『備忘録・辞書について』文責:Mr.Pink

  • 2019.07.12 Friday
  • 00:00

令和元年六月友引

A.ハッガリーニ氏より今月のテーマを書くよう依頼が来る。

「辞書」でお願いしたいとのことであったが、数年ぶりの公式戦(将棋)を控えていたのと期日が迫っていたのと、テーマコンテストが好きでないことと、いろいろ重なって辞退申し上げる。来月度のテーマは、何だろうとぼんやり考えながら棋譜並べにいそしむ。

 

令和元年七月先負

月が替わってお仕置きが来た。

編集長より「納品されてない『辞書』(をテーマにした作品)を読みたい」との脅迫、もとい、ファンレターが届く。書かなくて済んだと思っていた矢先に驚きの一報。

折悪しくも月例の片頭痛に襲われている時だったので、「しばしのご猶予を」をと、引受けてしまった。

何を書こう、何を書こう。頭が痛い。頭が痛い。いや、ほんと、頭が痛い。

 

令和元年七月先勝

土日を越えて、ぽっと時間が空いた。

というより、ぽっと空く時間をようやく見つけた。

何か書いてみようと思ったが既にテーマを決められていることに気づき、少々落ち込む。

 

 

【備忘録】辞書について

 

辞書について何か書いてみようと思ったが、使い方やこだわり。思い出などいろんなものが膨らんでどうにも千字にまとめきれそうにないので、思いついたことを備忘録という形で脈絡もなく並べてみることにした。

 

  • ピンクは辞書を引く

目の前に辞書がある。比喩ではなくホントに目の前に。

七冊ある。

文書を書くとき、分からない時、すぐにでも引き出せるようこの七冊と国語便覧はPink書棚の中でも特等の席を与えて格納している。兵は速やかなるを以て貴しとなす。ではないが、書くから引く、引くから書くという動作を滑らかに行うためにも「いつでも手軽に」引ける環境が大事なのだ。

邪魔立てがあっては、困るのだ。

そう、邪魔な奴は…消す。

他の資料は奥にうずもれて、いづかたとなく本の樹海に埋もれて消えて行ったものが多くあるが辞書だけはそうであっては困るのだ。

左から順に旺文社の『全訳古語辞典』、三省堂の『現代語から古語を引く辞典』、小学館の『現代漢語例解辞典』、三省堂の『新明解国語辞典』、大修館の『FRESH GENIUS(和英辞典)、講談社の『類語大辞典』、三省堂の『大辞林』。

主戦力は新明解と大辞林。時々類語辞典を使うこともある。広辞苑は使いにくいので奥の棚にしまってしまった。

この七冊が、ベストな組み合わせとは思っていない。もっと色々と組み替えもしていきたい。

  • 辞書を引かないで文字を書くということ

井上ひさし先生によれば、相当危険な行為であるということらしい。

海図なしに航海をするようなこと…と、例えていたことが印象的である。

ちなみに、この文章を含めてプリミエールに上梓した作品で辞書を引いたものはほとんどない。(ないわけではない)

海図なしに原子力潜水艦を動かしているようなものである。ひゃっほう!

プリミエールでは狼煙での作品発表は許されているが、なぜだか、手書きの原稿での出稿は固く禁じられている。

禁じられているので仕方なくこの原稿もWordで提出しているのであるが、タイピングだと文字打ちのスピードが速すぎて、手が滑ることがままあったりする。

手書きだと、それがあまりない。

タイプ打ちよりスピードは乗らない分、自分のアタマの中で二、三巡、書きだした事柄を吟味する余裕がうまれる。

不思議なことだがこの余裕があると言葉の一つ一つに感性が働き不安を感じることができる。間違いがないか確かめる為辞書を引く気になる。別の言い回しが無いか類語を探す気分になってくる。より深く確かなものを求めて大きめの辞典類を引くことだってできる。

タイプ打ちでも本当はできるし、できる人はするんだろうけれども、少なくともPinkはタイプ打ちではスピードが出過ぎて、辞書を引く余裕を持てないで、いる。

  • 辞書を選ぶということ

辞書は一生もの。

というと、何だか大げさではあるが、週刊ジャンプと違って半世紀、下手すると数世紀にわたって保存がきく。

どれを選んだらいいのか、初手を間違えると生涯後悔しかねないと、買うのに二の足を踏む向きもあろうかと思うが安心されたい。

特殊な辞書でない限り書店で平積みにされている、どれでも、買える時に買ってしまえば我々のレベルでは気にする必要は全くない。辞書ごとの差異に気付づいて、違和感を覚えて辞書を買い替えるぐらいのレベルにまでなるのならむしろ上々のこと。喜ぶべきである。

 

(了)

【テーマ】広辞苑と過ごす夜  Mr.アールグレイ

  • 2019.06.30 Sunday
  • 23:40

スマートな都市生活者の私の家には本がほとんどありません。

今読んでいる本だけがあり、本は読み終えると誰かに差し上げます。

お目にかかった人に世間話の一環で読んだ本の紹介をして、ご興味があれば差し上げています。

タイミングが合わない場合にはオフィスのリラックスルームに勝手に置いていっています。

そんな私が家にずっと置いている本が一冊あります。

広辞苑です。

第六版を長らく愛用していたのですが、附録とおまけに釣られて第七版に買い替えてしまいました。

辞書なのですが何かを調べるために使うことはほとんどなく、トレーニングの際のブロックとして(結構負荷が高まります。)、ダンベルとして(結構負荷が高まります。)、非常の際の鈍器のような物として(あくまで非常時ですよ。)活躍しています。

眠れない夜にハーブティーを飲みながら徒然なる時をともに過ごすパートナーでもあります。

ぺらぺらとめくれる紙の感触は本当に気持ちがいいです。

三浦しをんの「舟を編む」の情景が目に浮かびます。

広辞苑も書いた人の個性が出ます。

すごく深い知性を感じることもあれば、仕事が雑!!と叱りたくなるようなものもあります。

そういう辞書としての欠陥ギリギリの項目を見つけるのは広辞苑を読む大きな楽しみです。

 

この間、Indigoさんが書いた「堅井さんと国語辞典」を読んでいたら見過ごせないことがあり、第七版に買い替えてから初めて、調べるために広辞苑を引きました。

「しゃれ」の項には(「戯れ」から。洒落は当て字)という蘊蓄に始まり、気の利いた様で粋なこと、気の利いた身なり、座興に言う気の利いた文句、戯れに軽くふざけてすること、と意味が載っています。

広辞苑ぽいですね。

つまり、「しゃれ」の根幹は「気が利いている」部分であり、そこから転じてふざけるという意味が出てきているように読めます。

 

「国語学の根田先生が出した課題は、一般向けの国語辞典に載せる「しゃれ」の例文を考えよというものでした。つまり、シャレを自分で考えなければならないわけです。」という冒頭の文章に対して、私の見過ごせないこと、違和感は二つありました。

1.私の語感では「しゃれ」は「気の利いた」イメージで、Indigoさんが書かれているのは「ダジャレ」であり、ダジャレを調べた方が良いと思いました。

2.辞書では用例(「しゃれ」という言葉を使った文)を書き、しゃれの例を書くことはほとんどないのではないかと思いました。

愛用の辞書が新明解である堅井さんはかなり変わった人だから、根田先生の指示を聞き違えてしまったのでしょうか。

新明解ならシャレの例も載せるかもしれません、しかしそれは辞書の本筋ではないでしょう。

と、思ったので、Indigoさんがたくさん挙げていた(ほとんど子供用でしたけど。)辞書にしゃれ=ダジャレとして、その例が載っていることが驚きでした。

広辞苑を読んでいるだけではわからないことが世の中にはたくさんありますね。

IndigoさんとPREMIERに改めて感謝します。

 

堅井さんはものすごく真面目な人で、辞書にはいろいろあると考え、図書館をあたるだけでなく書店にまで行って立ち読みする行動力を持っているのですが、メモを取ったり写真を撮ったりすると店の人には怒られると思うのです。

というか、普通しない。

かといって30冊近くある辞書のどれに何が載ってたかなんて記憶できません。

地元の図書館になければ大学図書館、県立図書館や国会図書館などであたってほしかった。

真面目な大学生なんだから。

大人用の辞書を何冊か読んだら、辞書は説明に例を使うのではなく、使い方に例を使うものだとわかるはずなんですよ。

そしたら教授の指示を聞き間違えているのではないかと疑義が生じ、級友や先生に確認するんだと思うのです。

そういった健全な知性を堅井さんには育んでほしいなあと思いました。

まずは広辞苑を読むところから。

 

【テーマ】たほいや がりは

  • 2019.06.30 Sunday
  • 19:00

朝になってから霧雨の中を泳ぐようにして帰ってきた。

試合前の研究で徹夜した後の達成感とまた無駄なことをしてしまったという後悔を背負って。

シャツとハーフパンツに着替え、頭にバスタオル巻いて寝る。

頭のどこかが冴えていてバランスが悪いので、録画していたアルパチーノの古い映画を観る。

 

起きたら隣に後輩兼マネージャーが寝ていて、なんだこいつも結局面倒くさくなって俺のとこに来たのか、ずうずうしいやつだ、と思った。

じとじとと三日くらい降り続いていたのに、人が変わったようなカンカン照りになっていた。

くらくらするくらい暑い。

室内にチンダル現象。

 

【ちんだるげんしょう】 チンダルゲンの担当省庁の長。

 

きれえだなあ、と思って手を伸ばしてもつかめない。

太陽の光は暖かい。

当り前のことを考えてしまう。

コーヒーを飲もうと立ち上がろうとした時に、後輩の薄い背中に手をついてしまう。

「ふぎゃあ」

 

【ふぎゃあ】 安土桃山時代の数寄大名古田織部の茶室の一。茶室に加えて鎖場を備え、茶の湯を武家文化と融合させた。

 

猫のような声で鳴くが起きない。

勝負の日に飲むことにしている、一杯飲みきりのパック。

エメラルドマウンテン、はどこにあるのか。

 

【えめらるどまうんてん】 ゲルマン民族の伝承上の山。そこに行けばどんな夢もかなうと言われている幻の山で、山頂近くには切り立った氷壁が鏡となり、登山者を幻惑するという。エメマン。

 

なかなか調子が上がってこない。

今日は「たほいや」の地区大会決勝だ。

俺にとっては最後のたほいやだと決めている。

 

【たほいや】 スイスのもっとも古い時計製造業者の一つ。タグホイヤー。

 

広辞苑を使ったこのゲーム、地区大会では参加者が持ち寄った広辞苑をランダムに利用する。

つまり、版を決め打ちできない。

俺は今回愛用の第三版を持っていこうと思っているが、他の出場者もどうせ散らしてくるだろう。

腕力勝負の面白い戦いになりそうだ。

景気づけにクレオパトラの夜を大音量でリピートする。

 

【くれおぱとらのよる】 ジャズピアニスト、バド・パウエルの代表曲。

 

バナナを食べ、シャワーを浴び、正装に着替えたというのにマネージャーは丸まって寝ている。

 

「まだ眠いです。」

と呻くようにいうマネージャーの両足首を捕え、流れるようにボストンクラブに持っていく。

 

【ぼすとんくらぶ】 ボストン茶会事件(1773)の際に蜂起した市民が普段集っていたジャズクラブ。アメリカ独立後は博物館として保存、公開されている。

 

「ギブギブギブ。」

 

【ぎぶあっぷ】 モダン・ジャスの一形態。ギバップ。

 

「行くのか?」

「行きます行きます。」

地区予選の全試合、こいつがセコンドについて勝っている。

 

【せこんど】 秒。

 

「先輩、急いで!」

ジンクスを大事にする方ではないのだが、何しろ最後の闘いだ、悔いを残したくない。

 

【じんくす】 (スラング)thanksの強意表現。

 

「そんな、いいんですよ。先輩が気持ちよく戦えるようにするのが、自分の喜びです。」

「ん?じゃあその広辞苑持っていってくれ。」

「えー。だるいです。」

そっと手首を握ってやると、何かを理解したのだろう、おとなしく広辞苑を抱えた。

部屋を出て、階段下の郵便受けに差し掛かった時に、何気なく後ろを振り返ったら、思いっきり振りかぶっているところだった。

サッカーでロングスローをする選手のように。

生命の危機を感じて慌ててしゃがむと、箱から広辞苑が飛びだし、ゆるやかに弧を描きながら、太陽に向かって羽ばたいたように見えた。

 

「何してんだてめえ!!」

「だっておもいから。」

「広辞苑どうしてくれるんだよ!!試合出れねえじゃんか。」

「試合なんて出なくていいでしょう!最後の試合なんて!」

「お、お前・・・・。」

「嘘です。行きましょう。」

 

【うそ】 本音。

 

「それに、辞書ならここにあるじゃないですか。」

太陽の光を受けたマネージャーが満面の笑みを浮かべている。

天然パーマでくるんくるんの髪が天使感を足している。

両手を広げながら劇的に言う。

 

【げきてき】 ドラマチック。

 

「この、生き字引が。」

 

【いきじびき】 その人に問いさえすれば万事分かる、広くよく物事を知っている人。

 

「じゃあてめえを俺が今から引いてやる!!」

飛び掛かっていく。

きっと今日もいい試合ができるだろう、そんな気がした。

 

(テーマ「辞書」。やっとたどり着きました。)

【テーマ】無人島に持っていかされた本  Mr.X

  • 2019.06.30 Sunday
  • 13:10

この無人島に一人で流されるときに持たされたのは、一冊の馬鹿デカい辞書だった。

この島にも以前は人が住んでいたので、生活の基盤は少しは残されていた。古い家は少しの手直しで暮らせるようになったし、その庭にある井戸のレバーをガシャコンガシャコンと押せば綺麗な水が流れ出てきた。畑には半ば野草化した野菜が残されており、海に潜れば魚がいくらでも泳いでいたので、食べものの確保は難しくなかった。とはいえ充分な量を確保するのは大変だったし、「念のための保存食を」とか考えると時間はいくらあっても足りなかった。

 

初めて辞書を手に取ったのは、数ヶ月経って秋が深まった頃だった。山では無数の木の実が採れたのだが、どうしてもアクを抜くことができない。そんなときに何となく、「あくぬき」を引いてみた。「あくぬき【灰汁抜き】」とある。灰の汁・・・? 灰を使うのか? その後、試行錯誤の結果、灰を溶かした水で煮るとドングリのアクを抜くことができることが分かった。

 

それからは毎日辞書を引きまくった。考えてみると、辞書は人間の「知」を一冊に凝縮したものである。普通に社会で生きていれば分からないことはインターネットで検索するのだろうが、この島では自分の頭で考えるか、辞書を引くしかない。辞書を引いていくうちに聞いたこともなかった難解な言葉を知り、さらにこの辞書の定義に至るまでの努力を考えるようになった。私は知ることの喜びを知った。

 

それから数年経ったころ、「自由」の定義を読んだ。

「自由:意思や行動を決定するときに自分以外からの支配や強制を受けることなく思い通りにできること」

なんだオレのことじゃないか、・・・いや、天候や潮の干満に生活を左右されている俺は本当に自由なのか? 文明社会とは支配するものが違うだけじゃないのか? そもそもこの島にいること自体が強制されたことなのに、本当に自由と言って良いのか? 

そんなことから始まり、「私」とか「存在」とか色々な言葉を引き続けた。しかし、今までとは違って、どの定義を読んでも満足することはできなかった。

 

 

私はこの島を抜け出すことに決めた。他の陸地までは遠く、自分で作る小舟で渡るには大きなリスクがあることは分かっている。しかし、自分の中に貯め続けたものへの答えを得るためには、誰か、自分以外の人間にこれを問わなくてはならない。それをしないことには、死んでも死に切れないのだ。

【テーマ】堅井さんと国語辞典 Mr.Indigo

  • 2019.06.29 Saturday
  • 17:14
「あぁ…どうしよう…」
帰り道で堅井さんは途方に暮れていました。頭の中は大学の課題のことでいっぱいでした。
国語学の根田先生が出した課題は、一般向けの国語辞典に載せる「しゃれ」の例文を考えよというものでした。つまり、シャレを自分で考えなければならないわけです。
小学生の頃から勉強が大好きで、わからないことは何でも辞書で調べてきた堅井さんにとって、国語辞典は友達のようなものです。だから国語辞典の編纂に携わっている根田先生の講義はとても興味深いものでした。しかし、シャレで他人を笑わせることなど考えたこともなかったので、この課題は非常に難しく感じられました。
 
