鉄の海(61) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.08.17 Thursday
  • 00:00

 予想通り、抗癌剤投与から数日で食欲低下と下痢が出て、そのさらに数日後には徐々に症状が治まっていった。しかし医者の戦いはこれからだ。抗癌剤の前期の症状は一週間程度で治まってくるが、最大の副作用である骨髄抑制は二週間程度がピークとなる。

 骨髄抑制とは、骨髄で生成される血液の成分が減ることだ。体外の異物と戦う白血球、全身に酸素を運搬する赤血球、止血機能を担う血小板、が主要な成分で、最も注意が必要なのが白血球の減少である。自覚症状のないまま白血球は着実に減り、首尾よくいけば、そのまま何事もなかったかのように白血球は回復する。水面は優雅に泳ぐ白鳥のようだが、水面下では生命活動の根本が動的な変化に晒され危機に瀕して、自ら脱する。医者のやるべきことは危機を脱する手助けをすることだ。それしかできない、というほうが正確かもしれない。

 十日目の採血、Mさんの白血球はまずまず減り始めていた。今のところは何も起こっていないが次回、少し早めに採血をすることとした。

 

「先生、Mさん震えてます」

 

 翌朝、病院に着いて真っ先に報告を受ける。七時頃から突然、寒気で震え始めて掛布団に電気毛布まで被っていても歯が鳴っているらしい。

 

「ああ、先生。ちょっと寒さは治まってきましたよ。でも代わりにほら」

 

 そう言って体温計を見せてくれるが画面には38.6℃と示されている。

 

「採血と点滴と、あと皮下注射も必要ですね。抗癌剤の副作用です」

 

 発熱性好中球減少症。白血球の中でも細菌と戦う好中球が減っている時期に発熱することだ。何が重大かというと、発熱は多くの場合、細菌感染が原因だということである。ほとんど水が無いのに目の前で家が燃えようとしている状況だ。とにかく消防車を呼ぶ必要があって、それが点滴での抗菌薬投与になる。

 血圧などのその他のバイタルサインにも異常がないし、Mさんはまだ若さもあることから、このまま乗り切れるだろうとは思う。ただ、ここで体力を消耗して、結果的に抗癌剤をしなかった方がよかったかもしれない、という可能性も出てくる。

 

 結局、翌日には解熱してだいぶ体調も戻っていた。そうは言ってももう少し治療は必要で、こうなった以上は次から抗癌剤を減らさざるを得ない。体に合わせてそうするのだけれども、そういった影響も含めて、今回のことがマイナス要素であるのには違いない。

鉄の海(60) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.08.10 Thursday
  • 00:00

 入院してきたMさんは前回の入院よりも確実に弱っていた。外来では部屋に入って出るまでの間だけなので、どうしても余所行きの顔になってしまうので気付かなかった。入院中でも完全に自分の家にはなるわけではないが、多少なりとも余所行きが崩れるから初めて分かる。肺炎治療などで癌治療に入れていなかったのだから仕方ない。

 そうなると悩ましいところではある。通常の抗癌剤というのは癌細胞も正常な細胞も殺してしまう。ただ、癌細胞をより多く殺す薬なのでうまく量を調整すれば、癌細胞をそこそこ殺す割に正常な細胞はそんなに殺さない、という状況を作り出すことができる。ではもし正常な細胞が弱っていればどうだろう。癌細胞を殺しても正常な細胞も耐え切れず、抗癌剤で命を縮めてしまうことになる。まだ癌細胞を殺すメリットの方が正常な細胞を殺すデメリットを辛うじて上回るだろうが、それを下回る時期がいつきてもおかしくない。

 

 予定通り、Mさんには次の抗癌剤投与を行った。メリットが上回るといっても、重大な副作用が出てしまえば命を縮めてしまう危険はある。抗癌剤治療をしない方がより長く楽に生きられたのに、ということもある。その責任は主治医が取るのだ。でも責任について考えるとき、どうやって責任を取ればいいのか分からなくなる。抗癌剤をしたことで、結果的に抗癌剤をしないよりも命が縮んでしまった場合、何をどうやって取り返せばいいのだろう。どんな方法で責任を取ることができるのだろう。例えば取締役が引責辞任をする。それは本当に責任を取ったことになるのだろうか。経営不振の責任は再興でしかありえないし、もっと言えば経営不振の間の苦痛は再興しても消えることはない。過去は無しにはならない、という意味で本質的に責任を取るということなどできはしないのではないだろうか。

 だがしかし、責任を取られる側の納得ということが本質だというのなら、こうやって信用関係を築いて悩んでその治療を行うことに合意が得られたなら、すでに責任問題というのは消失しているに違いない。医者はそれを信じるしかない。ガイドラインがそう言っているから、論文ではそうなっているから、といくらでも言い逃れることはできるし、たとえ副作用によって死に至ったとしても、それでも非のある医療とは言えないだろう。ただ、咎める。その意味では責任は自分自身への責めであり、その咎と真摯に向き合うことでしか果たされないのかもしれない。

恐怖 Mr. ヤマブキ

  • 2017.08.06 Sunday
  • 00:00

 真っ白な建物の中の一室に通される。中央の一台しかない椅子に腰かけると若い女性にエプロンをかけられる。死に装束というわけだ。こんにちは、と入ってきた歯医者が口を開けるように言う。

 

「それでは麻酔しますね」

 

 歯茎に鈍い痛みが走ると徐々にしびれが広がってくる。

 どうしても歯医者に行きたくなくて、歯の痛みを無視し続けた結果だから仕方ない。小学生の頃から歯医者は苦手でずっと避けてきたのだが虫歯なしで生き通せるほど甲斐性でもなかったようだ。

 別に痛みが怖いというわけではない。麻酔自体は少し痛むものの、なるべく痛くないようにと心掛けてもらえるので困ることはない。

 

「じゃあ削っていきますね」

 

 水が跳ねてもいいよう目元にタオルをあてがわれる。視覚が遮断されたとき、残る四感は研ぎ澄まされる。引っ張られた口元から冷たい金属が侵入してくるのが伝わってくる。無慈悲に高速回転を繰り返すドリルの冷気が歯に染みる。南米の奇妙な昆虫の羽音のような高音とともに歯が削られていくのが分かる。押される感覚はあるが痛くはない。ただどうしても気になってしまう。自分の口の左側で歯も容易に削ってしまうドリルが回っていて、もしそれに舌が触ってしまったらどんな恐ろしいことになるだろう。舌を構成する筋線維が削り取られ細胞一つ一つがばらばらに千切れてしまう。新鮮な生暖かい血液が流れ出し鉄の香りに包まれた激痛に襲われる……。身震いをして考えるのをやめる。

 

「動かないでねー、何かあったら手をあげてくださいねー」

 

 舌を右に、右にと寄せるのだが、右を意識することは左のドリルを意識することで、気付けば左に舌が寄ろうとしている。はっと気づいて右へと戻す。これが嫌で歯医者は好きになれないのだ。

 でも、本当に恐れからだけなのだろうか。高い屋上で柵の手前まで来たとき、少し倒れこむだけで死んでしまうのかと震える足で魅入られてしまう。運転していると少しハンドルを右に切るだけで大事故だと思って体が硬くなるが心は右に切るハンドルをつぶさに想像してしまう。恐れているくせにその恐ろしい結末を想像せずにはいられない。いつかうっかりその想像に引き込まれてしまうのではないかと思う。そう思うと、この口腔内の冷徹なドリルが舌を削り取る瞬間がありありと感じられて逃れられない。右だ。右に寄せないと削り取られてしまう。理性は叫び、頭の中でイメージを打ち消すようにするのだが、その執着こそがイメージへの執着となりますます肥大化していく。もはや舌の位置がどこにあるのか分からない。右に寄せているつもりだが、イメージに囚われて冷静になれない。全身に汗が滲んでくる。

 

「……あああっ!!」

鉄の海(59) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.08.03 Thursday
  • 00:00

