ルールとか   ハッタリスト

  • 2018.07.27 Friday
  • 23:47

これを読んで、引っかかっていた部分があるのですが。
2018.06.30 頑張れ日本代表 がりは
 

この一節。
「また、ジダンやベッカムは言うに及ばず感情をコントロールできない未熟な暴力行為でレッドカードをもらい試合をぶち壊しました。」

 

今日の主張は、これ。
「『俺達のルールはお前のルールより優先される』と信じて疑わないのは傲慢なんじゃないの」
(傲慢であってはならない、と言えるかどうかは知らん)

 

僕の知識は「ジダンは侮辱をされて頭突きした」くらいなので、特にそのケースの話ではなくて一般論だと思ってください。

 

文化圏によると思うのですが、「家族等を侮辱されたら速やかに反論・反撃をしなければならない」という「ルール」に従う人々がいるようで。
これはルールなので、イヤでも従わなければならない。
今はサッカーしてるからその後で、とか言っていたら機会は永遠に失われるので、その場でしなければならない。イヤでも。

 

侮辱したらアカンというサッカー外のルールを破っても試合中はほぼ不問であって、サッカーのルール違反のみが問題である。試合中は。
それって当たり前なんでしょうか。

 

法律よりも企業内のルールやチーム内のルールが優先するとか、それができないのは企業人や選手として「未熟」であるとか。

 

いや、サッカーのルールは法律とは矛盾しないだろう、と。なるほど。
それならば、「ルール」を守るいじめっ子と、反撃のために「ルール」を破らざるを得ないいじめられっ子、とか。

 


もうひとつ、イスラム文化圏に関するイメージなのですが。
ルールというのは「唯一のルール」である、という感覚があるのではないかと。

 

法律が憲法に優先しないのと同様に、人のルールが神のルールに優先することはありえない。
宗教はあっち、宗教以外はこっちなどと線を引くのは自分の都合による身勝手である、と思うような感覚が。

 

イマドキの世俗主義であっても、人々の気持ちに残っているものはあるはずなので。
たかがサッカーのルールが、人生のルールに優先するわけがないだろうと。
思うかもしれないし、思わないかもしれない。

 


僕はサッカーに思い入れがないので好き勝手言っているだけですが。

サッカーというものの価値をもっと重く見るならば、それを守るためにむしろ積極的に傲慢であるべしと思うのかも。

 

ヘッドホン   ハッタリスト

  • 2018.04.15 Sunday
  • 00:50

僕が所持しているヘッドホン3つについて紹介など書きます。
持っているのは以下の3つだけなので、感想は3つの比較であってそれら以外との違いはわかりません。
購入順に(A)(B)(C)とします。

 


(A)Sennheiser HD650

 

【選んだ理由】
オープン型でインピーダンス大きい(300Ω)
このことは、室内でアンプにつなぐ以外の使い方を完全に拒否している。そういうの好き。

 

【特徴】
オーソドックスでどんな音でも普通に鳴っている気がする。
良くも悪くもまろやか。

 

【着け心地】
最初はしめつけられ感があってイヤだったが、慣れた。緩んだだけかも。

 

【感想】
最初に買ったヘッドホンなので、今まで聞こえていなかった音が聞こえるようになった感動が大きい。
我が家の住環境では、ヘッドホンではないいわゆるスピーカーでこの音質に到達するのは不可能と悟った。

 

【オススメ】
オーケストラとか、大編成の方がまろやかさが長所になりやすいかも。

 


(B)audio-technica ATH-AD2000X

 

【選んだ理由】
解像度重視のつもり。

(A)と傾向の違うものが欲しかったので。

 

【特徴】
オーディオにおける「解像度」とは、画像の解像度とは異なり意味のあいまいな用語である。それぞれの音が分離して聞こえる、みたいな感じ。
これを追及すると業務用のモニタリングヘッドホンに近づくのではないかと思うが、それは「高音質」とは必ずしも一致しないはず。
「高解像度」と「高音質」の相容れない二兎を追った、絶妙に中途半端なバランス。

 

【着け心地】
良い。
(A)よりもわずかに重いはずだが、装着感がやたら軽い。

 

【感想】
解像度重視とは、ハンバーガーを分解してパンとハンバーグにして食べるようなものである。あるいは、歌詞カードを見ながら歌を聴くような。
一度理解してしまえばどこでどんな音が鳴っているのか(A)や(C)でも分かるが、(B)くらい押しつけがましいと他の作業中や疲れて集中できないときでも聞こえてしまう。それが長所。

 

【オススメ】
ファミコンみたいなピコピコサウンドにボーカルが乗っているような曲では、絶妙な中途半端さが完璧に機能する、気がする。

 


(C)Pioneer SE-MX9

 

【選んだ理由】
低音重視の密閉型が欲しかったので。

 

【特徴】
ヘッドホンにとって低音は鬼門である。
低音の波長はヘッドホンのサイズより長いため、僕の知らない不可能を可能にする技術が必要なのだ。
(A)(B)(C)のうち低音がちゃんと鳴るのはこれだけである。

 

【着け心地】
最悪。
脳天を押さえつけられている感覚。たぶん僕の着け方が悪い。

 

【感想】
iPhone対応のコントローラーも、折りたためる機構も、付属のキャリングポーチも、コードを左右どちらのハウジングにも付けられる仕様も、全て嫌いだ。
しかし、低音を人質にとられている以上、他の何が気に食わなかったとしても交渉の余地はないのである。

 

【オススメ】
ベースがかっこいい曲とか、ガリガリ打ち込んでるのも良し。

 


以上、紹介でした。
もし他のユーザーに尋ねたら、また違う感想があると思います。
今のところこの3台で使い分けられているので不満はないですが、これらと異なる何かがあるのであれば知りたい気もします。

 

現代人は信じすぎ(前編)   ハッタリスト

  • 2017.12.30 Saturday
  • 17:52

1.はじめに

 

今回の本当のタイトルは「学術研究に学ぶメディアリテラシー」ですが、あまりにもつまらなさそうなので変えました。
最初に、この文章での用語を以下のように決めておきます。

 

信じない:正しくないと断定することではなく、正しいか正しくないかの判断を保留すること

 

信じる:(必ずしも根拠がなくとも)その内容が正しいほうに賭けること

 

上記の前提で、以下が今回の主張です。

「自分にとって重要でないことは信じないようにして、信じざるをえないことのみを信じるべきである」

 


2.学術研究で信じないとき

 

学術研究、特にここで意識しているのは自然科学の研究ですが、研究の対象については何が正しいかを誰も知らないのが常です。
誰かが知っていてそれが共有されていることなら、研究する必要はありません。
誰も知らないことであるため、今ある研究は間違いだらけです。
過去の研究も当然間違いだらけであり、コペルニクスにせよニュートンにせよ、当時にしてはイイ線いってたという程度です。

 

だから、自分と関わりの小さい研究については、基本的に何も信じない(判断を保留する)ほうが無難です。
今はAだと言っていても、半年後にはAではないと言い始めるかもしれないし、何が正しいか結論を得るには時間がかかります。
それらの議論を逐一注視することもできますが、自分と関わりが小さければ小さいほど、わざわざそんなことはしたくありません。
よって他人の研究については、何も信じないままで成り行きを見守る、といった態度になります。

 


3.学術研究で信じるとき

 

しかし、何も信じないとは言っていられないときもあります。自分自身の研究がそれです。
自分の研究と誰かの研究が矛盾するとき、それらの少なくとも一方は間違っていることになります。
このときは、たとえ客観的な根拠を示せなくとも、自分の研究が正しいと信じないわけにはいきません。これは賭けです。

 

自分の研究だけでなく、自分と関わりの深い研究については信じて賭けるしかないときが多いです。
できれば信じないほうが無難ですが、何も信じないと研究が進められないので、仕方なく信じるのです。

 


上記は建前の話であり、本音では自分の研究を信じていないこともあります。
自分の研究について「こんなモデルはウンコだよ」と言いながら計算を続けていた研究者を知っています。

わかっていても急には方向転換できないのです。

現代人は信じすぎ(後編)   ハッタリスト

  • 2017.12.30 Saturday
  • 17:41

4.日常生活で信じないとき

 

ではこれらの考え方を日常生活にも応用してみましょう。
以下は、読売新聞2017年12月20日の記事の一部抜粋です。

 

羽生竜王、井山棋聖に国民栄誉賞授与へ
将棋で史上初の「永世七冠」を達成した羽生善治竜王と、囲碁で初めて七冠を2度達成した井山裕太棋聖に、国民栄誉賞が授与される見通しとなりました。
菅官房長官は13日の記者会見で、安倍首相から授与の検討を指示されたことを明らかにしました。

 

僕はこの「見通し」を信じないです。
つまり、いずれ賞が授与されるかどうかはわからない、と思っています。

 

ここで使われている「見通しとなった」や、よく使われる表現として「方針を固めた」「する方向だ」「浮き彫りになった」などもありますが、これらはどれも事実を述べる表現ではありません。
ここでの記述は「授与の検討を指示されたこと」だけなので、実際に授与されることになるかは当然わかりません。
検討の結果として授与されないことになったとしても、それが報道されることはないのではないかと思います。

 

授与されると信じるとしたら、それは賭けです。
僕がその賭けに勝ったとしても得られるものはありませんが、負けて失うものはあります。事実を誤解し続けることになるからです。

 

よって僕は信じません。
信じないという選択肢があるのは、僕にとって重要なことではないからです。

 


5.日常生活で信じるとき

 

何も信じないという選択肢がないとき、その一例は天気予報です。
予報は雨、実際どうなるかはわかりませんが、正しいと信じて傘を持っていくか、正しくないと信じて洗濯物を干すか、どちらか選ばざるを得ません。
このような選択は誰でも日常的に行っていることですが、しかしこれは何の保証もない賭けです。

 

何かを信じざるを得ないときとは、その選択によって自分の行動が左右されるときです。
国民栄誉賞の授与も、もし授与されると決まったら実際に手続きを行わなければならない人にとっては重要なことであり、どちらでもいいとは言えません。

 


6.おわりに

 

もう一回まとめですが、
「自分にとって重要でないことは信じないようにして、信じざるをえないことのみを信じるべきである」
が今回の主張です。

 

以前に、
明るい悩み相談室PREMIER(209)〜マスコミとの付き合い方〜 がりは
の中で
「マスコミ報道に対して眉に唾をしながら見ているのですが、あんまり疑いすぎるのも疲れます。程よい塩梅、みたいなものはないでしょうか?」
という質問があったので、需要があるかもしれないと思って今回の話を書きました。

 

疑うと疲れるのは、正しい答えを選んで信じなければならないと思っているからではないでしょうか。
知識のない人が競馬場に連れて行かれてさあ賭けろと言われたら、何に賭けたらよいかわからない、というのが当然かと思います。

 

何を信じたらよいかわからないと感じるのは正常な感覚と僕は思います。
別に信じなくてよいですし、それが普通の状態です。

 

現代人は信じすぎ、信じるのは必要に迫られたときだけで十分です。

 

優等生の気持ち   ハッタリスト

  • 2017.04.15 Saturday
  • 23:56

新聞記者との対話(上) Mr.ホワイト
新聞記者との対話(下) Mr.ホワイト
を読んだら高校生の頃のことを思い出したので少し。

 

マンガなんかを見ていると、
「周囲からの大きすぎる期待に人知れずストレスを抱えている優等生」とか、
「人並以上に努力しているのに『お前はテストで簡単にいい点とれるからいいよな』などと言われて腹を立てる優等生」とか、
そういう登場人物が時々いるような気がします。
別にそれがウソだと言うつもりは全然ないですが、僕とは違うなあ、と感じていました。

 

僕は成績優秀でしたが、何の悩みもなかったです。
人並以上に勉強はしていたかもしれませんが、仮にあまり勉強していなかったとしても成績はさほど変わらなかったろうと思います。
ただ、級友たちとは基準が違うとは思っていました。

 

奨励会員(将棋のプロの候補生)は間違いなく将棋が強いですが、彼らにとって「学校で一番将棋が強い」というのは何の誉め言葉にもなりません。
たぶん奨励会員にとって将棋が強いとは「プロになれるくらい強い」という意味であり、それ以外は一人残らず弱いのではないでしょうか。

 

それと同様で、級友と比べて僕の成績が優秀なのは当然であり、天才であることが前提だと思っていました。
それは天才でなければ行くことができない場所を目指していたからであり、そうでない可能性は考えてはならないことでもありました。

 

勉強がイヤなら大学になんて行くなと思っていましたが、そう考えるのは傲慢だとも思っていました。
その代わりというわけではないですが、級友から勉強の質問をされたときには懇切丁寧に教えていました。
利用できるものは利用するべきだし、同じクラスに僕みたいな人間がいるのならば最大限利用するべきでしょう。

 

高校三年間で一番居心地が良かったのは、センター試験の直前です。
誰に言われるともなくみんな勉強していたので。
僕はいつも通りでした。

 

これが僕の本音の、ポジティブな側の半分だと思います。
そういう傲慢な高校生がその後どうなったのかは、また別の話です。

 

今の僕は天才である必要はもうないのですが、ぼちぼち天才やってます。

 

抱負とか   ハッタリスト

  • 2017.01.08 Sunday
  • 19:31

今年の抱負は、次の問いを整理して回答可能な形に定義しなおすことです。

 

「ある人にとってのある対象と客観的なそれとは異なることがあるが、前者はどのように生じてどのように変化するのか、前者と後者の関係は何か、など」

 

対象はなんでもいいですが、例として阪神タイガース(以下「阪神」)を考えましょう。
ある熱心な阪神ファンがいたとして、彼はある日突然「今の阪神は俺の知っている阪神ではなくなってしまった」とか言い始めてファンを辞めてしまった、とします。

 

このとき、彼が言うところの阪神とはいわゆる阪神ではなくて、「俺が阪神だと思うものが阪神だ」と言えるのではないでしょうか。
これは同義反復ではなく、本質的に正しいような気がしています。

 

では「俺が阪神だと思うもの」とは何ぞやということですが、最初は客観的な阪神への認識を元に形作られたそれが、いつしか独立な概念として強固な地位を占めるようになり、ついには現実の阪神や阪神と自分との関係の変化を拒絶するに至る。
そういった概念を何と呼ぶべきか。

 

「イデア」と呼ぶこともできるかもしれませんが、それは普遍性に関わる文脈で使われる言葉であると僕は解釈しているので、求めるものとは違うように思います。
ここではもっと個人的なイメージを表す概念が適当なはず。

 

そういう言葉や考え方は探せば既に存在するのではないかと思うので、まずはそれを見つけること。
それができれば半分以上解決するかもしれませんが、その後に改めて僕にとっての問題を整理することが必要です。

 

上では阪神を例にしましたが、例えば対象が人なら「そんなのあなたらしくない」のようなよくある謎のセリフとか、初めて印象派を見た人なら「こんなの絵画じゃない」とか。
よくある現象なのは間違いないと思います。

 

僕はここ3年くらいこのことを考えているので、そろそろ何がしかの前進をしたいところ。
よって冒頭の抱負とします。

 

今年もよろしくお願いします。

 

【テーマ】科学と魔法とその他   ハッタリスト

  • 2016.12.31 Saturday
  • 00:00
皆さん、メリークリスマス。
今日は科学と魔法とその他の話をします。

魔法は実在するのかと問う場合、問題になるのはほとんど定義のみと思います。
呪文を唱えて杖を振るとその先端から炎が出ることを狭義の魔法とするならば、これが再現性のある現象として観測されるまでは狭義の魔法が科学の対象となることはないでしょう。(再現性が科学にとって必要条件であるかどうかは別問題ですが)

そこで広義の魔法として、エネルギーが保存しない現象、について考えてみます。これは近代物理学とは相容れない概念です。
そんなものあるのかという感じですが、これがそこそこ真面目に議論されたことはあります。

中性子がベータ崩壊すると陽子、電子、ニュートリノになるというのが現代的な解釈ですが、かつてはニュートリノなる概念が存在しなかったため、その分のエネルギーが失われているように見えていました。
それが謎だったため、ミクロではエネルギーが保存しないことがあるのではないか、などという突飛な主張がされることもあったそうです。
魔法に頼らざるを得ないほど科学者は困っていた、とも言えます。

ちなみに、近代物理学の祖であるニュートンは万有引力を提唱しましたが、これは当時オカルト的な魔法のようなものと見なされたと聞きます。
一方、現代では万有引力の理論は一般相対性理論に取って代わられています。
それでも万有引力は実在すると言えるでしょうか。それともやっぱり魔法のようなものに過ぎないのでしょうか。

繰り返しになりますが、魔法は実在するのかと問う場合、問題になるのはほとんど定義のみと思います。
そもそも科学的方法とはただの手続きであり、科学とはその手続きによって得られた知見の集合です。
何かが実在するか否かを判別する方法として、科学はあまり適していないと僕は思っています。


ついでにもうひとつ、サンタクロースは実在するか否か、について。

商店街でティッシュを配っているのを見たので、実在すると思いますよ。
そんなものは本物のサンタクロースじゃないって?
それは定義の問題ですねえ…

寄付2   ハッタリスト

  • 2016.10.01 Saturday
  • 21:00

前回、寄付のことを書きました。
寄付する対象として
「子供の未来応援基金」
を挙げましたが、なぜそこなのかということは全く書きませんでした。
そういうことは自分で調べるほうが良かろうと思ったのですが、気が変わったので少しだけ。

 

世の中いろいろありますが、これはアカンという出来事がしばしばあります。
0歳児が虐待により死亡するなどという事件はそれだと思います。
加害者を責めれば解決するというのであればいくらでもそうするでしょうが、
むかんしん〜ネグレクトの心理〜(1) Mr.イエロー
むかんしん〜ネグレクトの心理〜(2) Mr.イエロー
を読んでいると、そんなことはなさそうです。

 

想像が難しいのですが、そのような状況において家族、友人、知人、他人、などなどの助けが不足しているというだけでなく、不足していること自体の認識がなく、助けを求められるだけの言葉もない、そういうことが起こっているのではなかろうかという気がします。

 

こちらからあちらが想像できないのと同様に、あちらからも「不足のない状態」が想像できていないのでは。
彼ら彼女らがそのような人間となるに至った過程はどのようなものだったのか。
世に生まれてきた時から、何を見て聞いて誰とどのように接してどうやって生きてきたのか。

 

いわゆる格差社会において、格差があるのは所得に限らず、人とのつながり、知識、文化、教育、言葉にこそ格差があるのではなかろうかと思います。

「生活保護をちょっとだけ学ぶ人のために」〜終わりに〜 Mr.スカーレット
にあったように、「普通の家庭に生まれ、普通の高校・大学を出た人間が生きていく上で、絶対に出会わない」人々がいるわけです。
お互いに出会わずに暮らすことができる、それが格差だと思うのです。

 

であるならば、必要なことは何か?寄付か?
そうではないでしょう。

 

たぶん必要なのは、格差のあちらとこちらを少しずつかき混ぜるためのコミュニケーションです。
それでみんなが幸せになるとは限らないですし、むしろ面倒くさいことばかりでしょう。
それでも、アカンことに対して仕方がないと言いたくなければ、するべきことはそれしかないのではないかと。

 

で、僕はと言えば、特に何もしていないです。面倒くさいので。

 

何かしらのコミュニケーションをどこかの誰かに肩代わりさせるための代金が、僕の出している寄付金5000円也だと考えています。
これでは1人×1日分の活動資金にもなりません。

 

しかし、小なりとはいえ僕の偽善力は5000だとも思っています。
だから偽善力ゼロのザコに何を言われても平気なのです。

 

そんなふうに、みんなが偽善力を競い合うようにならないかなあと考えていたりもします。

 

【テーマ】消費税VS理系魂   ハッタリスト

  • 2016.04.30 Saturday
  • 23:50

魂ってなんやねんと思いつつ検索してみると、
2010.12.11 誕生日週間問題VS理系魂
2012.05.26 ハッタリストVS暗算
魂という言葉を使ったことがなんと2回もありました。
両方とも「理系魂」で、両方とも闘っています。

そういうわけで今日も闘います。
敵は消費税です。なぜか?
消費税が10%になると困ることがあるからです。

計算が、簡単すぎて、つまらない

我々は10進数を使っているので、10の約数である5や10は相性が良く、計算が簡単になります。
今どきは「税抜き表示のみ」はそんなに見かけないので、考えるべき問題はこんな感じでしょうか。


税込み141円の商品がある。
税抜きの価格は何円か?

消費税8%の場合、考え方は例えばこう。
税抜き価格12.5円ごとに消費税が1円増えるので、おおよそは
 100円→108円
 113円→122円
 125円→135円
 131円→141円
のようになります。
小数点以下を切り捨てるか切り上げるかは小売店の自由なので、
 切り捨てなら税抜き131円
 切り上げなら税抜き130円
が正解です。
実際は、切り捨ての店のほうがかなり多いと感じます。
初めて切り上げの店を発見したときは、かなり驚きました。

ところが、これが消費税10%になると、こう。
141円?じゃあ、
 切り捨てなら税抜き129円
 切り上げなら税抜き128円
ってところ?
予想が楽にできるので、まともに計算するより適当に見当をつけて逆算するほうが簡単なのです。
つまらん、これはつまらん。

だいたい買い物のときに考えていることと言えば、目についた商品の税抜き価格か、買い物かごの中身の合計金額くらいです。
消費税10%でキリが良くなったら、税抜き価格の計算だけでなく、合計金額の計算も簡単になってしまうのではないでしょうか?
理系魂が錆びます。

これらの問題に関する限り、10%よりも12%の方が面白いのは明らかです。
家計の負担が重くなる?
そんなことは文系にでも心配させておけばよろしい。

4月のテーマは「魂」   ハッタリスト

  • 2016.03.30 Wednesday
  • 00:22
2月度投票の回答の中から来月のテーマの候補を見てみましたところ、「魂」だけあんまり何も連想しませんでした。
という理由でもって、4月のテーマは「魂」とします。
さて何を書いたものか。

他に「人工知能」という候補もありました。
僕は最近そういうこともやっているので、そのうち個人的に書こうかと思います。
少しだけ雑に触れるなら、定義のはっきりしている「機械学習」と比べて「人工知能」は何のことなのかいまいち分からないので、「機械学習=人工知能」と考えるのはかなりの飛躍であると感じます。
仮にそれを認めるとするとただの丸暗記も人工知能に含まれることになり、知能ってその程度でいいんですかと。

ついでに先月の「ががばば」について。
「ががばば」は意味不明の単語なので、それに意味を与えるのではなくて意味不明のまま扱い、かつ、意味不明であることに文脈としての意味があることを求めたところ、昔ながらの数学には定義が不要であるにもかかわらず定義されている概念があるということの説明にピッタリであると考えました。
「ががばば」じゃなくても書けるというのは正しいですが、しかし意味のある単語であっては書けないので、まさにテーマとしてふさわしいと思います。

最後にもう一度、4月のテーマは「魂」です。

なお、3月のテーマは「ふつう」です。
まだ間に合う、急げ!

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

カウンター

ブログパーツUL5

selected entries

categories

archives

recent comment

  • 馬券の現実(186)〜阪神JF予想〜 たりき
    Mr.Indigo (12/09)
  • 馬券の現実(185)〜チャンピオンズC回顧〜 たりき
    Mr.Indigo (12/03)
  • 馬券の現実(184)〜チャンピオンズC予想〜 たりき
    がりは (12/02)
  • 馬券の現実(184)〜チャンピオンズC予想〜 たりき
    Mr.Indigo (12/02)
  • 馬券の現実(184)〜チャンピオンズC予想〜 たりき
    Mr.Indigo (12/02)
  • 馬券の現実(182)〜ジャパンC予想〜 たりき
    がりは (11/25)
  • 馬券の現実(182)〜ジャパンC予想〜 たりき
    Mr.Indigo (11/25)
  • 馬券の現実(180)〜マイルCS予想〜 たりき
    がりは (11/18)
  • 馬券の現実(180)〜マイルCS予想〜 たりき
    Mr.Indigo (11/18)
  • 馬券の現実(178)〜エリザベス女王杯予想〜 たりき
    Mr.Indigo (11/11)

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM