最優秀作品賞会見 Mr.ホワイト

  • 2017.08.20 Sunday
  • 22:08

 「南相馬へ」で最優秀作品賞をいただきました。ありがとうございました。客観的に見て「やまがある日記〜北アルプス表銀座縦走」のほうが断然良いと思っていましたので複雑な心境ですが、「南相馬へ」を選んでくださった皆様のコメントを読んでいると、これは「南相馬へ」自体がどうというよりも、この文章を読むことで読んだ方の複雑な思いがそこに投影されたというそのことが評価されたのではないかと少し納得しました。

 この文章を書いたあとでも、テレビ朝日が「ビキニ事件63年目の真実〜フクシマの未来予想図〜」という番組名のドキュメンタリーを放送しようとして大問題になり、サブタイトルが削られたということが起きました。テレビ朝日はこれについて明確な謝罪をしていません。多くの人が書いていますが、ビキニ事件と福島を関連づけ福島をフクシマと表記している時点で、テレビ朝日が意図したことは福島が汚染されているという主張であるとしか考えられません。これは当然記録に基づくドキュメンタリーではなく、空想に基づく単なる差別です。福島に対する差別は今も根強く残っているということをテレビ朝日は自らの行動で示しました。何度でも書きますが、彼らは福島が汚染されているはずだと信じたいのです。私たちは私たちの信じることを守るためなら、平気で差別でも人権侵害でもしてしまいうるのだということを、私たちはあらためて突きつけられたのです。

 「南相馬へ」は非常に書きづらい内容で、何度も書いては消してを繰り返しました。言葉にすることで見えてしまうということもあります。こんなことを書いて良いのだろうかと。それはいまだによくわかっていません。それでも、書いては消してを繰り返している中で考えを深めていく過程は、しんどいながらも楽しい時間でした。人は書かなければ考えられません。福島旅行のレポートを発表する場がなければ、ここまで考えることはなかったでしょう。あらためて場を与えてくれているPREMIERと読者に感謝いたします。ありがとうございました。



御礼の御礼 Mr.ホワイト

  • 2017.06.20 Tuesday
  • 13:46

「御礼」で最優秀作品賞を頂戴し、驚くとともにうろたえています。「御礼」はあくまで挨拶であって作品ではないという認識で、最優秀どころか1票入ることすら想像していませんでした。自分が投票する立場でも挨拶には入れにくいように思いますが、今回投票くださった皆様ひとりひとりがその種の固定観念をちょっと外れたことで「御礼」が受賞し、プリミエールの幅の広さが示されたようにも感じます。いや、それにしてもこれでいいのか、という思いもやっぱりあるのですが、まあいっかという気分に変わりつつあります。

私は口下手なので挨拶というものは昔からニガテで、さらに世間知らずでもあるので挨拶のパターンというかお決まりの口上をいつまでたっても覚えられず、昔も今も人前でしゃべらなくちゃいけないような機会があれば他人に譲るのが常ですが、そんな人間が挨拶で賞をいただけるのだからやはり文章というのは面白いものだなあと思います。

「御礼」は振り返ってみれば「葉山氏とわたし」という副題をつけられそうな文章になっていて、わたしにはわたしにとっての葉山氏がいるように皆さんにも皆さんにとっての葉山氏がいて、わたしにとっての葉山氏を語ることは皆さんにとっての葉山氏を語ることでもあったのでしょう。その意味で、あーるさんの「亡くなった方を偲ぶ方法は人それぞれだと思いますが、私もホワイトさんの作品を読むことで葉山さんを偲びました。」という評はとてもありがたいものでした。

葉山氏の文章は常にここにあって、読めばいつでも彼が語りかけてきます。時には優しく、そしてたいていは挑戦的に。こんな文章を書いていると、「もっと面白いものが書けるはずだ!」と彼に言われてしまいそうなので、ここらへんで筆をおいて次作に取り掛かろうと思います。ありがとうございました。

メメント  Mr.ホワイト

  • 2017.04.28 Friday
  • 00:00

 子供が大きくなってきて、自分の記憶の中の「私が小さかった頃」と同じ年齢になりましたが、そうなるとやはり考えざるをえないのは、私が小さい頃の記憶をぼんやりと今持っているのと同じように、彼にとっての「今このとき」はもしかしたらこの先ずっと彼が記憶として持ち続けるかもしれないということで、心のどこかで小さかった頃の私を彼に投影して、まるで小さかった頃の私が今の私を見ているような心持ちになってしまう瞬間があるような気がします。

 私が私であることに疑いをもたないのは私が私の記憶を持っているからで、私はこうして育ち、考え、生きてきましたと言えることは、自分がどこの誰かがわかること、自分自身を保つことにとってきわめて重要なことなのだろうと思います。アニメ映画の傑作『攻殻機動隊』は、脳がネットとつながる近未来において、自身の記憶をハッカーにより書き換えられ、妻子とともに幸せに暮らしている偽りの記憶を生きていた清掃員が、実際には薄汚いアパートで一人暮らしをしている現実を知って自分自身を見失うという象徴的なシーンで始まります。人は現実の中にではなくむしろ記憶の中に生きているのだと。あまりに不安定な記憶の中に。そして小説家のカズオイシグロが彼の作品でずっと書き続けているテーマは、その記憶は過去の事実では決してなく、自身によって捏造され歪められた過去の主観であるという、少しぞっとするような指摘なのです。

 うっすらと自分が小さい頃の記憶を思い起こしてみると、母がいて、兄弟がいて、父がいて、友達がいて、私は今とまったく同じように気弱でおとなしく、しかしそれらの記憶はまるで絵画のように断片的なものにすぎず、細部を思い出そうとすればするほどそこに自身の脚色が含まれていきます。それでも、私が生きているということは私がいま流れる時間を過ごしているということで、脚色されていようと歪められていようと、私は私の記憶に埋もれてそれを実感するしかありません。

 私の子供がいま過ごしている時間の記憶は彼の人生そのものになっていきます。彼が成長し大人になり年老いても、いまこのときの時間の一部は記憶の引き出しの中に絵画的に保存されることになるでしょう。たとえ歪められていたといても、その記憶が美しい絵画として保存され、そしてその絵には私と妻が笑顔で描かれていることを願うのみです。

ホワイトデー Mr.ホワイト

  • 2017.03.14 Tuesday
  • 12:00

 私は人の名前を覚えるのが苦手で、いつも会う人の名前がふっと頭の中から消えてしまって、ご本人と話しながら頭の中では色んな記憶の部屋を開けて、ここでもない、あっちにもいないとその方の名前を探し回るようなことばかりで、本当に失礼なことだと思ってはいるのですがやはりどうにも覚えられず、「どうせ人に興味ないんでしょ」と笑われるような人間ですので、人の誕生日を覚えるなどという芸当はできるわけがなく、これもひどい話なのですが母親の誕生日ですら何度も覚えては何度も忘れ、いまだにはっきりと間違いなくこの日だと言うことができません。私が人の誕生日で覚えているのは、妻と子と兄弟、クリスマスに生まれたという先輩(キリストの生まれ変わりと言われていました)、そしてホワイトデーが誕生日の父親です。母親の誕生日は何の日でもない日で覚えにくいのですが、父親はホワイトデーなのでさすがの私も忘れることはありません。ということで、前置きが長くなりましたが、ホワイトデーを祝して今日は父親の話を書きます。

 私だけではなく多くの人もそうだと思いますが、私が知っている父は家の中の父であって、職場の父はどんな人間なのか、父が何の仕事をしているのかは実際のところまったく知りませんでした。ところがつい最近、私にはきたのです。職場の父を知る機会が。

 ある日、父から電話があり「うちで研修をやってくれる講師を探しているのだが、知り合いでいい人はいないか」という連絡がありました。知人数名にあたりましたが、テーマがマニアックだったので断られ、かといって誰もいませんでしたというわけにもいかないので、結局、私自身が研修講師をやることになりました。

 研修当日、父の職場へ行くといったん父の部屋に通されました。父は会議中でそこにはいませんでした。部屋はひとりで使うにはだだっ広く、茶色い革の古ぼけたソファがあり、本棚には資料がずらりと並んでいます。大量の資料があるせいで、部屋は古い紙のにおいがしました。私はまったく父の役職を理解していませんでした。父は自分の部屋をもっているエライさんだったのです。父を待つあいだ担当者に聞くと、一般企業で言えば常務クラスだとか、とにかく勉強家でみんな尊敬しているだとか、自分で手を動かすタイプだとか、真ん中のお子さんはやんちゃらしいですねとか(そんな話、職場でしてたのか)、なんだか聞いてしまっていいのかどうかわからない話を延々と聞きながら、私はソファに座って「がんばったんやなあ・・」とぼんやりと考えていました。私の父は高卒です。お金がなくて大学には行けませんでした。出世には圧倒的に不利だったはずで、おそらく実力だけで認められたのでしょう。家では横になってテレビの旅番組を見ているだけの父の、職場での存在感は圧倒的でした。
 父が部屋に戻ってきました。「お父さん、実は偉かったんやな」というと、寡黙な父は少しにやっと笑いました。



 

新聞記者との対話(上)  Mr.ホワイト

  • 2017.02.25 Saturday
  • 23:13

高校生の頃、新聞記者にインタビューされたことがある。現代の若者は何を考えているかというテーマの連載のために色々なカテゴリーの若者たちを取材していたようで、私の前が「中卒で働く若者」枠で、私は「勉強ができる子」枠だった。勉強はそれなりにできたがピカイチだったわけではないので、なぜ私が選ばれたのかはわからない。新聞記者が伝手をたどっていく中で一番偏差値が高そうだったからかもしれない。

 

駅を降りると新聞記者が車を停めていて、その助手席でインタビューを受けることになった。よく覚えていないのだが、新聞記者は確か入社3〜5年くらいの若いお兄さんで、当時17歳だった自分と十も離れていなかった。話し始めてすぐに彼の優秀さがわかった。話をするのも上手いが、何よりも話を引き出すのが上手すぎた。話していると、自分が考えたことをしゃべっているというよりは、自分がモヤモヤと感じていたことを考えさせられているような気になる。当初、インタビューは1時間程度の予定だったが、結局3時間くらい彼と話したように記憶している。

 

「僕なんかはさ、普通に勉強して普通にそこそこの私学に入ったんだけど、やっぱりそこまで突き詰めて勉強できなかったっていうかね、だから君みたいな人を見てるとすごいなあと思うよ」

「うーん・・僕は勉強ができるよりも、新聞記者になれるほうがすごいと思いますけど・・。勉強はしてますけど、僕には目的がないので」

 

「いや、そこなんだけどね、目的ないのに勉強できるっていうのはどういうことなのかなと。僕にはそれはできなかったから、そこがよくわからないんだよ」

「人それぞれでしょうけど、僕の場合は得意なことに集中しようという、それだけですね」

 

「得意なこと?」

「学校のテストとか、昔から得意だったんですよ。人と比べてたいして勉強してないのに点数はよかったので、これは人より得意なんだろうなと。逆に、僕は中学校のころ陸上部だったんですけど、走るのはどれだけ熱心に練習しても速くならない。陸上ほど圧倒的に才能がモノをいう競技はないですから、その意味では良かったのかなあと。向いてないことはやるべきじゃないってわかりましたから」

 

「なるほど。そんなこと、考えたこともなかったな」

「まあでも、色々だと思いますよ。僕もそうですけど、がんばって勉強してる人ってちょっと歪んでるんですよ。暗い人が多くて。あれはなんていうか・・見返してるんでしょうね・・」

新聞記者との対話(下)  Mr.ホワイト

  • 2017.02.25 Saturday
  • 23:12

「見返すって親とか?」

「いえ、そうじゃなくて、学校のクラスには、なんていうのかな、表の人と裏の人がいるんですよ。人と仲良くなるのがうまい人はそういう人たちで集まっちゃうし、そういう人の周りを囲める人も彼らの仲間になれる。でも、僕もそうなんですけど、人と仲良くなるのが苦手な人たちはそのメインのグループに入れずに、そういう人たちだけで集まっちゃう。要は・・ハジかれたっていうことですけど・・でも、それを認めたら終わっちゃうから、自分たちはハジかれたんじゃなくて、出て行ったんだと思いたいんですよ。だからがんばって勉強して、自分たちは賢いから彼らと付き合わないんだと、そう思い込みたいっていうところも多分あるんですよ・・」

 

「それは・・いじめとはやっぱり違うんだよね?」

「全然違います。いじめではないです。彼らは暗い僕らを下に見てるし、暗い僕らは僕らで、彼らをどこかで下に見たいっていう、それだけです。ただそれだけなんですけど、自分たちが下に見られるだけの存在ではないということを何かで確かめないと、僕らはやっていけないんですよ・・」

 

「・・すごいね。やっぱり賢いわ。大学の講義聞いてるみたい」

「全然、本当にすごくないです。新聞記者のほうがすごいですよ。仕事してる大人って学校の先生くらいしかちゃんと見たことないけど、今日は話していて、やっぱすごい大人はいるなあって思いました。」

 

「いやあ、僕はまだペーペーで、失敗ばっかだよ」

「ひとつ聞いていいですか?」

「ん?」

「仕事ってやっぱり、大変ですか?」

「ああ、まあ大変は大変だねえ。毎日家に帰るのは深夜だし。でもね、僕はずっと新聞記者になるのが夢だったから、やっぱり楽しいね。いろんな人のいろんな話を聞けて」

「すごいな。夢が叶ったんですね。夢持ってる時点ですごいと思います」

「まあ、みんな夢なんて持ってないもんだから、気にしないでいいよ」

 

お仕事がんばってくださいと言って僕らは別れた。僕はたぶんしゃべりすぎた。明確にするのを避けていたことを明確に言葉にしてしまったのだ。当時はスクールカーストという言葉がまだない時代だった。それに気づいていたとしても、言葉にしなければ誤魔化せたのかもしれなかった。

 

その後、僕に対するインタビューは記事になった。だが、僕はそれを見るのが怖くて、見ることができなかった。結局、今に至るまで、一度も見たことがない。

gift Mr.ホワイト

  • 2017.01.28 Saturday
  • 17:17
「男の人って、ネクタイもらってうれしいものなんですか?」と後輩の女の子に聞かれた。
彼氏へのプレゼントを何にするか迷っているらしい。ああ、なんという若い悩みなのだ・・。
「うーん」と考えながら、私はその若さに圧倒されていた。自分もこんなだったのだろうか?
「そりゃあ人それぞれやろうけど、僕は人からもらったネクタイは多分使わないなあ」
「え、そんなもんなんですか?」
「ネクタイって結構好き嫌いがあるからねえ。例えば僕は赤いネクタイは絶対締めないし。
 女子も同じだと思うけど、人からもらったアクセサリーってつける?自分が選ばなかったやつ。」
「うーん・・よっぽど気に入らないとつけないというか、気に入ることがほぼないですね・・」
「身に着けるものって、そういうもんやんねえ」

彼氏彼女じゃなくても、異性への贈り物を選ぶのはすごく難しいといつも思う。
父の日のプレゼントはそんなに難しくない、けど母の日のプレゼントは難しい。
甥っ子へのプレゼントはそんなに難しくない、
けど姪っ子へのプレゼントは難しい。
おっさんや男の子の気持ちはわかるけど、おばさんや女の子の気持ちは全然わからない。

贈り物なんて、物自体よりも贈ることに意味があるんだろうけど、
それでもつまらないものですがと言いながらつまらなくないものを贈りたい、
と思ってああでもないこうでもないと考えているうちに何もかもわからなくなって、
結局相手に何が欲しいかを直接聞いてしまうのが面倒くさがりの私のパターン。
結婚式の引き出物のカタログも同じような発想なんだろうけど、
それでは寂しいという人の気持ちもわからなくはない。

「ネクタイはやめときます。プレゼント、男の人って何が欲しいものなんですか?」
「なんやろう・・。最近買ってよかったのはオンキヨーのモバイルスピーカーかなあ」
「スピーカーをモバイルにして何がうれしいんですか?」
「出張先のホテルで良い音でジャズかけたりしたら、無機質な部屋が一変するわけですよ」
「いくらくらいするんですか?」
「2万円くらい」
「ボツですね」

「よし、何が欲しいかを彼に直接聞いてみよう!」と言いたいところをぐっとこらえて、
ああでもないこうでもないと真面目に考えている彼女の話に付き合うことにした。
(恋はカタログじゃあ、あかんよなあ)。贈り物を考えている彼女の姿はなんだか素敵だった。

ランニング Mr.ホワイト

  • 2016.11.09 Wednesday
  • 00:00

週に3日くらいの割合で、朝6時に起きて3〜5キロ走っている。
朝早く起きるのも運動するのも苦手だし嫌いだったのだが、
肩こり対策のために走らざるをえなくなって走り始めると、
やはり体は楽になるし走るのもなんだか楽しくなってくる。

いま私は奈良公園の近くに住んでいるので、観光地を突っ切って走る。
ニュータウンで育った田舎者からすると、これがなんとも楽しい。
引っ越して1年以上経つけどいまだに、おお、観光地だ、と思う。
古都奈良は地味で古くて目立たないが、人を飽きさせない味がある。
春も秋もよいが、何より冬の朝もやが特に美しい。夏は走っても暑いだけ。