 三人に一人くらいはお任せします、と言われる。医学の専門知識を持っているのはこちらなのだから当然だ。でも、そのニュアンスはそれぞれで異なる。よく分からないからとにかく一番いい方法を勝手に考えてやってくれ(ただしこちらが損するようなことがあれば許さない)、という手合いは多いが、スマートフォンを買う時などもいいようにしておいてくれなんてやっていそうな気がする。寿司屋に行けばおまかせで握らせ、バーに行けば1杯目から好きに作らせる……というのは仮想敵もいいところだろうが、実際そのような権利者意識の強い患者はいる。他にもよく分からないから、という患者はいるが、こちらはただ本当に分からないまま治療方針に迎合していくタイプだ。Mさんはそのどちらでもない。

 外来の合間にも関わらず、気付けば誤嚥性肺炎で亡くなったあの老人を思い出していた。

 お任せする、とは言うが、治すのは自分の体だ。病気は医者が治すものではない、というがじゃあ患者自身が治すのだというのも少し違う。患者自身が治れと念じているわけではなく、ただ、体の機構が自然に無意識下に修復を続けるだけだからだ。誰が治すわけでもないが、治療の責任を取るのは医者で、結果を受け入れるのは患者だ。端的に言えば死のリスクは一方的に患者側にある。あの誤嚥性肺炎で食べられないことを受け入れた患者については、患者自身ではないにせよ、代わりに娘がその死を受け入れ、決断した。Mさんも同じように治療の結果を自分自身が引き受けなければならない。お任せはありえない。だからこそお任せはつらい。Mさんのお任せします、を責める気持ちは自分への裏切りで、本当は逃げたいだけなのだ。自分自身が結果を引き受けることを分かって、その上で、この30そこそこの若造に、自分の引き際を委ねようというのだ。そうさ、自分は医者だ。でも彼の息子より若い自分が彼の生き方を決めてよいのだろうか?職業的責務は決めさせようとするだろうが倫理はその称号の片手を引っ張る。

 でも、誤嚥性肺炎のあの患者が思い起こさせたように、その責任を取るのがこの職業なのだ。人生の、命の決断を、いくらか肩代わりすることが治療以上に治療なのだ。

脱獄 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.07.14 Friday
  • 00:00

 殺人罪とはついていない。あれは銃の暴発で、殺すつもりはなかった。それを凶悪犯だと騒ぎ立て、よりにもよって脱獄不能と言われたA刑務所に送られるとは、いやはやついていない。

 しかしそれも今日でおさらば、というわけだ。この三年間、刑務所を出るために準備を重ね、とうとうこの日を迎えた。

 ここの警備は特殊で、よほど外を知られたくないのか、連れてこられるときも睡眠薬を飲まされて気づけばこの独房、刑務所内には一切窓がない。さすがA刑務所、脱獄につながりうるどんな外部の情報もシャットダウンしているのだと当初は感心したがそうでもないようだ。完全防備かと思うが意外にも警備は手薄で、一日に何度か看守がいなくなる時間もあるし、牢屋の鍵も一般的な錠前で、これが脱獄不能を謳うあのA刑務所の設備かと疑う面もある。まあ好都合には違いないので、この際不問としておく。

 さて、更生プログラムの一環で作業療法を行ったときに手に入れた針金を取り出す。看守が消えて、次の看守が来るまでおよそ10分。音が聞こえないよう、それまでに開錠をしなければならない。1分ほど経っただろうか、あっさり扉は開いてしまった。あとは9分以内にここを出るだけ、ではない。僕は扉を閉めて、ここで待つことにした。休憩を終えた看守がやってくる。自分と背格好が似ていつも顔を伏せているこの男になりすましてやろうというわけだ。こんな男がいるあたりは案外ついているのかもしれない。

 彼が扉を通り過ぎた後、背後に躍り出て一発、彼に眠ってもらった。その制服を着て、いつものように目深に制帽を被り、堂々と警備室へと向かう。と、目の前に仲間の看守がいる。慌てて顔を伏せて、早足にならないようできるだけ自然に歩く。

「お疲れ様」

 迷ったが、さすがに返事はまずいだろうと思い、さらに深く会釈をして扉を出る。窓のない廊下には誰もいない。ほっと一息ついて、ゆっくりと歩き出す。廊下の先にはホールがあって、医務室や職員食堂に続いているようだった。誰もおらず、受付やセキュリティーもない。見回すと、食堂とは逆方向に出入り口がある。これだ、とうとう見つけた出入り口。久しぶりに太陽を拝めるかと思うと背中の奥から喜びがあふれてくる。浮足立つのを抑えられなくて早足になるがこの際どうでもいい。扉を押し開ける。

 久しぶりの日光に目がくらむ。ゆっくりと目を開けてみると、だだっぴろい草原、そしてその奥に広がる果てしない海。孤島だ。海岸線を歩いてその全貌を知ろうとするが、刑務所の周りを歩いているようなものだ。一周して分かったのは、海以外何も見えない島にこの刑務所がひっそりと建っている事実だけだ。さらに愕然としたのは、船やヘリコプターなどの移動手段がないことだ。すると、職員たちはどうしているのだろう。食料は定期船か。それならその船を待つよりない。

「何もないだろ」

 驚いて振り返ると警備員の一人がこちらを向いて立っている。とても逃げ場などない。思わず構えてしまう。

「待て待て、無理に捕まえようなんて思ってないんだ。なぜって、ここからはどうやったって逃げられないんだ。どうせ、定期船がないかなんて考えてたんだろう?船は一切来ない。必要物資はヘリコプターが運んで、この草原に落としてくれる。それでこの刑務所は成り立っている」

「でもあなたたちは本土に、家庭に、帰るはずだ。そのときには船かヘリコプターが来るはずだ」

「そうじゃあない。俺たちもここからは出られないんだ」

「そんなばかな」

「さあ、戻ろう。よく考えてみろよ、出られないからどうなんだ。地球を飛び出せるか?宇宙を飛び出せるか?」

「そうじゃない、そうじゃない」

 背筋が凍りつく。

「同じなんだよ、外の奴らだって。人生は入れ子状の牢獄なのさ。牢屋を出れば一回り大きな牢屋に入る」

 押し寄せる諦念が背中を突き動かす。自分の独房へと進んで入りなおす。看守が施錠するその手元をぼんやりと見つめるよりなかった。

鉄の海(57) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.07.13 Thursday
  • 00:00

 医者個人の主義にもよるのだが、自分自身は基本的に寿命の告知はしない。外れる可能性が高いし、知りたいと心から思っている人でさえ目安に過ぎない時間が絶対的なものとしてのしかかってしまう。でもそれは訊かれるまでの話だ。進んで見立てを伝えることはないが、訊かれてはぐらかすわけにはいかない。答えない、あるいは噓をつくといった不誠実な態度は患者と医者の関係を損ねて治療方針の決定にも響いてくる。十分な関係ができていればこそ十分に治療の相談ができるというものだ。そして何より、残りの時間を知ることは患者自身が余命を十分に過ごすための重要な要素となる。

 Mさんへと向き直る。

 

Mさんのような肺癌のステージ4という段階は、一般的なデータでは、発見されて1年くらいと言われています。そうなるとMさんの場合はもう10か月経っていますから、あと2か月なのかということになってしまいます。でもそれはステージ4の肺癌の人が100人いたとして、50番目の人がだいたいそれくらいですよ、ということなんです。1か月の人もいれば、2年の人もいます。なので今の調子を見ていると、Mさんは50番目よりももう少し後だろうと思います」

 もう一度椅子に座り直し、相対する。

「ここまではあくまでデータの話です。ここからは自分の経験の話になります。肺炎の治り方次第、次の抗癌剤の効き目次第ではあるのですが、まずは夏頃を目指したいと思っています」

 平静を装うMさんの顔のしわに普段は見せない狼狽の表情が滲み始める。

「夏というと、あと半年くらいですか」

 静かに頷いた。

「そうですか……」

「あくまで目安なので、半年という数字にこだわらず、やりたいこと、やれることを今やるというつもりでいてもらうほうがいいと思います。何かやりたいことなんかありませんか」

「やりたいこと……テニスはもう一度やりたいって気持ちはあるんですけど、体がねえ。元気なときにするのが一番楽しいですから」

 大学生の頃からずっとテニスをして、社会人になってからも退職してからも同好会で続けてきた筋金入りのテニス好きなのだ。肺癌が見つかってからもたびたびしていたようだが、体調が優れなくなった今は休んでいるそうだ。

「そうだ、旅行がしたいですね。働いているときはあまり行けませんでしたから。昔は妻を連れてよく行っていたんです」

「いいですねえ」

「妻と初めて旅行したのが京都で……どこだったかなあ、二条城の近くの喫茶に入って、ちょうど雨だったんですよ」

 Mさんは彼女を眺めて目を細める。彼女は静かに俯いてその話を聞いている。

「先生、いつになったら旅行に行けますか?」

「新しい抗癌剤を入れてしまうと、どんな感じで副作用が出るのか気にしないといけないですから、肺炎が落ち着いたら退院して旅行してください。戻られてから入院で抗癌剤治療をしましょう」

 

 あとはMさんが一人ないし二人で過去を振り返る時間だ。軽く頭を下げて、部屋を出る。すぐに声が聞こえてくる。奥さんが、喉乾いたの我慢してたでしょう、と言ってお茶を入れているようだ。全く気付かなかった。これはMさんの奥さんにだけ許された洞察だろう。味のない真似にならないようさっさと部屋の前を立ち去った。

鉄の海(56) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.07.06 Thursday
  • 00:00

 背中の痛みのことを言われて、Mさんはそろりそろりと背中をさする。

「その背中の痛みは、おそらく癌の痛みと思います。そろそろ医療用の麻薬を使っていくのが良いと思っています」

 話を聞く二人が怪訝そうな顔をする。この辺りは人によって認識の違いがあるところで、それを表情や雰囲気で察してどこから話をするか探っていく。

「麻薬と言っても薬物中毒になるというわけではありません。正しく痛みに使えば問題なく使える薬です。むしろ、副作用の便秘や眠気の方が問題になるかもしれません」

「ほう、そうですか。便秘の方が怖いですか?」

 紙を潰すような、くしゃっとした笑いは冗談を言う時のMさんの癖だ。

「まあ、半分くらいはそうでしょうか。……とにかく適切に使えば安全に使えますから、少ない量から始めてみましょう。そこから痛みの程度を見て量を調節するようにします」

「麻薬かあ。先生、モルヒネなんか使うと寿命が縮むっていうじゃないですか。僕は先生を信頼してますから、先生が言うならそれが一番いい方法なんだと思うんですけど、やっぱり気になっちゃうんです」

「それはもちろん当然です。気になることは今更遠慮なんかせずにどんどん聞いてください。麻薬については、それで寿命が縮むわけではないことが分かっています。むしろ、こうした痛みやつらさを十分に取る、緩和治療、を早期から癌治療と並行していく重要性が言われています。実際に通院で治療をしている人の中にも麻薬を飲んでもらっている人はたくさんいますよ」

 Mさんは静かに頷いた。

「命が縮まないなら、痛くないに越したことはないですよね」

「そうですよね。では、麻薬の飲み薬は今日の夕方から早速始めましょう。あとは、肺炎治療の点滴をして、落ち着いたら抗癌剤の点滴をしましょう」

「お願いします」

 Mさんの部屋を去ろうとノートパソコンを持ち、立ち上がる。部屋を出ようと振り返る。

 

「先生」

 

 敷石みたいな口調が響く。

 

「僕はあと、どれくらい生きられますか?」

鉄の海(55) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.06.29 Thursday
  • 00:00

「癌細胞も賢いので、抗癌剤を続けていると耐性をつけて効かなくなってきます。今回それが分かったので、次は別の種類の抗癌剤を使っていきます」

「テレビで最近見たオプジーボってのはどうなんですか。すごい効くらしいですね」

 肺癌の治療薬は進歩著しい領域で、今は免疫チェックポイント阻害薬という種類の新規の抗癌剤が出ている。人間の体は異物を認識すると免疫細胞がそれを破壊する機能を持っている。なので癌細胞も正常細胞ではないため、異物と認識されて破壊されるべきなのだが、そうはならない。癌細胞は免疫細胞と「手を繋ぐ」ことで異物と認識されないようにする機能を持っている。免疫チェックポイント阻害薬はその手を切ってしまう働きがあり、そうすることで免疫細胞が癌細胞を異物と認識して破壊することができる、というものだ。これまでの抗癌剤と異なり劇的な効果を示す例が散見され、その治療効果は一線を画している。

 そんな希望もあれば厳しい現実もある。すでに効果を予測する検査も開発されており、Mさんの場合、効果が乏しいと推測される結果だった。「イレッサ」という新規抗癌剤が出た時も今のように騒がられたのだが、誰もがその恩恵を受けられるわけではない。十分な効果があると判断される例にしか意味がないし、十分な効果があるとされる群に運よく入れてもやはり早期に亡くなってしまう例もある。そして、それが最も重要なのだが、これらの画期的な抗癌剤も全て根治療法ではないのである。従来1年程度の余命だったのが2年になる、それが恐ろしく画期的なことなのだ。逆に言えば、進行肺癌の予後はそれくらいのレベルだ。画期的新薬の登場でようやく5年後の生存率の話をできるようになったのが肺癌の現実なのだ。

Mさんの肺癌を調べると、オプジーボやその系統の薬を使っても十分な効果が上がらないだろうという結果が分かっています」

「そうなんですね、効く人と効かない人がいるんですか」

「そうです。誰に使っても効くというわけではないんです」

「そりゃそうだねえ。薬には薬の仕組みがあるんだから、それに合う癌とそうじゃない癌とあるんだろう」

 その口ぶりに心の揺れが伝わる。一拍おいて話を再開する。

「次の抗癌剤はこれまでと似たようなタイプにはなってきます。3週間に一度点滴をするのは変わりません。これはもう慣れていらっしゃるので、問題なくやっていけると思います。あと、気になるのはその背中の痛みです」

鉄の海(54) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.06.22 Thursday
  • 00:00

 看護師用のノートパソコンを持ってMさんの元へと訪れる。病室では肺炎の点滴治療を始められたMさんがベッドに横たわっている。Mさんの奥さんが椅子に腰かけて静かに俯いている。こちらに気付き顔を上げる。彼女はいつも寡黙で、受診には毎回付き添うのだが、何を言うでもなく横に座っているだけで感じ方や出方の読めないところがある。それでも普段より少し表情の固いところもあるような印象だ。肺癌の状態を確認しましょう、と言われて実際に体調が悪ければ、いかに肺炎があるだろうと言われても癌の進行の方が気になるに決まっている。

 Mさんは入院した時よりも表情が穏やかだ。抗生剤にはそこまでの即効性はないのでむしろ解熱剤で症状がマスクされているだけだろう。

「ちょっと楽になりましたか?」

「ましですね。まだちょっとふらふらしますけど。あと、背中が痛くて」

「いつからですか?」

1か月前くらいにたまに痛む感じで、この間の点滴のときは大したことないと思って言わなかったんですけど、今はもう少し痛む時が増えてます」

 肺炎でも胸痛・背部痛が出ることもあるが、肺炎は数日前からの発症がほとんどなので、おそらく肺癌による痛みだろう。

「そうですか、他に困ることはなかったですか?」

「いやー、それくらいですね」

「分かりました」

 そう言って、一度ゆっくりとうなずき、本題に入る。

「先程のCTなんですが、やはり肺炎があるようなので1週間前からしんどさが強くなってきたのは肺炎のせいだと思います。これについては今ここに繋がっている点滴の治療を続けていくことになります。それと、肺癌自体も大きくなっているようです」

 顔色を見ながら切り出していく。

「このCTを見てください」

 ノートパソコンに手をかける。

「いやいや、見たくないよなあ。怖いねえ」

「やめておきますか?」

「いやでも自分のことだから見ておかないといけないでしょう?」

「無理強いはしませんが自分の体がどんな状況にあるか知ることは重要だと思います」

「どうぞ、お願いします」

 ノートパソコンを開き、CT画像を見せる。

「前回のCTと比べると、ここに新しい影が出てきています。これは今回の肺炎です。前回からある肺癌はここなのですが、比べてみるとどうも大きくなってきていることが分かります」

 Mさんは顔をしかめる。表情豊かなタイプなのだ。奥さんは少し口元に力が入っている。

鉄の海(53) by Mr.ヤマブキ

  • 2017.06.15 Thursday
  • 01:36

 午前の外来で入院させていた人がいる。進行肺癌のMさんだ。

3週間前に抗癌剤入れたときくらいからちょっとご飯が食べられなくなってきてたんですけど、ここ1週間は特にしんどくて」

「どうも今日の採血ではかなり炎症反応が高いようです。熱や咳、痰はありませんでしたか」

「食欲が落ちてからは時々微熱も出てましたね。咳も出てます」

「そうでしたか。肺炎を確認する意味と、肺癌の状況を詳しく見る意味で胸のCTを撮っておきましょう。感染しているときに抗癌剤を入れるのはあまり良くないので今回の抗癌剤は延期しましょう。このまま点滴をして入院で治療をしましょう」

 本来なら今日が抗癌剤の投与日だったが、スキップせざるを得ないだろう。CTを見ると、大きくない肺炎像に加えて、肺癌の原発巣の増大が見られる。抗癌剤は、スキップではなく変更だ。抗癌剤投与中に肺癌が増大するということは十分な効果が得られていないということだ。

 

 さて、癌の予後というのは、癌の種類や病期によってかなり異なる。例えば前立腺癌などは、癌での死よりも寿命が来るケースも散見される。一方で膵癌や肺癌はあっという間に死期が迫る。それに、最も重要なのはそれが早期癌であって手術で取り除けるものなのかどうかだ。一部の癌を除けば、抗癌剤治療は根治療法ではない。手術や放射線治療で根本的に取り除くことができるかどうかが重要で、裏を返せば抗癌剤を続けて「癌と付き合っていきましょう」という段階では、完治を目指すのではなく延命が主目的となる。

 肺癌で手術可能なのはおおよそ2期くらいまでだ。4期という最も進行したMさんの場合は抗癌剤も根本的治療ではなく延命を目的としたものだ。それでどれだけ生きられるのか?我々が提示できるのは、通常の抗癌剤治療を行うstage犬稜抓盍擬圓陵集紊呂よそ1年、という統計データだけである。

 テレビや小説のイメージか、「あなたの余命は半年です」と言い切る医師の姿が想起されるようだが、それは違う。医者の余命宣告は3割程度しか当たらないと言われている。Mさんの予後1年というのも、これはあくまで中央値と言われる値だ。肺癌のstage犬凌佑100人いれば50番目の人が1年くらいで亡くなっているというデータだ。当然1年より短い人が49人いるし、1年より長い人が50人出てくる。余命を心から知りたがる人にさえ、そうした「一年」という目安の値が心を占めてしまう恐れがあり、予後の告知をしない方がよいのではないかと考えられている。

 

 抗癌剤の変更を余儀なくされるくらいには進んできている肺癌があり、でも希望は必要で、しかし現状の厳しい状態を把握してもらう必要がある、という無理難題が肺癌の病状説明では繰り返される。外来なのでひとまず入院後に説明することとしたが、Mさんの性格やこれまでのやりとりから推察したよい伝え方を考えねばなるまい。医者の方が胃薬でも飲みたい。

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

カウンター

ブログパーツUL5

twitter

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM