【テーマ】奪われる男 Mr.マルーン

  • 2017.11.29 Wednesday
  • 23:25
背中に穴が開いて半年がたった。
最初右の肩甲骨の下あたりに空いた小指ぐらいの小さな穴は今や広がって背中のおおよそ半分がなくなるに至っている。
僕は困惑しながらも痛みもないのでそのままにしている。
もう1年も待たないうちにすっかりなくなってしまいそうだ。
そのあとはどうなるんだろう。
腹がなくなるんだろうか。
僕の隣に横たわった彼女は穴に手を入れて中をするすると撫でている。
油断して好きにさせていたら深く入り込んで奥の軟骨を真っ赤な爪で引っかかれた。
得体のしれない感触にぞわりと鳥肌が立つ。
振り向いてやめてくれよと訴えたら曖昧に笑って手を引っ込めた。
一体僕の背中はどこへ行ってしまったんだろう。
こんな何もかもむき出しの無防備な有様では海にだって行けやしない。
いいじゃない別に、私は海になんて行きたくないし、と彼女は嘯いた。
君の水着が見たいな、と言ってその美しい肩甲骨に手を伸ばすとくすぐったそうに身をよじって、キスをせがんでくる。
僕は丁寧にそれに応じながら、すべすべした肉付きの薄い背中のラインをたどってその下に向かって手を伸ばしていく。
やれやれ、また減ってしまうな、と思いつつもやめない。
背中に穴が開いたのはちょうど彼女と出会ったころからで、彼女に触れられるたびにその穴が少しずつ広がっているのもとうに気付いていた。
あなたの背中が好きよ、と笑いながら彼女は言った。
穴が空いているから好きなのか、元々好きなのか、それとも。
そんな野暮なことは僕は聞かない。
全て終わって彼女が帰るのを見送って、僕は風呂場の鏡で背中を映してみる。
ぽっかりと空いた虚はまた少し大きくなっていた。
今日はそんなに長くなかった割には一段と減りがひどくて随分持っていかれたものだとため息をついた。
そりゃあ分かってて好きにさせている僕も僕かもしれないが、この関係はいつまで続くのだろうという不安は僕にだってある。
最近は随分機能が落ちてしまったが、まだどうやらしばらくは動けそうなので、ひょっとしたら僕の頭と下半身が支えを失ってぽっきり外れてしまうぐらいまではなんとかなるかもしれない。
残念ながら替えは効かないのだけれど。
それまでにはどうにかして彼女にプロポーズをしたいと思っているのだが、なかなか踏ん切りがつかない。
僕は意気地なしだ。
背中は大切だよ、とかつて忠告してくれた人のことをぼんやり思い出す。
あの人は今どうしているだろう。
優しい人だった。
ごめんなさい、忘れたわけではないんだ。
今会えばきっと怒られるだろうなあ。
せっかくなので、会って怒られたい。
今どこにいるんだろう。
そんなことを考えていたら穴からポロリと一個こぼれてしまった。
おっと。
慌てて拾って付け直した。
やっぱりこのままでは不便だ。
風呂に入ると水がたまるし。
この際布でも包帯でも樹脂パテでも何でもいいからそろそろふさぐべきだろうか。
嫌がるだろうから、次に彼女が来るまでに簡単に取り外せる仕組みを考えておかなくちゃ。
僕はそっとベッドに横になる。
開けっ放しの窓から風が入り込んでいる。
背中がすうすうする。
少し眠ろう。

【テーマ】巨人の肩の上に立つ Mr.X

  • 2017.11.27 Monday
  • 07:15

「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。」と、なんでも昔の偉い物理学者が言ったらしい。

「なるほどそうか、それならその巨人の肩の上とやらに立って、遠くまで見てみようじゃないか」と思った私は門を叩いて、勇んで巨人登りを始めた。

以来10年、ずいぶんと登った気がするけれど、上を見ると霞が掛かっていてその肩は姿も現してもいない。もう肩甲骨くらいまで来ているんじゃないか?とそう思った瞬間もあった。しかし巨人の成長は著しく、気がつくとそこは腰骨のあたりだった。

この巨人を登ろうとするものは世界中にいる。自分と同じように門を叩き、苦しみながら巨人を登り、肩の上まで登り切ったものも、途中で力尽きてしまったものも、同じように巨人を踏み固めてコブを作る、さらに別の誰かがその上を踏み固めて再びコブができる。そうやって巨人は果てなく巨大になっていく。

なんでこんなに登山者がいるんだよ、聞いてねえよ。そのせいでいつまでたっても上まで行けないじゃねえかよ。口の中で小さくつぶやく。

ある朝、疲れた私は自分が作った小さな小さなコブの上に腰掛けて休んでいた。子供のように足をプラーンプラーンさせながら、冷めてしまったコーヒーを飲み干す。ここからでも遠くまで見える気がするけれど、見えている景色がなんなのかよく分からない。

ぼんやりと巨人の地図を見る。すると次の瞬間、10数年前にある登山者が作ったコブと、そのさらに数年前に別の登山者が作ったコブを、私が作ったコブをつなぎ合わせると、これまで姿を見せていなかった新しいコブが存在することに気がついた。誰も知らないコブだ。私は全力でそこを駆け上がる。他の人たちが踏み固めていった道を登った先からは、今まで誰も見たことなかった景色が見ることができた。

「なんだよ、面白いものが見られるのは、肩の上だけじゃないじゃん」

そう思った私は再び巨人を登り始めた。「今まで誰も見たことがないものが見られる」というその快感が、どうにもこうにも巨人登りを諦めさせてくれないのだ。

【テーマ】親の背中 Mr.Indigo

  • 2017.11.24 Friday
  • 22:14
〜電車の中、押しあう人の背中に、いくつものドラマを感じて、親の背中にひたむきさを感じて、このごろふと涙こぼした。半分大人のSeventeen's map(尾崎豊『十七歳の地図』)〜
 
背中といえばまずこの曲が思い浮かぶ。17歳の青年が大人の背中を見ている。そして涙をこぼしている。尾崎豊という男の常人離れした感受性を、我々は窺い知ることができる。
ここで大きな意味を持つのが17歳という年齢である。まさに半分大人という時期で、「このごろ」という言葉からも、ようやく大人の背中が見えてきたというニュアンスが読み取れる。
同じ曲に、以下のような部分もある。
 
〜少しずつ色んな意味が解りかけてきたけど、決して授業で教わったことなんかじゃない〜
 
これも同じようにとらえて良いだろう。青年期にさしかかり、半分大人になることによって見えてくるものがあるのだ。
言い換えると、10代後半にならないと大人の背中はリアルに見えてこないということである。すなわち、それまで見えていたのは一面的なものに過ぎない。
子供は親の背中を見て大きくなるとよく言われるが、実際は大きくなることによって親の背中が見えてくるのではないかと私は思う。
 
「バカじゃ、バカじゃ、バカじゃ」
私が幼い頃、母がこんな独り言をこぼしていたのを聞いたことがある。もちろん小さな子供に意味がわかるはずがない。また、父は自らのファーストネームを連呼したり、突然猫の鳴き真似をしたりしていた。これも子供にとっては意味不明である。
ただ、自分が成長して親と同じように意味のない独り言を頻繁に発するようになり、なんとなく親の独り言の意味がわかってきた。やり場のない思いは両親にもあり、それをごまかしていたのだろう。
そして、自分が当時の両親くらいの歳になった今、なんとなくは確信に変わっている。要するに両親は自分と同類なのだ。社会が今よりおおらかだったから精神科などの世話にならずに済んだだけではあるまいか。
 
実際に父親業をやっていると、両親の思いがよくわかる。6歳の長女はもう日本語をしっかりと理解しているが、まだ私の内面はあまりわかっていないだろう。だから弱音は吐きたくない。後ろ向きなことは言いたくない。いずれはリアルな背中を晒すことになるにしても、まだ10年ばかり早い。30年ほど前の両親も同じ思いだったのではなかろうか。
次女もそうだが、青年期のことはなってみなければわからない。ただ、女の子だから成長とともに母親の影響が強まるのではなかろうか。父である私の背中を見ようとしないのであれば、それはそれで構わない。
とはいえ、結局は2人とも父親のリアルな背中に興味を持つのではないかと私は思っている。私の子であり、その私を人生の伴侶に選んだ人の子なのだから。
リアルな背中は口よりはるかに雄弁だ。ただ、それを見て娘たちが何を思うのかは、私の知ったことではない。そもそも多感な年頃の女の子が、父に対し率直な感想を言うはずがない。ひたむきさを感じて涙をこぼしたとしても、その姿はけっして見せてくれないだろう。
まあ、私もせっかく生きてきたのだから、参考資料にするなり反面教師にするなり、何らかの形で活用してもらえればありがたいと思う。

【テーマ】夕焼け人間 by Mr.ヤマブキ

  • 2017.11.16 Thursday
  • 17:00

 日が高さを落としはじめた頃、ぼくは家から散歩に出ます。するとたちまち日は沈もうとし、黄色い街はオレンジ色に染まってしまいます。今日も夕焼けの時間がやってきました。ぼくは夕焼けを背負った夕焼け人間です。ぼくの夕焼けが淡い水色の空に滲んで溶けてしまって街に夕焼けが訪れたのです。

 夜の匂いを嗅ぎつけて、こうもりがやってきました。

 

「今日も散歩かい。それにしてもきれいな夕焼けだねえ」

 

 こうもりはいつもぼくのところへ来て優しい声をかけてくれます。でもそれはぼくのためではなく、こうもり自身のためなのです。こうもりは弱い人間の匂いに集まって、わざと優しく接するのです。彼が言うには弱い人間は夜の匂いがするんだそうです。

 

「こんな素敵な空を見れないなんてね」

「仕方ないさ。夕焼けを背負ってるんだから。それに、鏡やカメラでは見たこともあるからね」

 

 夕焼け人間の欠点は、自分の背中を見れないということです。ぼくの向く方は常に日が通り過ぎた後の夕闇です。それはいつも、すみれ色の澄んだ香りがします。全然嫌いではないのですが、ときどき、その香りに寂しくなることがあります。一度でいいからぼくの背負った自慢の夕焼けをこの目で直接見てみたいと思うのです。写真では見れても、自然の大パノラマで見るのは格別なものがあるからです。

 

 ある雨の日、空は雲で覆われ夕陽の射し込む隙間はありませんでした。そんな日でもぼくは行かなければなりません。雲の裏にでも夕焼けが広がることが重要なのです。なぜなら夕焼けが来ないと夜が来ないからです。

 そんなわけでいつもの道を散歩していると、ハトの羽のような薄暗い空に虹がかかっているのに気付きました。ぼくの夕焼けが雲に隠れてしまっているのに虹が出るはずがないのです。だからこそぼくは確信しました。虹人間しかありえません。これからすれ違う人の誰かが虹人間なのです。

 

「君かい、夕焼け人間は」

 

 そう思ったときにはすでにぼくは彼を通り過ぎようとしていて、ほとんど後ろから声をかけられてびっくりしてしまいました。期待と緊張で、返事はひっくり返ってしまいました。

 

「私のような人間に出会ったのは初めてだ」

「はじめまして、ぼくは夕焼け人間です」

「君が心配だ」

「どうしてぼくが夕焼け人間だと分かったのですか」

「私と同じようなつらい思いをしているんじゃないだろうか」

「もしかして、ぼくの背中の夕焼けが見えるのですか」

「自分の背負った美しいものを一生見ることができないという悲しみを」

 

 そこにこうもりがやってきて笑います。

 

「なんてへんてこりんな話をしているんだ」

 

「そうか、虹と夕焼けが同じ方向に見えることはないから二人の話が合うわけがない」

「こうもり君よ、これを見たまえ」

 

 虹人間はぼくと肩を並べます。たちまち曇り空が立ち退いて、茜色の光が射し込んできます。こうもりは驚いてふらふらと力なく飛んでいます。それを見て、夕焼けに虹がかかっているのだと気付きました。

 

「さあ行こう、悲しむことはない。皆に私たちの宝を見てもらおう!」

 

 こうもりが言います。

 

「ほ、ほんとうに行くのかい?」

 

 ぼくはこうもりの本当の気持ちを知っていました。虹人間とは話が合うはずがないと言って引き離そうとした意味もよく分かりました。

 

「一緒に行こうよ」

 

 こうして三人は夕暮れの町をどこまでもまっすぐ歩いたのでした。

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