家に帰った堅井さんは、まず愛用の辞書を調べてみました。ほとんどのページに付箋が貼られていて、マーカーがあちこちに入っていますが、「しゃれ」の項目にはマーカーは入っていませんでした。
 
●新明解国語辞典(三省堂)
潮干狩に行ったがたいして収穫がなく「行った甲斐[=貝]がなかった」と言うなど。
 
「なるほど…」
一読した堅井さんは溜め息をつきました。
「できるかな…こんなの」
これだけ見ても何も思い付かないような気がしたので、お父さんが持っている辞書も調べることにしました。
 
●岩波国語辞典(岩波書店)
「下手な―はやめなしゃれ」の最後の部分が「なされ」とかけてある類。
 
「すごい…」
堅井さんは感心しました。単なるシャレの一例ではなく、「しゃれ」という単語の用例にもなっていたからです。
妹が使っている辞書も借りてみました。
 
●チャレンジ小学国語辞典(ベネッセコーポレーション)
「スキーが大好きー」「だれも電話に出んわ」など。
 
「あー、こんなんでいいんだー」
堅井さんは安堵しました。この程度であれば思い付くような気がしたのです。
しかし、堅井さんはここで重大なことに気付きました。大学の課題ですから、辞書に書いてあることを丸写しというわけにはいきません。偶然の一致でも盗用と見なされてしまう恐れがあり、そうなると単位をもらえないかもしれません。したがって、全ての国語辞典を調べておく必要があるのです。
 
翌日、堅井さんはまず地元の図書館に出かけましたが、国語辞典は数種類しかありませんでした。大学の図書館も同様でした。そこで、帰りに大型書店に寄ることにしました。そこには20種類以上の国語辞典が並んでいました。
まず一般向けの国語辞典から調べましたが、「しゃれ」の例が載っていたのは1つだけでした。
 
●学研 現代新国語辞典(学研)
「さりとはつらいね」にかけて「しゃれとはつらいね」と言う類。
 
堅井さんはがっかりしました。確かに「しゃれ」の用例にはなっていますが、わかりやすさは岩波国語辞典の方がはるかに上です。一般向けの国語辞典を十数種類調べたのに、収穫は盗用にならないことが判明しただけでした。
とはいえ、辞書は大人向けのものだけではありません。盗用を防ぐにはジュニア向けのものも調べる必要があります。
 
●例解小学国語辞典(三省堂)
「ねえ、おもちゃ買ってよ。」と言われて、「そんなこと思っちゃだめ。」と言うような文句。
 
●学習新国語辞典(講談社)
「山があっても山なし県」など。
 
「はぁ…」
堅井さんはまた不安になりました。どちらも単なるダジャレではなく、ちょっとした工夫が入っています。ジュニア向けの辞書でもこのくらいのレベルは求められるということです。
では、もっと対象年齢が低い辞書はどうでしょうか。
 
●ドラえもん はじめての国語辞典(小学館)
「ふとんがふっとんだ」など。
 
園児から小学校低学年向けなら、このくらいでも良いようです。しかし、レポートで求められているのはこのレベルではありません。堅井さんは再び小学生向けの辞書を手に取りました。
 
●旺文社小学国語新辞典(旺文社)
「スキーがすき」など。
 
「これはいいのか…」
妹が持っているチャレンジ小学国語辞典とほとんど同じです。「大好きー」と「すき」が違うからOKなのでしょうか。
いよいよ最後の1冊です。この辞書は高校生向けのようです。
 
●三省堂 現代新国語辞典(三省堂)
「だれも電話に出んわ」のたぐい。
 
「えっ…」
チャレンジ小学国語辞典と一字一句変わりません。しかし出版社も編者も違います。スマートフォンで初版の発行年月を調べたところ、チャレンジ小学国語辞典の方が古いようです。では、三省堂の編纂チームはそれを見ていなかったのでしょうか。
「わかんない…」
堅井さんは溜め息をつきました。
「こんな事象、初めて…」

【テーマ】マイネーム・ユアネーム Mr.マルーン

  • 2019.06.28 Friday
  • 07:00

うちの高校の図書館は広い。自習スペースもしっかり確保されていて、試験前は多くの学生が来る。今は特に試験期間でもないので、人はまばらだ。
本棚に囲まれた奥まった場所にぽつんとふたつ、古臭い二人掛けの小さな自習テーブルが置いてある。黴臭くて狭くて薄暗い、静かなだけが取り柄の私のささやかな秘密基地。人目に付きにくいから、たまに不埒な男女が乳繰り合っていたりすることもあるのはシンプルに困るのだけど、とりあえず今日は私しかいなかった。
英語の課題を開く。電子辞書をぽちぽちしながら進めていく。今回は比較的簡単な課題で助かった。8割がた片付いたので、鞄から小説を出す。ちょっと息抜き、と思ってページを開くと、目の前にすっと影が差した。
すました顔で私の正面に座る女。さらり、と艶やかな黒髪が揺れる。バサバサと英語の教材を机に広げ始めた。


「………なんで?」
「何が?」
「いや、他も空いてる、けど」
「私がどこに座っても、私の勝手でしょう」

 

クールに言い切られるとそれもそうだ、という気になる。確かに別に、ここは私の専用スペースというわけではない。けど、なんか。
しかたない、と立ち上がった。荷物をまとめる。彼女はこれから勉強するのだから、私がいると邪魔だろう。そうだ。私は絶賛サボっているのだし、こちらが移動すればいい話だ。


「………どうして?」
「何が?」

 

彼女は私を見上げてきょとんとした顔をしている。うーん、相変わらずかわいい。二重の大きな瞳が零れ落ちそうだ。100点満点。私はここが図書館だということを思い出して、声を落とした。
「あなたがここに座るなら、私はよそに行く」
「…私が、嫌い?」
「え」
ぽつんとつぶやかれた。長い睫毛が伏せられる。なんでそんな捨てられた子犬みたいな顔するのか全然意味が分からない。私、何かしたか。美少女のわざとらしいほど悲しげな表情に大変な罪悪感を覚える。
「や、別に、嫌いじゃないけど」
「じゃあ、そこにいればいいでしょう」
おおん?それもそうだろうか。謎の圧に負けて再び座って本を開くと、ふは、と笑い声が漏れた。

「…何」
「ちょろすぎるんじゃない?」
「声大きい」
「ふふ」

 

彼女は機嫌よさげに、何やら恐ろしく甘そうなリプトンの500mlパックをすすった。JKかよ。JKだわ。
泥水ね、という言葉を思い出した。あれが泥水ならそれはただの砂糖水じゃないか。
ストローをくわえているつやめいた口もとを見て、なんとなく、自分の唇に手をやっていたことに気付いて、うわ、と思って外した。
彼女はもう私には興味を失って、普通に教科書とノートに目を落としている。彼女の手元には分厚くて重そうな紙のかたまりがある。
「紙の辞書なんか、使ってるんだ」
「おかしい?」
「変じゃないけど。重いでしょ」
「重いけど…好きだから」
「…へえ」
すき。ってかわいい言葉だな、と思った。こういうかわいい女の子が言う分には。
入学式で買わされる教材用の英和・和英辞典をわざわざ持ってきて使っている者は少ない。

 

「あなたの名前」
「へ?」
「教えて」
「…神崎鴇」
「Time?」
「違う。鳥のほう」
「うん、知ってる」
「………」

 

なんなんだ。というか勉強しろよ。
そんな私の気持ちには構わず、彼女の白くて細い指がぺろぺろと辞書をめくっていく。
「…あった。鴇。crested ibis 冠毛のある鳥」
「えっ、なんで調べた…?」
意味が分からない。

 

「中学校の先生が教えてくれたの。辞書で調べて線を引いた言葉は、自分のものになるって」
彼女の赤ボールペンがすいっとまっすぐの線を引く。見慣れたどこにでもある赤なのに、なぜか妙に毒々しい。
「だからほら、これであなたの名前は私のもの」
彼女の形のいい唇がうっすらと弧を描いて、呪いの言葉を吐き出す。私は気付かれないようにごくりとつばを飲み込む。

 

「……いや、怖すぎでしょ。普通に引く」
「あらそう?」
「あのさ、誰にでもこういうことするの?冗談だろうけどやめた方がいいよ。東雲さん、かわいいんだからさ」
がんばって何でもなさそうな風に言おうとして失敗した。焦って、図書館だということを忘れて普通のトーンで言ってしまった。

 

「……どういうこと?」
「勘違いされたら困るんじゃない?」
「…………そう」
たっぷりの間の後、うつむいて低い声で言った彼女は、恐ろしいスピードで辞書をめくり始めた。指が躍る。
何。怖い。
ぴたりとあるページで止まった。
さっきの赤いボールペンがくるりと一つの単語を囲む。

 

ぴり。

 

「え」
ためらいなくそのページを破り取った。がたん、と立ち上がる。きっ、と睨みつけられた。
ひえ、美人ににらまれた。
「私、東雲菫」
「いや知ってる」
「あげるわ」
破り取ったページを押し付けられた。手元を見ると、『violet』の文字が大きく囲まれている。
彼女は無言で、何一つ進んでいないはずの教材をカバンに片づける。
「じゃあ、また」
「え、うん、ばいばい」
あっという間に去っていった。私は間抜け面で、椅子に座ったままそれを見送る。黒髪からのぞく耳が少し赤かったのは気のせいだろうか。

 

さすがの私も、この紙片の意味が分からないほど鈍くはない。
「……参ったな………」
せっかく一人に戻ったのに、読書は再開できそうにない。

【テーマ】辞書 Mr.ヤマブキ

  • 2019.06.07 Friday
  • 00:00

 辞書を卑近な問題の解決に用いることも少なくなった。何かあれば電子機器頼みで、何度も書きなぞったデッサンのようなぼやけた知識の輪郭が与えられ、それで確かに十分なのである。だが、辞書の知識も分解能が高く、読むほどに新たな発見がある。

 例えば、このミニトマトが何であるか、我々は知らない。玉葱でない、虎でない、磁石でない、そういうことしか我々は知らない。辞書にはこうある。トマトの一種。23センチメートル程度。すると、目の前のミニトマトが本当にミニトマトであるかどうか、測定してみなければならないわけだ。目玉焼きから流れ落ちた醤油をティッシュで拭い、ボールペンで縁の黒くなった定規でミニトマトを測ってみる。約3.5センチメートルである。辞書の記載よりやや大きい。これは、ミニトマトだろうか。即ち0.5センチメートルの差異が、程度、の表現に回収可能かという問題に収斂する。程度、を辞書で引いてみる。適切であること、そのさま。しかし、適切であるかどうか判定する術を私は持たない。私にはこれがミニトマトか分からない。ミニトマトだと思い食べようとしていたが、もはやミニトマトとして食べることができない。ああ、まるで母音だけ川に流されたような概念的不自由!

 現代において、それが何か分からずに食べるということがありえるだろうか。高級レストランで出された見知らぬ食材も、せめてそれ単体ではなく料理名として、それが何であるか名付けられている。この赤い球体を、サラダなどと呼ぶことができようか。ただミニトマトと呼んで皿に置かれたそれは、もう名前など無い。名前の無いものを私は食べることができない。野蛮で野卑だ!老いた犬のように皿に首を垂れて貪り食うようなものだ!

 ふうと一呼吸つくと狭まった視界がレモンを絞った鮮やかさで開けていく。辞書を読めばいい。ミニトマトの泥沼かもしれないが、希望はそこにしかない。食べる……食うの丁寧な表現。食う……食物を口に入れ噛んで飲み込むこと。それである。何も考えず、ただ辞書に従って、赤い球体を口に運び、十分に咀嚼して飲み込む。食道から胃へと初夏の冷気が通り抜けていく。食べることができた。私は、克服したのであった。理性の迷路、概念の牢屋を更なる理性で以て抜け出したのである。感動で我が身の震えるのを感じた。人間の勝利が私の中に……!

 

「あなた、いつまで食べてるの!さっさと片付けて皿洗っといてね」

 

 理性の文化に対する敗北……。

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