【テーマ】化け猫 がりは
- 2024.03.03 Sunday
- 11:27
どら猫の親分みたいな人がボスだったことがある。
髪がもじゃもじゃで、不摂生の塊のようなその人は、背も腹回りもでかく、肩こり解消のために使っていたエクスパンダーをちぎってしまったり、「頭に良いんだ」と続けていたハンドグリップを部下からの相談を聞いている時にもぐぎぎぎと握ってしまったために、部下の心理的安全性が侵されてしまって番頭さんに諌められたり(「人の相談聞く時くらい握力鍛えるのやめたらどうですか。」「だって答え決まってんだもん。」「それを言っちゃおしまいでしょ、課長なんだから。」「へーい。」)、部内の会議を半年ボイコットしたり(「子供じゃないんだから嫌なこともやるのが仕事でしょう。」「へーい。」)、靴下が時々びっくりするくらい白くて噂になったり、二人称が誰に対しても「おめぇさんはよぅ」だったり、いろいろと問題はあったが仕事に対しては笑っちゃうくらい一生懸命で軽く五人前くらいの仕事はしていたので、俺たちの見ていないところで猫の子分が働いているに違いないと噂していた。
痩せてこざっぱりしたら目鼻立ちはよく、長身なのでさぞかしもてたのでは、とテレビ番組的な興味もあったが、いかんせんそこまでみんな面倒を見ることもなく。
「おめえさんはよぅ、俺とラーメンをすすりにいく気はあるかい?」
ある夜誘われてついて行った。
船橋のごちゃごちゃと入り組んだところの、ラブホテルとラブホテルの間にこっそりある汚いラーメン屋だった。
わざわざこんなところこなくても、おいしそうな店はそれまでにたくさんあったのにな。
ぶつぶつ言うと
「おめえさんも意外とつまらんにゃあ、こんな場所のこんな汚い店が続いてるんだからなんかわけがあるんだよ。うまいってんなら儲けもんだし、まずいのに続いてるんだったらなおさらおもしろいじゃねえか。」
一理あることを言う。
まあ、そのラーメンのまずかったこと。
塩味、辛味、もったりとした旨味が決して混ざることなくばらばらにいるというどうやったらそうなるのか逆に教えてほしいスープが、しかもぬるい。
器がなんとなくぬるぬるする。
時うどんでもこんなにひどくなかったなあと思うくらい。
それを顔をしかめながらスープまで飲み干した化け猫は
「まずかったにゃあ。たまんねえ。」
と。
店の中で。
裸電球の光の域外にいた大将の目が光った気がしたけど、確認せずに出てきた。
「出てから言えって。」
「金払ってしかも貴重なご意見聞かせてやってんだ、それ以上俺から何を持っていこうってんだ。」
「俺がいない時にやってくださいよ。」
「にゃはははは。」
化け猫はそのような形で開拓した「まずいけど続いている店MAP」を作っており、暇になったら出版するんだと言っていたが、性格上体を壊すまで(しばらく)暇にはならないし、そんなみんなが怒りそうな本、出せないと思うのだけれど、出たら俺は買おうと思う。
化け猫が会社を引退するタイミングで俺は課長になったのだが、周りの人に
「がりはさんにゃーにゃー言ってますね。」
とこの間言われた。
俺の場合は語尾ににゃがくるのではなく、にゃー、と鳴いているらしい。
願わくば真面目な仕事ぶりを継承したかったのだが。