【テーマ】コーヒーについて Mr.ヤマブキ

  • 2019.05.18 Saturday
  • 12:00

 今日は、私の大好きなコーヒーの歴史についてお話したいと思います。

 皆さんご存知のコーヒーショップ「Kaldi」の名は、9世紀のエチオピアでコーヒーの実を発見したヤギ使いから採られていますが、諸説あるものの、コーヒーの利用が始まったのはかなり古い時代の頃からと推測されており、有史以前からとする説が有力です(Jack Taylor The Origin of Coffee」)。

 この食い違いは西欧的な世界観が優勢であったことと無関係ではないでしょう。エチオピアよりアラビア半島を経て、西欧世界にコーヒーがもたらされたのは16世紀のことです。当初はかなり異質な飲料と認識されており、一部の貿易商や植物学者のみの知るところでした。人々の反応も芳しいものではありませんでした。当時、ドイツで著名な新聞であったFlugblattの中で、記者Alban Bachmanはこう述べています。「靴底の方がマシな味だろう」。斯様に三面記事として辛うじて取り上げられる程度のものでした。

 ところが17世紀に入るとコーヒーはたちまち人口に膾炙するのです。1612年にOliver Greenが著した「Coffee Effectiveness」ではコーヒーの薬理的作用に焦点が当てられ、当時はまだ明らかにされていなかったカフェインという物質の作用を広めることとなりました。覚醒、心肺機能の強化のみならず、病気への治療効果や虫歯の予防、寿命の延長といったことまで語られ、ベストセラーとなるとともにコーヒーの一大ブームがもたらされました。もちろん、現代医学の見地からは病気の治療ということは望むべくもないのですが、当時それを否定することは難しく、コーヒーは世界最大の健康食品となりました。嗜好品としてではなく、「靴底の方がマシな味」のものを薬として飲用していたのです。

 その後、健康食品という位置づけから嗜好品へと拡大したコーヒーは溢れんばかりの多様性を獲得します。その中でも特筆したいのはコピ・ルアクです。ジャコウネコの糞から取り出した未消化のコーヒー豆を用いて作られるコーヒーで、最も高級なコーヒーとして知られます。動物の糞を利用するのは他の食品でも類を見ないでしょう。ジャコウネコの腸内細菌で発酵されることで独特の風味が出るとされています。この原理を応用し、様々な動物でも研究が行われています。イェール大学で生物学研究に携わるSophie Ackerson氏の研究では、哺乳類ではバクが最も食用に有望とされています。また、魚類や爬虫類でも研究がされており、コケザメは実際にAckerson教授が飲んでその味に満足したと伝えられています。

 これからますます発展するコーヒー文化に、皆さんもどっぷりと浸ってみませんか?

 

 

※ほとんどが虚偽の内容です。コーヒーは飲めません。

【テーマ】県境を越える Mr.ヤマブキ

  • 2019.02.28 Thursday
  • 20:09

 県境に住んでいた。山奥にある盆地にあって、峠を越えると他県に移る。峠と言ってもそれほど高い山ではなく、何度かのカーブを抜ければ下っていける程度のものだった。だから、隣の県に行くことは隣の市に行く程度の気軽さであって、子供の頃は、少し遠出の買い物、少し遠出の食事に連れられて行った。

 県境の看板は峠を登り切ったところに置かれていて、表にはここからA県、裏にはB県と書かれていた。私は、県境を跨ぐことに集中していた。そこを通る毎度、看板が近づくことに過敏になり、車に乗りながら自分の体がその真横に来る一瞬を待ち、見落とすまいと集中した。隣の県に行くことは隣の市に行く気軽さだったが、それでも他県に移ることは特別で、それは小さな旅を意味していた。特別さの究極、その特異点に看板があって、横切る瞬間が重要だった。アキレスと亀の逆で、必ず私は看板を通りすぎる。にもかかわらず、単に車が速いだけなのか、その瞬間を確実に感じることはついぞできなかった。

 振り返れば、点には面積がない、ということをすでに感じていたと思う。もう少し年を重ねてから、国境みたいに両足を跨がせることだってできたのだ。しかしそれに興味がなかったのは、意味のないことに気付いていたからだ。右半身がA県に所在し、左半身がB県に所在する、では私自身は何県に存在するのか、という問いはあっても、子供の頃に期待した、A県からB県に移るダイナミックな変化の刹那を捉えることにはならないからだ。いくら県境を跨いでもその境界面に幅はなくて、私のどこを貫いているのか仔細にイメージすることができない。

 要するに、空間的な問題ではないということだ。面積がないのだから当然だ。そうではなくて、時間的な問題だ。今だけがある、と唱える人がいる。今というものはない、と唱える人がいる。いずれにせよ、我々は「今」を感じることができない。感じたと思った「今」はすでに私を通り過ぎていて過去になり、別の顔をした「今」が居て、その顔はすでに皺が刻み込まれている。無限に「今」の新陳代謝が続き、そのやり取りそのものが普通に言う、今、になる。私の皮膚は常に生まれ、剥がれ落ちる流体だが、その厚みそのものが今だ。

 きっと県境を越える究極的な醍醐味を一生感じることはできないだろう。小さな頃の他愛もない試みは突き詰めるほどに逃れ、ある印象派の絵画のように遠景でこそより鮮明になる。越境の体験は、全能の少年期に、決して手に入らぬものの示唆となった。私自身に通底する、二度とチャンスはない、やり直すことは許されない、といった冷めた人生観はすでにそのときから萌え出ていたように思う。都道府県、という単語を聞いて端末に向かうと、そんなことを思い出した次第である。

【テーマ】お雑煮 Mr.ヤマブキ

  • 2019.01.26 Saturday
  • 00:00

 お義父さんが脳溢血で亡くなった後、お義母さんはうちに引っ越してきました。元々、賃貸のアパートに夫と息子、娘と四人で住んでいましたから、ただでさえ手狭なところにお義母さんが来るのはあまり喜ばしい話ではありませんでした。決して仲は悪くなかったです。色々と気遣ってもらって、むしろいい印象が先行していました。でも、それとこれとは別です。食費だってかかりますし、結局、面倒を見るのは私ばかりですから。

 

「弟さんのところはどうなの?」

「いやー、まあ、それがやっぱり忙しいらしくてね。それに、うちが長男なんだから、というんだ」

「いいわね、弁護士の先生は弁が立って。情けない夫ね」

「おい、そこまで言うことないだろう」

「あなたが何か面倒みてくれるの?安い給料で仕事だ仕事だって」

「いや、まあ、それはだなあ……」

 

 そうは言っても、夏にお義母さんが越してきてしばらくは家事を張り切っていました。ある種の他人行儀です。でも徐々に慣れてくるといい加減な内容になってきて、秋が来る頃にはそうめんばかり出していました。子供達には肉を出していましたけど、おばあちゃんは体に障るから、などと理由を付けて食事にも差をつけるようになりました。憎しみはなくて、ただ自然にそうなっていったのです。自分でもその冷酷さに驚くことがありましたが、それも日々の雑事に飲み込まれていきました。

 

 正月を迎えました。我が家では作る私に合わせておすましのお雑煮にしていましたが、今年はお義母さんに合わせて白味噌にしました。自主的です。ですが、その一つ一つの積み重ねが雨の降る前の低気圧みたいに私を抑えつけてしまって頭痛がするのです。他の食事だって年齢に合わせていつも細かく刻んで出しています。喉を詰めないようにおせちだってお義母さんの分だけ小さく切って出さないといけません。そうした倦怠感から、お雑煮のお餅だけは、二つに切るだけにしました。明らかに大きいのですが、食べられないこともないでしょう。嫌がらせ程度のことです。

 全員で集まり、子供たちにお年玉を渡し、食事を始めました。子供たちがおせちの煮しめを取らないので皿に入れてやると露骨に嫌そうな表情をしました。そのとき、うっ、とお義母さんが青い顔をし、その手からお雑煮の汁椀が落下しました。すぐに救急車を呼びましたが、お義母さんはそれきりになってしまいました。

 医師から臨終を言い渡された後、私は救急外来の待合で涙を流しました。夫が書類の手続きを済ませる間、事の重大さに押しつぶされていました。手間もお金もかかるから、と疎ましく思い、ただちょっと意地悪い嫁になってしまったことがこんなことになってしまうなんて……。

 夫が待合に戻ってきて、傍に寄り添ってくれました。泣かなくていいよ、と自分の母親を亡くしたのに私を気遣ってくれました。

 

「泣かなくていいよ。実はな、俺、競馬ですって二百万の借金があるんだ。だから、ばあさんがいなくなって助かったよ。ちょっと大きめに餅を切ってただろ?生活費の分を考えれば借金なんてすぐ返せるよ。ありがとうな。ほんとによかったよ。お前のお陰だ。ほんとに、ありがとう」

謹賀新年 Mr.ヤマブキ

  • 2019.01.06 Sunday
  • 20:57

 あけましておめでとうございます。どんなお正月をお過ごしでしたか。Mr.ヤマブキです。謹んで新春の御祝詞を申し上げます。新春とは申しながらまだ厳しい寒さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。皆様におかれましては、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。輝かしい新年を迎え、新たな気分でお過ごしのことと思います。初晴れではじまった本年。読者の皆様、作者の皆様にとってますます幸多き年になられる吉兆とお喜び申し上げます。また、新たな年を迎え皆様にとって本年にご多幸がありますようお祈りいたしております。

 初春にふさわしく、のどかな天気が続いています。正月気分がようやく薄れ、またいつもの毎日が戻ってまいりました。旧年中は格別のご厚情、身に余るご愛顧を賜りましたこと誠にありがたく厚く御礼申し上げます。私ども一同無事新春を迎えられましたのは、ひとえに皆さまのご支援によるものと深く感謝しております。まだ未熟者な私ですが皆様のお姿を見習いながら少しずつ成長していきたいと思っております。日頃親身なご指導をして頂き深く感謝申し上げます。本年もよろしくご指導ご鞭撻くださいますようお願い申し上げます。本年は昨年よりも一層の努力をして旧昨年以上にご期待に応えられるように精一杯精進致します。

 まだまだ寒さ厳しいですが、くれぐれもご自愛専一にお過ごしくださいませ。本年も変わらぬお付き合いをお願い申し上げます。あなた様の今年一年のご多幸をお祈りいたしております。本年も倍旧のお引き立てのほどひとえにお願い申し上げます。末筆ながらますますのご繁栄とご活躍をお祈り申し上げます。またお会いできる日を楽しみにしております。今後とも何卒よろしくお願いいたします。

 

(ネット上の文例の切り貼りより)

【テーマ】純白の魂 Mr.ヤマブキ

  • 2018.12.27 Thursday
  • 00:00

 魂が純白の女を見たことがある。東京に出てすぐの頃、交差点を渡ろうとして背後から声がした。スマホを取り出すときに落としたであろう鍵を、彼女が持っていた。落としましたよ、と言って彼女はそのまま人混みへと姿を消した。ありがとう、も華奢な背中に投げかける形になり、その一瞬に彼女の魂をのぞき見ると、全くの純白だったのだ。

 俺は、姿を見れば、誰の魂ものぞくことができる。でも、俺が生きてきた中で純白の魂を持つ人間は彼女しかいない。誰しもが少なからず穢れた魂を持っていて、灰色で、ただ濃淡だけで区別される。だから俺は人の魂を信じていなかったし、必然、人間そのものにも否定的だった。彼女に会ったあのとき、人は純白に生きられるという希望が射し込んで俺を照らした。生き方を変えてくれた彼女にもう一度会いたい。もう何年も経つが、未だに彼女の幻影を追って、雑踏に紛れながらこの街をさまよっている。

 思い返せば、あの一瞬は俺の人生の中で最も重要な瞬間で、絶対に逃してはならなかった。でも、あの時、いつも通りの曇天、多すぎる人間たちの湿気、排ガスの臭い、錯綜する騒音、そのどれもが特別ではなくて、何の準備もしていなかった。当然だろう、でもそのせいで、チャンスが訪れたことに気付かず、まごついているうちに去ってしまった。魂をのぞき見なければ青い鳥の存在にすら気付かなかったかもしれない。それでも、何とか捕まえておくべきだったという詮無い後悔が、放浪を重ねる毎に積もっていく。

 

 今日も行く街の景色は流れ、彼女は欠けていて、砂漠で氷を探しているような気分になる。街頭のディスプレイは情報を流すにかしましい。気付くと、どれも国会議事堂に飛行機が墜落した、というニュースだった。テロリストによる犯行で、近くの国内線がハイジャックされ、アメリカ同様に飛行機が墜落した。あの交差点で立ち止まってじっと見ていると、燃え盛る事故現場の映像の次に、純白の魂を持つあの女の顔が映された。ハイジャックの首謀者として自ら墜落したのだと大々的に報道されていた。純白の魂!目眩がした。蜃気楼を追って歩くように、まともでなく歩いた。正義を信奉したのは無垢な魂だったからだ。彼女の魂が混じり気のないものだったからこそどんな正義でも信じ、貫くことができたのだ。結果、多くの人間が死んだ。何を信じればいい?魂の美しさだけは信じることができるのだと、彼女が教えてくれたのだ。空洞が……、再び魂を信じられなくなることの空洞が、そして、純白である脆さへの悲しみが押し寄せて、痛みすら覚える。

 

 そのまま何も見えないみたいに歩いていると、人にぶつかった。数人の若い男に人気のない公園まで連れられて囲まれる。一番大きな男が胸倉を掴む。大声で俺を威圧し、拳を振り上げる。刹那、俺はその男を刺した。男がのけぞってうずくまる前にナイフでもう一度刺した。周囲の潮が引いていくが、彼らをも順に刺していく。血だまりの中から睨む目が理解できないという様子で、返り血で汚れた俺を見、非難する。

 

「こんなイカれた奴だと思わなかったか?今起こっていることが信じられないか?お前らの人生で最も重大な決断は、俺に絡もうと決めたときだ。きっと、いつものことだと思ったんだろう。なぶって楽しむんだろうって。でも誰も気付かなかった。取り返しがつかなくなって、ようやく悟った。だから虚しいんだ。とてつもなく」

 

 彼女に会ったあの瞬間、それが彼女を止めるチャンスだった。声をかけそびれたことが、数年後に希望を全て失ってしまうような判断だった。そうなると知っていれば走ってでも追いかけて捕まえただろうが、そのときの俺はそれを知らない。自分の知らないところで最も重要なことが過ぎ去って、そのことに気付きすらできないのだ。

 

 もう声も出ない彼らの真ん中で、血塗れのナイフを握りしめ、純白の魂の行き先を思う。涙が流れて、俺の真っ赤な魂が溶けていくのを感じた。

2018年11月度テーマコンテスト受賞記念 Mr.ヤマブキ

  • 2018.12.20 Thursday
  • 00:00

 ある事柄について、次の段階に進んだと思われるときに、本人でさえそれが何に拠ってもたらされたのか、気付かないことがあります。あるいは、もっと的外れのことをその主因だと考えてしまうようなことです。

 テーマ受賞が増えて編集長には何かを掴んだのではないかと言われたのですが、私自身にはそれが何なのか皆目見当がつきません。私自身は、これまでと同じように、何か一つでも予想外のことを、つまりそれが設定でも結末でも何らかの形で読者の予想しなかった部位に爪痕を残すような書き方を目指しています。それは視線誘導のようなトリックで無から予想外を捏造するような書き方もあれば、不本意ながら全く陳腐な常套句に帰結することもあります。しかし、できるかどうかは別にして、そういうものを常に念頭にはおいています。

 そうであるならば、もし何か変わったことがあるとするならば、変わらず続けているということがそうなのだと思います。逆説的ですが、変わらず続けるということこそが自分自身の変化をもたらします。鉄の海もゆっくりながら終わりに着実に近づいてきています。中断をはさみながらも続けてきたことが良い方向に働いているのだと、自分では思います。ただもちろん、これも的外れな推測で、もっと全然違う明確な要因からテーマコンテストを受賞することが増えただけなのかもしれません。

 

 消えたGPSについては、簡素な作りですが、予想された効果が得られて良かったです。同様の手法の作品は巷に転がっているでしょうが、自然な形で実現できたことがよかったのかもしれません。そうです、これも的外れな見解かもしれません。

 

 さて、次回のテーマですが、執筆者でない方から選ぶのがよいと思いますので、ダックスフンドさんの、おもちにします。毎回投票ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

【テーマ】消えたGPS Mr.ヤマブキ

  • 2018.11.22 Thursday
  • 00:00

「ただいま」

「遅かったね。また仕事?」

「ああ、そうだよ。ご飯は食べてきた。明日も早いしもう寝るよ。風呂は明日にでも入る」

「そう……、じゃあ、おやすみ。先に寝てるね」

 

 結婚して三年、最近夫の帰りが遅いです。仕事なので、年の瀬に忙しいとかなら分かるのですが、全く繁忙期でもない時期に、ほとんど終電で帰ってきます。こっそりシャツを嗅いでみると、煙草の臭いの中に女の臭いが混じっているような気がしました。スマホも鍵がかかっているし、ラインの通知も来ないようにしていて、徹底的です。証拠はありませんが、証拠がないこと以外すべてが浮気だと思えます。そのうち、証拠がないことすら証拠みたいに見えてくるのです。

 

「ねえ……まさか、浮気なんかしてないよね?」

「え?そんなわけないだろ!最近遅いからか?お前のためにも頑張って遅くまで働いてるのを浮気だっていうのか?ありえねえ!」

 

 確かに、彼の言うことはもっともです。でもこのムキになり方。それに、服に付いたあの香気は……。

 

 夫がロックを外すのをこっそり盗み見て、朝のシャワーのときにスマホを開きました。ラインやメールには、特にそれらしき痕跡はありませんでした。でも削除したりして隠しているのかも?短時間でしたし、それほど詳しくは調べられませんでした。それよりもGPSを利用して、スマホの位置情報を私のスマホで探知できるようにする必要がありました。スマホ内に登録されたアカウントを借りるだけでいいのです。これで、彼がどこにいるのか、手に取るように分かります。今日こそは確実な証拠を手に入れることができそうで、小躍りしたい気持ちでした。

 

 その夜、今日も遅い?と連絡すると、終電くらい、と返ってきました。スリルを伴う正義ほど楽しいものはありません。夜ご飯を食べて、じっと夫の位置情報を見ていると、20時くらいにはもうすでに会社を出ました。夕食の後また仕事を続けるつもりかもしれないなとは思いましたが、周囲のコンビニを素通りして駅に来ました。少しの時間立ち止まっていたかと思うと電車に乗って家とは逆方向に動いていきます。これはもう確たる証拠だと心臓は鐘を打っていました。この履歴を見せつけてやろうか、いや、場所が分かっているなら直接行って驚かせるほうが痛快ではないかなどと思っていると、ぴたりと点が立ち止まりました。駅と駅の間なので信号待ちか、人身事故かと思いしばらく待っていると、今度は夫からラインが来ました。

 

「だして」

「こわい」

 

 もしかしてGPSで追跡していることに気づいたのでしょうか。その直後にGPSは目標を失い、それから一度も表示されませんでした。電源を切ったのでしょう。それから、夫は帰ってきませんでした。

 

 その後、二日、三日と経っても夫は帰ってきませんでした。会社からも無断欠勤で電話がかかってきました。警察に捜索願いを出しましたが、一向に夫は見つかりませんでした。通帳や印鑑も家に置きっぱなしで、駆け落ちしたということはなさそうです。そのうち周囲から神隠しだと言われるようになり、私も徐々にそんな気がしてきました。怯えた夫のメッセージ。一体どこに連れられて、何を見たのでしょう。時々、だして、こわい、と書かれたラインの画面を見直すのですが、何度見ても身震いが止まりません。

2018年10月度テーマコンテスト受賞記念 Mr.ヤマブキ

  • 2018.11.16 Friday
  • 18:00

 実は最近結婚しまして、式を挙げて新婚旅行にも行ってきました。スイスだったんですが、ホテルで一緒に寝ようとしたら、妻が急に、トランキーロ!あっせんなよ!と叫び出してびっくりました。知り合いにそんな口癖の人がいたような……、いや、どうしても思い出せないのですが……なんだかそんな気がしてなりません……。

 

 さて、開かれた空間でハイコンテクストを気取るのは、本人は楽しくても本当はどうかな、という気持ちもあるのでこの辺で(逆に古くから参入している人にとっては面白かったりするのが難しいところです)。

 今回のテーマは実はそんなに自信がなかったのですが、Xさんたちが最初から結構ほめてくださってたのでそんなものかなと。書いているときはもう少し狂気寄りで書こうと思っていたのですがなかなか落ちないので丸く収めた感じになりました。がりはさんの投票コメントはその辺りの機微を突かれたような気がします。でもその迷いが微妙なバランスを取って、うまく毒を散らばめたと感じてもらえたようにも思い、裏表だなと、改めてストーリーの難しさを感じます。

 あと、これまで、というより今でも文章に苦手意識があるのですが、ホワイトさんにそこをほめていただけたこととか、今回を機によく貰っているテーマコンテストを振り返ってみても割と文章がましになってきているような気がして、少しだけ自信が出てきています。このまま少しずつ進歩していければと思います。

 

 投票用紙を見てみると、正直、次のテーマに選びたいものがたくさんありました。ほぼ全て面白そうですね。平成はもう少し直前でやりたいかなと思っていますが、それ以外は決め手に欠ける状況なので、自分の出した「魂」を選ぶことにします。今月はふるいませんでしたが、PREMIERで最も「魂」をかけているあの男がこのテーマなら何か出してくるのかもしれません。僕も負けないように、まずはGPSについて思いを馳せることとしましょう。

【テーマ】ドラえもん狂 Mr.ヤマブキ

  • 2018.10.27 Saturday
  • 00:00

 皆さん、お久しぶりです。野比です。野比のび太です。

 早いもので、あの頃からもう20年経ってしまいました。ジャイアン、スネ夫、しずかちゃん、そしてドラえもん。皆と空き地で遊んだ日々のことが今でも瞼の裏に浮かびます。

 テストで0点ばかり取っていた僕も、それから勉強を頑張るようになって、T京大学に合格しました。今は家電メーカーで製品開発の部署にいます。機械をいじる楽しさと、誰も見たことのない便利な道具を発明したいという思いはドラえもんの影響を大いに受けているのだと思います。

 大学に出たと同時に、下宿を始めました。ドラえもんも一緒について来てくれました。今はもうすっからかんになった僕の部屋にあった、あの机がどうなったか気になるかもしれません。実は、もう未来とは繋がっていません。ドラえもんが来たことで未来が変わったのでしょう、僕が高校生の頃にキテレツという若き発明家がタイムマシンを発明し、それを機に他の時空との交通が制限されました。時空が閉鎖される前、ドラえもんには未来に帰るという選択肢もありましたが、ここに残ることを選んでくれました。本当に嬉しかったです。普段は仏頂面で風を切って歩くような態度を良しとする年頃でしたが、そのときだけは素直にドラえもんと抱き合いました。

 ドラえもんとの二人暮らしはまだ続いています。一緒に朝ご飯を食べた後、ドラえもんは家事を済ませて仕事の帰りを待ってくれています。しずかちゃんもジャイ子ちゃんももう結婚してしまいました。母にはいつ結婚するのかと聞かれるのですが、なんだかもうドラえもんと結婚しているような気がしてなりません。孫の顔を見たいという両親の気持ちはよく分かるのですが、正直、結婚しようと思えるかどうか分かりません。今の生活に満足してしまっています。

 さて、そんな僕にも悩みがあります。とても人には言えない悩みなのですが……、まあその、ドラえもんを……、「分解」してしまいたい、という気持ちが日に日に膨れあがってくるのです。おかしなことを言っているのは分かっています。でも、きっと分かってもらえる部分があると思います。工学的な技術を学べば学ぶほど、ドラえもんはいったいどうして動いているのだろうと強く興味を惹かれるのです。あの丸い手で全ての物を持ち、人間と同じ食事で栄養を補充するなんて、とても現代では考えられない技術です。不幸にも未来への交通が途絶えたことで、直接未来の技術を学ぶこともできません。目の前の大型猫型ロボットだけが22世紀の素晴らしい技術の伝道者なのです。

 もちろん、分解してしまえばドラえもんを組み立てることはきっとできないでしょう。唯一無二のドラえもんを失うことになってしまいます。大学に入学するとき、あるいは就職するときの春の儚い不安にそっと寄り添ってくれたドラえもんの温かさ。決して忘れません。

 目の前に光り輝く宝箱があって、それが家族以上の存在とくっついてしまっていることが悲劇なのです。ドラえもんを失うようなことはしたくありませんが、宝箱を開けてみたいという気持ちは抑えようとすればするほど膨らむ一方で、どうにもおかしくなってしまいそうです。

 

「ねえ、のび太くん。悩みがあるなら言ってよ」

「ん、ドラえもん。何でもないよ」

「嘘つかないでよ。目を合わせないのは嘘をついてるときの癖じゃないか」

「本当に何でもないんだよ」

「のび太くん。一人で抱え込まないでね。君は本当に優しい心の持ち主だから」

「僕は……優しくなんかない!」

 

 それから気まずい一晩を過ごしました。僕を心配してくれたドラえもんの優しさを突っぱねた自責の念が、僕の気勢を削ぐだろうと思っていたのですが、事態は逆で、自責の一部は激しい怒りへと変わり、布団の上で渦巻いて狂気を駆り立てるのです。

 僕は、寝ているドラえもんの尻尾を引っ張り、鈴の着いた首輪を外しました。その下に隠れた背中のスイッチを押してみたところ、頭が外れました。ぎょっとしましたが、もはや突き進むしかありません。人体をバラしているような気持ち悪さと心を刻まれるような苦しさがありましたが、それでも多大な興味とどこからか来た使命感が僕を突き動かしました。きっと人はその思い込みを狂気と呼ぶのでしょうが、もうそんなことは頭になく、機械の仕組みを理解しようとする一心でした。夜を徹して胴体、頭の順に分解して構造をメモしました。頭の中の一番奥まで進んで、最後のパーツに分解したところで、中から小さな紙が出てきました。そこにはこう書かれていました。

 

「のび太くん。僕は君を育てるために未来からやってきたのを覚えているかい?君が科学に興味を持ってここまでできるようになるなんて本当にうれしいよ。よくやったね。もう一人でも大丈夫。今まで楽しかったよ、ありがとう」

 

 涙があふれてきました。理解不能のパーツに囲まれて、何とかそれを濡らさないように服に顔を突っ込んで泣き叫びました。ドラえもんとのいくつもの思い出が駆け巡り、そして何も考えられなくなりました。

 

 がらんどうになったこの部屋の隅に、ドラえもんの部品がひっそりと置かれています。再び組み立てることはできないだろうし、仮にそうできたとしても、それはもうこれまでのドラえもんではない、別のドラえもんなのです。これまで付き合ってきた「あのドラえもん」ではないのです。それは僕が僕であって他人でないのと同様に根源的なことです。だから勉強してこれを組み直そうとか、あるいはキテレツさんのところへ持っていこうという気にはなりませんでした。新しいドラえもんとどうやって接すればいいというのでしょう?ドラえもんはただ一人、あのドラえもんだけです。最後まで僕を見守ってくれたドラえもん。本当にありがとう。

2018年9月度三冠受賞記念 Mr.ヤマブキ

  • 2018.10.12 Friday
  • 00:00

 三冠は本当に久しぶりで嬉しいですね。いつ以来でしょうか。多分三、四年くらいは前な気がします。特に驚いたのはMVPで、本数で言えばMr. Indigoやはがりさんには遠く及ばない本数だったのですが、やはり鉄の海が百回を達成したということで、皆さんが気をつかってくれたのだと思います。確かに鉄の海はなかなか票に繋がりにくいですし、それを分かって書いているとはいえ、たまにはこういうこともいいのかもしれません。

 最優秀作品賞に選ばれたのは死亡診断書でした。まあ正直、以前に書いた非存在否定証明書の焼き直しみたいな作品でしたから、それほど票を集めないのではないかと思ったのですが、こちらもまあ何かの熱気に後押しされたという感じですね。文学的な要素というよりもホラー漫画みたいなテイストにもなっていて、伊藤潤二などの影響かもしれません。

 伊藤潤二といえば、奇想のホラー漫画家として名を馳せていますが、グロテスクな描写も多くその辺りは少し苦手です。考えてみればホラー漫画家を思い浮かべてみると、どうしてもグロテスクな描写が思い浮かんできます。僕自身はグロテスクな描写をあまり好まないのですが、恐怖漫画は割と好きなので、何かこの間に純粋な恐怖というものがあって、恐怖漫画からグロテスクさを引いたところにそれが見えるのではないかと考えます。

 しかし、純粋な恐怖とは何なのでしょう。もし全ての恐怖が死や痛みに繋がるものであるとするならグロテスクさとは不可分なのではないでしょうか。そのとき思い当たるのは暗闇の恐怖です。暗闇に何がいるわけではないが、暗さが怖い。それこそが純粋な恐怖なのかもしれません。いつかそれを実現する作品を書ければ、きっとそれも今回のように最優秀作品賞をとることができるのでしょう。

 少し話が離れましたね。テーマコンテストに移りましょう。今月は本当に激戦でした。良い作品がいくつもあって、なかなか勝ち抜くのは難しそうでした。ここで受賞できたのは本当に幸運としかいいようがありません。自分でも何が良かったのかはよく分からないのですが、最後の場面の奇想と恐怖の融合がうまくいったのかもしれません。……え、テーマを書いていない?そんなまさか。連絡を繋ぐことに疲れた連絡網人間が海に入水をする「海辺の連絡網」が受賞したじゃないですか。あの最後、「完璧な連絡網などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」と言って入水したシーン。……ふーむ、なるほど。どうやらこれは隣の世界の話だったようです。こちらはテーマを書かなかった世界のようですね。失礼しました。皆さん、投票はお早めに。

 

(Mr.ヤマブキは颯爽と四次元に帰っていく)

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

カウンター

ブログパーツUL5

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM