最優秀作品賞会見 Mr.ホワイト

  • 2017.08.20 Sunday
  • 22:08

 「南相馬へ」で最優秀作品賞をいただきました。ありがとうございました。客観的に見て「やまがある日記〜北アルプス表銀座縦走」のほうが断然良いと思っていましたので複雑な心境ですが、「南相馬へ」を選んでくださった皆様のコメントを読んでいると、これは「南相馬へ」自体がどうというよりも、この文章を読むことで読んだ方の複雑な思いがそこに投影されたというそのことが評価されたのではないかと少し納得しました。

 この文章を書いたあとでも、テレビ朝日が「ビキニ事件63年目の真実〜フクシマの未来予想図〜」という番組名のドキュメンタリーを放送しようとして大問題になり、サブタイトルが削られたということが起きました。テレビ朝日はこれについて明確な謝罪をしていません。多くの人が書いていますが、ビキニ事件と福島を関連づけ福島をフクシマと表記している時点で、テレビ朝日が意図したことは福島が汚染されているという主張であるとしか考えられません。これは当然記録に基づくドキュメンタリーではなく、空想に基づく単なる差別です。福島に対する差別は今も根強く残っているということをテレビ朝日は自らの行動で示しました。何度でも書きますが、彼らは福島が汚染されているはずだと信じたいのです。私たちは私たちの信じることを守るためなら、平気で差別でも人権侵害でもしてしまいうるのだということを、私たちはあらためて突きつけられたのです。

 「南相馬へ」は非常に書きづらい内容で、何度も書いては消してを繰り返しました。言葉にすることで見えてしまうということもあります。こんなことを書いて良いのだろうかと。それはいまだによくわかっていません。それでも、書いては消してを繰り返している中で考えを深めていく過程は、しんどいながらも楽しい時間でした。人は書かなければ考えられません。福島旅行のレポートを発表する場がなければ、ここまで考えることはなかったでしょう。あらためて場を与えてくれているPREMIERと読者に感謝いたします。ありがとうございました。



南相馬へ(1) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:23

先月、福島県南相馬市に行ってきました。いま、福島のことについてよそ者が何かを言うことは難しい状況にあることは理解していますが、あえて書こうと思います。福島を語ることの難しさや面倒さは、そのまま福島への無関心につながっていっていると思うからです。

 

福島県は関西人からすれば精神的にもっとも遠い場所のひとつで、はっきり言ってわざわざ行きませんし、まわりに福島県出身の人もほとんどいません。ただしこれは福島に限った話ではなく、群馬や栃木も同じようなものです。だから今までも「福島の現状を知りたい」というよそ者的な興味から福島に行ってみたいと思ってはいたのですが、その精神的な距離の遠さなどから実際に行くことはありませんでした。そんな福島に今回ようやく行けたのは、南相馬市で働いている知人に会いに行くという理由ができたからでした。

 

伊丹から仙台へ飛行機で1時間、仙台から南相馬へ電車で1時間半。精神的には遠いけど、時間的にはそう遠くないことにまず驚きます。そして仙台空港で福島のパンフレットを手にとってはじめて、福島県が非常に広くかつ横長であることを知ります。これは単に私が地理に詳しくないせいなのか、関西人が大抵そうなのかはわかりません。福島のことが語られるとき、「福島」と大抵一括りに言ってしまってますが、福島市と郡山市といわき市と会津ではまったく違う場所にあって、これは兵庫と言って神戸と城崎を一緒くたにしてるみたいなもんだなと感じました。

 

知人の車に乗せてもらって、南相馬から南、福島第一原発20キロ圏内へ。そして帰還困難区域を通り抜けて富岡町へ。私もよくわかっていなかったのですが、帰還困難区域も車で通り抜けることができます(車から降りるのはダメらしい)。もう6年たっているので元は田んぼであったであろう土地には草が生い茂っていて、変な言い方ですが物寂しいというよりは緑が鮮やかで、もののけ姫の最後のシーンを思い出しました。それに対して家やお店はずっと放置されていて、やはり少し異様な雰囲気です。

 

高速道路沿いには線量計がポツポツあって、確かに帰還困難区域は高めの数値が出ているところもありました。高いところでは3μSv/h(マイクロシーベルト毎時)程度ありましたが、通り抜けるだけなので飛行機に乗るのと同じくらいの放射線量だと説明を受けてましたし、放射線については事前に少し本を読んでいたので、私は一切気にしていませんでした。むしろ実感として思ったのが、避難地域を抜けて人が暮らす地域に戻ると、避難地域以外の線量はやっぱりちゃんと低いなあということでした。南相馬や富岡町でも線量計があれば見ていましたが、0.10.2μSv/h(マイクロシーベルト毎時)がほとんどで、本に書いてあったとおり(あるいはtwitterで読んだとおり)、日本の他の地域の線量と大して変わりません。

南相馬へ(2) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:21

福島の原発事故を前にして、ほとんどすべてのアーティストは声を失いました。原発事故に直接音楽で向き合ったのは反原発ソングを明確に歌った斉藤和義くらいで(しかもそれに対しては政治的な音楽をやるなという批判も多かったのです)、ほとんどは原発事故には直接目を向けず、「復興支援」や「絆」を打ち出す応援ソングに向かったのです。それは彼らが歌いやすいものでもあったでしょうし、メディアが欲しているものでもあったでしょう。ですが、本当にそれは被災地を含む「わたしたち」の魂に触れるものだったのでしょうか。

 

原発事故という絶望を前にして声にならない声を振り絞ったのは、私の知る限り七尾旅人ひとりです。彼が歌った「圏内の歌」はまさに誰も踏み込もうとしないこの大問題の「圏内」に踏み込んだ歌で、聴く者の心をざわつかせますが、同時にこの歌ほど当事者に寄り添った歌は他にないでしょう。歌は歌詞として読まれてはならず、歌は歌として聴かれなければなりません。ここから先、一部歌詞を引用しますので、読み進める前に以下のリンク先で歌を聴いてください。

 

https://www.youtube.com/watch?v=sUj4bzvw3eE

 

この歌は2011年4月、南相馬でつくられました。2011年4月はまだ放射線に関する情報が錯綜していて、何が正しいのかを判断するのが難しい時期だったはずです。したがってこの歌は、情報がある程度整理された現在の状況を前提として聴かれるべき歌ではないかもしれません。それでも、「はなれられない、あいするまち」にとどまりたいけれど、「こどもたちだけでも、どこかとおくへ」やりたいという、相反する思いの分裂をそのまま吐露するこの歌の哀しいメロディにこそ、アートの存在理由があるような気がするのです。そしてこの歌を聴いて、そのときそこにいたそのひとの本当に気持ちに触れたように思えるのは、そうでなければこんな歌は書きようがないという凄みがこの歌にあるからでしょう。「こんな歌は聴きたくない」という人も大勢いるでしょうけど、見たくないもの・聴きたくないものを「目を見開いてちゃんと見ろ」というメッセージを送るのもアートが果たしてきたひとつの役割です。

南相馬へ(3) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:20

「圏内の歌」の例を出して誤解されるとまずいので説明しておきますが、福島県から県外に今も避難している人は福島県の人口の2%にすぎません。避難している方も、避難先での新しい生活(仕事や学校)があるから帰っていないだけというのが実情のようです。「圏内の歌」はあくまでも「圏内」で避難が強制された人の歌だとご理解ください。「圏外」の人はほぼまったく避難してないのです。

 

これも行ってみて実感しましたが、福島は東西に広いです。福島は東西で3ブロックに分けて、一番東を浜通り、中央を中通り、一番西を会津と呼ぶそうです。すでに述べましたが、原発に比較的近い浜通りの南相馬でもはっきり言って「ふつう」です。除染などの努力のおかげなのかもしれませんが、子供たちは公園でふつうに元気に遊んでますし、ふつうに暮らしてて特に何も感じません。中通りや会津など海岸から遠い地域なら尚更「ふつう」なのだと思います。

 

確かに帰還困難区域の放射線量は高いのですが、そのイメージを福島全体に引き延ばすのはおかしいということは、やはり行ってみないと実感としてよくわからないような気もします。福島はたぶん多くの人が思っている以上にほとんどの地域が「ふつう」です。

 

南相馬の地元の方に話をうかがったところ、やはり今でも3割程度の人は福島産の食べ物は絶対に買わないそうです。その3割には何を言っても意味がない(検査していると言っても買ってくれない)ので、私たちは残り7割の人相手に商売することしか考えてませんと。この3割という数字は正直、私が当初思っていたよりも高かったです。

南相馬へ(4) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:19

人は見たくないものは見ないし、信じたくないことは信じません。それが事実か否かにかかわらず、わたしたちには見たいものしか見えていません。見たくないものは見えてすらいないものなのです。これは心理学で確証バイアスと呼ばれているものです。

 

放射能汚染がないことが検査で証明された食品を絶対に買わない人は、「検査では大丈夫だと言っているけど、やっぱり汚染されている気がする。検査の基準値を高くしているかもしれないし、検査自体も信じられない」と考えていると思われます。彼らは放射能汚染がないことが「検査で証明された」ことを信じていないので、いくら説明しても無駄なのです。ではなぜ信じないのでしょうか。

 

上述したように、人は信じたくないものを信じないのです。つまり彼らは「福島産の食品は汚染されているはずだ」と信じたいのです。一体、なぜ?私が問題の根っこだと考えるのはここです。これは「何を信じるか」という、ほとんど宗教に近い問題なのです。

 

わたしたち日本人の中にビルトインされている穢れ(ケガレ)思想は、ケガレたものを無意識的に避けようとします(わたしたちは意識していませんが、これは日本人の宗教と言ってよいと思います)。福島から避難してきた子供が「放射能がうつる」といじめられたというニュースがすべてをあらわしていて、子供は理性も知性も低いから感情でそう言っています。逆に言えば、大人はそんなことは言いませんが、それはそんなことを言ってはいけないと理性でわかっているからそうしているだけで、大人も感情ではそう感じているのでしょう。

南相馬へ(5) Mr.ホワイト

  • 2017.07.16 Sunday
  • 20:18

極論を言いましょう。わたしたちヨソモノの多くは、「福島がケガれた」と無意識に思っています。そのような「無意識」に対して、福島県から遠く離れて暮らすわたしたちはほとんど無関心でいます。何事につけても無関心であることはしばしば非難されますが、関心をもつことが良い結果を生むとは限りません。世の中には関心を持たれずに忘れられてしまったほうがいいこともあります。

 

福島問題の第一人者となってしまった感のある社会学者の開沼博は「はじめての福島学」という本で、何も知らない人間が福島のことを語るのは「ありがた迷惑」だと言い切っています。「誤った情報発信をするくらいなら、何もしないでいてくれたほうが迷惑でない」と。おそらくこれが現場の声なのでしょう。「へんに興味をもたれるくらいなら、いっそ無関心でいてくれたほうがマシだ」と。

 

おかしな話かもしれませんが、私はこの本を読んで、わたしたちが福島の問題について無関心であることは決して良い結果を生まないのではないかと思うようになりました。無関心なわたしたちに対して、福島の現場が無関心を求めているのです。つまりそこで求められているのは断絶であり、情報はいよいよ隔離されます。無関心なわたしたちが福島を忘却すればまだいいですが、情報のアップデートが行われず、「福島がケガれた」という宗教的な信念だけが残る可能性があります。

 

迷ったのですが、あえて書きます。福島産の食品を絶対に食べない人は、福島の人を差別する可能性が高いと思います(あるいは、すでに差別しています)。なぜなら彼らは福島が汚染されたと宗教的に信じているからです。食品とは別の話だと彼らは否定するでしょうが、汚染の対象が食品だけなどと彼らの奥底の感情が思っているはずがない。私は、わたしたちにとっての福島の問題でもっとも大きいのはこの点だと思っています。広島・長崎で被爆者や被曝2世が差別された歴史を繰り返したらいかんのです。

 

人はみな偏見をもつから差別する、偏見を取り除くためには意識的な努力と自覚が求められる・・。

 

この文章は書くのをすごく迷いましたし、これでよかったのかどうかわかりません。たぶん、私のこの文章も中途半端に福島に関心を持った者の「ありがた迷惑」なんでしょう。でも私は私なりにわたしたちの無意識に抵抗して、「福島はふつうです」とだけ言っておきたかったのです。

 

最後に1冊だけ本を紹介しておきます。これ1冊で福島の放射線に関する見方は変わるはず。安いし薄いし読みやすいので、なんにも知らねえという方でもこれだけはオススメします。

 

・「知ろうとすること。」(早野龍五、糸井重里)新潮文庫 464

 

糸井重里のタイトルのつけ方は相変わらず抜群で、薄くて軽い本だということを語感で示しつつ、しかしそれだけではなく、「知ろうとすること」ができていないことこそが福島原発事故の最大の問題だと、わたしたちを突き刺しているのです。

御礼の御礼 Mr.ホワイト

  • 2017.06.20 Tuesday
  • 13:46

「御礼」で最優秀作品賞を頂戴し、驚くとともにうろたえています。「御礼」はあくまで挨拶であって作品ではないという認識で、最優秀どころか1票入ることすら想像していませんでした。自分が投票する立場でも挨拶には入れにくいように思いますが、今回投票くださった皆様ひとりひとりがその種の固定観念をちょっと外れたことで「御礼」が受賞し、プリミエールの幅の広さが示されたようにも感じます。いや、それにしてもこれでいいのか、という思いもやっぱりあるのですが、まあいっかという気分に変わりつつあります。

私は口下手なので挨拶というものは昔からニガテで、さらに世間知らずでもあるので挨拶のパターンというかお決まりの口上をいつまでたっても覚えられず、昔も今も人前でしゃべらなくちゃいけないような機会があれば他人に譲るのが常ですが、そんな人間が挨拶で賞をいただけるのだからやはり文章というのは面白いものだなあと思います。

「御礼」は振り返ってみれば「葉山氏とわたし」という副題をつけられそうな文章になっていて、わたしにはわたしにとっての葉山氏がいるように皆さんにも皆さんにとっての葉山氏がいて、わたしにとっての葉山氏を語ることは皆さんにとっての葉山氏を語ることでもあったのでしょう。その意味で、あーるさんの「亡くなった方を偲ぶ方法は人それぞれだと思いますが、私もホワイトさんの作品を読むことで葉山さんを偲びました。」という評はとてもありがたいものでした。

葉山氏の文章は常にここにあって、読めばいつでも彼が語りかけてきます。時には優しく、そしてたいていは挑戦的に。こんな文章を書いていると、「もっと面白いものが書けるはずだ!」と彼に言われてしまいそうなので、ここらへんで筆をおいて次作に取り掛かろうと思います。ありがとうございました。

御礼 Mr.ホワイト

  • 2017.05.28 Sunday
  • 20:02

4月の最優秀作品とMVPに選んでくださりありがとうございました。自分の書いたものを説明するのは気が引けるのですが、今回は少しだけ書いておこうと思います。

「告白」は書くのにすごく苦労した文章で、ある意味では4年半かかっているとも言えます。お気付きの方がいらっしゃったかどうかわかりませんが、2012年10月のテーマが「告白」でした。本作はそのために書き始めたものです。ゲイが告白するというアイデアを中心に多視点の小説を書こうとしたのですが、考えても考えても筆がまったく進まず「これは参ったな」と思ったときに発表されたのが葉山悟氏の「告白の<じじょう>」でした。

【テーマ】告白の<じじょう>(上)

【テーマ】告白の<じじょう>(下)


ゲイの告白というアイデアが丸かぶりな上に作品の出来が素晴らしく、私はまた「これは参ったな」と思って自分の「告白」を書く筆を置きました。そのときにできていたのは告白1〜3の原型のようなものですが、ネタがかぶってしまいましたし、何よりもどうやってもここから前に進めそうな気がしませんでした。「告白の<じじょう>」に投票したコメントを葉山悟氏が喜んでくれたのが良い思い出です。

ベストコメント賞発表!


それから4年半、「告白」はボツ原稿として眠っていました。ところが2017年3月にホワイトデー企画が開催されてしまい、その御礼として何かそれなりのものを書かねばならなくなったときに、「告白」を引っ張り出して最後まで書き上げるしかないと腹を括りました。ウンウン考えているうちに前とは違うアイデアが出てきて何とかかたちにできたというのが正直なところです。

多視点特有のズレを散りばめて物語を少しずつディスクローズしていくという構成で自分としては難しいことをやったつもりですが、実際書いてみると難しいことをやろうとするとどんどん面白くなくなるもので、難しくはあると思うけど面白いかどうかは自信がなかったので、最優秀に選んでいただいて嬉しかったです。

湊かなえの「告白」からの影響を指摘されましたが、そこはまったく意識していませんでした。意識したのは内田けんじ監督の2つの映画「アフタースクール」と「運命じゃない人」です。いずれもミニシアター系と呼ばれる邦画で、そのせいか「告白」もたぶんミニシアター系っぽい軽さというかちゃちさが出てるように思います。「アフタースクール」はゼロ年代のミニシアター系邦画の傑作で、アマゾンプライムでも観られるのでぜひ観てみてください。ちなみに私がずっと前に書いた長編の「コンサート」はクリストファー・ノーラン監督の「メメント」というハリウッドインディー系の映画を意識して書いたものですので、多分そのへんでテーストも違ってきてるんだろうと思います。

最後になりますが、「告白」は心のどこかで葉山悟氏のことを思いながら書いたものですので、葉山悟氏からの影響も大きいと思います。いま思えば、警官が出てきたりするのも告白の<じじょう>と同じです。葉山悟氏と読んでくださった皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。
 

メメント  Mr.ホワイト

  • 2017.04.28 Friday
  • 00:00

 子供が大きくなってきて、自分の記憶の中の「私が小さかった頃」と同じ年齢になりましたが、そうなるとやはり考えざるをえないのは、私が小さい頃の記憶をぼんやりと今持っているのと同じように、彼にとっての「今このとき」はもしかしたらこの先ずっと彼が記憶として持ち続けるかもしれないということで、心のどこかで小さかった頃の私を彼に投影して、まるで小さかった頃の私が今の私を見ているような心持ちになってしまう瞬間があるような気がします。

 私が私であることに疑いをもたないのは私が私の記憶を持っているからで、私はこうして育ち、考え、生きてきましたと言えることは、自分がどこの誰かがわかること、自分自身を保つことにとってきわめて重要なことなのだろうと思います。アニメ映画の傑作『攻殻機動隊』は、脳がネットとつながる近未来において、自身の記憶をハッカーにより書き換えられ、妻子とともに幸せに暮らしている偽りの記憶を生きていた清掃員が、実際には薄汚いアパートで一人暮らしをしている現実を知って自分自身を見失うという象徴的なシーンで始まります。人は現実の中にではなくむしろ記憶の中に生きているのだと。あまりに不安定な記憶の中に。そして小説家のカズオイシグロが彼の作品でずっと書き続けているテーマは、その記憶は過去の事実では決してなく、自身によって捏造され歪められた過去の主観であるという、少しぞっとするような指摘なのです。

 うっすらと自分が小さい頃の記憶を思い起こしてみると、母がいて、兄弟がいて、父がいて、友達がいて、私は今とまったく同じように気弱でおとなしく、しかしそれらの記憶はまるで絵画のように断片的なものにすぎず、細部を思い出そうとすればするほどそこに自身の脚色が含まれていきます。それでも、私が生きているということは私がいま流れる時間を過ごしているということで、脚色されていようと歪められていようと、私は私の記憶に埋もれてそれを実感するしかありません。

 私の子供がいま過ごしている時間の記憶は彼の人生そのものになっていきます。彼が成長し大人になり年老いても、いまこのときの時間の一部は記憶の引き出しの中に絵画的に保存されることになるでしょう。たとえ歪められていたといても、その記憶が美しい絵画として保存され、そしてその絵には私と妻が笑顔で描かれていることを願うのみです。

ホワイトデー Mr.ホワイト

  • 2017.03.14 Tuesday
  • 12:00

 私は人の名前を覚えるのが苦手で、いつも会う人の名前がふっと頭の中から消えてしまって、ご本人と話しながら頭の中では色んな記憶の部屋を開けて、ここでもない、あっちにもいないとその方の名前を探し回るようなことばかりで、本当に失礼なことだと思ってはいるのですがやはりどうにも覚えられず、「どうせ人に興味ないんでしょ」と笑われるような人間ですので、人の誕生日を覚えるなどという芸当はできるわけがなく、これもひどい話なのですが母親の誕生日ですら何度も覚えては何度も忘れ、いまだにはっきりと間違いなくこの日だと言うことができません。私が人の誕生日で覚えているのは、妻と子と兄弟、クリスマスに生まれたという先輩(キリストの生まれ変わりと言われていました)、そしてホワイトデーが誕生日の父親です。母親の誕生日は何の日でもない日で覚えにくいのですが、父親はホワイトデーなのでさすがの私も忘れることはありません。ということで、前置きが長くなりましたが、ホワイトデーを祝して今日は父親の話を書きます。

 私だけではなく多くの人もそうだと思いますが、私が知っている父は家の中の父であって、職場の父はどんな人間なのか、父が何の仕事をしているのかは実際のところまったく知りませんでした。ところがつい最近、私にはきたのです。職場の父を知る機会が。

 ある日、父から電話があり「うちで研修をやってくれる講師を探しているのだが、知り合いでいい人はいないか」という連絡がありました。知人数名にあたりましたが、テーマがマニアックだったので断られ、かといって誰もいませんでしたというわけにもいかないので、結局、私自身が研修講師をやることになりました。

 研修当日、父の職場へ行くといったん父の部屋に通されました。父は会議中でそこにはいませんでした。部屋はひとりで使うにはだだっ広く、茶色い革の古ぼけたソファがあり、本棚には資料がずらりと並んでいます。大量の資料があるせいで、部屋は古い紙のにおいがしました。私はまったく父の役職を理解していませんでした。父は自分の部屋をもっているエライさんだったのです。父を待つあいだ担当者に聞くと、一般企業で言えば常務クラスだとか、とにかく勉強家でみんな尊敬しているだとか、自分で手を動かすタイプだとか、真ん中のお子さんはやんちゃらしいですねとか(そんな話、職場でしてたのか)、なんだか聞いてしまっていいのかどうかわからない話を延々と聞きながら、私はソファに座って「がんばったんやなあ・・」とぼんやりと考えていました。私の父は高卒です。お金がなくて大学には行けませんでした。出世には圧倒的に不利だったはずで、おそらく実力だけで認められたのでしょう。家では横になってテレビの旅番組を見ているだけの父の、職場での存在感は圧倒的でした。
 父が部屋に戻ってきました。「お父さん、実は偉かったんやな」というと、寡黙な父は少しにやっと笑いました。



 

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