扉を押し開ける。

 久しぶりの日光に目がくらむ。ゆっくりと目を開けてみると、だだっぴろい草原、そしてその奥に広がる果てしない海。孤島だ。海岸線を歩いてその全貌を知ろうとするが、刑務所の周りを歩いているようなものだ。一周して分かったのは、海以外何も見えない島にこの刑務所がひっそりと建っている事実だけだ。さらに愕然としたのは、船やヘリコプターなどの移動手段がないことだ。すると、職員たちはどうしているのだろう。食料は定期船か。それならその船を待つよりない。

「何もないだろ」

 驚いて振り返ると警備員の一人がこちらを向いて立っている。とても逃げ場などない。思わず構えてしまう。

「待て待て、無理に捕まえようなんて思ってないんだ。なぜって、ここからはどうやったって逃げられないんだ。どうせ、定期船がないかなんて考えてたんだろう?船は一切来ない。必要物資はヘリコプターが運んで、この草原に落としてくれる。それでこの刑務所は成り立っている」

「でもあなたたちは本土に、家庭に、帰るはずだ。そのときには船かヘリコプターが来るはずだ」

「そうじゃあない。俺たちもここからは出られないんだ」

「そんなばかな」

「さあ、戻ろう。よく考えてみろよ、出られないからどうなんだ。地球を飛び出せるか?宇宙を飛び出せるか?」

「そうじゃない、そうじゃない」

 背筋が凍りつく。

「同じなんだよ、外の奴らだって。人生は入れ子状の牢獄なのさ。牢屋を出れば一回り大きな牢屋に入る」

 押し寄せる諦念が背中を突き動かす。自分の独房へと進んで入りなおす。看守が施錠するその手元をぼんやりと見つめるよりなかった。

鈴 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.06.09 Friday
  • 00:00

 鈴の音が鳴る。砂の城が風に流されていくような儚い響き。ゆっくりと、無機質な規則正しさで、遠くから流れてくる。どこから聞こえるのだろう。そうか、ここは。そして目が覚める。ベッドの上で天井を見つめる。まだ鈴の音が聞こえてくるような気がする。夢……なのだろう、現実と繋がっていそうな淡い夢。鈴の音の夢を見ることが多くなった。見るといっても座標すら定かではない存在が感じる鈴の音の夢だ。その夢のあと、必ず空虚感と強烈な飢えが押し寄せる。

 

 

「私は普通じゃないの。ごめんなさい、でもそうなの。そのうち分かるわ」

 

 僕に悪魔的な美貌の彼女ができるなんて、そんな風に言ってしまう彼女の性格故なのかもしれないが、実際には普通でない部分を感じることはない。華奢な体つきに長い黒髪、陶器のような肌。大きく開かれた両目が相対する人の心を射抜く。そんな彼女がどうして僕を選んだのかはよく分からない。気まぐれかもしれないが、それでもいいと思っている。一時でも彼女が僕を選んでくれたこと、その事実が僕を救ってくれる。

 

 

 彼女の家に行ったある日、その日はひどい雨で、家に着くまでは小降りだったもののそのうちに雨脚を強め、とうとう窓の外を白く染め上げてしまった。

 

「ねえ……」

 

 ベッドに腰掛けた彼女が意味ありげな表情で話しかけてくる。花のように立ち上がると椅子に座った僕の元へと歩み寄る。ブラウスに手をかけて自ら脱ぎ捨てる。それが地面に落ちた時、雷鳴が轟き、部屋の照明が落ちる。

 

「停電だ」

「いいのよ」

 

 彼女が立っている。もう一度雷が落ちる。彼女の頬が青白く照らされる。いや違う。もう一回雷が鳴ると部屋の壁に彼女の影が映し出される。二本の角の生えた異形の影。大きく開けた口から牙が生え、手には長い爪が伸びている。

 

「私は、普通じゃないの」

 

 その後のことは覚えていないが、鈴の音の夢に起こされると家のベッドに倒れていた。朦朧とした頭が先の記憶を引っ張り出す。あれも夢なのだろうか。服は濡れている。きっと事実なのだ。ならば、彼女のことを忘れてしまうべきではないか。悪魔的ではなく、真に悪魔である彼女のことを。

 雨は少し弱まったようだが依然として降り続いている。窓の外は鉛雲に覆われて薄暗い。ふと、何か空に浮かんでいるのに気付く。彼女だ。よく見えるわけではないが、彼女だと確信した。彼女の名前を叫ぶとこちらへ向かってくる。

 

「どこに行くの」

「……もう戻らないわ」

 

 そのとき、彼女から鈴の音が聞こえてくる。淡い響きから湧き上がる強烈な飢えと空虚感。僕に空いた穴を埋められるのは彼女だけなのだ。一人に戻ることなどできやしない。文字通り、悪魔に身を捧げよう。僕は彼女に手を伸ばす。

 

「連れて行って」

 

 ベランダから彼女目がけて飛び出す。全てがコマ送りになって、彼女がゆっくりと手を伸ばす。濡れたその手を掴むとあっという間に雲の向こうへと連れ去られた。

【テーマ】幻想商店街へようこそ by Mr.ヤマブキ

  • 2017.05.28 Sunday
  • 01:28

 ようこそはじめまして。

 本日は当市の名物であります幻想商店街へお越しいただきまして誠にありがとうございます。ここからの案内はバスガイドに代わりまして、わたくし高階、高階が務めてまいります。