奈良公園周辺を走るので、やはりそこには鹿さんがいる。
鹿は昼間は奈良公園で観光客から鹿せんべいをもらったり
修学旅行で奈良に来た学生の弁当を食べたりしているが、
夜はみんなどこかの寝床へ帰ってしまっていなくなる。
それがどこなのかはわからないが、山の方に帰っていく。
そしてちょうど私が走る朝6時頃、また町に降りてくるのだ。
鹿たちが縦に一列になって仲良くトコトコ道路を渡ってくる様子は、
まるで幼稚園児の集団登園のようで微笑ましい。朝しか見れない光景。
鹿さんはどこから来たのか、鹿さんは何者か、鹿さんはどこへ行くのか。

朝走っていると、人よりも鹿のほうが多く見かけるのだが、
人を見かけるとしたらやはりたいていは元気なお年寄りである。
リハビリか何かだろうか、なぜか後ろ向きにウォーキングする人が複数名いる。
鹿のフンがたくさん落ちているところばかりをウロウロ歩くおじいさんがいる。
東大寺周辺をウォーキングしながらソプラノを大声で歌うお婆さんがいる。
奈良公園の飛火野園地で毎朝演歌を歌っているおじいさんがいる。
そしてその歌をじっと聴いている鹿がいる。

奈良公園、東大寺、浮見堂、猿沢池をまわるのがいつものランニングコース。
そこそこ有名な観光スポットだけど、朝だと鹿以外はほとんどだれもいない。
三笠山の空にかかるいわし雲が朝日でオレンジに染まっている。
朝もやの向こうでは鹿たちが下を向いて黙々と芝生を食べている。
朝は夕方と似ているようで、でもなぜだか全然違う。

奈良は日帰りできてしまうので、みんな昼前に来て日が暮れる前に帰ってしまう。
奈良が本当に良いのは、朝と夕方なんだけどなあ。
でもそれは、みんな帰って空いてるからっていうのもあるんだけど。

ウェールズ!  Mr.ホワイト

  • 2016.07.06 Wednesday
  • 06:54

私は英語圏に行ったことのない人間ですが、一度だけ、ウェールズ人と話したことがあります。私がかつて通っていた個人経営の英会話教室は先生が毎回コロコロ変わるところで、ニュージーランド人、オーストラリア人、ドイツ人、アメリカ人、モロッコ人など様々な国籍の先生が出てくるのですが、ウェールズ人のマイクが一度だけ私の担当をしてくれたのです。

「僕はマイク、ウェールズのカーディフ出身だ」と彼は言いました。UK出身だとは言わないものなのでしょう。「ウェールズ!」と私はっびっくりして声をあげました。「ウェールズ出身の大好きなバンドがいるんだ」と私が言うと彼は立ち上がり、にっこり笑って(それ以上言うな)と私を制止しました。「よし、今日は授業は中止して、ウェールズのロックの話をしよう」。

「ウェールズで人気のバンドは3つだ」。マイクはホワイトボードに1,2,3と書いて、まず3のところにFEEDERと書きました。うーん、これは知らない。次に2のところにStereophonics(ステレオフォニックス)と書きました。ステレオフォニックスは硬質で乾いていて実に男くさい、素晴らしいバンドです。「ライブ見に行ったよ!」「マジで!日本来てたんだ!」「ダコタ、最高だったよ!」などと話していても、マイクはやっぱり1位のあのバンドの話がしたくてそわそわしています。

「さて、1位はわかってると思うけど、スーパー・ファーリー・アニマルズ!」「大好き!ライブ3回行ったよ!」「おー、すげー!」と私たちがひどく盛り上がったのは、このバンドを知る人が少ないからということもあったのでしょう。私もこのとき初めてスーパー・ファーリー・アニマルズのファンに出会ったのです。スーパー・ファーリー・アニマルズはカルトです。多くのファンがいるわけではないですが、ファンにはライトファンは少なく、コアなファンが非常に多いのです。同じくウェールズ出身のマニック・ストリート・プリーチャーズやステレオフォニックスがウェールズ出身であることをそれほど前面に押し出しているわけではないのに対し、スーパー・ファーリー・アニマルズはウェールズなまりのちょっと変わった発音で歌うだけではなく、全編ウェールズ語でアルバムを作り(ムーング)、なおかつそれが世界的にきわめて高い評価を受けたりしていて、ウェールズのにおいをCDにぶち込んできます。

「前から気になってたことがあってさ、彼らはムーングでは全編ウェールズ語で歌ってるけど、ウェールズ人ってみんなウェールズ語をしゃべれるもんなの?」と聞くと、マイクは言いました。「いや、それがしゃべれない人のほうが多いんだよ。僕もしゃべれない。しゃべれる人はごく一部の地域に住んでる人で、どんどん少なくなってるね」。ウェールズ語はケルト語のひとつであり英語とは語族が違うため、英語の方言というレベルではなくまったく異なる言語です。彼らがウェールズ語で歌ったのは彼らにとってそれが自然だったからであり、日本人が日本語で歌うのと同じことです(あるいは、黒川博行が関西弁でしか小説を書けないのと同じ)。

「僕さ、実はかなり追っかけをやっててさ、彼らがカーディフの地元のラジオ局に出演したときに限定100枚で配られたノーザン・ライツのサイン入りアナログレコード持ってるんだよ」「げええ、うらやましいぃー」「いいでしょー」。私の英語がどれだけ下手でも、好きなものが同じ人とは自然と話が通じるものです。

かつてはライアン・ギグスを国民的英雄に据えていましたが、いま、ウェールズ人にとってのヒーローはギャレス・ベイルであり、アーロン・ラムジーでしょう。私もアーセナル好きなのでラムジーを応援してますし、トッテナム・ホットスパーにいる頃から白いユニフォームを泥だらけにして後半の最後まで走り続けるベイルも好きな選手です。でもそれ以上に私がウェールズ代表を応援しているのは、「マイク、喜んでるだろうなあ」という、スーパー・ファーリー・アニマルズファンの大先輩に対する個人的な思いが何よりも大きいような気がします。

僕らが早く帰る理由 Mr.ホワイト

  • 2016.03.11 Friday
  • 14:46
東京の人と飲みに行くとたいていは大阪との文化比較論になるのだが、先日聞いた話には少しショックを受けた。

「東京の人は飲みに行っても21時くらいには切り上げることが多いですよね。」
「そうですねえ、みんな、家が遠いですから。遅くまで飲んでると帰れなくなっちゃう。」
「大阪人は大体、電車がなくなるまでアホみたいに飲んでますけどねー。」
「あとね、やっぱり震災以降はみんな早く帰るようになった気がしますね。無意識だと思うんですけど。」

この一言が、グサリと刺さった。アホみたいに飲んで家に帰れなくなる大阪人と、無意識に早く帰る東京人。当事者意識の差というものは、こういうところに現れてしまう。

私は東日本大震災のその日、たまたま東京に出張していて、東京の人たちがその日に見たものと同じものを見て、その日に感じたことと同じことを感じていたはずだった。翌日、なんとか大阪に帰るとその落差に愕然とした。「来週、予定どおり東京出張に行くべきかどうか」なんてことを真面目に話し合っているのだ。まるで他人事。あの阪神・淡路大震災を経験していたはずの大阪人たちが・・。でも、その時に大阪人に憤りあきれ返った私も、「震災以降はみんな早く帰るようになった」という感覚はまったく想像さえもしていなかった。この意識の差は私自身が痛感していたもののはずだったのに。

震災のことは語ってはいけない雰囲気がいまもある。あれは、言葉になんてできないと。語れるようなもんじゃないと。東北の人のことを思ってもみろよと。だから私も言葉にするのがためらわれるのだが、やっぱり、あのとき、東京の人たちは「少しだけ」死んだんじゃないかと思うのだ。一瞬、本当に死を覚悟して、ああ、もう家族とも会えないかもしれない、まだ何もしてあげられていないのに、と無意識的に感じてしまったからこそ、「震災以降はみんな早く帰るようになった」のだという言葉が出てくるのだろう。それが事実か否かはどうでもよくて、そういう言葉が出てくること自体に、やはり当事者意識が薄かった私は戸惑わざるをえなかったのだ。

あれから5年が経って、防災がどうとか原発がどうとか復興行政がどうとかいう議論がまた新聞紙面をにぎわすんだろうけど、私はむしろその無意識のほうが大事なんじゃないかと思ってしまう。人がたくさん亡くなったこと、自分も死んでいたかもしれないとみんなが少し思ってしまったこと、そしてそのことを忘れていないこと。

そう、つまり、早く帰って家族と過ごそうってこと。まだ生きてるうちに。

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