iron sea Mr.ヤマブキ

  • 2018.06.18 Monday
  • 00:00

 「Under the Iron Sea」を制作した頃、Keaneのヴォーカルを務めるTomはアルコールとドラッグに悩まされる生活を送っていました。彼はそのころを振り返って、「暗黒の時代だった。答えはUnder the Iron Seaの中にある」と答えています。また、ピアニストであるTimもインタビューでこんな趣旨のことを答えていました。「Iron seaという踏み込むことのできないバリアがあって、僕らは息苦しさを感じている。そんな僕らの世代の思いを代弁したかった」と。

 鉄の海はそんな閉塞感を込めています。救命を目指して燃える医療ではない、現代の一般的な医療の状況。高齢者医療が中心となり、生かすだけではなく、殺すわけでもない医療。救命に向かって次々と決断するのではなく、そもそもの目標を設定せよと次々と決断を迫られる医療。その中で茫漠とした状況に振り回され、医療の無力に絶望し、どうにもならない閉塞感を抱えた医療者の思いです。そして、時に煌くCrystal ballも(南木佳士はそれをダイアモンドダストと表現しました)。

 今はwordで書いて一部を投稿しているのですが、文字数を見るとどうやら99000字に到達しているようで、10万字もすぐそこです。ここまで来れたのも皆さんに読んでもらえていることと、それを直接投票コメントで聞けることのように思います。

 

「これからも『鉄の海』を読みたいので」

 

 いつもハッタリストさんはそうコメントしてくださいます。単刀直入な物言いこそ最も合理的です。本当に励みになります。これまでの分も含めて、ベストコメント賞を差し上げたいと思います。

 

 鉄の海については、今後は収束に向かっていく予定です。今の章が最終章になるだろうと思います。まだどれくらいの分量になるか分からないのですが、おそらく今年中には(毎週間に合えば)書き終えるような気がします。乞うご期待ください。

 

 他のコメントでは、ホワイトさんの「挿絵がとてもノスタルジックで、小学生のときに読んだ何かを読んでいるような幸せな気持ちになれた」というコメントは嬉しかったです。小さい頃読んだ本の挿絵はどれもなぜか少し不気味で絵画めいていた覚えがあります。まさにそれを意図した選んだ挿絵だったので、伝わったことが嬉しかったです。

 

 最後に、次のテーマについては意味深な「24」にしたいと思います。

雲山 Mr.ヤマブキ

  • 2018.05.04 Friday
  • 00:00

 清太が孝の引っ越しの話を聞いたのは、枯葉も残らぬ真冬の頃だった。鈍色の不揃いな空模様が学校の裏山を超えて広がっていた。いつものように二人で下校した途中、一言も話さなかった孝が、ぽつりと言ったのだ。孝だって勇気を出して言ったのだろう。二人の仲であんなに言いにくそうなのは初めてだった。清太も何も言えなかった。寂しさと、寂しさを口にする気恥ずかしさがあった。そのうちに、大粒の牡丹雪が、ひとつ、ふたつと舞い落ちて、二人が別れる頃には白い夜のように町を包んだ。清太が遠ざかる孝を振り返ると、孝も清太を見ていた。清太はすぐに向き直り、やたらに歩を速めた。

 それから、清太はいつか孝の教えてくれた、石を食べる動物の話を思い出していた。消化を良くするために食べるのだと孝は熱弁を振るったが、清太は胃が重いだろうなと思った。丁度、そんな気分だった。孝とは変わらずに遊んだけれど、透明な一枚の膜を隔てているような、二人にしか分からない距離があった。

 そうしてそのまま冬は去ろうとしていた。道端の蕗の薹が残雪の中から顔を覗かせる。孝の引っ越しは刻一刻と近づいていたが、清太は何もできないままでいた。焦燥から、居間やら仏間や奥座敷を忙しなく回って祖父に叱られた。仕方なく、奥庭で大人しくしていた。

 孝の父は転勤族だ。孝がこの町に来たのは五年前で、また家を替えるのだという。地主の家に生まれ、この町の外へ出かけたのも数える程しかない清太には、とてもその気持ちを推し量ることはできなかった。ただ、巨大な不安があって、それに相対しているのはもはや孝なのか清太なのか分からなくなっていた。居たたまれなくなって懲りもせず庭の飛石を一つ飛ばしに歩いてみる。左手には石灯篭と松が置かれ、右手には池がある。赤、白、黒の三匹の錦鯉が頭を揃えて艶やかに泳いでいた。水面に波紋が広がる。そのすぐ隣にもう一つ波紋が広がる。残雪を解かさんばかりの日光はすでに翳り、雨が降り始める。一気に雨脚は強まり、庭奥の竹林を白く染め上げた。その模様を清太は廊下から見ていた。くすんだ木目から冷気が忍び寄る。村雨に冴え返ったようだ。清太は、来るぞ、と呟いた。

 次の朝はよく晴れた。清太は孝を誘って学校の裏山を登った。道には蕨が芽吹き、青葛が黄色い蕾を付けていた。小さな動物の糞が転がり、その側を名も知らぬ虫が通り抜ける。鶯の囀りが響き渡る。春の気配だ。清太は胸が締め付けられた。とりもなおさず、それは別れの気配だからだ。

 とうとう山頂に登りつこうかというところ、木々が突然無くなり、一気に視界が開ける。わあ、と孝が歓声をあげる。雲海だ。山頂の周りをぐるりと雲が覆っている。連なる山々に囲まれたこの町をすっぽりと隠し、さらにその奥までも伸びている。白縹の淡い空模様に春霞が化粧染みて、溶け合わさり、清太たちのいる山頂と、雲と空と、太陽までもが一続きに感じられた。孝が遠くを指さして、あそこが次の町だよ、と清太に教えた。清太が黙って目を凝らしていると、孝はありがとう、と呟いた。

 引っ越しの日、清太は一家で孝を見送った。清太は孝と、父母は父母同士で手短に別れを伝えた。孝たちが車に乗り込むと、清太は父母の静止を振り切って車の真後ろに陣取った。すると車の排ガスが清太を直撃し、咽て顔を背けているうち、孝の乗る車はすでにだいぶ離れていて、すぐに路地を曲がり消えていった。あれだけ恐れていたのに、あっけない別れだった。だが、清太の心は晴れやかさを取り戻しつつあった。清太は空を見上げた。孝の住む新しい町とも雲続きのような気がした。

【テーマ】日めくりカレンダー by Mr.ヤマブキ

  • 2018.01.28 Sunday
  • 00:00

 消灯!と鋭い声が響き暗闇が訪れる。僕はこっそりと独房の日めくりカレンダーを一枚めくる。今日という日を終え、一日、一日、とその日が近づいてくる。僕の命日になるだろう。徐々に近づいてくる死の足音は確実に大きくなってきて、その一音ごとに体が震えてしまう。まだ人生に色んな悔いがあって、なおさらだ。そもそも僕が死刑にされるのも冤罪なのだ。一家三人惨殺事件の単独犯として挙げられたのは、宅配で訪問したときの扉の指紋という薄弱な証拠だけだった。無実を訴えたが他にめぼしい犯人もおらず検察のメンツもあってか、そのまま犯人に仕立て上げられてしまった。両親のもとに良識を名乗る報道陣が押しかけ、僕の生い立ちや生活歴が暴かれ、無いことまで好きに書き足されてしまった。両親が今も信じていてくれるのは嬉しかったが、だからこそ迷惑をかけたことや早くに自分が死んでしまうことが心苦しくてならない。

 死刑の日は当日に知らされることになっている。午前九時に刑務官がやってきて、十時に執行される。九時が近づくと死刑囚たちの空気は張り詰めていく。その時間を過ぎると徐々に緩まって、九時半ごろになるとすっかり元通りになる。皆、明日がそうかもしれないと思いながら一日を過ごす。カレンダーを一枚めくることで、今日一日生き延びたことと明日死ぬかもしれないことを確認する。そうしないと自分が時間の中でどこにいるのか分からなくなってくるのだ。どこかで突然死ぬことは分かっていて、それ以外に行くべき方向はない。流れるべき方向がないから時間は留まったままだ。その僅かな頼りがカレンダーだというわけなのだ。

 

 その日の午前九時、いつもの緊張の後に刑務官が僕の部屋に入ってくる。今日が死刑執行日であることを言い渡される。とうとうこの日が来たのだ。言い渡されたとき、自分ではもう少し落ち込むだろうと思っていたが、案外晴れやかな気持ちになっていた。死に怯える日々が終わると思うと逆に清々しい。ここに至って急に覚悟も出来てくる。

 仏間に通され、次の部屋に案内される。死の準備を整えるためのようだったので遺書に両親への感謝を記した。その他には何も希望しなかった。白装束に着替え、執行場に通される。首に縄が巻かれる。足元の床が開けば終わりだ。人生を振り返ろうと思うが縄の感触や埃っぽい処刑場の匂いにばかり気を取られる。いつだろうと思っていると後ろから足音がして刑務官が入ってくる。

 

「死刑は中止だ」

 

 わずかな安心の裏から強烈な不安が這い上がってくる。

 

「どうしてですか」

「それは知る必要はない。死刑は中止だ」

 

 またあの死に怯える日々を送るのだ。死と後悔に煩悶するあの夜闇。不安に包まれた見せかけの安寧。一枚一枚カレンダーをめくり正気を繋ぎ止めるあの日々を。仮初の覚悟はあっさりと吹き飛んで、絶望に満ちた独房へと戻されてしまう。今晩もまた、カレンダーを一枚めくる。

【三題噺】風の調べ by Mr.ヤマブキ

  • 2018.01.19 Friday
  • 00:00

 

 ごうごうごう……

 ごうごうごう……

 

 次のコンサートが近い。いつもそうだが、この時期は夜遅くまで練習漬けになってしまう。マリンバなんて、オーケストラの打楽器奏者であれば誰だってできる楽器ではあるが、だからこそ甘い演奏は見透かされてしまう。でもそんな後ろ向きの理由ではあまり質は向上しないので、プロとして、意図的に最高の公演にするつもりに心を入れ替える。

 主にマンションで練習をしているので、たまにペットのラブが乱入してくることもある。ラブはチワワのオスで、ここに引っ越す前から飼っている。多少邪魔されるくらいの方が本番に強くなれるからこれくらいは気にしない。ただ、最近は夜になるとけたたましく吠えることがあって、少し困っている。考えてみると駅前の風車が建ったその日からだと思う。

 何でもこの街は風が強いことで有名らしく、街の中心にある駅の真向かいに風車を建ててアピールしているらしい。それはちょうどビル三階建てほどの高さで、太い羽は完全に風力のみで動いている。昼間に近づいてもがらがら、という程度の大した音しか鳴っていないのだが、夜になるとあの音が聞こえてくるのだ。

 

 ごうごうごう……

 ごうごうごう……

 

 窓を閉めて練習していても聞こえてくる。ラブが吠えるのも無理はない。次の公演は風の調べのような繊細な曲が中心で、演奏にも影響が出てくる。深夜1時。マリンバの手を止めて風車を見に行くことにした。どうにもこうにもいられない。ラブを抱いて街の中心まで歩いていく。彼は、初めは吠え続けて腕の中から飛び出ようとしていたが、途中からは静かに腕の中で震えていた。

 風車の唸りがいっそう強く聞こえてくる。青白い月に煌々と照らされて、風車は立つ。その日は珍しく全く風のない日だったが、ぐるぐるとそれは回り続けていた。眺めている間、変わることなく一定のリズムで回り続けごうごうと音をたてる。ただそれだけだった。しかしそれはとても恐ろしいもののように思われた。ゆっくりと、背を向けないようにして家に戻った。

 

 それから、ラブは吠えなくなった。一日中寝そべって縮こまっているだけになった。私は事あるごとに風車を思い出す。聞こえてくるのだ。

 

 ごうごうごう……

 ごうごうごう……

 

 奏でようとする風の調べはいつの間にか風車の羽音にすり替わってしまう。

 

 ごうごうごう……

 ごうごうごう……

【テーマ】寿司屋 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.12.31 Sunday
  • 00:00

 休日の昼には行きつけの寿司屋によく行く。そこは大将が女性で、男性社会の寿司屋には珍しい。女性ならではの気遣いというか、頑固な大将とは違う魅力があるように思う。それに正直言って美人なのもある。

 その日は空いていた。自分の他にはカウンターの少し離れたところに一人、中年男性がいるだけだった。いつもと同じように光り物から入り、白身を食べて、鮪を二貫頼んだ。細く白い指が酢飯を掴み、寿司が握られていく様を見つめる。実は、何度か彼女を誘ったがなびいてくれなくて困っている。そこで一芝居打つことにした。

 鮪が出てくる。その一つを食べる。申し分無い味だ。

 

「大将、この味はなんだい」

「え、どうかされましたか」

「この鮪、傷んでるんじゃないかい?この辺りで構えるのにこれじゃあねえ」

 

 そして小声で付け加える。

 

「まあ、黙っておいてあげないこともないけど」

 

 大将は面食らっていた。容易に懐柔できるだろう。と、彼女はこちらに手を伸ばし、ひょいともう一つの鮪をぱくりと食べた。

 

「良い味ですよ。この味がお分かりになりませんか」

 

 別の客がこちらをじっと見ている。白旗を上げざるを得なかった。

 

 それから、時価五千円の大トロを三つも頼まされた。

最優秀作品賞受賞記念会見 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.12.21 Thursday
  • 01:44

「それでは、Mr.ヤマブキの登場です!」

Mr.ヤマブキ、颯爽と四次元から現れる)

 

「こんばんは」

(椅子に座ったMr.ヤマブキは渦巻きを象った仮面を被っている。肩を縮めマイクに前傾で近づき、くぐもった声でひっそりと挨拶をする)

 

「それでは最優秀賞受賞会見を始めます。まずはMr.ヤマブキから受賞の挨拶をお願いいたします」

 

Mr.ヤマブキは話しはじめることを逡巡するような態度で沈黙を貫く。司会や記者たちがしびれを切らすそのわずか手前で不意打ちのように話し始める。それはあたかも、沈黙それそのものに呼吸があって、その呼吸の途中に現れる無意識を射抜くようなやり方であった)

 

「のっぺらぼうを知っていますか?」

(冷や水を浴びせられた記者たちの中に、その一言で話の方向に感づいた者の安堵と、読めない者の混乱が漂い始める)

 

「夜道でのっぺらぼうに会った男が家に帰るとその妻ものっぺらぼうだったという話です。安全である居場所を奪われる恐怖が幼い私の心に深く刻み込まれました」

 

(記者たちはそこから展開される物語を期待し、待つ)

 

「……ということです」

 

(間髪入れずに司会が続く)

「ありがとうございました!それでは質疑応答に参ります。挙手をお願いいたします」

(記者たちのざわめきの中、一人の女性が迷いなく手を上げる)

 

「ヤマブキさんおめでとうございます。フリー記者のEです。いつも素敵な作品を書かれるときに何を考えて書いておられるのか教えていただけませんか」

 

「ありがとうございます、アールグレイさん。誰も思いつかないような作品、つまりそれは単に奇抜ということだけではなくて、読者を未知の世界に連れて行ってくれるような作品を書きたいと思っています。それは自分がそんな作品を読みたいという気持ちからです」

「具体的に、どこをどうやるとMVPと最優秀作品を連覇できますか?」

「僕は賞からしばらく遠ざかっていましたから答える資格はありません。がりはさんやマルーンさんたちに聞かれてはどうでしょうか」

「私はヤマブキさんに聞きたいんですよ」

(柔和な笑みは崩れないが、崩れないという事実そのものが軽い狂気と執着を示唆している)

「そこをそうやればできますよ。次の方どうぞ」

 

(上裸にショートタイツを履きチャンピオンベルトを巻いた男が挙手をする。似つかわしくないその出で立ちに周囲の潮は引いている)

「おい、来てやったぞ。久しぶりに賞を取ったみたいだな、おめでとう。だが俺は最優秀にふさわしい作品を二作品も書いたんだからこのベルトは渡せねえな」

 

「質問をどうぞ」

「なんだ、かかってこねえのか?」

「トランキーロ。かかっていきません。次の方どうぞ」

 

(如何にも俳人のような和服の中年男性が挙手をしている)

「青い中年です。SEKAI NO OWARISaoriの処女作が直木賞候補に挙げられたことは大変素晴らしいことと思うのですがいかがお考えでしょうか」

 

「大変素晴らしいと思う一方、もしこれで賞を取ることになったら恩田陸のファンの気持ちも考えろよと感じます」

 

(時間の関係か、またも司会が間髪入れずに終了を告げる)

「ヤマブキ先生ありがとうございました。質疑応答および当会見はこれをもちまして終了といたします。お集りの皆様、本日は誠にありがとうございました。ヤマブキ先生に盛大な拍手をお願いいたします」

 

Mr.ヤマブキはなかなかその場をたとうとせず、記者たちをおもむろに眺めまわした後、突如仮面を剥ぎ取る。悲鳴のこだまする会場を後に、颯爽と四次元へと帰っていく)

【テーマ】夕焼け人間 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.11.16 Thursday
  • 17:00

 日が高さを落としはじめた頃、ぼくは家から散歩に出ます。するとたちまち日は沈もうとし、黄色い街はオレンジ色に染まってしまいます。今日も夕焼けの時間がやってきました。ぼくは夕焼けを背負った夕焼け人間です。ぼくの夕焼けが淡い水色の空に滲んで溶けてしまって街に夕焼けが訪れたのです。

 夜の匂いを嗅ぎつけて、こうもりがやってきました。

 

「今日も散歩かい。それにしてもきれいな夕焼けだねえ」

 

 こうもりはいつもぼくのところへ来て優しい声をかけてくれます。でもそれはぼくのためではなく、こうもり自身のためなのです。こうもりは弱い人間の匂いに集まって、わざと優しく接するのです。彼が言うには弱い人間は夜の匂いがするんだそうです。

 

「こんな素敵な空を見れないなんてね」

「仕方ないさ。夕焼けを背負ってるんだから。それに、鏡やカメラでは見たこともあるからね」

 

 夕焼け人間の欠点は、自分の背中を見れないということです。ぼくの向く方は常に日が通り過ぎた後の夕闇です。それはいつも、すみれ色の澄んだ香りがします。全然嫌いではないのですが、ときどき、その香りに寂しくなることがあります。一度でいいからぼくの背負った自慢の夕焼けをこの目で直接見てみたいと思うのです。写真では見れても、自然の大パノラマで見るのは格別なものがあるからです。

 

 ある雨の日、空は雲で覆われ夕陽の射し込む隙間はありませんでした。そんな日でもぼくは行かなければなりません。雲の裏にでも夕焼けが広がることが重要なのです。なぜなら夕焼けが来ないと夜が来ないからです。

 そんなわけでいつもの道を散歩していると、ハトの羽のような薄暗い空に虹がかかっているのに気付きました。ぼくの夕焼けが雲に隠れてしまっているのに虹が出るはずがないのです。だからこそぼくは確信しました。虹人間しかありえません。これからすれ違う人の誰かが虹人間なのです。

 

「君かい、夕焼け人間は」

 

 そう思ったときにはすでにぼくは彼を通り過ぎようとしていて、ほとんど後ろから声をかけられてびっくりしてしまいました。期待と緊張で、返事はひっくり返ってしまいました。

 

「私のような人間に出会ったのは初めてだ」

「はじめまして、ぼくは夕焼け人間です」

「君が心配だ」

「どうしてぼくが夕焼け人間だと分かったのですか」

「私と同じようなつらい思いをしているんじゃないだろうか」

「もしかして、ぼくの背中の夕焼けが見えるのですか」

「自分の背負った美しいものを一生見ることができないという悲しみを」

 

 そこにこうもりがやってきて笑います。

 

「なんてへんてこりんな話をしているんだ」

 

「そうか、虹と夕焼けが同じ方向に見えることはないから二人の話が合うわけがない」

「こうもり君よ、これを見たまえ」

 

 虹人間はぼくと肩を並べます。たちまち曇り空が立ち退いて、茜色の光が射し込んできます。こうもりは驚いてふらふらと力なく飛んでいます。それを見て、夕焼けに虹がかかっているのだと気付きました。

 

「さあ行こう、悲しむことはない。皆に私たちの宝を見てもらおう!」

 

 こうもりが言います。

 

「ほ、ほんとうに行くのかい?」

 

 ぼくはこうもりの本当の気持ちを知っていました。虹人間とは話が合うはずがないと言って引き離そうとした意味もよく分かりました。

 

「一緒に行こうよ」

 

 こうして三人は夕暮れの町をどこまでもまっすぐ歩いたのでした。

純和人 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.11.03 Friday
  • 00:00

「今注目の方と言えば、この方々です」

「こんにちは」

「純和人の皆さんです。今日はよろしくお願いします」

 

 室内に並ぶ三つの椅子に三人の人間が背筋を正して座っている。アナウンサーが続ける。

 

「早速ですが、純和人さんと言えば、その特徴的な仮面ですよね。みんな気になっていると思うのですが、どういう理由でつけていらっしゃるんでしょう」

 

 純和人たちは白服の上に仮面をつけている。仮面はその中央に――と言ってもほぼ8割ほどを占めるのだが――渦巻きが彫られているもので、白色に渦巻きの陰影が浮かび上がるだけの簡素なものだ。

 

「我々は和の心を尊ぶ者の集まりです。和は輪。円があって中央はありません。人間の中央は臍ではなく顔です。仮面は我々の思想の象徴なのです」

 

 

 変わった人たちだと思ったけど、どこにでも変わったことをする人たちはいて、たまたま純和人を名乗る人たちが今、面白おかしく取り上げられているだけなんだと思う。この前はバラエティー番組にも出ていて、某女優が好きだと言っていて、なんだかんだ普通の人たちだという気もするし。

 

「姉ちゃん、遅れるよ!」

 

 もうこんな時間だ。学校に遅れてしまう。

 走って出かけると通学路で庭掃除をしているいつものおばさんに声をかけられる。

 

「今日も走ってるのね。気を付けて、いってらっしゃい」

 

 ぞわっとしてこけそうになる。おばさんは今日から渦巻きの仮面をかぶっている。

 そう、純和人の影響で仮面をつける人がじわじわと増えている。テレビに出ているのも悪い人たちではないだろうし、おばさんだって悪い人ではないと思う。でも、仮面をつけて歩いている人たちが増えるのもなんとなく気持ち悪い気がする。

 

 

 おばさん以外は変わりのない一日だった。ただ、その一点の影響は大きくて、夜一人で勉強していても気づけば純和人のことを考えている。朝のテレビを思い出す。

 

「我々がいろいろな主張をするだけで、ああ言えばこう言う、なんて言う人たちもいます。我々としてはただ、和の心を広めたいという一心です。誰がリーダーということはありません。テレビだって交代で出ているんですよ」

「変わった活動形態なんですね。最近は、仮面をつけて真似をする人たちもいるようですけれどもそれについてはどう思われますか」

「我々の考えに共感してくれる人がいるということで嬉しく思います」

 

 あのおばさんの仮面姿がまばたきみたいに浮かび上がる。

 

「姉ちゃん」

 

 思わず飛び上がってしまった。

 

「もうびっくりするじゃない!部屋に入るときはノックしてよ!」

 

 本当に飛び上がったのは今度の方だ。振り向くと弟が仮面をつけている。

 

「なんでこんなものつけてるの。あんた思想だなんて言える歳?やめなさいよ、気持ち悪い」

「みんなつけたらつけるのが純和人なんだよ、姉ちゃん」

 

 後ろの窓ガラスからクラクションが聞こえる。窓ガラス越しに覗くと二人の純和人が車の横で街頭に照らされている。見ているのはこの部屋だ。急いでカーテンを閉め切る。

 

「この人たち何?あんたが呼んだの?」

「違うよ」

「お母さん!変な人たちがいる!お母さん!」

「姉ちゃんってば!」

「なによ、あんたこんなもの取ってしまえばいいのよ!」

「や、やめてよ、姉ちゃん」

 

 私は必死で弟の仮面を剥ぎ取った。顔が無かった。輪郭だけの頭。

 

「お母さん!助けて!」

 

 あまりの恐怖に動けなかった。仮面に目出し穴がないことに今更気付く。ということは仮面の下はみんな……。

 

「どうしたの!すぐ行くわ!」

 

 母が一階から階段を駆け上がって私の部屋へ来る足音がする。純和人に囲まれたこの状況、母と私で何ができるか分からないが、もう頼る人はこの人しかいない。母はいつだって私の支えなのだ。足音が私の部屋の前で止まり、扉が開く。

 

「大丈夫?」

 

 母は仮面をかぶっていた。

【テーマ】小学六年生の祈り by Mr.ヤマブキ

  • 2017.10.13 Friday
  • 23:30

 僕は運動が苦手だ。走るのも遅ければ、球を投げるのも打つのも受けるのもダメときている。だから体育の時間も嫌でたまらない。せいぜいできるだけかっこ悪くないようにと思うのだがそう簡単に体が言うことを聞いてくれれば運動音痴になんかなりはしない。つらいのは団体競技のときで、迷惑のかからないようにとだけ思っても結局やってしまう。ドッヂボールは簡単に当たるし、サッカーやバスケなんかこっちにボールが来ようものならスルーみたいなもので、相手ボールになるのが関の山。

 

 Aちゃんたちはいつも三人でBくんの応援団をしている。運動会の練習でBくんはリレーのアンカーをしていてその三人が取り巻きになって黄色い声援を送っている。一方の僕は玉入れみたいな当たり障りのない競技に紛れておくつもりだった。だが担任の先生があろうことか僕をリレーメンバーに入れてしまったのだ。なんでも、ダントツで速い三人が同じクラスにいるので最後の一人は走るのが得意でない人を入れて一生懸命頑張るほうがいい、ということらしい。逆らい難い教室の力学によってリレーメンバーが決まったとき言いようのない怒りと悲しみが湧いた。リレーの練習の段階ですら見せ物だ。他のクラスにも僕がメンバーになることが知れて冷やかされる。Aちゃんが練習に見に来るのは嬉しいけれども、こんな自分を見てほしくない恥ずかしさが上回っていた。

 

 練習を重ねても急に足が速くなるわけでもなく、何かできることを探して、神社に通った。家に帰る前に近所の神社へよって毎日お祈りをした。多くないお小遣いから、毎回百円を入れた。それくらい本気だった。

 

 運動会当日、お母さんには自分なりに頑張ればいいのよ、と言われた。でも頑張ってこの有様なのだ。順位が悪ければ自分のせいだ。リレーの順番が回ってくる。緊張してたまらない。望み叶えたまえ、望み叶えたまえ……。そう呟いていると前の走者がものすごいスピードで突っ込んでくる。スタートしてバトンを掴もうとすると手を滑らせる。立ち止まってバトンを拾う数秒に刺さる視線が痛い。串刺しだ。会場から漏れ聞こえる同情的な溜息から逃げるように走る。カーブに差し掛かると今度は足がついてこなくなって頭からこける。絶望的な気分で天に祈る。

 

 望み叶えたまえ……。

 

 すると運動場に神が現れた。僕は奇跡に震えた。神は口から炎を吐き出し運動会の全てを燃やし始めた。望みが叶ったのだ。速く走れるようにだなんて祈りではない、この残酷な運動会全てを燃やし尽くすという祈りが通じたのだ。Bくんも、担任の先生も、お母さんもAちゃんですらも燃えていく。僕も燃えていく。足が速いも遅いもない、ただ一握の灰になってしまえばみんな平等で、つらいことなどないのだ。燃え尽きてしまえ。

トラック by Mr.ヤマブキ

  • 2017.10.08 Sunday
  • 00:00

 トラックを歩いている。

 ほかのやつらが、お前は走らないのか、と聞いてくる。

 俺は歩くだけで精いっぱいなんだ。気を抜けば右足と左足を同時に出してしまいそうになるし、左足を踏ん張って左足を出そうとしてしまう。

 だが、走れないんだ、と言ってしまうのはよくない。歩くので精一杯の特殊な人間。彼らだって表向きは温かい声をかけてくれるだろうが、取り巻く世界は一変する。その瞬間から空気は破れ、特殊な人間としての微妙な関係へと落とし込まれてしまう。そいつは避けたい。

 だからわざとすかして言うのさ。

 

「こんなもん歩いてりゃいいのさ。お前ら、何のために必死に走るんだ?」

 

 ここがたとえオリンピックの決勝だとしても歩くがな、と一人毒づく。誰もが普通にできることをできない何か欠落した人間よりも、わざと尖っている人間でいるほうがよっぽど楽なのだ。

 さて、そろそろ止まるというのはどうだろう。歩き疲れた頃だ。……だめだ。走れるふりをするのに止まるやつなんていない。歩いているからこそわざと走らないやつみたいに見えるのさ。

 悪くないレトリックだと我ながら感心していると、右足に左足が引っかかる。こけそうになるが、何とか左足を前に出して踏みとどまる。すかさず周りを見回すが、誰も気づいた風はない。なんだかんだいって皆自分が走ることに必死なのだ。ほっとして、また歩き始める。

 簡単に走れるということがうらやましい。走り方が全く美しくない連中でさえ、羽ばたくように見える。

 後ろから声をかけられる。

 

「いつまで歩いてんだ。足でも悪いのか」

 

 ひやりとして振り向くと奴はさっそうと俺を抜き去っていく。顔を見るとにこりと笑っていて冗談だったと分かる。むきになって、いっそうゆったりと、肩をいからせ、足を開き、鷹揚に歩く。歩き続けてやるさ、このまま何周でも。お前らは知らずに走り続けているが俺にはこの虚勢ですらいつまで続けられるか分からないんだ。頼むから気付かないでくれ。そして気付いてくれ。

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