 商店街と言えば、まずは八百屋を忘れることはできません。左手をご覧ください。こちらでは多種多様な野菜を取り扱っております。各国の一般的な野菜はもとより、食用可能なあらゆる植物を取り寄せております。これは高山植物のエーデルワイスですね、こちらは食虫植物のウツボカズラですね、これは砂漠に育つと呼ばれるキソウテンガイですね。そちらの区画の野菜にはお触れにならないようお願いします。マンドラゴラは奇声を上げ精神を狂わせますし、平行植物たちは触れることで消滅してしまいます。

 さて、次は右手をご覧ください。魚屋が見えてまいります。まず飛び込んでくるのは吊るされた巨大なホオジロザメの姿でしょうか。映画ジョーズのモデルともなった巨大なサメを店長が豪快に捌いていく様は圧巻の一言です。その隣に置かれているのはリュウグウノツカイ、メガマウス、シーラカンスといった希少種ですね。切り身で置かれているのは、ネッシーとシーサーペントです。もちろん本物ですよ。あの巨体を店に置くのは難しいというだけの理由です。もし信じられませんようでしたら、お買い上げの上、実際に召し上がってみてはいかがでしょうか。

 そろそろ商店街の奥まで来たようです。ご紹介いたしますのは、左手の肉屋でございます。ありとあらゆる生き物の肉を取り揃えております。今日は珍しくケルベロスの肉が入っているようですね。この赤身の色調をご覧ください。毒々しささえ感じられる赤身こそ地獄の番犬にふさわしいでしょう。その奥にはドラゴンや鼻行類として知られるナゾベームの肉までございます。そして、こちらに見えますのが目玉商品、古来より珍味中の珍味として扱われてきました商品でございます。この肉が何の肉なのかお知らせする前に、当商店街名物の肉屋の店主をご紹介いたします。彼が一目置かれているのはまさにその肉へのこだわりでございます。どんな肉でも美しく捌きこなすその包丁運びはもとより、獲物の確保から店頭に並べるまで非常に洗練された形でやってのけるのです。いかがされましたか?どうして逃げるのですか?……逃げても無駄ですのに。

 

 さて、入り口はあっても出口がないのが幻想商店街。案内は高階、高階でした。

破魔の一族 Mr.ヤマブキ

  • 2017.05.05 Friday
  • 00:00

 大和家は魔神を封印した一族なのだ、長男のお前も封印術を学ばなくてはならん、と陽一は彼の父から口酸っぱく言われていた。いつもそれを疎ましく思っていた。思春期特有の反発もあっただろうか。ただ、彼にも言い分があった。千年も前に封印された魔神が再び復活するということがあるのか?というよりでたらめではないのか?父が魔術を使っているところなど見たことがない、と。すると決まって、封印術は魔のものにしか効かないし目に見えるものではない、復活術が失われたかどうかは誰にも分からないので来るべき時に備えるべきだ、と怒られた。陽一はますます反発心を膨らませ、今に至る。彼の父は癌で早くに亡くなった。

 陽一が何気なくテレビをつけると、コウモリのような生き物が東京の空に羽ばたいていた。レポーターが必死に喚いている中、ウウウ、とサイレンのような音が流れると途端に体が麻痺し頭が割れそうになる。画面の中では通行人の背中から不気味な羽が生え、他の通行人を襲っている。レポーターも襲われ血しぶきが画面を染めたところで中継は途切れた。

「魔神はいたんだ……」

 陽一は震えた。内蔵が空っぽになったような言いようのない感覚に襲われる。慌てて家中を漁り古びた魔導書を取り出す。難解な魔導語が並び面食らうが、遺品である辞書を取り出して読み解く。とても間に合わないだろう、こんな付け焼刃で戦えるのだろうかなどと不安が彼を襲い、何度も作業が中断される。とうとう一周読み切ったところ、積み上げ式の先に魔神の封印術があり、本来なら精神統一の手法から学ばなければならないようで、陽一は落胆した。いつあのサイレンのような悪魔の鳴き声が聞こえてこないとも限らないのだ。とにかく、やれるだけ封印の術式を練習してみる。

 数時間ほど経ったろうか。陽一は封印術の発動とともに力が湧き上がってくる感じを覚えるようになった。才能があるんじゃないかという自惚れが沸いてくるが、まだ湧き上がってきた力も、例えば目の前の扉を開ける程度の力のような感じでとても安心できるようなものではない。後悔したって遅い。絶望的な気持ちで練習を重ねる。

そのうちに眠ってしまっていたが、ウウウ、と鳴るサイレンに叩き起こされる。体がしびれそうになる。もう来たか、と思っていると羽を生やした隣人が家に乱入してくる。逃げ回ろうとするが、封印術をここで使えなければとても魔神に勝ち目などないと思い立ち向かう。陽一は封印術を放つ。飛びかかろうとする悪魔化した隣人は一瞬たじろいだが、すぐさま牙を剥く。その威力の乏しさに陽一は愕然し、しかし最後の希望にかける。漫画のような追い詰められた主人公の力の解放が頭を過る。もう一度渾身の力を込めて封印術を放つと、あっさりと躱され、悪魔が陽一の首を噛み切る。陽一は絶命し、地球上から魔神を封印する術が失われる。

 人類は化学兵器を用いて反撃するが大した効果はなく、一週間で地球は魔神に制された。

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